・「保守的(conservative)」という言葉の意味
英語の “conservative” は、語源的には「保つ・守る(conserve)」から来ています。
つまり、本来の意味は「伝統的な価値観・習慣・規範を尊重し、急激な変化を望まない立場」です。
したがって、“保守的”とは相対的な概念であり、「何を守っているのか」によって評価が変わります。
①日本社会の文脈では → 西洋的近代化・個人主義を「自由」として基準に置き、それに合わないものを「保守的」と呼びやすい。
②イスラーム社会の文脈では → 「信仰に忠実である」ことが善であり、それを「保守的」とは呼ばず、むしろ「敬虔」や「貞淑」と表現します。
・「服装の自由」と「価値基準」のすれ違い
日本では「自由=露出しても良い」「個人の選択が尊重される」という前提があります。
一方イスラームでは「自由=信仰に基づき自分の尊厳を守る権利」であり、身体を覆うことも「自己選択の自由」の一形態です。
したがって、
「短い服=自由」
「長い服=保守」
という対立構造は、西洋的リベラル価値を基準にした偏った見方です。
イスラームの視点では、
「長い服=信仰に基づく自己決定」であり、それは「自由の実践」であって「抑圧」でもありません。
・言葉のすり替えによる誤解
日本語で「保守的な服装」と言うと、多くの人が「古くさい」「時代遅れ」「自由がない」という否定的ニュアンスを連想します。
しかしイスラームの長衣(女性のアバーヤ、ジルバーブ、男性のトーブ等)は、 宗教的義務としての「謙遜」、社会的礼節、唯一神アッラーとの関係の意識の現れです。
つまりそれは「文化的アイデンティティ」であって、「進歩/保守」という政治的軸で語るのは適切ではありません。
「長衣=保守」だとすると宗教的服装規定からくる神道の装束、巫女の白衣/緋袴、仏教の袈裟、修道女の修道服/髪を隠すヴェールも保守であると同一に主張するべきです。
・まとめ
「保守的」とはあくまで自分の文化基準から見た主観的評価であり、イスラームの服装は「信仰的自由」と「自己尊重」の表現であって、決して「時代遅れ」や「抑圧」と同義ではないです。
「イスラームの長い服装のみを“保守的”と呼ぶ」のは、西洋的・日本的価値基準を前提にした誤用であり、実際には“信仰に基づく自由な自己選択”の表現です。
Quote
May_Roma めいろま 谷本真由美
@May_Roma
これは大阪だが、日本で見かけるイスラム教徒は、なぜかイギリスやフランスよりもはるかに保守的な服装をしているパキスタン系やバングラデシュ系が目立つのがきになっている。
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