「戦争をする国」に変わってもいいのか?! 大軍拡・戦争準備の現場から(17)「戦争の加害者にも被害者にもなりたくない」、主権者として一人ひとり声を上げることの意味
1931年(昭和6年)の満州事変からの中国侵略の戦争加害が、結果的にめぐりめぐって45年(昭和20年)の敗戦にいたる戦争被害(空襲など)につながってしまったという昭和史の教訓がある。それに反して、戦争被害を呼び込む米日軍事一体化による戦争加害に手をそめるような道に入り込んでしまっていいはずはない。
「このような大軍拡・戦争準備の動きに反対の声を上げる人は、いまはまだ少ないのが現状でしょう。しかし、多くの人たちが『これは大変な事態が起きている』と気づいたときには、もう手遅れで戦争への道を止められなくなっているはずです。戦争につながる予兆が表れているときに、戦争の芽が出てきたときに、しっかりと気づいて批判し、反対の声を上げなければなりません」
日出生台演習場や十文字原演習場での日米共同演習・訓練などの監視活動を続ける市民団体「ローカルネット大分・日出生台」事務局長の浦田龍次さん(62)は、そう注意をうながす。
「防衛・安全保障は国の専管事項」という政府の主張に惑わされず、「戦争被害受忍論」を黙認もせず、けっして国に白紙委任しない主権者として一人ひとり、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないよう」(憲法前文)声を上げることの意味が、深く問われる現実が、いま目の前にある。(完)
吉田敏浩(よしだ・としひろ)1957年、大分県出身。ジャーナリスト。著書に『ルポ・軍事優先社会』(岩波新書)、『「日米合同委員会」の研究』(創元社)『昭和史からの警鐘』(毎日新聞出版)など。
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