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『NEEDY GIRL OVERDOSE』の問題と、日本インディーゲームの将来

※本稿は問題周知のために、例外的に全文無料で公開します

『NEEDY GIRL OVERDOSE』のディレクターであるとりいさんが、パブリッシャーであるワイソーシリアス斉藤氏との間で起きた問題について、公式に声明として発表されました。

わたしは、とりいさんと直接の面識は全くありません。しかしながら、自分もまた同じパブリッシャーとの間で法的に係争した当事者として、本件についてゲームゼミで論ずる責任があると感じます。

そこで、改めて自分なりの立場から、あくまでフェアに本件について考えましょう。


とりいさんと、『NEEDY GIRL OVERDOSE』について

とりいさんは、『NEEDY GIRL OVERDOSE』におけるディレクターでした。

『NEEDY GIRL OVERDOSE』は言わずもがな、日本のインディーゲームにおいて随一といえるほどの成功作です。売上にして約300万本に迫り、これは日本のインディーゲームの中でも恐らくトップ5に入る成功と言えるでしょう。

そんな『NEEDY GIRL OVERDOSE』は、しばしば、企画者であるにゃるらさんの作品として語られます。もちろん、本作はにゃるらさんの魂が籠められているので、それは間違いではありません。実際、本作はにゃるらさんがインターネット上で出会った女性、幼少期から積み重ねてきたサブカル知識、そして何より本人が実際にネット上の有名人として活躍してきた上で味わった快感と絶望を追体験する、まさにインディーならではの人文学的な作品です。

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しかし、そのにゃるらさんのイマジネーションを実際にゲームへ落とし込んだ張本人であるとりいさんの功績もまた、非常に大きいのです。


まず、とりいさんは『NEEDY GIRL OVERDOSE』のプログラミング(言わずもがなゲーム開発の根幹です)をお一人で全て担当されています。さらにデザイナーとしての才能を活かし、UI・UXについても担当されました。しかし個人的に最も尊敬するのは、ゲームデザイナーとしての功績です。

もともと『NEEDY GIRL OVERDOSE』は複数のヒロインが存在する古典的美少女ゲームとして企画されました。しかし、諸々の都合からヒロインを現在のあめちゃん一人にしぼることになり、それを成立させるため『プリンセスメーカー』のような「ヒロイン育成ゲーム」へコンバートしていくわけですが、実はここに様々な問題がありました。

何故なら、前例があまりに少ないゲームだったからです。そのため発売の直前までゲームは「とてもゲームとは言えないほどつまらない」もので、何度も何度も作り直したといいます。一体それをどうすれば面白くできるか、これについて向き合ったのもとりいさんでした。

とりい氏:
 「大量にあるコマンドでネタ探しをして、それを使って配信するゲームにしましょう」という提案でした。
 配信ネタがあって、ネタにレベルがある。たとえば、陰謀論のレベル1を配信すると、次の行動で陰謀論レベル2が見つけられる、みたいな感じです。
 「ただ、陰謀論ネタをやり過ぎるとこういう末路があります」みたいな。10分で書ける程度の図だったんですけど。

──そのデザインは夫婦喧嘩が始まってから本当に10分で書いたんですか? 前から温めていたアイディアなんですか?

とりい氏:
 いえ、10分で書きました。うーん、どうなんだろうな。極限まで追い込まれてシナプスがガバッと繋がったというか。

ゲーム開発未経験、たった4人のチームがなぜ全世界75万本のゲームを作り上げるに至ったのか?──病み系女子育成ADV『NEEDY GIRL OVERDOSE』のはじまりからおわりまで。

このように、とりいさんはご自身でコードを書くのと同時に、ゲームデザインの細かな点について常に検証しながら実装されていたそうです。

その結果、『NEEDY GIRL OVERDOSE』は美少女ゲームの本場である日本はもとより、中国や欧米など美少女ゲームがあまり知られない地域においても評価されることになりました。

『NEEDY GIRL OVERDOSE』はしばしにゃるらさんの強烈な世界観と人間的なテキストが目立ちますが、それを形にする上で、とりいさんの存在は非常に大きいものだったと聞いています。無論、アート方面においてはお久しぶりさん、ドットやアニメーションのねんないさん、音楽のaiobahnさんの存在も欠かせません。

にもかかわらず、作品を支えたとりいさん、更にはにゃるらさんまでもが給与の未払いやハラスメントについて訴えています。お二人が作品のために魂を削ったにもかかわらず、その訴えは今もパブリッシャーによって無視されているのです。

(ところで、『NGO』の描写を倫理的な視点から疑いかける批判もいくつか存在します。それらについては個人の感想とするにしても、わたしは本作がもたらした「非倫理的な表現」こそが現代の女性を描く上で重要なのであり、とりわけ非倫理的である描写こそが逆説的に「生きること」を問いかけているという批評を発売当初に寄せています)


