自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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4話 救済と誓約

鉄でできた檻の中には、女の子——いや、俺よりも年上で、恐らく成人しているでだろう女性がいた。

 しかし、そのシルエットは明らかに人間とは異なっており、毛先が青みがかった金色の髪と羽が特徴的な半人半鳥の容姿をしていた。

 老婆のような醜い容姿をした通常の『歌人鳥(セイレーン)』とは違ったその相貌は、誰もを魅了する美しさを秘めていた。

 

 

 「貴女を檻に閉じ込めていた人間たちは全員倒した。だから、もう大丈夫だ」

 

 俺は彼女の前まで歩み寄り、膝を折って目線を合わせる。怯えた瞳でこちらを見つめる彼女に、できる限り落ち着いた声で鉄格子越えに話しかけた。

 

 「......アの......えっト......」

 

 相当怖い目に遭ったのだろう。

 震える身体を両羽で抱きしめる彼女は、声を上ずらせて言葉を上手く紡げないでいる。

 

 「無理に喋らなくてもいい。貴女からすれば俺もあいつらと同じ人間だからな。怯えるのは当然だ」

 

 焦らせるようなことはしない。

 今必要なのは、信用ではなく理解だ。

 こちらが敵ではないことを理解してもらう。そうして、少しでも警戒心を解くことができれば、話を進めることができるだろう。

 

 「俺はツクヨミ・夜。貴女の名前は?」

 

 まずは、自己紹介として名前を告げる。

 言葉のキャッチボールには自己紹介が最適だ。

 とはいえ、俺の予想が合っているならば、彼女の名前は「レイ」だろう。

 だが、だからといって“貴女はレイさんですか?”なんて聞くことはしない。

 

俺と彼女は初対面だ。にもかかわらず、自身の名前を知っているとなれば、より一層警戒心を持たれることになるのは目に見えている。

そのため、こちらは知らないふりをして訊ねる。

 

「............セレン、ト申しマス」

 

長い沈黙の後、彼女はようやく自身の名前を告げてくれた。

 

「そうか、セレンか。............え?」

 

あっれぇ............?

 

......セレン? レイじゃなくて? 

あれ? もしかしてこのヒト、レイさんじゃない?

 

いや、確かにアニメではレイさん以外の歌人鳥の『異端児』も居たけど......。

 

なるほど、俺の勘違いだったか。

 

 

「......? ......あノ?」

 

的外れな予想をしていたことにショックを受けていると、声をかけられる。

 

「ん? あぁ、ごめん。何でもない。それよりも、セレンっていうのか。いい名前だな」

 

こちらに訝し気な目を向けてくるセレンさん。

俺は気持ちを切り替えてとりあえず彼女の名を褒めた。

良い名前なのは事実だし、少しでも警戒心を解いてもらいたいという意味合いもある。

 

「......ア、アリガとうございマス」

 

 俺の誉め言葉に彼女は礼を述べる。

 しかし、礼を述べたのは形だけで、表情や声に喜色の色は見られない。

 

 まぁ、当然と言えば当然だ。

というか、もしもこれで嬉しそうな姿を見せられでもしたら、そちらの方が心配になる。

 

 なにしろ、遺憾ではあるが、俺は彼女を攫ったやつと同種族だ。

 さらに言えば、対面してまだ数分も経ってはいない。

 そんな相手の言葉に喜色の色を浮かべられては、心配にもなる。

 

 「......さて、もう少し貴女と話していたいが、ここじゃ息苦しいだろうし、とりあえず外に出るか」

 

 もう少し彼女から情報を得たかったが、こんな薄暗い荷台の中で話すのは気が滅入る。

 それに、彼女も外の空気を吸いたいだろうしな。

 

 そう思った俺は、彼女を檻から出すために魔力で刀を作り構える。

 

 「——ヒッ」

 

 刀を構える俺の姿を見た彼女は、怯えたように悲鳴を上げる。

 大方斬りつけられるとでも思っているのだろう。

 あんな下種どもと同じように思われるのは甚だ遺憾ではあるが、セレンの気持ちも分からんでもないので、この行き場のない感情を刀にのせて鉄格子を斬りつける。

 

 「............エ?」

 

 刀を構えた俺の姿を見て怯えて目を逸らしていた彼女は、鉄格子が斬られる甲高い音を聞いて音の本源へと目を向けた。

 

 「これで出ることはできる。あとは......」

 

 鉄格子を斬り終えた俺は、そのまま刀を持って檻の中に入る。

 

 近づいてくる俺を見た彼女は、身体を震わしながら身を縮める。

 

 「貴女を傷つけたりはしない。ただ、貴女を拘束している足枷を斬るだけだ。拘束されたままでは外に出ることができないからな」

 

 俺の言葉を聞いた彼女は、それでも不安なのか身体の震えは止まることなく縮こまっている。

 そんな彼女を一瞥した後、俺は鎖へと目を向ける。

 

 「......度し難いな」

 

 人権などないとでも言いたげなその仕打ちに、再び怒りが込み上げてくる。

 しかし、今やるべきことは怒りに身を震わせることではなく、一秒でも早く彼女をこの忌々しい鎖から解放することだと自分に言い聞かせる。

 

 そして、刀を構えると、彼女を拘束する足枷へと正確に狙いを定めて振り下ろす。

 

 彼女に傷をつけることなく足枷を斬り終えた俺は、拘束されていた足首へと目を向ける。

 そこには、足枷によってできた痛ましい痣ができており、俺は思わず顔を顰める。

 

