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高野和樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
髙野 和樹
埼玉県立上尾高等学校野球部 監督
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県秩父郡東秩父村
生年月日 (1967-06-05) 1967年6月5日(58歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
指導者歴

髙野 和樹(こうの かずき、1967年6月5日- )は、日本高校野球指導者。埼玉県立上尾高等学校商業科教諭、野球部監督。

経歴

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学生時代

東秩父村立東秩父中学校を卒業後、埼玉県立上尾高等学校に進学。プロ野球でも活躍した仁村兄弟のいとこで上尾の1学年上に当たる仁村武さんの実家(川越市)で下宿をしながら、当時監督だった野本喜一郎氏のもと励んだ[1]。高校2年生になると野本監督が浦和学院に赴任する[2]。夏の大会では控え捕手として、第66回全国高等学校野球選手権大会に出場。2回戦の法政一高戦で最終回に代打で出場し、四球を選ぶもチームは3-5で敗退した。3年生の夏の大会では、3回戦で武南高等学校に2-3で敗れ、甲子園出場とはならなかった。東洋大学に進学すると名将・高橋昭雄 監督(当時)の薫陶を受け[3]、4年次には副キャプテンを務めた。

指導者時代

鷲宮高校での1995年にコーチとして、第67回選抜高等学校野球大会に出場[4]。2006年にはエース、増渕竜義を擁して[5]夏の埼玉県大会決勝まで駒を進めるも浦和学院高等学校に0対4で敗れた。2010年に母校上尾高校に監督として赴任する。2018年には夏の埼玉県大会決勝まで勝ち残るも花咲徳栄高等学校に1対4で敗れ、甲子園出場とはならなかった[6]

主な教え子

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人物

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野球だけではなく私生活、人間的成長を大事にした教えをしている[7]。 上尾のユニホームに対する誇りは人一倍強く、生活指導にも力を入れ、勉強に手を抜いていないかまで目を光らせる[8]。 3学年上に森士清水達也 、2学年下に徳田吉成などがいる。

著書

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脚注

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  1. ^ <高校野球>互いを認め合い切磋琢磨 現役時代は決勝で対戦したライバル、母校率い37年ぶり再戦|埼玉新聞|埼玉の最新ニュース・スポーツ・地域の話題”. <高校野球>互いを認め合い切磋琢磨 現役時代は決勝で対戦したライバル、母校率い37年ぶり再戦|埼玉新聞|埼玉の最新ニュース・スポーツ・地域の話題. 2025年11月11日閲覧。
  2. ^ <浦学新時代`22センバツ>野球部の歩み/上 「3年で甲子園」実現 礎築いた野本喜一郎さん /埼玉(センバツLIVE!)”. Yahoo!ニュース. 2025年11月11日閲覧。
  3. ^ 監督「ここにしかない魅力はある」。無念の敗戦でも貫いた上尾らしさ (2ページ目)”. 集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (2019年8月8日). 2025年11月11日閲覧。
  4. ^ 広島工、集中打で初戦突破【1995年3月26日 第67回選抜高校野球大会1回戦 広島工-鷲宮】 | 中国新聞デジタル”. 広島工、集中打で初戦突破【1995年3月26日 第67回選抜高校野球大会1回戦 広島工-鷲宮】 | 中国新聞デジタル (2023年1月24日). 2025年11月11日閲覧。
  5. ^ 元ヤクルト・増渕竜義「強豪私学を倒したい。その一心でやっていた」 | 野球コラム”. 週刊ベースボールONLINE. 2025年11月11日閲覧。
  6. ^ 夏の高校野球:花咲徳栄が4年連続6回目 北埼玉大会”. 毎日新聞. 2025年11月11日閲覧。
  7. ^ 公立高からドラフト1巡目指名 自ら選択…元燕右腕が強豪私学の誘いを断ったワケ | ファーストピッチ ― 野球育成解決サイト ―”. First Pitch | 野球育成解決サイト (2023年8月28日). 2025年11月11日閲覧。
  8. ^ asahi.com(朝日新聞社):高校野球「感謝・まじめさ、勝利呼ぶ 上尾高野球部監督・高野和樹さん」 - 埼玉ニュース”. vk.sportsbull.jp. 2025年11月11日閲覧。