自称“凡人”の人生譚   作:飢堕天

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3話 殺戮と運命

樹海へと足を踏み入れて数分が経過した。

何の手入れもされていない草木で覆われているこの一帯は、まるで走る俺の邪魔をしようとしているかのように進行方向が腰辺りまで伸びた雑草で埋め尽くされている。

生い茂れる雑草に速度を奪われながらもスピードを緩めることなく走り続ける。

 

「荷物はあの場において来て正解だったな。でなきゃ、こんな足場の悪い場所を大荷物を抱えながら走ることになってた」

 

荷物を置いてきた自身の英断を自画自賛する。

置いてきた荷物が誰かに取られたり荒らされたりしないか心配ではあるが、それ以上に今向かっている先の方が気になるため、その心配は一度胸にしまっておくことにする。

 

 

「——魔力の気配」

 

走り続けること数分。

《魔力感知》を精度度外視で魔力を感知するためだけに広範囲に及ぶまで広げた結果、ようやく感知することができた。

 

感知した魔力の数は複数。距離はだいたい200m先。

ここからだとはっきりと分からないため、距離を詰めることにする。走るとどうしても雑草が擦れる音が木霊するため、速度を落としてなるべく音が鳴らないようにしながら進む。

 

進んでいくと、だんだんと視界が開けていき、同時に人の声も聞こえてくる。

魔力で聴覚を強化し、声に耳を傾けるとこちらを不快にさせるような内容を下品な笑い声とともに話しているのが聞こえる。

 

 

「いやー、それにしてもまさかモンスターをご所望とはなァ......!」

 

「だっはっはっは! やっぱ貴族ってのは頭のネジが全部ぶっ飛んでやがる! 変態の極みだぜ、まじで!」

 

「しかも今回はガチの怪物趣味なんだとよ。人間じゃ勃たねぇ病気かなんかか?」

 

「まぁ、貴族様の性癖ってのは常軌を逸しているのが標準だからな。俺らですらドン引きするくらいのがゴロゴロいるし」

 

「怪物に欲情とか、正真正銘のケダモノだな。つーか、そっちが本物のモンスターじゃねぇのか?」

 

「なぁなぁ、貴族様はこのモンスターを使って具体的に何をするんだろうな?」

 

「そりゃお前......殴る、切る、焼く、剥ぐ、犯す、食う......好き勝手やるに決まってんだろ? そういう趣味なんだよ、あいつらは」

 

「うーわ、まじっすか。そんなの、すぐ壊れちまいますって」

 

「だから面白れぇんだろーが。ぶっ壊れるギリギリまで嬲って、泣かせて、喚かせて、それを見て昂る......下種の極みだな、貴族様はよォ」

 

「ぎゃっはっはっは! 哀れなもんだな、コイツも! こんなエグい趣味の道具にされるなんてよ!」

 

「ま、でも......このモンスター、顔は綺麗だし、身体も悪くねぇ......いや、むしろイイ。色々、そそる造りしてやがるぜ?」

 

「な、なぁ、リーダー......どうせこのあとボロ雑巾になるんだ。だったら......今のうちに、味見してもよくねぇっすか?」

 

「あァ? バカかてめぇ。こいつは商品だっての、傷モノにしたら売りもんにならねぇだろうが」

 

「す、すみませ「だが」......え?」

 

「先方さんは、こいつが処女でなければならないなんて条件は付けてねぇ」

 

「——っ!! て、てことは、まさか......!」

 

「あぁ。俺には理解できねぇが......モンスターとヤリてぇってんなら、止めやしねぇよ。契約違反にもならねぇしな」

 

「あ、ありがとうございますッ!!」

 

「ただし、さっきも言った通り傷はつけるな。痕が残ったらバレる。いいな?」

 

「わっ、わかってますって! へへっ......!」

 

 

——なんだ、この耳障りな会話は......

 

笑い声、下卑た言葉、息遣いすらも。

俺の耳に入り込むすべての雑音が不快で、汚らわしくて、腸が煮えくり返るほどに度し難い。これほどまでに不快な気分になったのは生まれて初めてだ。

 

なぜ、このような人間がのうのうと生きている?いや、そもそもこいつらは本当に俺と同じ人間か?人間の皮をかぶった化け物か何かだろ。いや、そうに違いない。

もし、こいつらが俺と同じ人間なら、今後俺は人間に対する見方が捻じ曲がってしまう。

 

......こいつらに俺の価値観が狂わされる?おいおい、それは何の冗談だ。こんな人間以下の下種に俺が変えられるなんて許容できないぞ。

 

なら、どうずればいい?

 

俺が俺で在るために......

これ以上聞くに堪えない雑音から解放されるためには......

 

——俺に害のあるこいつらを殺せばいい。

 

 

人を殺す。それは、俺が元居た地球では禁忌とされる行為だ。

だが、それがどうした。

今目の前で凌辱されそうになっている女の子の命と、己の今後一生消えることのない、消すことのできない烙印。

どちらを選択するか、天秤にかけるまでもない。

 

だが、勘違いしてはならない。

これは、囚われの女の子のために行う善行ではない。

これは、俺が俺のために行う、俺の自己満足を満たすためだけの悪行だ。

 

俺は善人ではない。

俺は英雄ではない。

俺は勇者ではない。

俺は心優しい主人公(ベル・クラネル)ではない。

所詮俺は俺でしかない。だからこそ、俺のやりたいようにやらせてもらう。たとえそれが褒められたことではないとしても、自分の心に一生消えることのない傷ができてしまうことになったとしても、それでも俺は俺の我欲を一方的に通させてもらう。

 

 

これから始めるのは、囚われの女の子を救う美しい喜劇の物語ではない。

これから始まるのは、己の制御を離れた激情に身を任せて行われる惨劇の物語だ。

 

 

 

「おい、この先で一休憩できそうな場所がないか探してこい」

 

「わかりやし......ん? 誰だ......?」

 

