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1960年代、わたしが日本で高校に通っていた頃ある日テレビのエドサリヴァンショーにビーチボーイズが出演してアイゲットアラウンドを演奏した。先日他界したブライアンウイルソンがベースギターを弾いていたのだ。そんなパフォーマンスをテレビで見ることができたのはわたしにとって素晴らしい経験だった。のちに自分がカリフォルニアでプレシジョンエレクトリックベースギターを演奏して暮らすことになろうとは予想だにしなかった。ブライアンウイルソンありがとう。合掌。
fumio
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予言の民、ホピ族が世界を救済するために日の出ずる方向へ旅立つというTrueWhite Brother(まことに白き兄)としてわたしはカリフォルニアから日本に帰って来た。そして、芸能活動中に首の事故に遭ったのだった。
そして、北品川第三病院のICUで緊急手術を受けてから回復期に劇団のスター、Miyukiが見舞いにやってきた。患部に手かざしをさせてほしいという。毎日、交代で手かざしにやって来たのである。
。ある程度回復するとわたしは1988年11月にリハビリテーションのために転院した。武蔵村山病院のリハビリ病棟へ送られたのだ。
転院した武蔵村山病院のリハビリ病棟にある日、劇団のヒロイン、Miyukiが見舞いにやってきた。わたしがアメリカでロックミュージシャンとして活動してレコードやカセットテープを製作していたことを知ったMiyukiは「わたしにもオリジナルソングを作ってください」と言い出した。イベントや歌謡ショーなどの司会などの仕事の時、歌を歌う機会があるので自分にもオリジナルの歌を作ってほしい、というのであった。それがすばらしいプロジェクトのスタートとなったのだ。
fumio
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只今現在、トランプ大統領と共和党上院の不法移民徹底摘発に対する移民擁護派市民たちの抗議運動によってロサンジェルスは混乱し暴動が起こっているという。バス市長はロサンジェルスでの暴動抗議実験が国全体に波及しそうだといっている。
ロサンジェルス市内にグリフィスパークという公園がある。丘の頂上にはグリフィス天文台がありジャイムス・ディーンの「理由なき反抗」など多くの映画のシーンに使用される場所である。その森の中の公園で市民はそれぞれに楽しむのだ。わたしたち一家もピクニックのつもりでサンドイッチを作ってそこにしつらえられた木製のテーブルで食事したものだった。するとあたりの木からリスたちが当たり前のように遊びに来る。人を怖れることなどまったくなくやりたい放題に駆け回る。狙いはパンなどらしかった。リスたちとの楽しい食事に癒されて人は明日の仕事の活力を充填しているようだった。息子はどうしてリスたちがやって来るのか不思議そうだった。人が欲や都合によって捕まえたり追ったりしないかぎり人と動物は仲良くやってゆけるのだ。人と人とはなぜ…暴動?リスたちはどう思っているだろうか。
fumio
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予言の民ホピインデイアンの聖なるTiponi(石板)は二つにされた。この二つの石板を並べてその意味を解かねばならない。
ホピ族にはその一つを携えて日の出ずる方向へ旅立ったTrueWhite Brother(まことに白き兄)があった。それで以下のように予言した。
予言原文
It is said that after many years the elder brother might change the color of his skin, but his hair will remain black. He will have the ability to write, and he will be the only person able to read the Tiponi. When he returns to find his younger brother, the Tiponi will be placed side by side to show all the world that they are true brothers. Then great judgment will take place, for the elder will help the younger brother to obtain real justice for all Indian brothers who have been cruelly mistreated by the white man since he came to Turtle Island.