とりいさんの被害と、「どっちもどっち論」への反論

さて、そのように貢献した開発者が、実際にどのような仕打ちを受けたのか。とりいさんの発表によると、それは以下のようなものでした。

・2023年1月の発売から1年以上経ったあとも、Why So Serious? Inc.代表の斉藤大地氏からNEEDY GIRL OVERDOSE関連の不当な要求が続き、相談に取り合ってもらえない状況が続いたため、2023年4月に弊社代表は連絡用のチャットグループから外れました。

・2023年5月以降、NEEDY GIRL OVERDOSEの売上の分配は止められました。しかしながら、外れた後の追加コンテンツの不具合の修正を要求されました。

・2023年5月以降の収益の分配は、弁護士を通じて連絡するまで払われることはありませんでした。また、合意を経て支払われた額も、不審な経費が引かれた後のものとなっていました。

(以上、一部抜粋)

「NEEDY GIRL OVERDOSE」に関しての現状説明

(『NGO』以外にも)様々なクライアントとの取引実績のあるとりいさんが、このような実態について自ら明かしたことに、驚きました。具体的な数値こそ書かれないものの、はっきりと

「(パブリッシャーから)不当な要求が続き」「売上の分配は止まったのに後に追加したコンテンツの修正を要求され」「さらにその分配も一部未払であった」

ということが、読み取れます。これはとりいさんに対する明らかに不当な扱いであり、権利および人格を侵害するものです。許されるべきことではありません。

ただ、こうした見解に対しては「上記はとりいさん側からの主張にすぎない。相手側にとっては別の言い分があるはず」という考えもあるでしょう。確かに、これだけをもってトラブルの全容が明らかになったとは言えません。

しかしながら、「双方に言い分がある」という前提があるからといって、ネットでは「どっちもどっちなのだから、触れるべきでない」という「傍観」のスタンスこそが「知的で正しい」かのように考えられることが、しばしばあります。恐らくとりいさんの問題についても、多くの人が「どっちもどっち論」を使うことで「傍観」を決め込むことでしょう。


しかし、それは正しいとは思えません。

何故なら、まずディベロッパーであるとりいさんと、パブリッシャーとの間では原則的に権力関係が違いすぎます。特にパブリッシャーのように資本を出す側は、決まって圧倒的に有利な契約を結びます。

もちろん、資本はゲーム開発に不可欠であり、資本を出しただけ見返りを求めるのは資本主義の原則です。しかしながら、それ以上にゲームという創造のために不可欠である開発者の才能や能力は不当に軽んじられ、ただお金を出したというだけで全てを支配できるような契約が業界には多々あります。同時に、そのように資本があればいくら権力をふりかざしても許されるという行為は、歴史的にも批判されてきました。

例えば、企業が労働者を雇っているからと言って、予告なく解雇してもいいのか?

銀行がお金を貸しているからと言って、法外な利子をつけてもいいのか?

もちろん違いますよね。倫理的どころか法的に許されません。資本を持っている側が有利であるからこそ、資本主義社会では資本=権力に対する監視が欠かせないのです。

そもそも、とりいさんの主張によると、「不当にコンテンツの修正を要求され」「支払いも未払だった」とあります。そんなものは、そもそも資本主義の原理のもとでも許されない、というか資本主義であるからこそ最も許されるべきでないことです。

そして、本件についてパブリッシャーであるWSSは具体的なことを何も発表していません。

実は、これも上記の資本的な優位から説明できます。つまり周囲が「どっちもどっち」と傍観させているだけで、既に経済的に有利な立場なパブリッシャーには、わざわざ表立って議論する土俵に上がるメリットがないからです。


更に言えば、本作はあくまでインディーゲームとして作られていることも留意すべきでしょう。

インディーゲームである以上、とりいさんら開発者は大変なリスクを背負っています。

(日本では)ゲーム企業の社員は基本的に雇用に守られ、いくら開発しているゲームが失敗しても即座に給料が減ったり、解雇されることはありません。しかし、とりいさんらインディー開発者は(契約次第ですが)ゲームの売上がなければ継続的な収入を受け取ることはできなかったはず。

実際、とりいさんは開発中、自分の資金も尽きる寸前だったと語っています。

とりい氏:
 斉藤さんだけじゃなくて、わたしのキャッシュもヤバかったんです(笑)。ふと気付いたら「来月にキャッシュが尽きる!ヤバいヤバい、倒産する!」となって、「出さなきゃ死ぬ」とけっこう頑張って出そうとしたら、すべての人間が止めてきて。

ゲーム開発未経験、たった4人のチームがなぜ全世界75万本のゲームを作り上げるに至ったのか?──病み系女子育成ADV『NEEDY GIRL OVERDOSE』のはじまりからおわりまで。

このようにインディーゲームの開発においてリスクを背負っているのは、何も出資する人間だけではなく、開発者もまた同様です。だからこそ、とりいさんら開発者とパブリッシャーは常に公平であるべきです。

ましてや、とりいさんは『NEEDY GIRL OVERDOSE』の立役者、ディレクターです。純粋に、日本のインディーゲーム文化において顕著な成功を収めた開発者が、このような苦しみを抱えていることが知られていないことも残念ですが、何よりもインディーのリスクとディレクターとしての功績を鑑みて、もっとも報われるべき開発者の一人だったのではないでしょうか。


