 |
 |
 |
 |
| |
その頃、ロサンジェルスの市民の憩いの公園マッカーサーパークの近くに処女航海(MAIDEN VOYAGE)という日本人が経営するジャズクラブがあった。ある時、そこに屯[たむろ}するアーティスト集団からSFのライヴコンサートオファーが入り宮下フミオがオーケイした。アーテイスト仲間の援助と要請をうけてジャズクラブ『処女航海』において1981年1月18日(日)午後9時、入場料5ドルでアルバム「プロセス」の収録曲をライヴ演奏するファイナルライヴを催した。普段はジャズの演奏を聴きにくる聴衆の前でわたしたちは全く異質な音楽を淡々とくりひろげた。ライヴの後半、嵐 の曲で宮下が中国銅鑼その他のパーカッションを打ち鳴らし舞う際、舞台機材店で借りだしたスモークマシーンでステージがドライアイスの煙に覆われて真っ白になった。アンコールの声が沸いた時、応えられる曲数があまりなく知っている曲をやりつくしてファー・イースト・ファミリー・バンドの曲「セイ」まで演奏してそしてすべてが終わると「You are different!」と聴衆が叫んでいた。
その「処女航海」でのSFライブコンサートの翌日、中島茂男(シゲ)さんはサンフランシスコに出発したのである。
わたしは餞別を50ドル手渡して見送ったのだった。
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
第1回アジア太平洋わたぼうし音楽祭於シンガポールカラン劇場
日本代表パフォーマンス。
------------------------------------------------------------------------------
司会者、
“Fumio when he wrote this song had one dream, one desire in mind. he would like to see all mankind united as one to music.
And ,I personally feel that so far tonight, we all felt as one. havn't we, yes?
“I know some people upthere."
“I know some of you having feeling very emotional about all song, up to during rehearsal.
“ You realize, I personally did realize that I didn't have to understand the lyrics of the song to feel with the songwriter
To feel with the singer,I felt very sad, I didn't know the words when I heard some of the song. then I later read the translation in the souvenir magazin which each of you have.
“I felt I was'nt too far off the map. Seein' you is Fumio and his song tells the story and his song has a special message.
“Would you like to share that message with all of us Fumio!"
“ Yes, Hello ! people in Singapole and from many places asia .
I'm going to present you this special song for you and me all whole universe.
This song is written for not only asian people, universal people, thank you!"
“When you hear the song you will know exactly whatYamashita-san is trying to tell you ."
Performing the song with Fumio is his son, ah… right on my right, on your left , Romio.
And the lady with him is Miyuki Suzuki.
“Ladys and gentle men, Japanese song,
“By the day we see eye to eye."
****************************************************************************
訳文
「フミオがこの曲を書いたとき、彼は一つの夢、一つの願いを抱いていました。音楽を通じて全人類が一つになるのを見たいと願っていたのです
。そして私は、今夜ここまで、私たち全員が一つになったと感じていると感じています。そうではありませんか?
「そこの上にいる何人かの人たちを私は知っています。」 「リハーサルの間まで、すべての曲にとても感情的になっている人たちがいること
を知っています。」 ご存知のとおり、私は個人的に、作曲者や歌手の気持ちを感じるためには歌詞を理解する必要はないことに気付きました。曲の一部を聞いたとき、歌詞がわからなくてとても悲しくなり、皆さんが持っているお土産の雑誌で翻訳を読みました。
「私は、自分がそれほど遠く離れていないと感じました。あなたがたに会っているのはフミオで、彼の曲は物語を語り、彼の曲には特別なメッセージがあります。
「フミオ、そのメッセージを私たち全員と共有してくれませんか?」
「はい、こんにちは!シンガポールの皆さん、そしてアジアの多くの場所の皆さん。
この特別な歌をあなたと私、そして宇宙全体に贈ります。
この歌はアジア人だけでなく、全宇宙中の人々のために書かれています。ありがとう!」
「この歌を聴けば、山下さんが何を伝えようとしているのかがはっきりとわかるでしょう。」
フミオと一緒に歌うのは彼の息子、あー私の右で、あなたがたの左にいるのはロミオで
そして彼と一緒にいる女性は鈴木ミユキです。
「紳士淑女の皆様、日本の歌です。
----------------------------------------------------
わかりあえる日まで(by the day we see eye to eye)
詞、曲、山下富美雄
「この広い宇宙の片隅に ポツンとひとつ星がある。
青く輝くその星に 命に輝くその星に
ぼくらはみんな住んでいる。 ひしめきあって生きている」
1.膚が違う 顔が違う 瞳が違う 国が違う 夢が違う 言葉が違う
ライララララ ライララララ ライララララ
ライララララ ライララララ ライララララ
もしも世界の 果てに住もうと
人を愛する 心は変わらない
もしもあなたに いつか会えたら
こんな気持ちで 包んで歌おうか この歌
世代を超えて 人種を超えて すべてを超えて
わかりあえる日まで
Every time we share sad tears, our pains melt like the ice,
We become full of joy for living life in this world.