この集団のボスらしき男が下っ端に命令を下す。一人の男がその命令を受けて休憩場を探しに行こうと道先を見た時、道路沿いの雑木林から一人の少年が姿を現す。

 

「あァ? 何だこのガキ?」

 

突然見知らぬ少年が森の中から姿を現したことで、先ほどまでの愉悦に満ちた笑い声が鳴りを潜める。しかし、それも一瞬のことで、相手がただの子供一人だと認識した途端、またもや男たちの間で品のない笑い声が交わされる。

 

「はぁ......おい」

 

男たちの笑い声が木霊するその空間の中、一人、少年だけが嫌悪感丸出しの様相で男たちに声を掛ける。すると、先ほどまで笑い声をあげていた男たちは笑うのをやめると、一斉に少年へと目を向ける。

 

「今すぐその下品極まりない口を閉じろ」

 

凛とした力強い声が少年の口から発せられる。

どう見ても十代前半である少年のその立ち居振る舞いは、人相が悪く、武器を携えた大人たちを目の前にした状態で振舞える姿ではない。それも相手は複数人なのに対し、少年側は少年ただ一人だ。

そんな、明らかに不利な状況にあるにもかかわらず、少年は威風堂々とした態度で男たちを睨みつけている。

しかし、自分よりも明らかに年下の少年からそのような態度をされては、沸点の低い男たちには火に油となる。

 

「あァ? 何だその態度はよォ。礼儀ってのがなってねぇんじゃねぇか、クソガキ」

 

案の定、男たちは少年の態度に激怒し、今にも襲い掛からんとする様相を見せる。しかし、そんな男たちを前にしても少年は変わらずの態度で言葉を発する。

 

「......礼儀? ハッ......お前らみたいな下種が礼儀を語るか」

 

「なんだとテメェッ!」

 

「ボスッ! この礼儀のなってねぇガキ、殺っちゃいましょうよォ!」

 

少年のこちらをバカにしたような態度と発言に堪忍袋の緒が切れた男たちは腰や背に携えた剣や弓を構え、臨戦態勢を取り始める。

そして、男たちはボスと呼ばれる男へと目を向ける。その目には、さっさと殺す許可をくれという思いがありありと込められている。

 

「おいガキ、テメェ......俺たちが誰だかわかってて言ってんのかァ?」

 

「下種に理解を示す必要がどこにある」

 

「......殺せ」

 

ボスと呼ばれる男の問いを一蹴する少年。無礼極まりないその態度に、ボスはただ一言、殺しの許可を下す。

 

その言葉を合図に、男たちは獣のような殺意を滾らせて少年へと襲いかかる。

 

少年は、青紫色に輝く半透明な刀を静かに構え、切先を男たちへと向ける。

 

「ぎゃははは! なんだそりゃ! これから戦いますよって合図かよォ!」

 

「だっはっは! 戦う前に合図とは、殺し合いを知らねぇ見た目通りの青くせぇガキだなァ!」

 

嘲笑が重なり、殺意を帯びた足音が地面を震わせる。男たちは飢えた獣のように、熱量のある殺意を纏って少年へと迫る。

 

だが、少年の瞳はその熱とは対照的に、氷のように冷え切っていた。

 

「はぁ......雑音を撒き散らすな、愚図共が」

 

「このガキィ! ぶっころ——」

 

少年の言葉に激高した男どもは、怒りに任せて叫ぶように言葉を発する。しかし、最後まで紡がれることはなかった。

 

「《閃光》」

 

少年が構える刀の切先が、瞬間的に強烈な光を放つ。

辺り一面が白光に包まれる。光の発生源となる少年へ目線を向けていた男たちはその光をもろに見てしまったため視界を奪われる。

 

「ぐわぁあ! 目がぁああああ!!」

 

光魔法《閃光》によって目をやられた男たちはその場で目を押さえる。

だが、その姿は少年にとっては格好の獲物となる。

 

少年はその場から一気に加速し、迫ってきた三人の男のうち一人の目前へと瞬時に到達する。

 

男は未だに目を押さえているが、少年は躊躇なく剣先を喉へと突き立てた。

 

グサッと生々しい音が聞こえるとともに刀が喉を貫通し、血が噴き出す。

 

声にならない悲鳴を上げる男。

少年が突き刺した喉から刀を勢いよく抜くと、さらに血が噴き出す。男は喉へと手を押さえつけるがまるでその行為が意味を為さないとでもいうかのように噴き出る血の勢いは止まらない。

そうして、そのまま男は身体を傾けると地面へと崩れ落ちた。

 

「......一人目」

 

無機質な声が少年の口から発せられる。

少年は、人を殺したことに少しの動揺も見せることなく、次なる標的へと姿勢を向ける。

 

次の標的もまた、先ほどの男と同様に目を押さえている。

至近距離であれだけの光を浴びたのだから、視界が回復するのには時間がかかるだろう。

 

「うわぁぁああ!! 来るなぁあああ!!」

 

男は何かを察したのか、片手で目を押さえながら、もう片方の手で剣を握り直し、狂ったように振り回す。

 

少年はその男に近づくことはせず、その場でしゃがみ込み地面に手を当てる。

 

「《土針鼠》」

 

少年が魔力を地面に流し込むと、岩でできた無数の針が男目掛けて伸びる。

 

「——グフッ」

 

迫り来る無数の岩針に気付かない男はそのまま串刺しとなり、血反吐を吐く。

無数の岩針は、男の心臓、肺、脇腹、右目を貫いており、男の命が潰えることが容易に理解できる有様となる。

 

「——二人目」

 

またも、何の感情も感じさせない少年の声が辺りへと波紋する。

聴覚だけが残された男たちにとって、それは余命を告げられるような感覚を齎す。

 

「——ひ、ひぃ......く、くるなぁあ!!」

 

目に涙を浮かばせながらも徐々に視力を取り戻し、目を見開く男たち。

少年は、襲い掛かってきた三人のうちの残りの一人に向かって駆け出す。

 

「死ね」

 

