Suicaのペンギンが2026年度末で「卒業」すると発表され、「悲しい」「寂しい」という声が溢れている。SNSでは「電通のせい」「コストカットだ」といった声も多いが、その裏にある本質がほとんど語られていない気がした。そこで、背景を整理してみた。
■ 25年も愛された国民的キャラをなぜ今?
グッズもPenstaも絶好調。それなのになぜ——?こうなった背景には、JR東日本が「鉄道会社」から「リアルを軸にした金融・ITプラットフォーマー」へと生まれ変わろうとしているという、企業の根幹を揺るがす大転換がある。
ペンギンが築き上げた「情緒的ブランド価値/資産」と、会社の「未来の事業戦略」が、構造的に両立できなくなった。これは日本のブランド史に残るほどの決断だ。
■ すべての発端は「ペンギンの誕生」と「権利の構造」にある
まず誤解を解いておこう。あのペンギンは、JR東日本や電通が「Suicaのためにゼロから作った」キャラクターではない。もともとは作家・坂崎千春さんの絵本『ペンギンゴコロ』(1998年)に登場したキャラだった。
2001年、Suica導入に向けて広告を担当していた電通のスタッフがこの絵本を見つけ、JRに提案したのが始まりだ。
著作権表記が
© Chiharu Sakazaki / JR東日本 / DENTSU
となっているのはこのため。
構造としては、
原作・版権:坂崎千春さん
使用者:JR東日本
管理・窓口:電通
つまり「三者連合」による共同運用で、電通が儲けたというより、三者でブランドを25年間かけて育ててきたのが実態だ。
■ 転機は「Suica Renaissance」という新戦略
ではなぜ、いま卒業なのか。鍵はJR東日本が掲げる中長期戦略「Suica Renaissance(スイカ・ルネサンス)」だ。
これは、交通系ICとしてのSuicaを“金融スーパーアプリ”へアップデートする構想。ライバルはもはやJR東海や私鉄ではなく、PayPayやクレジットカード企業である。
JR東日本は「Suicaの常識」を、以下のようすべて塗り替えようとしている。
・「少額決済」→ 高額決済(上限2万円超)へ
・「チャージ」→ クレジット連携による後払いへ
・「タッチ」→ ウォークスルー改札へ
・新機能:コード決済、個人間送金(P2P)
■ なぜペンギンではダメだったのか
「新機能もペンギンでやればいいのに」と思う人は多いだろう。しかしJR東日本の経営陣は、Suica Renaissanceにはペンギンの世界観では描き切れないと判断したようだ。
理由は二つの“ミスマッチ”にあると推察する。
① ブランドイメージのミスマッチ
ペンギンが25年かけて築いた価値は「かわいさ」「安心」「駅ナカ」「タッチの相棒」。一方、Suica 2.0が目指すのは「高機能」「高額決済」「金融」「タッチレス」。愛されキャラであるがゆえに、そこから脱皮するには新しい象徴が必要だったのではないか。
② 権利構造のミスマッチ
もうひとつは、実務上の問題だ。ペンギンの利用には、坂崎さんによる監修(世界観の維持)と、電通によるライセンス管理(ブランド保守)が毎回必要になる。
もしアプリUIを変えたい、ペンギンの新しい表情を使いたいとなれば、都度の承認が必要となるだろう。今後のグローバル展開やFinTech連携を考えれば、自社100%管理のIPが不可欠になる。
最近、駅の発車メロディを自社制作曲に切り替える動きが進んでいるのも同じ流れだろう。
■ 結論
JR東日本は、25年間で築いた「情緒的ブランド価値/資産」をあえて手放し、「機能的ブランド価値」を取りに行くという戦略的賭けに出た。
ペンギンは「Suica 1.0=交通」時代の象徴であり、これから始まる「Suica 2.0=金融」時代にバトンを渡す。
新キャラクターは、ペンギンが失った“すべての情緒”を背負って登場する。それはおそらく、とても重い使命を持つ存在になるだろう。
そして忘れてはいけないのは、今回の「卒業」自体が、JR東日本の戦略的シナリオの第一幕であるということ。ペンギン卒業でバズり、新キャラ募集でバズり、新キャラ発表でまたバズる。そのたびにSuica 2.0は、社会に少しずつ浸透していく。
…もしかすると僕らは、JR東日本(と電通?)に、うまく誘導されているのかもしれない。