 再び激情が胸中を支配しようとするが、一度深呼吸をして抑え込む。

そして、彼女の足首にできた拘束痕へと近づき、手をかざす。

 

 《治癒(ヒール)》

 

 俺は心の中で治癒魔法を唱え、彼女の足首にできた拘束痕をまずは治癒する。

 

 

 「............エ? イタ、くない......なおッテル............ドウして......」

 

数秒後、痕が残ることもなく治癒し終える。

 

俺が治癒している様子を黙って見ていた彼女は、痕が残ることもなく治った足首を見て驚愕に目を見開く。

 

「これでとりあえず歩くことはできるだろ」

 

彼女の身体にできた傷は、足枷によってできた痣だけではない。それ以外にも身体の至るところに傷が見受けられ、その傷は彼女の身に何があったのかを如実に表している。

 

できるならば、それらの傷もすべて治してあげたいところだが、今の俺の魔力残量からして彼女の傷全てを治癒することはできない。

 

なにより、今ここで倒れるわけにはいかない。いくらイルジンたちを倒したとはいえ、脅威が完全になくなったわけではない。彼らの血の匂いを嗅ぎつけ、モンスターや獰猛な動物が寄ってくるかもしれない。

そのため、一刻も早くこの場から立ち去る必要がある。

 

 「ほら、立てるか?」

 

 俺は、未だに足首を自身の羽で摩りながら動揺している彼女に手を差し伸べる。

 治癒魔法なんて見たことないだろうし、そのような反応をするのは仕方のないことなのだが、俺としてはできるだけ早くこの場から離れたい。

 

 差し伸べられた手を前に、彼女は逡巡するように俺と手元を交互に見つめる。

 

 

 数十秒が過ぎた。

 未だに手を取られることなく差し伸べた状態の腕に疲労が溜まりはじめてきつくなってきた。

俺は、今もなお逡巡している彼女に目を向け、どうしようかと考えていたところで、ふと思い至った。

——やっぱり、人間である俺の手なんか取りたくないか、と。

その考えに至った俺は、胸の奥がほんの少しだけ冷える感覚を覚える。

諦め半分で手を引こうとした——その時。

 

羽先が青みがかった金色の羽が、そっと俺の手を押し留めた。

 思わず俺は彼女へと目を向ける。

 すると、俺の視線に気づいた彼女は、瞳に不安と恐怖の色を宿しながらも、ぎこちなさを湛えた笑顔を向けてきた。

 

 

 彼女のその表情を見た俺は——今までに感じたことのない感情に胸が締め付けられた。

 

 

 

 俺はこれまで、日常生活のほとんどを独りで過ごしてきた。

 

俺の両親は仕事と称して家に寄りつかず、帰ってくる日も稀だった。

 なぜ、両親は帰ってこないのか。その理由を俺は幼いながらに理解していた。

 

 父親のスーツに漂う、甘ったるい香水の臭い。

母親の服に染みついた、吸わないはずの煙草の臭い。

どちらも職場から持ち帰るはずのない臭いだった。

 

どこでそのような臭いをつけてくるのか。

小さい頃から創作物を読み漁っていた俺は、その答えにすぐ行き着いた。

 

——不倫。しかも、互いに知っている。

 

両親は、互いに無関心が過ぎた。どれだけ帰宅時間が遅くても、数日帰ってこない日があったとしても、互いに詮索一つすることがなかった。

 

 だからこそ、俺は嫌でも理解させられた。

 すでに、この家は家族としての機能を失っているのだと。

 俺たちは、所詮はただの他人でしかなかったのだ。

 

 

 だが、その事実が分かったところで、不思議と悲しくはなかった。

ただ——少しだけ寂しくはあった。

 

 

 俺は、両親から愛情が注がれていないことが分かってから、他人に期待することをやめた。

 そして、人間関係に積極的になることもなくなった。

 

 

 そこからは、常に独りだった。

 学校にいる時も同級生と遊ぶことはなく、一人図書館で本を読んでいた。

 家に帰ってきてからも、本を読んで過ごしていた。

 

 誰とも関わることもなく、独りで毎日の退屈な日々を過ごした。

 まぁ、学校ではウザ絡みしてくる輩がいたせいで、独りに慣れない時間も多々あったが。

 

 

そうして、そんな窮屈な人生に終止符を打つことにした俺だが、何の因果か気付けばこちらの世界に来ていた。

 

それからの日々は、まるでこれまでの人生が嘘のように楽しかった。

ベルとも、友達と呼んで差し支えない程度には仲良くなったと思う。

 

今まで他人に興味がなかった俺がベルに興味を持てたのは、多分ベルが物語上の登場人物だったからだろう。いや、実際にベルは生きているわけだから、もはや架空の人物とは言えないのだが。

それでも、仲良くなれたのはその部分が大きいように思える。

 

 

それはともかくとして、俺はベルと関わっていく中で少しずつではあるが、人と関わることの心地よさを感じるようになった。

言葉を交わし、手を取り合い、時間を共にすることで、俺たちが過ごす空間に笑顔が少しずつ咲くようになった。それは、ベルの笑顔であり、俺の笑顔でもある。

 

心から笑ったのは初めてだった。

何気ない日常が楽しいと想えたのは初めてだった。

 

これまで灰色に見えていた世界に、少しずつ色がつきはじめた。

 

初めて「生きている」と思えた瞬間。

 