男は短剣を振り回すが、ただ振り回すだけの攻撃が当たるはずもなく、少年はそれを軽やかに躱す。そして、腰の捻りながら横一文字に刃を走らせ、男の首元へと迫る。

あと少しで首へと届くその瞬間、別方向から矢が飛んでくることを《魔力感知》が捉え、少年は勢いよくその場から後退する。

 

「——ちっ」

 

あと少しで仕留めることができたところを邪魔されてしまった少年は、矢を放った男へと鋭い視線を向ける。

 

「まずは面倒な遠距離攻撃持ちから殺るか」

 

少年は力強く地を蹴り出し、弓使いへと迫る。

それに気づいた弓使いは、すぐに臨戦態勢を取って第二の攻撃へと移行する。

 

下種な野郎とはいえ、さすがは熟練者。少年が迫り着く前に第二の矢を放つ。

しかし、その矢は魔力で視力を強化した少年によって斬り落とされる。

 

「——なっ! 今のを斬り落とすとか、テメェただのガキじゃねぇのかよ!」

 

明らかにただの子供ができる芸当ではない少年の動きに弓使いは声を荒げる。

しかし、その間にも少年はスピードを緩めることなく弓使いへと迫る。

弓使いは慌てて第三射目を放とうとするが、その前に少年が眼前へと先に到達する。

 

「——もらった」

 

今度こそ、仕留められると確信した少年は、勢いよく刀を弓使いの喉へと突き出す。しかし、その直前にまたもや邪魔が入る。

そのことを《魔力感知》で察知した少年。

しかし、少年に迫り来る人影はこれまでとは一線を画す速度であったため、対応が遅れて受け止めきれずに吹き飛ばされる。

 

地面に叩きつけられた少年はすぐに体勢を整え、臨戦体制へと移行する。

 

「あ、ありとうございます、ボス!」

 

「あァ。それより気ィ引き締めろ。相手はただのガキじゃねぇ」

 

「は、はいっ!」

 

 

三対一。

先ほどまでの有利な状況から一転。相手は視力も徐々に回復してきたことにより、今度は少年が不利な状況へと置かれることになった。

 

「おいガキ、テメェも【神の恩恵】持ちか」

 

緊迫した空気が張り詰める中、ボスと呼ばれる男は少年に対して問いを投げかける。

 

【神の恩恵】を授かるということは、すなわち神の眷族であるということでもある。しかし、現在少年たちがいるここら一帯には国一つなく、あるのは地図にすら載らないような村々だけだ。そんな辺鄙な場所に神が訪れるとは考えにくい。故に、本来であれば、男の問いは場違いなものと言えるだろう。

しかし、こと今回に限って言えば、この問いはごく自然で当然のものと言える。なぜなら、少年は今しがた魔法を使用したからだ。

 

魔法とは、【神の恩恵】を授かり、【ステイタス】に発現させた者が使用することのできるもの。これが現代の魔法に関する認識だ。故に、少年が魔法を使用したということは、【神の恩恵】を授かっているということを意味すると解釈することはごくごく自然なことなのだ。

 

(......ふむ、俺の魔法が【ステイタス】によって発現したものだと勘違いしているのか。まぁ、それは仕方のないことか。それよりも今こいつはてめぇも、と言った。つまり、このボスと呼ばれる男は【神の恩恵】持ちということか。いや、ボスに限らずこいつら全員が【神の恩恵】持ちである可能性が高い。どちらにせよ、今はこいつの話に合わせておくか)

 

少年は、ボスの言葉から敵側は【神の恩恵】持ちであると推察する。だが、それは同時に二者間に明確な力量差が存在することをも意味するものとなる。

しかし、その事実が判明してもなお少年は焦ることなく冷静に物事を見据える。

 

 

「あぁ、俺も【神の恩恵】持ちだ。とはいえ、主神の名前までは言えないがな。それは同じく【神の恩恵】を授かっているお前たちならわかるだろう?」

 

「あァ、もちろんわかるさ。にしても面白れぇ。まさかこんな辺鄙な場所に【神の恩恵】持ちがいるとはなァ。しかもヒューマンでありながら魔法を無詠唱で発動する。それも二種類。これほどのポテンシャルを持ったガキはそういねェ」

 

ボスは少年に下卑た視線を向ける。その視線を受けた少年は、そのあまりの気色悪さに顔を顰める。

 

「その気色の悪い視線を俺に向けるのをやめろ。反吐が出る」

 

「おぉおぉ、相変わらず口の利き方がなってねェなァ。本来なら自ら首を垂れて許しを乞うまで痛めつけてやりたいところだが、特別に許してやる。今の俺は気分がいいからなァ」

 

「......気分がいい?」

 

「あァ、そうさ! 何しろ、こんな辺鄙な場所で金のにおいがプンプンするガキに出会ったんだからなァ!」

 

「......そのガキってのはもしかしなくても俺のことか?」

 

「あァ? テメェ以外に誰がいるってんだよォ! いいか? てめぇはさっき無詠唱で魔法を発動した。だが、そんな芸当ができる奴なんざ俺は聞いたことも見たこともねェ。それだけでもてめぇには相当な値が付けられる。それに加え、性格に関してはクソだが、外見は悪くねェ。つまり、総合的に見た場合、テメェの価値は人語を話すモンスターと同等か、あるいはそれ以上の価値があるってェことだ」

 

「......人語を話すモンスター?」

 

ボスの口から出てきた気になる単語に、少年は思わず聞き返す。

 

「おっと、つい口が滑っちまったなァ。まァいい。とにかく、テメェはこれから俺たちと一緒に来てもらうぜェ?」

 

ボスはその凶悪な人相に凶器的な笑みを浮かべると、獲物を逃がさんとする獣のような獰猛な視線を少年に向ける。その視線は、並の子供であれば、あまりの怖さに失禁してしまってもおかしくはないほどの恐ろしさを秘めている。

しかし、少年は、そんな視線に晒されてもなお表情に恐怖の色は見られず、むしろ不快感を増していく。

 

「大人しくついていくと思うか?」

 

