韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領が2025年10月29日、ドナルド・トランプ米大統領と会談した際に「韓国が開発する原子力潜水艦に対する燃料の供給を決断してほしい」と要請。翌30日にはトランプ大統領が「韓国の原子力潜水艦建造を承認した」と応じました。韓国で、原子力潜水艦の建造が始まりそうです。

 他方、日本の政界でも原子力潜水艦への注目がにわかに高まりました。自民党と日本維新の会が連立政権を樹立するにあたり、10月20日、連立政権合意書に「長射程のミサイルを搭載し長距離・長期間の移動や潜航を可能とする次世代の動力を活用したVLS*搭載潜水艦の保有にかかる政策を推進する」と書き込みました。「次世代の動力」は原子力を指すと考えられます。

=垂直発射装置(Vertical Launch System)の略。水上艦艇や潜水艦に装備するミサイル発射装置のこと

 韓国や日本に原子力潜水艦が必要なのか。開発・運用となれば何が必要か。順にお伺いします。まず韓国にとっての必要性と、実現への課題をどう考えますか。

香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官(以下、香田氏):まず、必要性について。私は現時点において大きな必要性はないのでは、と考えます。いずれの国に限らず、軍人は任務達成を最優先し、そのため優れた装備を手に入れたがります。その欲求が、必要性を上回って強く出たのではないでしょうか。

香田 洋二(こうだ・ようじ)
香田 洋二(こうだ・ようじ)
海上自衛隊で自衛艦隊司令官(海将)を務めた。1949年生まれ。72年に防衛大学校を卒業し、海自に入隊。92年に米海軍大学指揮課程を修了。統合幕僚会議事務局長や佐世保地方総監などを歴任。著書に『賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門』『自衛隊に告ぐ』など。(写真=加藤 康)

原子力潜水艦を生かす場所がない

 韓国海軍が原子力潜水艦を使うシーンについて考えましょう。朝鮮半島の西側の黄海では潜水艦そのものが役に立ちません。浅すぎて、泥にはまるだけです。

 東側の日本海ではどうか。ここでは、北朝鮮と潜水艦対潜水艦の戦闘をする可能性があると言えばあります。しかし、潜水艦対潜水艦の戦闘は非常に高い練度が必要です。現時点で実行可能なのは世界の中で米国と日本、英国のほか数カ国くらいのものでしょう。

 練度を高めるためには訓練が必要です。この点において、韓国は地の利がありません。日本海は、日本と米国、ロシアの潜水艦が頻繁に往来するので、衝突してしまう恐れがあります。

 日本の海上自衛隊は広い太平洋で基礎訓練を繰り返し、ある程度のレベルに達した艦を日本海に入れる運用をしています。しかも50年の時間をかけて練度を高めてきました。これに対して、韓国の潜水艦が太平洋に出るためには、例えば韓国沿岸の基地から東シナ海を縦断し、沖縄列島線を通過するルートを航海する必要があります。現行のディーゼル潜水艦ならば片道3~4日かかる。

 もう一つの用途として、日本海に潜行している潜水艦から対地攻撃を行うことが考えられます。韓国は弾道ミサイル「玄武」を潜水艦から発射することができます。例えば北朝鮮による核の先制攻撃に対する報復攻撃の手段として位置づける。しかし、第2次攻撃力として使うなら、やはり核弾頭を搭載する必要があります。通常弾頭の破壊力では、例えば平壌の都市機能を止めるような報復は困難です。

 よって、近い将来において、韓国が原子力潜水艦を生かすことができる戦闘シーンは想定し難しいのではないでしょうか。

「韓国の原潜建造に米国は協力しない」

 使い道が考えづらい一方、その開発におけるハードルはかなり高いと考えます。相当高度な技術力と、多額の資金が必要になります。

韓国は、潜水艦と原子力どちらの技術も既に保有しているのでは。韓国海軍は既に約20隻の潜水艦を運用しています。導入当初はドイツからライセンスを受けて建造していましたが、21年から運用を始めた第3世代の「KSS-III」から自力で建造するようになりました。韓国水力原子力は25年6月、チェコ政府から軽水炉2基を受注しています。

香田氏:そうかもしれません。しかし、原子炉を直径10mほどの潜水艦に収める必要があります。潜水艦と原子力それぞれの技術を保有していることと、両者を合わせる技術は別物です。

米原子力潜水艦「アナポリス」が韓国の済州島に入港(提供=South Korea Defense Ministry/AP/アフロ)
米原子力潜水艦「アナポリス」が韓国の済州島に入港(提供=South Korea Defense Ministry/AP/アフロ)

 しかも、米国は協力しないでしょう。

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