そう思えたのは多分、ベルの笑顔を見たからだと思う。

そして何よりも俺自身が笑顔を知ることができたからだと思う。

 

笑顔を見て、笑顔を知って、そうして生きていると感じたのは、そこに幸せを感じたからだろう。

 

だからこそ、その幸せを大事にしたいと思えた。

 

 

 だからこそ、セレンさんのぎこちなくも綺麗な笑顔を見て——彼女の笑顔を守りたいと心から思った。

 

 

「さてと、とりあえず死体を処理するか」

 

無事、セレンさんを外に連れ出すことに成功した俺は、そこら辺に散らばっている五つの死体に目を向ける。

 

「——ヒッ」

 

同じく死体に目を向けた彼女は短い悲鳴を上げる。

 

「セレンさんは少し離れた木陰で休んでて。俺はこいつらの処理をするから」

 

セレンさんは、ここに来るまでに肉体的にも精神的にも相当に負担を強いられてきたはずだ。

薄汚れた彼女の金羽に、やつれた相好を見れば、嫌でもそのことを想像させられる。

 

これ以上彼女に心身の負担をかけるわけにはいかないと思った俺は、彼女に木陰で休んでおくように伝える。

 

「......ハイ。......申し訳ありまセン......」

 

俺の言の葉を受け取った彼女は、少しの沈黙の後素直に頷き、謝罪の言葉を零す。

 

「......セレンさん」

 

「っ——ハ、ハイ」

 

 俺から名前を呼ばれた彼女は大げさに肩を揺らすと、こちらに怯えた目を向けてくる。

 

うーん、怯える気持ちは分からんでもないが、そこまで怯えられるとさすがの俺でも傷つくぞ......。

まぁ、仕方ないんだけどさ。

 

「んんっ......セレンさん。こういう時は、“ごめんなさい”より“ありがとう”の方が相手は喜ぶと思うよ。少なくとも、俺は喜ぶ」

 

咳払いをして重い空気を入れ替えると、俺は努めて優しい声で穏やかに彼女に言の葉を送る。

そして少しでも空気が穏やかなものとなるように、“俺は喜ぶ”と言う際に親指を自身に向けることでお茶らけてみた。

 

「......そ、そうデスカ。......デハ、えっト......ア、アリがとうございマス」

 

 俺から言の葉を受け取った彼女は、戸惑いながらも言われた通りに感謝の言葉を口にする。

 

「ふっ、どういたしまして」

 

「——ぁ」

 

俺の言葉に素直に従った彼女の純粋さと可愛らしさについ頬が緩み、吐息交じりの笑みが漏れる。

 すると、そんな俺を見て、彼女は目を見開いて固まっていた。

 

 「? どうした?」

 

 「ア、いえ......ナンでもありまセン」

 

 「? そうか。まぁ、いい。とにかく、セレンさんは休んでて」

 

 彼女が見せた反応は気になるが、今問い詰めたところで逆効果にしかならないだろうから追及はしない。

 

 それよりも、早く死体を処理するか。

 今は少しでも時間を急いた方がいいからな。

 

 

 「よし、これで全部だな」

 

 死体処理に取り掛かった俺は、まずは散らばった五つの死体を一か所に集めた。

 

 「処理するなら一気にする方が効率的だからな。ってことで——」

 

 《火球》

 

《土砦》

 

 俺は、残りの限りある魔力をなんとか倒れない程度に振り絞って、五つの死体を火葬する。そして、土属性魔法《土砦》で作ったドームで死体を覆うことで炎と熱を逃がさないようにして高温の維持と燃焼効率を上げる。

 

 「さて、死体が灰になるまで時間があるし、その間に血痕の方を片付けるか」

 

 死体を焼却し終えるまでに少しばかり時間がある。そこで、時間を有効的に使うために戦闘で地面に撒き散らかした血痕の処理へと取り掛かる。

 

 血痕は至る所に見られるが、さすがに全てを処理する余裕は今の俺にはない。なので、明らかに目立つ所だけに絞って処理することにする。

 

 目立つ血痕のある場所へ移動した俺は、血痕に向けて手をかざす。

 

 《氷結》

 

 血痕を急速に凍らせるイメージを頭の中で思い浮かべ、氷属性魔法《氷結》を心の中で唱える。

 すると、俺のイメージ通りに地面に沁み込んだ部分ごと凍てつき、赤黒い血が一瞬で白い氷へと豹変する。その様子を確認した俺は、今度は一気に温度を上昇させる。

急激に温度を上昇させたことで、氷は液体化することなく水蒸気となって空気中に霧散した。

 

「よし、成功だな」

 

血の痕跡を消し去ることに成功した俺は、そのことに喜びをあらわにする。しかし、除去すべき血痕は残り四か所、つまり死体分残っているため、次の場所へと赴く。

 

そうして、次々と氷属性魔法《氷結》で目立つ血痕を除去していった。

 

 

「——ふぅ」

 

残りの一か所を処理し終えた俺は、大きく息を吐き出す。

さすがに限界だ。これ以上魔力を使えば、確実に「精神枯渇(マインドゼロ)」で倒れてしまう。というか、今既に頭痛がじんわりと襲い掛かってきている。

 

「さすがにまずいな。何とか精神力を回復させたいが、生憎ポーションの類は持っていない」

 

このままではまずいと感じた俺は、思考をフル回転させて精神力を回復させる手段を考える。

 