「いーや、思わねぇなァ。だが、それなら無理やり連れて行けばいいだけだ」

 

「無理やり、ねぇ......それはお前たちが俺よりも強いことが前提で成り立つ結果だが......お前はそれを理解しているのか?」

 

少年の言葉を聞いたボスは一瞬表情を固め、瞬きを数度繰り返す。しかし、すぐに動きを再開させたかと思うと、大声で笑いながら少年へと目を向ける。

少年に向けるその表情には笑みが張り付いているがどこか不気味であり、何より少年を映すその目は一欠けらも笑ってはいない。

 

「......クッハハハッ、随分と強気なことを言うじゃねェか、クソガキィ......だがなァ、さすがに俺らを舐め過ぎだぜェ......?」

 

ボスは先ほどまでの悦に浸った雰囲気とは一変し、明確な殺気と怒気を内包した様相へと変貌する。

ボスの様子が変化したことを感じ取った少年は、すぐさま臨戦態勢へと移る。その瞬間、地面を抉るような音と共に、ボスが少年へ急接近する。

初めから一切の油断をすることなく、警戒心を最大限にまで引き上げていた少年は、迫り来るボスの一撃を紙一重で受け流し、距離を取った。

 

(......俺がお前たちを舐め過ぎだと? 笑わせるな。むしろ逆だ。俺はお前たちに対してこれほどかというほどまでに警戒している。なにしろ、俺が弓使いを殺そうとした際に行われたボスとの一度の攻防で、ボスの力量が俺よりも上だということは理解できたからな。そもそも、俺はこれが初めての殺し合いなんだ。たとえ相手が自分より弱かったとしても、油断なんてするわけないだろ)

 

少年は、心の中で自分の気持ちを吐露する。

少年の言う通り、ボスの力量は少年を上回っている。それは《魔力感知》を発動していてなお対応が遅れてしまうほどの速度、少年を吹き飛ばすほどの膂力、そして口や態度ではこちらを舐めているように見えるが、その実、目線や姿勢などから感じられるこちらを油断することなく警戒している様子。それらを総合的に考慮した結果、ボスが相当の手練れであると少年は判断した。

 

(俺は【神の恩恵】を授かった人間を見たのはこいつらが初めてだから、強さとレベルの釣り合いの基準が分からない。だからこいつらのレベルがどの程度なのかは、こいつらの強さから正確に測ることはできない。とはいえ、《身体強化》を施した俺はおそらくはレベル1相当なのは間違いない。そこから考えると、おそらくボスはレベル2、それ以外の二人はレベル1相当だろう)

 

少年は、これまでの攻防を振り返りながら相手の戦力を分析していく。そして、分析の結果、相手の方が上であるという結論に行き着く。

 

(今のままでは俺が負けるのは確実。なら、出し惜しみしている余裕はない。ここからは全力で行く)

 

今のままでは勝つことができないと理解した少年は、自身が勝つために魔法を行使する。行使する魔法は、《身体強化》と《雷属性付与魔法》の混合魔法。

 

——《神速(カンムル)》

 

魔法を発動した瞬間、少年の肉体に青白い雷が迸る。

 

 

「——ッ、また無詠唱で魔法!?」

 

「これで三つ目だぞ?! どうなってやがる?!」

 

「......雷を肉体に纏っている......雷の付与魔法か」

 

少年の魔法を見た男たちは、それぞれの反応を示しながら瞠目する。しかし、それも一瞬のことで、すぐさまそれぞれの武器を構え直す。

 

「お前ら気を引き締めろ。このガキをただのガキだとは思うな」

 

「分かりやした!」

 

「了解です!」

 

 ボスは仲間に対して油断しないように命ずる。その言葉を受け取った残りの二人は、油断することなく攻撃態勢へと移る。

 

三者三様でこちらに攻撃を仕掛けてくる様子を捉えた少年は、最後の準備へと取り掛かる。

 

(いくら魔法で戦闘能力を引き上げても俺には戦闘経験など皆無の状態だ。一方で、相手はそれなりに場数は踏んでいるはず......特にボスに関しては残りの二人とは明らかに醸し出す雰囲気が違いすぎる。となれば、魔法で戦闘能力を強化するだけでは足りない。ならどうすればいいか。答えは簡単だ。こちらも同レベルにまで技量を引き上げればいい。そのために......俺はこいつらから学習する)

 

少年は、直径50mにまで広げていた《魔力感知》を縮小していく。その範囲は、この場にいる者たちをギリギリ範囲内におさめられる程度の広さ。

 

(今必要なのは、より正確かつ精密な情報。範囲を狭めれば、それだけ《魔力感知》の精度は上がる)

 

——《魔力感知—学習演算(ラーニング)》

 

その瞬間、これまで視えていた景色がより解像度を増し、視える情報の鮮明度が高まったことを感じさせられる。

今の少年の見え方は、分かりやすく言えば、目の悪い人が眼鏡をはずしていた状態から眼鏡をつけた状態へと切り替えたようなもの。

《学習演算》によって、少年は範囲内の情報が手に取るように解るようになった。

 

 

弓使いが少年目掛けて矢を放つ。

《学習演算》でそのことを感知した少年は飛んで来る矢を躱す。

躱すために矢へと意識を向けた少年の死角にボスは潜り込み、長剣で斬り上げる。しかし、視覚的には見えていずとも《学習演算》にてボスの姿を捉えていた少年はボスへと振り向き、迫り来る攻撃を正確に迎え撃つ。

 

「——っ」

 

死角を完全に狙った攻撃を迎え撃たれるとは思っていなかったボスは、動揺を隠せずに表情に驚愕の色を浮かべる。

 

「でぇえやぁぁぁあ!」

 

ボスと拮抗している状態の少年目掛けて、短剣使いが刺突攻撃を繰り出す。その攻撃に対し、少年は焦ることなくその場から後方へ飛び躱す。

 

