『ユリイカ』’21年3月号の分析と、現代詩とは何か

一時、『ユリイカ』と『現代詩手帖』を毎月、両方買っていた。
純粋に、投稿欄の入選詩を読むためだけに。
ここ2・3ヶ月は置き場所の問題から、どちらか一つに絞って、買わなかった方は図書館で借りれるまで1ヶ月待つことにする、通常の買い方に戻している。
両方、図書館にしてひと月待つのは、さすがに我慢できなかった。

20年度の〈ユリイカの新人〉に選ばれた千種創一さんや、
両雑誌にコンスタントに入選し続ける驚異の詩人、鎌田尚美さんなどの優れた作品を読むために、と言って良いかもしれない。

正直、両雑誌ではあまりに暗号化されてしまった掲載詩も多くて、僕の分析力ではそこからは何も学び取れないままの場合もある。
一方『ココア共和国』だと行数制約がある関係から、1イシューの30行程度の短い詩になるけれど、両雑誌は2イシュー以上のテーマが含まれている長詩で、100行近くになる詩も多い。
遠大なテーマが描かれるとも言えるが、そこまで長い散文形式だと、単に気を衒って、違いが目標になっているのでは、と疑問に思わざるを得ない。
また、『ココア共和国』はアイデアだけの一瞬の詩も許容されるけど、両雑誌ではそれだけでは掲載されない。
もうひと捻りか、テーマを掘り下げた深さが要求される気がする。

おそらく、単に好き嫌いで読んだり、筋を追う意識で読んでいると、デタラメに配置されているとしか見えないのが現代詩(=象徴詩)だ。
基本、僕の認識の中では、言葉を日常と違う組み合わせにして、異常な意味現象を発生させる《異化》が最低一つ異常含まれるのが現代詩の世界だ。
中には、全行、《異化》段落の重い詩も往々にしてある。
それでも、イメージを伝える何らかの感覚が働いていれば、その原理やルールを理解さえすれば、僕は学び取ることもできる。

対して、
なんらかのテーマ(=詩情・ポエジー)があって、丹念に意味を追えるのが近代詩だと、僕の中では定義している。
《異化》は全くないものも多い。
どちらかといえば、朔太郎や中也の象徴詩には、時々、現代詩っぽい感覚が含まれる。
西脇順三郎は、すごく近代詩的な現代詩だ、と思う。

現代詩の中にも、象徴詩でありながら、ポエジーがあるものもある。
僕が書くのは、また書きたいのは、基本、それである。
感覚だけだと、読み手を共感・感動させられないと思う。
ただ、どこまで暗号に近い象徴性を自作に取り込めるかが、自分の成長に不可欠なのは間違いない。

今月の3月号の『ユリイカ』の投稿欄〈今月の作品〉の掲載詩はどれも、《異化》のある象徴詩なのは言うまでもなく、どれも独自の作品世界がある。
いや、むしろ、物語的に起承転結する作品ばかり、と言った方が良いと思う。
「苦しい」とか「哀しい」とかの単発の気持ちを述べがちな近代詩的な昔のタイプの〈モノトーン〉詩は皆無。
詩情があるものは、どれも複雑で精緻な〈混声合唱〉で謳い上げる詩ばかりだ。

一番のお気に入りは、やはり鎌田尚美さんの作品で、冒頭にある「白い月」。
たった22行なのに、その設定の新鮮さ、オリジナリティあふれる魅力に魅了される。
僕なら、鎌田さんを今年度の《現代詩手帖賞》に選ぶな。

一番、ポエジーがわかりやすいのがラストにある高野真佑子さんの「骨」。
祖母と魚のアナロジーを中心に詩情が展開される近代詩的なタイプ。
悲しみの現実が直に反映されている。
作者は若い感性が感じられて、ある意味、素直で真っ直ぐ。
だから、選者もラストの六番目に持ってきたのか。

池田伊万里さんの「手紙」は、2連・3連で構成される小さな章が10章集まった短詩型パートで構成されて、ある意味、それぞれ別の、無関係な《異化》言葉で構成されている。
それを「強度ある言葉」と選者の和合さんは形容し、詩のはじめ「入口から結末の出口へ全く違う風景を作り出してみせる」面白さと述べているのが図星だ。
選者がいう「意識的」とはテーマ性・統一性だろうね。
それがあると、確かにもっと魅力的になります。
僕の二番目のお気に入り。

夜水透さんの「いつかそこには花が咲く」や、藤谷真実子さんの「空席」、そして勝部信雄さんの「ひとり幕府」も、
それも《異化》現象が個性的で面白い。
言葉のチョイスが、三者三様の感覚があって甲乙つけ難い。
「ひとり幕府」の組み合わせ感覚とユーモアが魅力的かな。
だから、和合さんは、これを二番目に配列したのだと思う。

「いつかそこには花が咲く」のラストの退場の仕方に、言葉遊びのひと工夫がある。
だからか、これが三番目配列。
そういう意味では「空席」は遊び心が一番、足りなかった真面目さが玉に瑕で、四番目か。

改めて、考えてみると、3月号の選者の和合さんの求めている詩の評価ポイントが全て完全に〈見え〉ました。
いつもそう上手くはいかないのに。

それだけ今回が秀作揃いだったのか、たまたま僕の感性と合致していたのか。
それとも、僕の分析力が和合さんに追いついたのか。

この分析力・読解力で、自作を改稿し続ければ、理論的には入選レベルに到達するはず。


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『ユリイカ』’21年3月号の分析と、現代詩とは何か|アトラン(筆名:竹之内 稔)
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