「——あ、そういえば、五十九階層に居た『精霊の分身(デミスピリット)』は周囲の魔力を吸収することで回復していたな。それに、リヴェリアが保有するスキルの一つである『妖精王印(アールヴ・レギナ)』は周囲に拡散する魔素を回収して精神力を回復する効果があったはずだ。なら——」

 

俺は、思い至った結論に笑みを浮かべると、精神を集中させるためにその場で座禅を組む。

 

周囲に拡散した魔素を吸収して精神力を回復させる試みは、今回が初めてとなる。なので、一際集中する必要がある。

 

座禅を組んだ俺は、精神を集中させるために目を瞑り、心を落ち着かせる。

心の乱れは、そのまま精神の乱れに直結する。故に、心を凪のように揺れることなく鎮める必要がある。

 

 

——集中。

今は余計な思考をすべて捨てろ。

自身の外側へと意識を向け、周囲の魔素を知覚することだけに神経を研ぎ澄ませる。

幸い、自身の周囲を知覚することは《魔力感知》を習得する際に散々してきたおかげで慣れているため、難なく知覚することができた。

故に、後は知覚した魔素を自身に取り込み、精神力へと変換するだけだ。だけ、というには難しすぎる気がするが、やるしかない。

 

イメージは呼吸だ。

口から酸素を取り込むように、全身の魔力孔から大気中の魔素を吸収するイメージを思い浮かべる。

 

「——すぅー」

 

 

静かに息を吐き出す。

そして、酸素を体内に取り込みながら、同時に全身の魔力孔から魔素も取り込むように精神を極限にまで研ぎ澄ませる。

 

 

大気中の魔素が体内に吸収されていくのを感じる。

 

しかし、その瞬間——全身に激しい痛みが奔る。

 

「——ぐっ」

 

あまりの痛さに苦痛の声が漏れる。

 

身体が拒絶反応を起こしているのかっ。

 体内に吸収された魔素を身体が異分子だと判断したのか、排除しようと躍起になっている。

 

 

 ——ふざけるなよ。

 俺の身体で、俺の意思に反して手前勝手なことをしてんじゃねぇよ!

 

 

 俺は、魔素を異分子だと勝手に判断した身体を理性で糾す。そして、体内に流れてきた魔素を自分の元からある魔力と順応させていく。

 

 少しずつ、少しずつ魔素と自分の魔力を織り交ぜていく。

 そして、織り交ぜた魔素を完全に俺の魔力へと変色させていく。

 

 全身から脂汗が噴き出る。

 しかし、決してやめることはしない。

 魔素を吸収するたびに押し寄せてくる苦痛を理性を以てして耐え忍び、徐々に精神力を回復させていく。

 

 

そうして、数分か、あるいは数時間か、気の遠くなるような時間を耐えた俺は、完全とはいかないまでもある程度回復させることはできた。

 

「......はぁ、はぁ、はぁ......なんとか......回復することができたな」

 

無事、と言っていいのかは分からないが、兎も角として回復に成功した俺は安堵の息を漏らしながら、成功を噛み締める。

 

 「くく......しかし、これで今後の魔法の修練はより一層捗るな」

 

 精神力の回復手段を手に入れたということは、つまり今まで以上に魔法の修練ができるようになったことを意味する。

 これまでは、「精神疲弊(マインドダウン)」の段階になったら嫌でもやめざるを得なかった。しかし、精神力の回復手段を手に入れた以上、「精神枯渇」で倒れる心配をする必要はなくなった。よって、今後は「精神枯渇」に悩まされることなく、修練に励むことができる。

 

「今回の戦闘は結果的に見れば多くを得ることができたな」

 

始まりは最悪な思いから始まった殺し合い。しかし、こうしてみれば、様々なことを学習し、習得することのできた機会でもあったように思える。

だからといって、あいつ等が仕出かしたことをなかったことにする気はないし、許すつもりもない。

 

 だが、あいつ等がいたからこそ俺が成長することができたのは紛れもない事実だ。だから、俺だけでもあいつ等のことを自分への戒めの意味も込めて胸に刻んでおこうと思った。

 

 

 「さて、そろそろ死体の焼却も完了した頃合いかな」

 

 精神力を回復した俺は、火葬場へと足を運ぶ。

 

 酸素を供給するために開けた隙間から煙が立ち上る《土砦》で作った簡易的な火葬場。

その傍にたどり着いた俺は、時間が十分に経ったと体感的に判断する。

 

俺は、《土砦》を解除するために、死体を覆っている土でできたドームに手をかざす。すると、ドームは抵抗することなく崩れ去り、やがて魔力の微粒子となって大気中に溶けていった。

 

「......おぉ、物の見事に灰と化しているな」

 

ドームを取り払ったその場には灰の山が築き上げられており、そこに燃え尽きることなく残った骨だけが主張するかのように存在感を出していた。

それを見た俺は、改めて自分は人を殺したのだという感覚に襲われるが、そのことについて何か感情が揺さぶられるわけでもなく、ただただ事実確認をするだけでその感覚はすぐに消えた。

 

「あとは残った灰と骨を処理するだけだな」

 

俺はその場にしゃがみ込み、地面へ手を付ける。

使用する魔法は——土属性系統。

灰と骨を埋めるための穴を形成する。

 

俺は眼前の地面に空洞を作るイメージを思い浮かべる。

縦幅は二メートル、横幅は1.5メートル程度の空洞。

 

