第32回オルタナミーティング「友川カズキ デビュー50周年ライブ」(阿佐ヶ谷ロフト)に足を運んだ。オープニングは「祭りの花を買いに行く」で、「三鬼の喉笛」、「夢のラップをもういっちょ」、「一人ぼっちは絵描きになる」、「ワルツ」、「花火」、「ピストル」と馴染みの曲が続く。絵画的な歌詞に聴き惚れた。
毒のあるMCは相変わらずで、総選挙前でもあり、政治への批判も厳しかった。73歳になった友川は体調を壊した時期もあったようだが、健在ぶりが窺えて安心した。自身を〝三流歌手〟と自虐的に語るが、故西村賢太など文化人との交流も深い。「黄金の釘さん」から<大岡昇平が友川カズキに言及した文章はあるのか>というコメントを頂いた。文章は見つからなかったが、<中原中也の詩に友川カズキが曲を付けてJ・Aシーザーが編曲を担当した78年の4枚目は、中也と交流があった作家・大岡昇平を「凄い歌手」と驚嘆させた>という記述がある(https://www.disk-market.com/ ?pid=50075022)。ご参考までに。
奥泉光著「虚史のリズム」(集英社)を読了した。1100㌻近くの長編だが、20作以上を読み、ブログでも15作前後を紹介してきた〝奥泉ワールドの住人〟たる俺はページを繰る指が止まらなかった。本作は過去作のエキスをちりばめた〝奥泉光の集大成〟といっていい重層的なエンターテインメントである。
ダブル主人公の石目は「神器」からの再登場で、フィリピンで抑留生活を経験した復員兵という設定だ。戦後の闇市を闊歩する傍ら、探偵業を立ち上げる。奥泉作品に登場する素人探偵といえば桑潟幸一准教授だが、クワコーほどダメ男ではないものの、偶然に助けられて真相に近づいていく。起点は1947年に山形県で起きた棟巍元中将夫妻殺人事件で、背景には謎のM文書が絡んでいた。
奥泉を〝遅れてきた戦争文学者〟と評したことがあったが、「虚史のリズム」のテーマは戦争そのものだ。石目だけでなく多くの登場人物が南方戦線からの復員兵で、捕虜収容所で知り合った神島健作元少尉はもう一人の主人公であり、殺された夫妻の係累に当たる。<アートと小説>の融合色が濃くなっていくが、発端は自室で見た襖絵に描かれた男の口の形が「da」と発音していると感じた神島は死の行軍を思い出すたび、「dadadadadadadada」が群れのように脳裏を蠢くようになる。地の文や会話と「dadadadadadadada」が交錯し、神島の意識は時空を彷徨う。川名潤の実験的な装丁が鮮やかだ。
奥泉はミステリーの枠組みを使っている。本作でも一人称と三人称を巧みに用い、3度の応召を生き残った沖本記者らとともに真相に辿り着く。集英社のHP(文芸ステーション)に掲載されたインタビューで奥泉自身が「謎解きに小説が収斂していかない。謎が解けた時にはどうでもいいものになっている」と語っていた。笠井潔には「君はミステリーを書いていない。ミステリーで書いている」と言われたことがあり、奥泉も納得している。本作でも同様で、解かれた謎は後景に退き、21世紀の現在から当時を俯瞰したテーマが提示される。
奥泉の認識は<21世紀の日本では厳粛な死(戦争における死者)は忘れ去られた。ゆえに厳粛な生は存在せず、辺りには死臭が漂っている>……。戦後間もない日本でも同様なことが起きていたというのが奥泉の認識で、アメリカの属国であることを享受している。反皇室主義者が天皇制を否定する言辞を吐くなど、踏み込んだ議論が交わされる。
本作で改めて感心したのは、奥泉の巧みなキャラ造形力だ。石目、神島、沖本に加え、渋谷で愚連隊を率いる牧瀬、プロ探偵の宇野、凶暴な千藤と挙げればきりがないが、悪党であってもキャラが立っている。神島が思いを寄せる倫子、女性解放を志向する志津子(李静)、石目が恋をした卑弥呼さんと女性たちが活躍するが、後半になって存在感を増していくのが、神島の姪に当たる澄江だ。好奇心と度胸で物語を切り開いていく。
奥泉はオルタナティブ・ファクト(起こり得た史実)、リアルとバーチャルの混在を作品で描いてきた。本作でもM文書の「第一の書物」と「第二の書物」で時空がカットバックし、SFのような未来が描かれる。宗教団体や洗脳といった非科学的な要素も組み込まれていた。「虫樹音楽集」は虫に変態(進化)するミュージシャンが主人公だったが、本作では21世紀からやってきた澄江の孫の久良々、神島と戦友の鹿内が鼠に変身し、クライマックスの宗教儀式を体験する。神島は人間としての「神島健作」を目の当たりする羽目になるのだ。
鼠で思い出すのは「東京自叙伝」で、6人の登場人物の中には東京を徘徊する鼠もいる。日本人の特性ともいえる<鼠のような無意識での集団化>と拝金主義と定見なき無責任を穿っているが、「虚史のリズム」では日本人を<鼠集合体>を表現している。奥泉の日本人観が窺える作品だった。
サービス精神なのかはわからないが、ラストでは続編が仄めかされていた。期待して待っている。