さて、ここまでとりいさんが直面している問題について検討してきましたが、実際に多くのインディーゲーム開発者が、不利な契約や一方的な要求によって苦しめられていること──つまりこんな話は世界的に珍しくないのも、疑う余地のない現実です。

しかもほとんどの場合、それは表沙汰になりません。万が一、そうした問題を公表すれば訴訟になるかもしれないし、経済的に余裕のない独立系開発者に裁判は耐えられません。仮に訴訟されずとも、「扱いづらい開発者」として業界で村八分にされるリスクを負うので(権力者の言い分こそ通りやすい業界なので)、多くの場合は飲み込まざるを得ないのです。

だからこそ、にゃるらさんやとりいさんがリスクを鑑みても勇気を出し、問題を主張したことは、すごく業界として意義あることに思います。それも『NEEDY GIRL OVERDOSE』という日本インディーの中でもトップレベルのヒット作だからこそ、なおさら主張する意義は大きかったと思います。

ただ残念ながら、お二人の発信は決して十分に周知されたとは言えません。メディアを含め、「どっちもどっち論」を内心抱えつつ、「傍観」している人が少なくない。

しかし本当にそれで正しいのか。

そのような環境で、開発者たちが自分たちの独創性を十全に発揮できるといえるのか。

欧州、北米、昨今では中国や韓国さえ頭角を表すこのインディーゲームという文化において、日本が今後進出していくために必要なことは、開発者が圧力や搾取への不安を感じることなく、安心してゲーム開発に集中できる環境ではないか。

一人のゲームファンとして、正しく開発者を人間として扱うような業界になってほしいと切に願います。


ちなみに──当たり前ですが、日本における圧倒的多くのインディーゲームパブリッシャーは、開発者を支えるべく努力しています。インディゲームが好きで、そのインディゲームを作る人はもっと好きだという人ばかりです。

例えばPLAYISMの水谷さんは、自ら開発者が不利な契約を結ばないための啓蒙活動を続けていますし、room6の木村さんは、定期的に個人のゲーム開発者のために情報を発信しています。

海外の事例ですが、オーストラリアのFellow Travelerというパブリッシャーに取材した際に、「ゲームのクオリティをどう担保するか」と聞いたら「ゲーム開発の決定権は常に開発者にあり、我々は説得することしかしない。契約上必ずそう決めている」と即答されたこともありました。

彼らほとんどのパブリッシャーは、こうした問題のむしろ被害者であることは念を押します。


今後のゲーム文化と、自分の考え

わたしがこの問題に関心を抱いた、というより責任を感じたのは、既に述べた通りわたしが『NEEDY GRIL OVERDOSE』を販売したWSSの斉藤氏とともにメディア「I.N.T.」を立ち上げたからです。

詳細は記事に述べた通りですが、わたしは「ゲーム開発者、とりわけ立場上不利になりやすいインディーゲームの開発者に少しでも役立ちたい」という気持ちから開発者へのインタビューに特化したメディア「I.N.T.」を立ち上げ、既に『バルダーズゲート3』のSwen Vinckeさんや『Unpacking』のTim Dawsonさんらに「独立しながらゲームを作ることの苦悩や葛藤」について取材しました。

しかし、わたしがメディアを作っている背景で斉藤氏はとりい氏やにゃるら氏と上述のトラブルに陥っており、それに気づいたわたしがメディアの公開を差し止めることを求めたところ、斉藤氏の強い反発を受け、日本語を除いて公開されることが決定されました。

皮肉にも「ゲーム開発者が世界中でひどい扱いを受けているらしいから取材したい」という動機で作ったメディアが、何よりもその「ひどい扱い」を実証してしまったという事実により、わたしは「I.N.T.」編集長を辞任し、本気でゲーム文化を変えるべく「Interacrit」というメディアとして立ち上げる決意を表明しました。


そういうわけで、本件についてわたしは当事者でもあり非当事者でもある、微妙な立場です。

そのうえで、あくまでここからは個人的な考えを述べます。

確かに「I.N.T.」を巡り、わたしも斉藤氏と係争に至りました(ここでは割愛します)。しかし、2年前に斉藤氏が自らの売上を投じてメディアを作ると言い出した時はすごくワクワクしたし、面白くなる予感がありましたのは事実です。

パブリッシャーは、「期待する」という点において唯一無二の役割です。自分の自信だけでなにかを作れるクリエイターもいますが、一方でどんなにいいアイディアがあっても自信がないために踏み出せないクリエイターもいます。斉藤氏に限らず、パブリッシャーは彼ら彼女らを正しく「期待」し、背中を押すことで、生まれた作品は多数存在します。

だからといって、もちろん(搾取的な)投資や契約が必要悪だとは思いません。むしろだからこそ、彼には本来のプロデューサーとしての気持ちに立ち返り、にゃるらさんととりいさんに正面から誠実に向き合ってほしいと思っています。

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