イメージを明確に思い浮べた俺は、魔力を通して現象化させる。

 

《地穿》

 

土属性魔法《地穿》を発動させると、眼前の地面が隆起していく。

隆起した大地はそのまま周囲へ押し退けるように広がっていく。そして、大地が地上へと押し上げられたことで少しずつ地下へと空間が広がっていき、数十秒後にはイメージ通りの空洞が眼前に出来上がっていた。

 

「うむ、土属性魔法は毎日使用しているだけあってスムーズに出来たな」

 

 縦幅二メートル、横幅1.5メートルの長方形の精巧な空洞を作り終えた俺は、その完成具合に自然と頬が緩む。

 

 土属性魔法は他の魔法と比べて汎用性に富んでいる。そのため、日常生活の中でも土属性魔法を使う機会は多い。そうなれば、必然的に土属性魔法の練度が上昇する。

 

 土属性魔法は、一見すれば派手さのない地味な印象が持たれがちだと思うが、実用性でいえば群を抜いていると個人的には思っている。

 そのため、土属性魔法は重宝している。

 

 「さてと、空洞も完成したし、後は灰と骨を埋めるだけだな」

 

 俺は地面に積もる灰と骨に向かって手をかざす。

 今回は——風属性魔法を使用する。

 掌から放出した魔力を風属性へと性質変換し、遺骸へと絡める。巻き起こる風は遺骸を包み込みながら浮上させる。

 

風の操作には緻密な魔力制御が求められる。

 少しでも制御が乱れてしまうと風が拡散してしまい、風の恩恵を失った遺骸はそのまま重力に従って地に降り落ちてしまう。

 

 そうならないために、精神を乱すことなく研ぎ澄ませて風を制御する。

 制御された風は乱れることなく遺骸を抱きかかえ、空洞へと誘導していく。

 

空洞の真上まで誘導し終えた遺骸は、そのまま吸い込まれるように空洞へと舞い落ちる。

 

 

 「——ふぅ」

 

 途中で失敗することもなく、遺骸を空洞へ納め終える。

そして、その上に土を被せることで遺骸の処理を完了させた俺は疲労を吐き出すように深く息を零す。

 

これですべての後処理は完了しただろう。

少しばかり時間はかかったが、作業中にモンスターや動物が割って入って来るといったトラブルも特になく、無事終えることができた。

 

後は戦利品を回収して、セレンさんをベルの家まで連れて行くだけだ。

 

戦利品に関しては、イルジンたちが身に着けていた装備一式に、馬車と荷台に積まれていた物品。

装備は今後の狩猟やモンスターとの戦闘、後は鍛錬なんかでも使えるだろう。

物品に関しては色んなものがあり、まだ全てに目を通しているわけではないため何とも言えないが、役に立つモノや、そうでなくとも俺の興味がそそられるものはあるはずだ。

 

そして、何よりも重要なのが馬車だ。馬車が手に入ったのは大きい。なぜなら、馬車さえあれば大きな荷物を運ぶこともできるようになるからだ。

これまで俺は、荷物は全て鞄に詰め込んで持ち運びをしていたが、鞄自体がそこまで大きいものではない。そのため、運べる量には限りがあった。しかし、馬車があればその量は数倍にまで増す。さらに、これまで重たかった荷物ももう持たなくてもいい。

これは非常に嬉しい誤算だ。嬉しさのあまりその場で舞を踊ってしまいそうになるが、強靭な理性を以てして何とか思い留まる。

ここまで喜びを露にすると、誤解されてしまうかもしれないが、嬉しい理由は何も荷運びの量と質が上がったからだけではない。

 

もう一つ大きな理由がある。それは、俺にとって馬車とはファンタジー世界の産物だということだ。

世界に目を向ければ馬車は存在するし、何なら日本にもあると思う。

しかし、しがない家庭に生まれた俺には縁のない概念であることは言うまでもない。

そんな、ほとんど空想上の産物と化していた馬車をたった今自分の所有物にできるのだ。これを喜ばずして何とする。

 

俺は手に入れた数々の戦利品に目を輝かせながら、荷台へと載せていく。

 

「——よし、これで全部だな」

 

全ての戦利品を荷台に載せ終えた俺は、満足感に胸を膨らませる。

 

「それじゃ——」

 

俺はセレンさんへと目を向ける。すると、彼女の綺麗な切れ長の目と視線がぶつかった。自意識過剰でなければ、彼女は俺のことを見ていたらしい。どれだけ見られていたかは分からないが、少しばかりむず痒い気持ちになる。これまでは極力視線を集めないように生活していたため、他者からの視線にはどうにも慣れない。

とはいえ、それは俺個人の問題である。よって、余計な思考はいったん片隅に置いておいて俺は彼女の下へと歩み寄る。

 

彼女は、俺が指示した通りに木陰で休んでいる。先程までの緊張した様子も和らぎ、少しは落ち着きを取り戻したようだ。

彼女に休んでいるよう指示を出してから数十分が経過しているが、それだけの時間が経ってなお緊張が取れていなければどうしようと思っていた俺は、彼女の落ち着いた様子に安堵の息を漏らす。

 

「セレンさん」

 

彼女の傍まで歩み寄った俺は声を掛ける。

 

「ハ、ハイ」

 

彼女は少し吃りながらも返事を返してくれる。

少しは落ち着きを取り戻したとはいえ、さすがに会話をするのは緊張するようだ。

まぁ、それも少しずつ慣れていけばいいだろう。

 