弓使いが矢を射り、短剣使いが近接攻撃を仕掛け、ボスの他とは一線を画す鋭い攻撃が少年を襲う。しかし、それらすべての攻撃を少年は受け止め、時には刀で受け流す。

この幾度もの攻防の中、攻撃を仕掛けるのは男たちからのみであり、少年はひたすらに受けの構えで迫り来る攻撃を捌き続けた。その際、少年は最大限の集中化で男たちの動きを観察し、迫り来る攻撃の様相を注視し、相手から得られるすべての情報を己の糧にせんと学習し続ける。

 

「——っ......くそっ! どうしてさっきからこっちの攻撃が当たらねぇんだよォ!」

 

なかなか攻撃が当たらないことに痺れを切らした弓使いが苦言を呈する。

 

「俺たちだけじゃなくてボスの攻撃も当たらねぇとかどうなってやがるっ......!」

 

短剣使いは、明らかに少年よりも格上だと思っているボスの攻撃さえ当たらないことに言い知れぬ悪寒を感じ始める。

 

ボスの鋭い攻撃が頭上から降り下りてくる。その攻撃を少年は刀を水平に柄と刀身に手を添えることで受け止める。

攻撃を受け止めたことでがら空きとなった少年の脇腹目掛けてボスの蹴りが入るが、少年は後退することで攻撃から逃れる。

そこからボスによる連撃が繰り広げられるが、それらを少年は落ち着いて対処する。しかし、いくら《学習演算》によって視えるようになったとはいえ、迫り来る連撃の全てを対処することは難しく、いくつかの切り傷を少年は負ってしまう。それでも、致命傷を負うことなく対処できるのは、《学習演算》による感知能力と、《神速》による限界を超えた反射速度を発揮しているからだ。

 

少年は、持てる能力を駆使してただひたすらに相手の動きを視続ける。

表情一つ変えることなく、淡々と自身の命を脅かす攻撃を魔力で強化した視力を以てして注視し続ける。

 

そうして、数十分が経過した頃、少年が大きく飛び退いて男たちから離れたことで、先程まで続いていた戦闘に一拍の静寂が訪れる。

 

男たちはボスを除いて息を荒げて肩を上下に揺らしている。あれだけ動き続けたのだから当然と言えば当然の状態だ。

一方の少年も息は浅くはなっているが男たちほどではない。

 

 

「......ふぅ」

 

(——《学習演算》完了)

 

少年は、深く息を吸い込み、静かに吐き出す。

心の中で静かに学習終了の言葉を唱えると、再び刀を構えた。

 

 

「——っ! テメェらっ、武器を構えろ......!」

 

その構えを見たボスは、先程まで感じなかったモノを少年から感じ取る。

 一見すると大した変化は見られない。しかし、熟練者であるボスは感じ取ることができた。それは、先程までの素人然とした構えから、今はまるで熟練者のような雰囲気を醸し出す少年に対する明確な変化。

 

 刀の構え方が違う。柄の握り方が違う。重心の位置、足の開き具合、姿勢のとり方、目線......少年の構えから素人らしい素振りが鳴りを潜め、少年の全ての動作がいきなり熟練者のような様相へと変貌を遂げた。

 

 ボスの掛け声を聞いた弓使いと短剣使いはすぐさま臨戦態勢を整えようとした。しかし、整えようとした瞬間、少年の姿がブレた。

 

「——ひっ!」

 

短剣使いが悲鳴を上げる。気付いたときには、少年が既に短剣使いの懐に入り込んでいた。

あまりの急激な状況の変化に、短剣使いは思考が追い付かず、武器を構えることもできずに後退る。

 

短剣使いの絶体絶命のピンチ。

しかし、さすがと言ったところか、ボスだけは少年の動きに対応し、短剣使いの懐に入った少年目掛けて長剣を横薙ぎに振るって首を狙う。

 

しかし、そのことを察知していた少年は上へ飛び退くことでボスの攻撃を回避。そのまま、逆さに宙返りした状態で身体を捻り、その勢いのまま刀を短剣使いの首目掛けて水平方向へ振り抜く。

 

少年が地面へ着地したと同時に、短剣使いの首が胴体から切り落とされ、切断された個所から血が噴き出る。そして、そのまま短剣使いの胴体は地面へと崩れ落ちた。

 

「......三人目」

 

少年の無機質な声が今起きた状況を知らせる。

 

「てめぇぇぇえええ!!」

 

仲間を殺られたことに怒りを覚えたボスは、その怒りをそのまま少年にぶつける様に攻撃を繰り出す。しかし、その攻撃には先程までの洗練さは抜け落ちているため、少年は難なく対処する。

 

ボスからの刺突攻撃を大きく飛び退くことで回避した少年。それに追うような形で駆け出したボス。

その姿を捉えた少年は、腰を下ろして地面に手を付ける。そして、地面へと魔力を流し、そのまま流した魔力をボスが駆け寄ってくる進行方向へと伸ばす。

そして、ボスと少年の魔力の位置が重なった時、ボスが足をつけている地面が急激に隆起する。隆起した地面はそのまま天へ向かって盛り上がり、そのままボスを空へと追い出す。

 

一人残った弓使いは、短剣使いの死とボスの急な浮上によって、動揺を見せている。

その隙を少年は見逃すはずもなく、しゃがみ込んでいた姿勢からすぐに立ち上がるとすぐさま腰を低く落とす。足裏に魔力を圧縮し、一気に開放——少年は弓使いへと疾走する。

 

「——くっ!」

 

少年が自身の下に駆け出してきたことに気付いた弓使いは、大慌てで矢を射る準備をする。しかし、慌てて挙動を乱した弓使いはすぐさま矢を射ることはできず、その前に少年が先に弓使いの眼前へとたどり着く。

 

そのまま少年が弓使いを殺さんとするその瞬間、少年の《魔力感知》が上空から迫り来る剣を感知する。

その剣は未だ空中に放り出されているボスが投げた剣だ。そのような状態で攻撃を仕掛けてくるのはさすがと言えるが、咄嗟の攻撃であるためか簡単に対処することができる。

 