訳 何年も後、兄は髪は黒いまま肌の色を変え、書く能力を持ち、Tiponi(石板)を読むことができるただひとりの人になる。かれが弟を見つけに戻る時かれらが真の兄弟であると全世界に見せるためにTiponi(石板)は並べて置かれる。そして偉大な審判があり
兄は弟が白人に情け容赦なく虐待されたすべてのインディアン兄弟姉妹のため真の公正さを手に入れるために助ける。それでかれはTurtle Island(アメリカ)にやってきたのである。
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予言は、TrueWhite Brother(まことに白き兄)とはイエスキリストで「大いなる浄めの日」をもたらすために戻ってくるというがそれで人類は浄化されるのだろうか。
fumio
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手かざしとは「真光」と呼ばれて傷んだ部分に照射すると患部が癒えるということだった。
小説「徳川家康」の作者、山岡荘八は「生長の家」の谷口雅春や「真光」の岡田光玉と「日本を守る会」を結成しているが
それは、京都の主婦出口なおに憑いた大本の神の靈が上田㐂三郎を出口家の入り婿として迎えて出口王仁三郎として「大本教」を立教させたことが大きく関わる。
その大本の出口王仁三郎の口述筆記者であった谷口雅春は「生長の家」を立教し、大本の信者だった岡田茂吉は世界救世教」を始めて、「手かざし」による浄霊法を始めた。岡田光玉は「世界救世教」の「手かざし」による浄霊法を受け継いで崇教「真光」を立教したのである。いずれにしても大本の霊統のようだ。
fumio
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1988年9月14日の東京渋谷の芝居稽古場での頸椎損傷事故の後、搬送された北品川第三病院救急病棟での緊急手術後、多くの劇団仲間がわたしの病棟に見舞いに訪れた。その中に劇団のスター`Miyukiがいた。かの女は手術を終えたばかりのわたしの損傷した第6頸椎に手かざしを行ってくれた。わたしはなにがなにかよくわからないままその手かざしを受けたのだった。
fumio
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宇宙神霊アリオンが「時を告げる鳥」そして「ジャイアントロック」とするわたしは地球救済委員会、アリオンの別動隊として1986年にフミオ宮下、ケン島の活躍している「ひのもと」の国へ向い芸能関係の仕事を始めた。そしてその2年後ホピ族の予言通り宇宙磁気線としての第三ショック・ウエーブの台頭があり1988年9月14日9時に原発反対の舞台の稽古中に頸椎損傷事故に遭ったのである。その時はわからなかったがそれが使命を果たすための大きいプロットになっていたのだった。首の骨が損傷して能力が四分化されて☆の形としての本来の力が作動を始めたのである。
fumio
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わたしは北品川第三病院での第6頸椎損傷事故緊急手術後、麻酔が醒めて、まだ手足が動かないことを再確認した。 一生寝たきりか良くても車椅子の生活ということだったがしかし、そのことを自分の将来像として現実感を伴って考えることはできなかった。
妻にとってもそれは辛い試練の始まりだった。報せを受けて倒れようとする妻を小学4年生の息子が支えて「お母さん、しっかりして」と励ました。それで妻はハッとわれにかえった。それから妻はアメリカ時代と見違えるほど強くなったという。
わたしは頸椎の緊急手術後、ある程度回復するとリハビリを始め11月に本格リハビリテーションのために武蔵村山病院に転院した。
武蔵村山病院のリハビリ病棟でわたしは様々なリハビリを受けているうちに筆記練習のために自分の現在の動けなくなった姿をモデルにして
風の中の北京家鴨(ダック)という童話を書いた。