「処理作業は終わったし、これから俺が居候している友人の家に帰ろうと思うんだが......セレンさんもついてきてほしくて、いいか?」

 

できれば、彼女を同胞の下へと帰してあげたい。しかし、現状では難しいだろう。

まず、彼女を同胞の下へと帰す場合、ダンジョンに入る必要がある。しかし、ダンジョンに入るためには、【神の恩恵】を授かっていることと、どこかしらの【ファミリア】に所属していること、この二つの条件をクリアしている必要がある。だが、この条件に関しては最悪バレなければ問題はない。

 

問題なのは、ダンジョンへの侵入前と侵入後だ。

まず、ダンジョンに侵入するまでに彼女の正体がバレないという保証がない。仮に布か何かで覆い隠したとしても、何かの拍子で彼女の正体が露見した場合は確実に討伐対象として狙われる。

そうなれば、都市中の冒険者および市民、果てには神々を相手することになる。

いくら【神の恩恵】なしで魔法が使えるとはいえ、都市一つを相手にできるほど強くはない。

 

そして、仮に正体に気取られることなくダンジョンに侵入できたとしても、今度はモンスターを相手取らなくてはならない。しかも、セレンさんを守りながらだ。

戦闘力がどれほどかは分からないが、姿を隠していなければならない身である彼女を戦闘に参加させることはできない。

さらに言えば、彼女の同胞がダンジョン内のどの階層のどの地点にいるのかを俺は知らない。原作によれば、彼らは常に移動しているようだし。

つまり、行先も分からない状態で、たった一人で彼女を守りながら【神の恩恵】のない身で戦わなければならないのだ。

 

はっきり言ってリスクが高すぎるし、何よりも現実的に考えてほぼ不可能に近い。

 

彼女を助けたのは俺だ。だから、彼女を守る責任が俺にはある。

だが、それで死なせてしまっては元も子もない。

 

だから、まずは彼女を安全な場所で匿い、そこからどうするかを考える。

その方が一か八かの賭けに出るよりも余程建設的だろう。

 

 

俺の提案を聞いたセレンさんは戸惑いと恐怖を表情に浮かべながら、なんて言えばいいのかと返答に困っている。

当然と言えば当然だ。

いくら助けてもらった相手とはいえ、まだ信用に足るほどの関係を構築できていない。なにより、互いのことをまだ知らなすぎる。そんな不明瞭な相手に家に来てほしいと言われても、普通はついて行きはしないだろう。

 

だが、今回に限って言えば、そんなことは言っていられない。

これは信用問題以前の問題だ。

彼女が俺のことをどう思っていようと正直どうでもいい。

それよりも俺が今やらなければならないのは、いかに彼女の安全を確保するかだ。

彼女の安全の確保が最重要事項であり、信用云々は二の次だ。

だから、最悪多少強引になってでも連れていくことも視野に入れておくべきだ。

 

「セレンさん。貴女が俺を信用できないのは十分理解できる。それは、俺が人間だからという理由で事足りるだろう」

 

そう——俺は人間で、彼女はモンスターだ。

 人類とモンスターが相容れないのは古代からの因縁だ。

 何世紀にも渡って引き継がれてきたその宿命は、簡単に消えることのない現実となって俺と彼女の間を切り裂く。

 

 彼女は俺を信用することができない。

 なぜなら、彼女らモンスターにとって俺は敵対者だから。

 

 

「でも、今の貴女には味方がいない。貴女を救ってくれる同胞は今この場にはいない」

 

今この場に彼女の味方となってくれる同胞はいない。

もしも彼女の同胞がいたならば、彼らは彼女に寄り添い、彼女は安心を得ることができただろう。

しかし、この場に彼女に安心を与えてくれる存在は居ない。

居るのは安心とは程遠い恐怖しか与えることのない人間ただ一人。

 

不安だろう。

怖いだろう。

苦しいだろう。

関わりたくないだろう。

逃げだしたいだろう。

 

解るよ。その気持ち。

俺の人生は、彼女の其れと比べたら全然大したことなどないけれど。

だけど、程度の差こそあれ、味方がいないという環境は間違いなく同じなのだから。

だから——俺は彼女に同情ではなく、共感を示す。

 

 

「そして......この場で唯一貴女を救えるのは俺だけだ」

 

彼女の味方になってくれる存在がこの場にいないと言うのならば、ソレになれるのは俺しかいない。

 

役不足は百も承知。

頼りないのも自覚している。

彼女が俺の助けなんて求めていないのも判っている。

 

こんなのは偽善だ。

こんなのは欺瞞だ。

それらしい言葉を並べて彼女に偽り、自分すら騙している。

 

そんなどうしようもない人間である俺が彼女を助ける?救う?