Can’t you see how we survived? can’t see how we revived?
Take my word see my way.
I’m gonna take you to my soul with this song.
Sing across the centuries, jump across the countries,
Sing across the histries,by the day we touch heart to heart.
Winds no difference, clouds no difference, lights no difference,
Skies no difference, seas no difference, lands no difference
lai- la la la la, lai- la la la la, lai- la la la la la,
lai- la la la la, lai- la la la la lai- la la la la la
Sing across the fires, jump across the wires ,
Sing across the desires,by the day we walk hand in hand.
Sing across the whole earth, jump across the voyagers,
Sing across the universe.by the day we see eye to eye.
By the day we smile heart to heart.
Brothers with you, sisters with you, my friends with you.
********************************************************************
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
第1回アジア太平洋わたぼうし音楽祭於シンガポールカラン劇場
、日本代表パフォーマンス英語ヴァージョン
<By the day we see eye to eye.>by Fumio Yamashita
“There is a tiny planet in the spacious universe from the long time before.
We all live on it that shines blue to the core.
Wish we’d be going together forevermore.”
Eyes are different,skins are different,faces are diffrent.
Words are different,dreams are different,nations are diffrent.
lai- la la la la, lai- la la la la, lai- la la la la la,
lai- la la la la, lai- la la la la lai- la la la la la
Come to me here by my side, when you need someone to love.
And you feel all alone in the end of this world.
Talk to me how you cried,talk to me how you tried.
Hold my hand see my eyes.
I’m gonna comfort you,my friend.with this song.
Sing across the ages, jump across the places,
Sing across the races,by the day we see eye to eye.
Every time we share sad tears, our pains melt like the ice,
We become full of joy for living life in this world.
Can’t you see how we survived? can’t see how we revived?
Take my word see my way.
I’m gonna take you to my soul with this song.
Sing across the centuries, jump across the countries,
Sing across the histries,by the day we touch heart to heart.
Winds no difference, clouds no difference, lights no difference,
Skies no difference, seas no difference, lands no difference
lai- la la la la, lai- la la la la, lai- la la la la la,
lai- la la la la, lai- la la la la lai- la la la la la
Sing across the fires, jump across the wires ,
Sing across the desires,by the day we walk hand in hand.
Sing across the whole earth, jump across the voyagers,
Sing across the universe.by the day we see eye to eye.
By the day we smile heart to heart.
Brothers with you, sisters with you, my friends with you.
-------------------------------------------------------------------------------------
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
1991年第1回アジア太平洋わたぼうし音楽祭於シンガポールカラン劇場
、日本代表パフォーマンス日本語アージョン
わかりあえる日まで
<わかりあえる日まで>
(by the day we see eye to eye)
詞、曲、山下富美雄
「この広い宇宙の片隅に ポツンとひとつ星がある。
青く輝くその星に 命に輝くその星に
ぼくらはみんな住んでいる。 ひしめきあって生きている」
1.膚が違う 瞳が違う 国が違う 夢が違う 言葉が違う
ライララララ ライララララ ライララララ
ライララララ ライララララ ライララララ
もしも世界の 果てに住もうと
人を愛する 心は変わらない
もしもあなたに いつか会えたら
こんな気持ちで 包んで歌おうか この歌
世代を超えて 人種を超えて すべてを超えて
わかりあえる日まで
2.わかち合うたび 溶ける悲しみ
生きる喜び 心に甦る
人と人との 熱いつながり
確かめあうため 命のあるかぎり 歌おう
時代を超えて 文化を超えて 歴史を超えて
わかりあえる日まで
風は同じ 雲は同じ 光は同じ 空は同じ 海は同じ 大地は同じ
ライララララ ライララララ ライララララ
ライララララ ライララララ ライララララ
戦さを超えて 砦をこえて はざまを超えて
わかりあえる日まで
地球を超えて 銀河を超えて 宇宙を 超えて
わかりあえる日まで 愛しあえる日まで
あなたと あなたと あなたと
------------------------------------------------------------------------------
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
ロサンジェルスのピコ通りにあるコンヴェンションセンターで開催された「ジャパンフェスティバル」におけるプログレッシヴロックグループSFのメンバー4人フミオ宮下、シゲ中島、ケン島、フミオ山下での最後の演奏以来、
宮下富実夫は、1981年、アメリカから日本に帰国。そして、環境音楽、ヒ-リングミュージック、アニメミュージック、映画音楽,丹波哲郎の「大霊界」など様々な音楽活動に身を投じた。そして203年2月6日午前2時26分に54歳でこの世を去ったのであった。わたしは宮下の素晴らしい音楽感性に憧れたものだった。合掌…。
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
2003年(平成15年)は2月3日にアルバムプロデューサー宮下フミオと中島茂男{シゲ}さんに印税計算書をメールした。
するとそのレスとして2003/02/25に宮下のワイフ、リンダから以下のようなメールが届いた。
---------------------------
Hello Fumio, I hope your family is well. You may have heard that Fumio died of lung cancer on Feb. 6 this month.