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あの日、おいらは黄河のそばの沼のほとりのあひるだった。
支那大陸の奥地で生まれたばかりの豊かな風が
柳の葉を靡(なび)かせる春の昼下がり、
かあさん家鴨のあとをヨチヨチ、クワッククワックついて歩いた。
家族仲良くみんなで水の上、スイスイ、クワッククワック並んで泳いでた。
そんなのどかな記憶も突然とぎれてしまった。
ある日、羽のない大きな獣が現れておいらたちを捕まえてしまったんだ。
それが人間を見た最初だったよ。
オンボロ馬車にゆられゆられて着いたところは花の都、北京の市場。
どじょう髭の肥ったおじさんがズラリ並んだ土の壷に
おいらたちを一羽ずつ差し込んで言った。
「わたし、ワンさん、オマエラ運良かった。これから楽できるよ。
毎日、食べて寝て大きくなるだけ」
おいらはやっと顔だけ出してあたりを見回した。
みんなも背伸びしながら覗いてた。
道行く人が慌ただしく行き過ぎて土煙で目が見えなくなったよ。
おなかが空いてガアガアと喚(わめ)きだしたとき、
くちばしになにかを詰め込まれ、目を白黒して呑み込んだ。
情けないけど、それがおいらたちの食事のしかただったんだ。
「オマエラ、もっと静かにしたほうがいいよ。暴れるとスジ張るからダメ」
ワンさんはこわい目をして餌を配ってた。
一番うるさかった仲間は二三日餌をもらえなかった。
それからあまり騒がなくなっちゃった。
それでも、一度大笑いしたことがあるよ。
かわいい女の子がおかあさんを振り返って言ったんだ。
「ねえ、おかあさーん、ほらここにきれいなお花が並べてあるわ」
おいらたちがいっせいにその子に顔を向けたら
キャッと叫んで逃げてった。
そういえば離れて見れば花みたいに見えるのかと
みんなで笑いながら自分が植物なのか動物なのかわからなくなった。
あんまり笑いすぎたもので涙が出てきて
泣いてるのか笑ってるのかもわからなくなったよ。
そんなある日、見たこともない白い鳥が市場の空を横切った。
おいらはとても羨ましくて、オーイと呼びかけた。
その鳥はニッコリ微笑んで降りてきた。
「わたしの名前は帝(テイ)、こんなところでなにしてるの。どうして飛ばな
いの」
「おいらの名は労苦(ルーク)。だっておいら壷の中。足も萎えたし羽も萎え
た。
たとえ壷から出られてもやっと歩けて泳ぐことしか能のないあひる。
飛ぶなんて、とてもとても」
初めて見るその美しい鳥に見とれながら答えたんだ。
でもなぜかなんだかなつかしい気がしたよ。どこかで会ったことがあるみたい
な。
「あら、わたしには壷なんか見えないわ。
自分で自分を縛ってないで、その翼を羽ばたいてごらんなさいな。
きっとあの大空へ舞い上がれるわ」
白い鳥はそう言って翼を大きく広げて夕陽に向かって飛んでった。
そのとき、おいらの心に勇気みたいものが湧いてくるのを感じた。
それから真剣に空を飛ぼうと思った。あの鳥といっしょに飛びたいと。
毎日毎日、壷の中で動かない翼を懸命にうち振ってみた。
疲れはてて眠ると、あの鳥が夢の中で囁いた。
「あひる、飛びなさい、ルーク、飛びなさい。あの大空に帰るのよ。
あの大空はあなたのふるさとよ。いつもあなたを待ってるの。
遠い昔に忘れた翼の業(わざ)を思い出すのよ」
「でも、どうしてもだめなんだ。どうか自由にしてください。
おいらはただ泣き濡れているだけのあわれなあひるなんだ」
泣き言を言っても届くわけがなかった。
でもテイのことを思うだけで甘いような切ないような気持ちがして
安心して深い眠りに落ちていった。
「このごろ、おまえおかしいよ、壷の中でバタバタするのイケナイ。
かたくなって売れなくなる」
ワンさんはハラペコなおいらの前を素通りしてエサを配り終えた。
「好々(ハオハオ)、 おまえよく肥えてきた。えらいえらい。
この壷の中、カラダいっぱいになった。
ここの暮らしはもう卒業よ。おめでとう。明日いいとこ連れていく。
みんなも見習うといい」