大言壮語も甚だしい。

自分のことすらよく知りもしないくせに他人を救うことなどできるはずもない。

それなのに救いたいなどと——それはあまりにも傲慢だ。

 

でも——それでも俺は彼女の助けになりたいと思った。

彼女を救いたいと思った。

 

それは決して見せかけだけの救いではない。

彼女の心ごと救えるような、そんな大それた身の丈以上の願望。

俺みたいな矮小なる凡人が抱いていいものではない。

 

俺には不釣り合いな想いだ。

俺なんかよりもっと相応しい奴はいる。

そいつはきっと、他人想いで、優しくて、格好良くて、眩しくて、誰もが憧れてしまうような、そんな物語に登場する英雄みたいな奴だ。

 

俺みたいな日陰者の偽物とは違う、本物の——。

 

けど、それでも......たとえ分不相応の願いであったとしても、相応しい奴が他にいるのだとしても。

今ここにいるのは間違いなく俺で、俺が一番に彼女へと手を差し伸べたのは紛れもない事実なのだ。

 

だから——この席だけは他の誰にも譲るつもりはない。

 

 

「でも、それでも貴女は俺のことを信用できないと思う」

 

どれだけ言葉を並べたところで、彼女の心には響かないだろう。

信用なんてものはそう簡単に得ることのできる代物ではない。

ましてや、俺と彼女の間柄なら尚更だ。

彼女が望んでいないにもかかわらず、彼女の信用を得るために強要するのは“信用の押し売り”だ。そんなものに価値などない。

 

だから——俺は彼女の信用を欲しない。

 

 

「だから......俺を使ってほしい。貴女が安全でいるために、貴女自身のために俺という存在を利用してほしい。今の俺と貴女の関係性は、信用によって成り立つものではない。ただ、自分自身のために相手を利用する。俺たちの関係は——謂わば利害関係の一致によって成り立つ関係性だ」

 

信用が欲しいわけではない。

俺が何よりも優先するのは貴女の安全だから。

だから、貴女が安全であるために俺を利用してほしい。

俺を利用することで貴女が安全でいられるのであれば、俺はいくらでも利用されるから。

 

だから——だからどうか、俺を信用しないでほしい。

俺たちの関係性はそんな清いものではないのだから。

 

俺の身勝手な思いで、結果的に助けた形になっただけの関係性。

そんなひどく曖昧で不確かな関係性に信用は不似合いだから。

 

だから——この偽りだらけの関係性のまま、どうか貴女を救わせてほしい。

 

 

 

伝えたいことは全て伝えた。

一方的に語っただけの言葉に意味があるのか分からないけれど、少しくらい伝わっていればいいなと思う。

 

 

 「ドウ、して......そこマデしてくれるのデスカ......」

 

 思い返せば羞恥心で布団に包まりたくなる様な内容だったはずだ。

現に、俺はすでにこの時点で羞恥心がじわじわと心を蝕み始めているような気がする。これは、振り返ればどうなってしまうのやら。

そんな恥ずかしすぎる俺の言葉だが、どうやら彼女はしっかりと聞いてくれていたみたいだ。

 彼女は今にも涙が零れてしまいそうな潤んだ瞳をこちらに向けながら、震える声で言の葉を送ってくる。

 

「そう、だな。......これ以上羞恥心を抉るような言葉を口にしたくはないが、それでもあえて口にするなら......セレンさんを見つけて、手を差し伸べたのが俺だから、かな」

 

「......エ?」

 

 俺の言いたいことが上手く彼女に伝わらなかったのだろう。

 彼女は戸惑いと困惑の色を表情に宿しながら、瑠璃を思わせる透き通った青い瞳を向けてくる。

 

「......えっと、つまり、俺がこの現場に居合わせたのは偶々なんだけど、それでも結果として俺がセレンさんを見つけて、それで結果的に助ける形になったわけだろ? で、セレンさんは別に俺に助けを求めたわけではないけど、結果的に俺が助けることになったわけだし、助けた責任は取らなければならないだろ?」

 

「......エ、エット......」

 

俺の説明を聞いてもなお困惑しているセレンさん。

いや、ですよね。何言ってるのか分かりませんよね

俺自身も自分が何を言いたいのか分からなくなってきた。

 

「だから、えーっと、そのー、あー」

 

「......?」

 

やばい。言葉が出てこない。上手く言葉にできない。

自分が抱いているこの感情を上手く言語化することができない。

そのせいで、セレンさんが余計に困惑の色を浮かべている。

 

でも、仕方ないだろ。本当に言葉が出てこないんだから。

あー、もう。頭が痛くなってきた。

冷静沈着が俺の取り柄だったのに、考えすぎて思考がまとまらなくなってきた。

 

 ——だー、もう! うじうじ考えるなんてらしくねぇ! 

 こうなったら言いたいことをそのまま言ってやる。

 

 「セレンさん」

 

 「——ハ、ハイ!」

 

 いつもよりも声のトーンを一段下げて、ボリュームを一段上げてセレンさんを呼ぶ。

 すると、彼女は俺の声に驚いたのか肩を大げさに震えさせながら溌溂と返事を返してくれた。

 

「あんたを助けたのは俺だ。なのに、助けて“はい、さよなら”なんて不義理で無責任なことを俺はしたくないし、する気もない。助けたのなら助けたその責任を俺は取りたい。これは義務ではなく、俺の意思だ。これは、例えあんたであっても否定させない」

 

考えることを放棄した俺は、思ったことをそのまま口にする。しかし、零れる言葉は全て俺の本心であり、最も伝えたいことでもあった。

だから、俺は止まることなく彼女に思いを——俺の意思を伝える。

 

 

「あんたは望んでいないかもしれない。人間である俺なんかに救われたくはないかもしれない。でも、そんなこと俺の知ったことではない。たとえあんたが俺をどれだけ拒絶しようとも、俺はあんたのその意思を尊重しないし、する気もない。俺はあんたを身勝手に助けたんだ。だから最後まで身勝手に救ってやる。だから——あんたは黙って俺に救われろ」

 

傲岸不遜も甚だしい態度。

彼女のことなど一ミリも考えていない、己勝手の物言い。

 

俺は感情のままに、彼女に思いをぶつけてしまった。

やってしまったという後悔が波となって俺の心に押し寄せてくる。しかし、不思議と嫌な気持ちではなく、寧ろすっきりとした感覚が全身に染み渡る。

 

うん——最低だな、俺。

 

彼女に思いをぶつけてすっきりするとか......もしかして俺ってDV気質があったりしないよな?