少年は迫り来る剣を上へ飛ぶことで回避。

 

ボスの攻撃を回避するために中断した少年の攻撃から逃れた弓使いは、すぐさま空中に退避した少年へ向かって矢を射る。

 

自身に向かって飛んで来る矢を横に逸れることで回避した少年は、矢が自身の横を通り過ぎる瞬間に矢を武器を持っていない右手で掴む。そのまま、右回転で身体を捻り空中で弓使いと向かい合う形に姿勢を整えた少年は、右手に持った矢に強化を施すと同時に振りかぶる。そして、天へと向いている両足の裏から炎を一気に噴射させ、その勢いのまま弓使いに向かって下降する。

 

そのあまりの速度に弓使いは対処のしようがなく、炎の推進力と重力によって加速した少年は、そのまま右手に持つ強化された矢を弓使いの脳天へと突き刺した。

 

「......これで四人目」

 

矢を弓使いの脳天に突き刺した後、上手く着地した少年は、地面に倒れゆく弓使いには目もくれず、残りのボスへと目を向ける。

 

 少年の魔法によって空中に放り出されたボスは、ただ仲間である弓使いが殺されるところを見ている事しかできなかった。

 

 

 少年は、ボスへと視線を向けたまま、傍らの地面に突き刺さったボスの長剣を静かに引き抜く。そして、無言のままそれをボスへと投げ返した。

 

「......何のつもりだ」

 

少年から投げ返された自身の武器を受け止めたボスは、仲間が殺された怒りと、少年に翻弄された屈辱を瞳に宿しながら、鋭く睨みつける。

 

 ボスからの睨みをどこ吹く風と言った様子で受け流す少年は、ボスからの問いには答えることなく、刀を構えてボスを静かに見つめる。

 少年からの視線を受けたボスは少年の意図を理解して、こちらもまた長剣を構える。

 

 「......いいだろう。テメェの実力は認めてやる。あいつらがやられたのは、弱かったからだ。弱肉強食が全てのこの世界では弱者が殺されるのは当然の結果だ。だから......俺の仲間が殺られたこともまた、必然の結末だ......」

 

弱肉強食——それは、どの世界、どの時代でも決して潰えることのない不変の摂理。弱者はただただ強者によってすべてを奪われる。そして、強者は弱者の全てを思いのままにできる。故に、ボスは今のこの惨状を見て、少年と自分たちの実力差によって生じた当然の結果であると言う。

 

「......だが、いくら理屈では理解できても、感情は別だ。仲間が殺られて......さらにはテメェみてぇなガキにいい様にされて黙って受け入れられるほど俺は大人しくねぇ......」

 

それはそうだろう。いくらこいつらが極悪非道の下種であったとしても、ボスからすれば大切な仲間であり、そんな仲間を殺されて怒りが湧かないわけがない。そして、自分たちを翻弄した相手が俺みたいなガキならば尚更だ。と少年は心の中で理解を示す。

とはいえ、少年はあくまでもボスが述べる言葉の意味に理解を示しただけで、慈悲を与える気はさらさらない。

 

「だから......テメェは俺が殺す」

 

「......それは俺のセリフだ」

 

互いが互いを睨みつけながら、殺気立つ。

森に住まう鳥たちが一斉に羽ばたいて離れていく。

重々しい空気が二人の間に漂う。

 

 

 「俺の名はイルジン。テメェの名は何だ......?」

 

 「......ツクヨミ・夜」

 

 

ボス——イルジンが名を告げ、少年——夜も応じる。

名を告げ合った二人は、それ以上言葉を交わすことなく、ただ静かに対峙する。

 

 一筋の風が流れ、木々が揺れる。葉が擦れる音が辺りを木霊し、零れ落ちた葉が風に乗って二者の間を揺れながら重力に従って落ちていく。

 落ちていく葉が地面へ到達したその瞬間——地を蹴る音が重なり、閃光のような衝突が起きた。

 

 甲高い金属音が響き、火花が散る。

 拮抗状態で互いに睨み合うが、突如夜が力を緩めて半歩下がる。

 突然均衡状態が崩れたことにより、イルジンは前方へ身体が傾く。そこへ、夜は刀を振り下ろす。その攻撃に対して身体を捻ることでイルジンは回避する。

 

 回避行動を取ったイルジンに対して、緩めることなく追撃を行う夜。その攻撃を躱し、受け流しながら攻撃を行うイルジン。

 

 イルジンによる鋭い刺突。それは正確に夜の喉元へと繰り出される。しかし、夜は迫り来る剣へと自身の刀を添えることで軌道をずらして受け流す。そのまま、相手の剣の軌道上に振り流した刀を逆袈裟斬りの要領で斬り上げる。イルジンは、上体を後ろへ逸らすことで何とか回避する。しかし、夜は続けざまに振り上げた刀を振り下ろす。その攻撃をイルジンは何とか受け止める。

 

 イルジンは受け止めた夜の刀を自身の剣を傾けることで軌道を逸らす。軌道を逸らされた夜の身体は軌道上へと傾く。その隙をついて蹴りを入れるイルジン。

 防御が間に合わないと判断した夜は、蹴りを入れられる部分に魔力を流して強化を高めることで防御力を高めて受ける。しかし、勢いを殺すことはできないために吹き飛ばされる。

 

 「っ——......テメェのその付与魔法は感電効果があるのかよ」

 

 イルジンが夜に蹴りを入れた際、接触と同時に夜が纏っていた雷がイルジンへ流れ込み、短時間だが動きを鈍らせる。

 現時点の夜のレベルでは、効果自体はたかが知れているが、それでも一瞬動きを阻害する程度には効果がある。

 

「それに......テメェのその剣技......まさか、俺から盗んだのか......?」

 

 先の攻防で見せた夜の剣技を見て、イルジンは自身の剣技と同じであることを見抜く。事実、イルジンの言う通り、先ほど見せた夜の剣技は全てイルジンが見せたものを模倣したものだ。

 

 「あぁ、そうだ」

 