おいらの一番仲の良かった仲間にワンさんはニコニコ笑いかけたんだ。
そのころにはもうおいらたちもうすうす気づいていた。
ハオハオの行き先が飯店であることを。そこでなにが起こるかも。
不意に胸が詰まって涙があふれだした。
でももう泣いてなんていられなかった。
見回すとみんなもなんとかしてハオハオを助けたいと
思っていることが伝わってきた。
その時だった。涙の向こうに幻みたいにあの美しい翼がうるんで見えたのは。
ぐんぐん、あの白い鳥は近づいてきた。
おいらの心臓はドキドキ高鳴った。
「さあ、飛ぶのよ。労苦(ルーク)飛ぶのよ」
おいらは羽を激しく震わせた。
それでも壷はまるで動かない。
やっぱり無駄かと力尽きたとき、
雲の影から黒い大きい鳥の姿が現れた。
それは大鷲だった。白い鳥を狙ってつけてきたんだ。
嘴(くちばし)と足の爪が凶器のように光ってた。
おいらはおもわず叫んだ。
「テイーッ、危ない。鷲だ」
テイはなぜか気づかない。
おいらはおどり上がって必死でもがいた。
バタンと壷が倒れて割れたとたん、空中に舞い上がってた。
大鷲は白い鳥に鋭い爪を開いてつかみかかろうとしている。
おいらは全力で体当たりした。
するとどうしたことか大鷲は空中に掻き消えてしまった。
おいらはまるで肩すかしを食った力士みたいに雲の中につっこんだ。
「うふふふ、とうとう飛べたわね。とうとうね。うふふふ」
テイは笑い声を残して大きく羽ばたいた。
翼をひるがえしひと振りするごとに青空に吸い込まれていった。
「そうだ、おいらは今飛んでるんだ」
風の中においらはいた。
生まれて初めて翼を飛ぶために使っている。
空の深さに、大地の広さにおどろいた。
「おーい、みんなもおいでよ」
われにかえって呼ぶと
次々に壷が倒れて仲間たちがころげでた。
ワンさんは右往左往して捕まえようとした。
でもその手をすり抜けて、みんなは飛び立った。
あの鳥の向かった方向にみんなで追いかけてゆこうとしたとき、
青空のどこかから声がした。
「わたしの役目は終わったの。これからはあなたがたの番よ」
こうして、おいらは風の中を泳ぐあひるになった。
どこかで姿を見かけたら呼んでおくれよ。
見えない壷に囚われたあなたが忘れた力を甦らせて
ともにこの大空を翔ぶ日のために。
(おわり)
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渋谷の芝居の稽古場で反原発劇の練習中、胴上げで額から落ちて首から下が動かなくなったわたしは救急車で北品川第三病院のICUに搬送された。
長時間に及ぶ手術が始まって、平井という若い医師が、むづかしいけれどこれまでやったことのない方法を試すということだった。もし治っても一生寝たきりか良くても車椅子の生活ということだった。手術後、麻酔が醒めて、まだ手足が動かないことを再確認した。のちに医師に聞いたところでは手術中に息を引き取らなかったのは腹式呼吸で鍛えていたからだそうだ。なるほどそんなものかと思った。リスクが大きい方法をとったことをのちに他の医師が非難したが結果的にはその新手法を使用したことが良かったのである。
fumio
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声優事務所、「ホワイトエレガンス」はABCにクラスがわかれていてわたしはAクラスのオーディションに受かった。そして、分かれてできた国枝量平主宰の小劇団ケイエムシネマ企画の劇団員となった。そして宇宙神靈アリオンのいう第三ショック・ウエーブの台頭時期である1988年、9月14日午後9時にわたしは渋谷の芝居稽古場で頸椎を損傷したのである。その1988年の頸椎損傷事故の文章を以下にコピー。
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1988年9月14日午後9時過ぎ、反原子力、窓からJRを臨む渋谷の稽古場で、原発ジプシーと呼ばれる役の若者たちが原子力博士役のわたしを何度も胴上げから放り投げた。
