落合ドラゴンズの名参謀・森繁和氏が明かす中日黄金期の幕開け 「10パーセントの底上げで優勝」の真意
例外的に獲得した二人の選手
私が中日に行くことがわかったときに「俺も連れて行ってくれ!」と言っていたのもあるし、年俸が安いのもある。いろんなことを教えてだいぶ良くなってきていたということもある。バリバリ活躍するかは分からないけれど獲っておいて損はないと思ったので落合さんに申し出た。「外国人は獲らないとは言ってないからいいよ」と言ってくれて獲ったのだが、結果的に1年目から二桁勝ってくれて、優勝に大きく貢献する活躍を見せてくれた。
もう一人、例外的に獲ったのが巨人を辞めた川相昌弘だった。巨人で引退してそのままコーチになる予定だったが、監督の原辰徳が辞めたことで、ならば「まだ現役をやりたい」ということになったようだ。でも一度引退したベテランを獲る球団はどこもなく、それで落合さんが呼んだ。巨人時代に一緒にやっているし「バントもできるし、コーチ兼任でもやろうと思えばできるだろう」ということで獲った。
落合さんが「獲る」と決めたら社長はそれを白井文吾オーナーに報告するだけ。落合さんは全権監督だったから。
10パーセント底上げの陰に暴力の排除
中日は星野仙一さんの時代から乱闘するわ、選手は殴られるはという、かなり武闘派なチームだった。その結果、選手はベンチの顔色を伺いながらプレーして、常に緊張した雰囲気があった。落合さんは選手としてそれを見てきている。中日に限らず球界全体がそんな時代でもあったし、大きな声では言えないが私も昔はそんな指導を多少したことはあった。だけど落合さんはそれだけはチームからなくしたかった。だから私に初めに言ったのも「シゲ、選手に一切手は出すなよ」ということだった。
「俺が現役でやってきたときからこのチームの選手の頭には暴力と恐怖がこびりついている。それだけは取っ払いたい。それさえできれば、もっと伸び伸びとできたら、できる奴がかなりいる」
そんなことを言っていた。
「そういうのはもうナシだ」ということは選手達の前でも言っていた。それでまず選手達が変わった。それまでみたいにベンチの顔色を伺わずに伸び伸びとやるようになった。それを見て「あぁ、こんなチームだったんだ」と私も初めて思った。
「10パーセントの底上げ」という言葉を聞くと、キャンプでの猛練習をイメージされると思うが、それだけではなく、選手を暴力と恐怖から解放させたことも大きかったのだ。
書籍紹介
【画像提供:KANZEN】
森繁和は、すべてを任せられる参謀である。
私の中日ドラゴンズでの8年間、
勝負の本質は彼なくしては語れない。
「そろそろ当時のこと、話そうか?」
栄光も屈辱も経験 ドラゴンズでの14年間
すべてを知る男
14年間で四度のリーグ優勝と53年ぶりの日本一
それでも願わくば、もう一度強い中日を見せたかった