夜は自分には技量が圧倒的に足りていないことをこの戦闘の中で理解した。そこで、《学習演算》によってイルジンから学習した剣技を模倣することで足りなかった技量を埋めた。

 

「......ク、クハハハハッ...... なるほどなァ。通りで急に雰囲気が変わったと思ったぜ。にしても、まさかこんな短期間で俺の剣技を模倣されるとはなァ......テメェは化け物かよ......」

 

夜の理解の及ばないその力にイルジンは畏怖する。しかし、それも無理のないことだろう。何しろ、先程までは素人同然であった夜が、いきなり自身が何年、あるいは何十年とかけて努力した末に身に着けた剣技を夜はたったの数分で身に着けたのだ。

そこにあるのは、耐えがたい屈辱と、嫌なまでの劣等感と、自分の常識が音を立てて崩れていく恐怖。それらの感情が濁流のように自身の中で渦巻き、イルジンの精神を蝕む。

 

 剣を持つ手が震える。理解の外にいる目の前の存在に目を背けたくなる。だがしかし、それはイルジンの矜持が許さなかった。

 イルジンは、自身の中で渦巻く激情を己の矜持を以てして無理やり抑え込む。

 そして、有らん限りの咆哮を上げて夜へと突撃する。

 

 「うぅぉぉおぉおおおおおおおおああああ――――!!」

 

 

 イルジンの咆哮と共に繰り出された攻撃。

 

 「——くっ」

 

夜は刀でそれを迎え撃つ。しかし、これまで以上の速度と威力であったため、わずかに体勢が崩れる。そこから始まる怒涛の連撃。

 

 「才能あるやつは良いよなァ!?」

 

イルジンの体重をのせた上段からの重い一撃を夜は刃先で受け止める。

 

 「俺たち無能者が死ぬ気で努力して手に入れたものを何の苦労もせずに手に入れられてよォ!」

 

 身長差によってイルジンはそのまま体重をのせて圧し潰さんとする。

 夜は、自身にかかる剣圧を左足を半歩引くと同時に刀を傾けることで軌道をずらして逃れる。

 

 拮抗状態が崩れ去ることで抵抗力を失ったイルジンはそのまま体勢を崩す。

 そこへ夜の横薙ぎの一閃がイルジンへと迫る。

 

 「ぐっ、ぐぐぅう」

 

 「才能がある? あぁ、そうだな。確かにお前からすれば俺は才能があるんだろうよ」

 

 金属同士が擦り合う音が耳朶を刺激する。

 

 「だが、そんな才能ある俺よりもさらに才能ある人間は存在する。そいつらからしてみれば、俺もまたお前たちと同じ凡人にすぎないんだよ」

 

 互いに立ち位置を変えながら、激しい攻防を繰り広げる。

 

「だから何だってんだァ! たとえそうであったとしても俺の剣技を一瞬でものにしたテメェは紛れもねェ天才だろうがよォ!」

 

 「......天才? 俺が......天才だと?」

 

 「——っっ」

 

 天才......その言葉を聞いた瞬間、夜の様子が一気に変貌する。

 

 (な、なんだ? 急にこいつが纏う雰囲気ががらりと変わりやがった)

 

 突然の夜の変化にイルジンは嫌な汗を流す。

 

 「......お前は今、俺のことを天才だと言ったな」

 

 「だ、だったら何だってんだ。事実そうだろうが——」

 

 「ふざけるなぁあ——っ!!!」

 

 イルジンの言葉を遮り、夜の怒声が空気を震わせる。

 

 「俺が天才? もしも本当に俺が天才だったならもう少しマシな人生を送っている! 俺が天才だったならばこの世界に来てなどいない! 天才ってのは己の信念を貫き通せる奴のことを言うんだ! 俺みたいな道半ばで諦めたやつが呼ばれていいものではない!」

 

 夜のまるで血反吐を吐くような吐露の言葉にイルジンは言葉を失う。

 

 「......お前如きが俺の人生を語るな」

 

 すべてを言い終えた夜は刀を構える。

 先ほど以上に殺気と闘気をその身に宿した夜の姿に、まるで修羅の如き錯覚をイルジンは感じ取る。

 

 夜から感じ取る尋常ではない圧力にイルジンは背中に冷たい汗を流す。

 

 「......そろそろ終わらせるぞ」

 

 《身体強化》、《身体強化》——

 

 この死合に終止符を打つ決心をした夜は、《身体強化》の重ね掛けを行い、さらに身体能力を強化する。

 

 「ぐっ......」

 

 限界を超えた強化に、肉体は悲鳴を上げる。

 

 (......さすがに重ね掛けは今の俺には無理があったか。だが、一撃だけならば何とか耐えられる。だから......この一撃に全てをのせるっ!)

 

 覚悟を決めた夜は、腰を低く落として居合の構えを取り、同時に足裏に極限までに魔力を圧縮する。

 

 夜の姿を見たイルジンも同様に、夜に感じる悪寒を無理やり闘志で塗りつぶし、覚悟を決めて剣を構える。

 

 静寂が場を支配する。

 照りつける太陽が二人の影を地に刻む。

 風は止み、森の騒めきさえも息を潜める。

 

 イルジンのこめかみを伝った一筋の汗が、地面に落ちた——その瞬間。

 

夜とイルジンが同時に動く。

 

限界以上に強化された肉体に、魔力による高速移動を合わせた夜は、地を砕くような踏み込みによって齎される閃光の如き速度を以てして一瞬でイルジンの懐へと到達する。

イルジンは、迎え撃つように自身の全てをのせて剣を振り下ろす。鍛え抜かれた筋肉が唸り、鋭い風切り音が空気を裂く。

 

だが——その剣が届くよりも先に、夜の一閃がイルジンの首を捉えていた。

 

刃が肉を裂く音。骨を断つ感触。イルジンの瞳が驚愕に見開かれたまま、首が胴から離れる。振り下ろされた剣は空を斬り、力を失った腕から滑り落ちる。

 