自分自身の思いもよらない性格に一縷の不安が胸中に宿る。

 

 

「......フ、フフフッ」

 

俺が自分自身の思いがけない一面に動揺していると、透き通るような耳触りの良い笑い声が俺の耳朶を刺激する。

 

「......え?」

 

突然、彼女——セレンさんが笑ったことに、先程までDV気質が何だと思い悩んでいた俺の思考は一気に吹き飛び、彼女へと驚きの目を向ける。

 

「——ア、ご、ごめんナサイ」

 

俺の好奇な視線に気づいた彼女は、頬を微かに赤く染めながら俯く。

 

「えっと......」

 

「......ア、エット、その......まさかそんなコトを言われるトハ思っていなカッタので......」

 

未だに戸惑っている俺に彼女は照れくさそうにしながら説明してくれる。

 

なるほど。確かに、先程まで一定の距離感を保っていた俺がいきなりあんな距離感をフル無視したことを言えばそんな反応にもなるか。

彼女の反応に合点が言った俺はひとり頷く。

 

「えっと、ごめん。つい自分勝手なことを言ってしまった。そのことについては謝罪する。......まぁ、謝罪はすれど、取り消す気はないがな」

 

「......取り消す気ハないのデスカ......」

 

謝罪はしっかりした俺。

だが、取り消す気がないことを目線を逸らしながら伝えると、何やら呆れの混じった声が聞こえてくる。

 

まさか呆れられるとは。

いや、内容的には十分呆れるに値する内容なんだけどな......。

 

しかし、呆れた人物が彼女というのは——。

 

「......ふっ、随分と余裕が出てきたじゃないか」

 

「——アッ」

 

俺は悪戯っぽく笑みを浮かべながら、冗談めかして言葉を告げる。

俺からからかい交じりの言葉を受け取った彼女は、自分でも気づいていなかったのか驚きで目を見開くと、片羽を口に添えた。その姿は非常に様になっており、可愛らしさと上品さが合わさった女性らしい仕草であった。

 

「ま、余裕が出てきたのなら何よりだ」

 

「......ハイ」

 

余裕が出てきたということは、それだけ打ち解けてきたを意味する。

まだ警戒心はあるだろうが、それでも大きな進歩だろう。

 

そんな意味を込めて彼女に言の葉を送ると、彼女は頬を緩めながら返事を返してきた。

 

「さてと、だいぶ話が逸れてしまったな」

 

「ア、 そうデスネ」

 

 たしか、家について来てほしいというお願いを彼女にしたんだったか。

 うん......だいぶ逸れてしまったな。

 

「もう一度改めて言うぞ。俺は今から居候している友人の家に帰る。そこで、セレンさんにもついて来てほしい。幸い、俺の友人は超がつくほどのお人好しだからセレンさんのことを無下にあしらったりはしないし、友人の家が地上で一番安全だと思う。逆に、ここで別れる方が間違いなく危険だ。だから——」

 

「わかりマシタ」

 

俺について来てほしい、そう口にしようとしたが、セレンさんの言葉によって遮られた。

 

「............いいのか?」

 

 もし断るなら無理やりにでも連れて行こうと思っていたため、了承の言を得られて安堵する。しかし、それはそれとして無理をしているのかどうかを確認するために問い直す。

 

「ハイ、アナタのことはマダ完全には信用できマセンが、アナタの思いは本物でアルと判断しまシタ」

 

彼女の瑠璃色の透き通った瞳が力強い意思を宿してこちらに向けられる。その瞳には、こちらを信じたいという思いが込められているように感じ取れた。

 

「......そうか、ありがとう」

 

彼女の言葉と意思を受け取った俺は、頬を緩ませて感謝の言葉を贈る。

 

「イエ、感謝を伝えるのはワタシの方デス。ソレに......」

 

「ん?」

 

途中で言葉を区切り、こちらを見つめてくるセレンさん。

俺はその視線の意図を読み取ることができず、首を傾げる。

 

すると、彼女は相好を崩し、美しさに色香を混ぜた笑みを浮かべながら言葉の続きを紡ぐ。

 

「——アナタはワタシを救ってくださるのデショ?」

 

「——っ」

 

彼女の笑みを見た俺は時が止まったかのような錯覚を覚える。

出会って初めて見た彼女の本心からの笑顔。

それは......美しくも可憐であり、何より惹きこまれる魅惑的なその笑みは、彼女以外の全てを忘れてしまうほどに——俺の意識を夢中にさせた。

 

しばらく固まっていた俺は、何とか自力で彼女の魔性の鎖から抜け出すと、威厳を保つために何とか表情を作って言葉を紡ぐ。

 

「......あぁ、あんたは俺が必ず救ってやる」

 

「フフッ、頼りにしてイマスネ」

 

——形勢逆転。

余裕が崩れた俺とは対照的に、彼女は大人の余裕を以て穏やかに言の葉を零す。

 

そんな彼女の余裕のある対応を見た俺は——自分が13歳の子供なのだと痛感させられた。

 

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