He tried to fight it very bravely but he finally lost his last battle. I talked to Shige and Lance on the phone.
We miss Fumio very much. No one knows what will happen in our life. Please say hello to your wife for me.
Linda Miyashita
--------------------------
宮下フミオが肺癌によって2月6日に亡くなってそのことをランスとシゲさんに電話で伝えたということだった。
2月6日はわたしの誕生日なので衝撃的だった。
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
ロサンジェルスで出会ったミュージシャン仲間宮下フミオと中島茂男とわたしはハリウッドでSFというバンドを作り「プロセス」というプログレッシヴロックアルバムを製作したことがあった。それはカセットテープのアルバムで日本ではマーキーズ社でCD化されたのだった。
それでマーキーズ社から以下のようなCD売り上げの印税計算書
-------------------------------------------------------------------
印税計算書
精算日
アーティスト:SF
タイトル:プロセス
*********************************************************
が送られてくるとわたしは宮下氏と中島氏にコピーしてメールしたのである。
そんな交友関係が続いている。
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
日誌によると中島茂男{シゲ}さんは
2023/12/10日曜に我が家に寄ってくれている。
朝、歯を磨いているとシゲさんから行ってもいいかと電話がかかってきた。2時に来るというので待っていると午後2時前ににタクシーでシゲさんがひとりで来た。妻ががピンクの割烹着で玄関に出て声をかけた。
シゲさんはコーヒーを飲みながらギブソン• ハミング• バードを弾き色々以前のレパートリーなどをセッションした。ぼくはバックを弾いてもらってマイウエイなど数曲歌った。楽しい時間だった。これから中目黒に行くという。ずいぶん忙しくて大変らしかった。
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
2024年12月18日のブログに、月曜日にうちに来てくれたアメリカ在住の中島茂男との初めての出会いの記事を思い出語り / として「エンカウンター」という記事を書いているので以下にコピー
--------------------------------------------------------------------------
ロサンジェルスのエンターメント界のある日、クラブ「エンカウンター」(Encounter)」という日系の大型クラブが開店するという噂が流れ、羅府新報やラジオその他でその店のエンターティナーのオーディションの開催が予告された。天下一武道会のようにロサンジェルス中のエンターティナーがそのオーディションに集まった。次々に得意曲をピアノやギターを弾きながら披露してゆく。わたしは日本の歌「シクラメンのかほり」をギターの弾き語りした。オーディションで選ばれたのはほとんどがピアノを弾くエンターティナーばかりだった。その頃、日本のレコード会社からデビューしていた日系アーティスト、マイク三宅もピアノの弾き語りとして店に入った。ギターの弾き語りで選ばれたのはわたしと長髪で口髭が特徴の男の二人だけだった。マイク三宅のパフォーマンスは「太陽は燃えている」が温かみのある幅広い包み込むような唱法で抜群だった。そして日系ラジオ局がクラブ「エンカウンター」の番組を作って店のエンターティナーたちの歌をラジオで流した。わたしはそれでピアニストの伴奏で「また逢う日まで」を歌った。何回かクラブ「エンカウンター」で仕事しているとマネージャーのケンさんが今度から口髭の男と一緒に仕事してくれという。エンターティナーが二人で組んで仕事するというのは聞いたことがなかったけれどOKしてその髭の男「中島茂男」と一緒にステージに上がった。わたしはアコースティックギターを弾き中島はギターアンプを持ち込みフェイズシフターなどのエフェクターにつないだエレキギターを弾いた。それがプログレッシヴロックバンドSFの相棒中島茂男(シゲさん)との本当のエンカウンター{出会い}だった。
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
昨日午後2時ごろフロリダに住む以前SFの相棒ギタリストだった中島シゲさんが、日本に来たから今から顔を見に行くと電話してきた。待っていると品川から電車とタクシーを乗り継いできた。2時半頃から4時前まで、アメリカの現在の状況などを話題にして楽しんだ。トランプ政権はバイデン大統領の時より親しみやすいという。
ドジャースの大谷は国民的スターになったという。
野茂が活躍した時デーオとバナナボートをスタジアムみんなで歌って応援したことも話題になった。
シゲさんは前回は2023/12/10日曜にやって来た。数曲セッションして仕事で中目頃へ行ったのだった。
fumio
| Trackback ( 0 )
|
|
 |
|
|
 |
|