首は宙を舞い、血の飛沫は太陽の光を浴びて紅く煌めく。

首を失った意思なき肉体は、そのまま重力に従うように地へと崩れ落ちた。

 

 

 「——っ、グフッ」

 

 いきなり吐血し、片膝をつく夜。

 

 「......かはっ......はぁはぁ、やはり一振りが限界だったか」

 

 限界以上の強化を施した肉体が負荷に耐えきれずに筋繊維は千切れ、内臓は損傷を起こしている。

 しかし、それも当然だろう。

 何しろ、俺はつい一か月前までは普通の人間の肉体だったのだ。こちらに来てから、魔力に馴染む身体になるよう肉体改造は施しているものの、それでもたったの一カ月では仕上げることなどできはしない。

 故に、未完成な肉体には合計三重もの《身体強化》の重ね掛けは耐えられなかった。

 

「......とりあえず動きに支障がない程度に治癒するか」

 

先の戦闘で著しく魔力を消耗したが、身体を治癒する魔力は何とか残っている俺は自身の身体に触れながら治癒魔法を施して重傷箇所から治していく。

 

「治癒魔法を習得しておいて正解だったな」

 

治癒魔法を完璧にマスターしているわけではないため、治療を終えるのにはまだ時間を要するものの、それでも着実に少しずつ傷が治っているのを確認しながら独り言を呟く。

 

この世界には、回復魔法と回復ポーションが存在する。

どちらも傷を治すことができる、地球には存在しなかった治療手段だ。

 

回復魔法は魔法である以上、使える者は限られている。しかし、回復ポーションは市販で売られているため、金さえあれば誰もが手に入れることができる。

 

しかし、そうした便利すぎる治療手段が普及していることも相まって、医療技術は地球ほど発展していない。

そのため、医療施設自体が少なく、現在俺が暮らしている地域付近にも当然医療施設などありはしない。

 

だからこそ、何かあった時のために回復手段は自分で持っておく必要があった。その結果が、治癒魔法である。

 

今は、習得していると言っても、まだまだ発展途上である。

だから、今後も引き続き修練を積んで、即死しない限りは即座に回復できる程度には熟練度を上げたいと思っている。

 

瀕死寸前の重傷を即座に回復するなど簡単ではないが、この世界ではいつ死ぬか分からない以上、できるところまで仕上げておいた方がいいだろう。

 

「......ふぅ、とりあえずはこれでよし」

 

動きに支障がない程度まで治癒し終えた俺は、イルジンを一瞥して絶命したことを確認する。そして、刀に付着した血を払い落とすと同時に魔力を拡散させることで、魔力で作った刀の形状を解除する。

 

 

「......何とか勝てたな」

 

俺は、先程までの戦闘を振り返って言葉を零す。

今回の戦いはどちらが勝ってもおかしくはないほどのギリギリの均衡状態だった。

俺が攻撃魔法を使用していれば話は別であったが、今回はボスとの戦闘で使うことをしなかった。いや、正確に言うならば使う気がなかった。

その理由は単純であり、剣技で打ち負かしたかったからだ。自分の命だけでなく、囚われの女の子の命もかかっているこの状況で、しかも全力で行くと言っておきながら持てる全てを出し切っていないのはどうかとは思うが、これは俺なりの矜持だ。

 

兎にも角にも、戦闘は終了。

無事、ではないが夜が見事に勝利する形で終わることができた。

 

 

「......それにしても、五人も人を殺してしまったな」

 

俺は自身の手を見ながら、人を殺した感触を想起する。

肉を裂いた感触、骨を断った感触、耳に木霊する苦悶の声。

 

初めて人を殺した時の感覚を思い出し、動悸が激しくなる......ということは特になかった。

 

「......何も感じないな」

 

俺は人を殺したのにもかかわらず、特に何かを感じることはなかった。

 

俺が為したことは立派な“殺人”だ。

どれだけ正当な理由があろうともその事実は変わらない。

 

この世界は地球ではない。だが、紛れもなく現実だ。

その現実において初めて人を殺めたのだから、何かしら思うことはあるはずだ。

 

だが、俺は何も感じることはなかった。

それは、殺した相手が人間以下の救いようのないほどの下種だからか。

俺の感性が壊れているからか。

俺の倫理観が欠如しているからか。

 

あるいは、そのすべてか——。

 

「まぁ......どうでもいいがな」

 

 自分はどこか普通の人達とは違うと自覚していた俺は、然程気にすることもなく吐息を漏らす。

 

そして、一度思考に一区切り入れた俺は、囚われの女の子がいるであろう馬車へと目を向ける。

 

今は、少しでも魔力を温存するため、《魔力感知》を使用していない。よって、馬車の中の様子を探ることはできない。

そのため、自力で馬車の中を見る必要がある。

 

とはいえ、戦闘は馬車の近くで行われていたため、すぐに馬車の元まで辿り着く。

 

(......戦闘中にイルジンが言っていたことが本当ならば、人語を話すモンスターとは十中八九『異端児(ゼノス)』のことだろう)

 

『異端児(ゼノス)』——それは、通常のモンスターとは異なり、高い知性や心といった理知を備えているモンスターの一派の総称である。彼らの中には人間の言葉を理解し話すことのできる者も存在する。また、容貌が元の種と大きく異なる者もおり、特に性別がメスとなるモンスターの場合は、並の人間よりも美しい外見をしているケースも少なくない。しかし、それが原因で怪物趣味を持つ人間に売られてしまうこともあり、今回もそのケースだろう。

 

俺は、一息ついた後、決心して荷台の後ろの出入り口の幕を開いて中の様子を伺う。

 

すると、荷台の中には鉄でできた檻があり、そこに件の女の子がいた——。

 

(......えっ......——レイさん......?)

 

 




 いやー戦闘シーンめちゃめちゃ難しいですね。

 読者の皆さん、もしよければ何かアドバイスください!
 もしくは、ここはもっとこうした方がいいみたいな指摘でも大歓迎です!

 よろしくお願いします!
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