わたしは柔道の前方回転の要領で立ち上がり続けたのだが、それではなにか物足りなさを感じていたらしい舞台監督の演出家が、フィナーレの構想を練って、
わたしの身体が一番高く上がった時に電灯を消せば観客の目にその場面が焼き付いてフィナーレとしてふさわしいのではないかと思って試させたのである。
その劇は原発問題を扱った作品で演出家は、原発ジプシーと呼ばれる者たちに核シェルターを設計した博士が投げ捨てられる、というフィナーレの場面を構想して稽古によって煮詰めていた。
その瞬間、目の前にあるはずの床が見えなくなった。おそらくまわりにいたすべての人々も一時的に視覚を失っていたことだろう。
博士役のわたしを原発ジプシー役の若者たちは何度も胴上げから放り投げた。そのたびにわたしは回転受け身をして立ち上がった。演出家はもっと幕切れにふさわしい、観客の網膜に残像が焼き付く方法を思いついて試したのである。わたしが空中に舞っている頂点で、稽古場の電灯を消すように指示したのだ。猫なら突然、光を消してもうまく着地するかも知れないが私の場合は闇になった途端、さっきまでのまわりの景色が消え空中での位置感覚が失せた。残念ながら猫が空中で体を立て直すようにはゆかなかった。 額が床にぶつかったのだ。勢いよく落下した全体重を受けて平気なほど首の骨は強靭ではないらしい。灯かりをつけた人々が目にしたものは倒れたまま動かないわたしの姿だった。抱き起こされたとき気絶していなかったらしく。受け答えはできたが首から下が動かなかった.。
fumio
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わたしは、ミュージシャン仲間フミオ宮下、ケン島が日本に帰ったあと、しばらくして、1986年に米国ロサンジェルスより日本に帰国した。
関東地方に居を構えてしばらくアルバイトしながら暮らしていたがある時、毎日新聞に載った原宿竹下通の声優事務所(ホワイトエレガンス)の声優募集広告に応じてオーディションを受けたのであった。
fumio。
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至高の国アトランティスの生残者(いわゆるマスター達)、子孫達に伝える。宇宙磁気線としての第三ショック・ウエーブの台頭があり(時期は1988年)その後にジャイアント・ロック(北米インディアン・ホピ族の言い伝え通り)は四分化されるだろう。 ☆の形としての本来の力が作動を始めるので霊的な指導者達、つまり黄金のどくろを持つ者達は眉間より発する至高の波動(紫波)を送りなさい。
チチカカ、ハオアイ-メヒコ、イナワシロ、トウキョウ
ツルガミネ、アソ、ロスアンジェルス、サンホセ
アリゾナ-マグア、キスコウ、シャンガイ、ルツ
時を告げる鳥は放たれた、そしてその使命を全うする。
4分化された「巨岩」は、その4分化されたことの意味を知り、
砂州に広がる忘却の都市に、その意味を刻印するだろう。
---ARION,O∴O---
この宇宙神靈アリオンのいう第三ショック・ウエーブの台頭時期である1988年、9月14日午後9時にわたしは渋谷の芝居稽古場で頸椎を損傷したのである。☆の形としての本来の力というのはアーティストとして世界的音楽フェスティバル第1回アジア太平洋わたぼうし音楽祭に日本代表として参加したりしてアーティストとして世直し運動することを指している。
予言の民、ホピ族は、世界的音楽イベントに出場するTRUE WHITE BROHERたち三人(Romio Miyuki Fumio)はそれぞれに十、卍、☆のシンボルマークが見えるという。わたしは原宿竹下通りの声優とモデルプロダクション「ホワイト・エレガンス」で活動していたのでWHITE BROHER。
ナレーション担当の少年Romioはバプティスト教会で洗礼を受けたので十字、リードシンガー,Miyukiとわたしは卍や☆がシンボルマークなのである。
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