日本の動物殺処分と保護の現状・課題・解決策
はじめに
日本における犬や猫などのペットの殺処分は、長年にわたり動物愛護の重要な課題となってきました。
かつては毎年数十万頭規模の犬猫が殺処分されていましたが、近年では行政や民間の取り組みにより大幅な減少を見せています。
それでもなお、現在も1日に数十頭規模の犬猫が命を落としており、日本社会として解決すべき深刻な問題であることに変わりはありません。
本レポートでは、日本における犬猫の殺処分の現状とその背景要因、動物保護団体やボランティアの果たす役割と抱える課題、さらに殺処分ゼロの実現に向けた課題と具体的な解決策について包括的に考察します。
法律や行政の施策、ボランティア活動や地域での取り組み、海外の先進事例からの示唆など、動物愛護関係者にとって有益となる情報を網羅的にまとめ、論理的に展開していきます。
動物愛護の現場に携わる方々にとって実践的な知見と今後の展望を提示することを目的とします。
まず初めに、日本国内の殺処分の現状について最新データを基に概観し、その後に原因や背景、関係団体の状況、法制度、海外事例、そして課題と解決策の順で論じていきます。
日本における殺処分の現状
日本では行政(都道府県・政令市等)が設置する保健所・動物愛護センターに引き取られた犬猫の一部が、新たな飼い主への譲渡や元の飼い主への返還がかなわなかった場合に殺処分の対象となります。その頭数はここ十数年で劇的に減少してきました。
環境省の統計によれば、2008年度(平成20年度)には全国で約27万6千頭もの犬猫が殺処分されていましたが、2017年度には約4万3千頭まで減少しました。
さらに直近では、2023年度(令和5年度:2023年4月~2024年3月)の殺処分数は9,017頭と発表されており、これは統計開始以来過去最少の記録です。内訳は犬が2,118頭、猫が6,899頭で、犬猫ともに前年より減少し続けています。
こうした全体的な減少傾向の中で、犬と猫では状況に差異があります。猫の殺処分数は犬の約3倍に上っており、特に離乳前の幼齢猫(子猫)の占める割合が大きいことが特徴です。2020年度のデータでは、犬の殺処分数4,059頭のうち子犬が806頭(約20%)だったのに対し、猫の殺処分数19,705頭のうち子猫が13,030頭と約60%以上を占めました。
このように子猫の殺処分が非常に多いことから、猫の繁殖制御(特に野良猫の不妊去勢対策)の重要性が浮き彫りになっています。犬については、近年は野良犬の数自体が大幅に減ったこともあり、殺処分数は猫より少なく推移しています。
実際、行政による野良犬の捕獲徹底や飼い犬の室内飼育普及などで野良犬の発生が抑えられ、犬の引取り数・殺処分数は猫よりも早いペースで減少しました。
現時点で地域によっては犬の殺処分ゼロを達成している自治体も存在します。例えば神奈川県では2013年度以降、保護施設に収容された犬の殺処分をゼロに維持しています(収容中に病死したケース等を除く)。
東京都でも2019年度に犬猫殺処分ゼロを宣言し、目標年より1年早く達成したとの報道がありました。
一方、猫については依然として殺処分ゼロの達成地域は限られ、全国的にも残された課題が大きい状況です。
地域差にも言及すると、都道府県別の統計では殺処分数の多い地域・少ない地域が偏在しています。例えば2023年度のデータでは、犬の殺処分数が最も多かったのは徳島県で、次いで長崎県、香川県と続きました。
猫および犬猫合計の殺処分数が多かったのは福島県、兵庫県、岐阜県の順で、四国・九州地方の一部や東北・近畿地方で比較的高い傾向が見られます。
対照的に、先述の神奈川県や東京都、奈良市など、行政と民間の積極的な取り組みにより数年間連続で殺処分ゼロを継続している自治体もあります。奈良市では令和元年度以降4年連続で犬猫殺処分ゼロを達成し、殺処分機(ガス室)も撤去したことが公表されています。
このように、日本全体では殺処分数は劇的に減少したものの、地域ごとの取り組み体制や課題の違いにより成果に差があるのが実情です。
以上の現状認識を踏まえ、次章ではなぜこれほど多くの犬猫が保護され、殺処分に至ってしまうのか、その原因と背景要因について掘り下げます。飼い主側の問題、ペット流通の問題、社会的な意識や制度上の課題など、複合的な要因を整理していきます。
殺処分の原因と背景要因
殺処分が発生してしまう背後には、様々な要因が絡み合っています。本章では主に「飼い主」と「ペット産業(業者)」という二つの観点から、その原因を整理します。また、野良動物の繁殖や社会構造上の問題にも触れ、日本における殺処分問題の背景を明らかにします。
飼い主による飼育放棄・引き取り依頼
本来、犬や猫などのペットが殺処分に至る直接の原因の多くは、「適正に飼育されなくなった」ことにあります。具体的には、飼い主が何らかの事情で飼育を続けられなくなり、自治体にペットの引き取りを依頼するケースや、最悪の場合ペットを遺棄してしまうケースです。飼い主が手放す理由として多いのは、高齢化による飼育困難、飼い主自身の病気・死亡、新居への引っ越しによる飼育不可(ペット不可住宅への転居)等が挙げられます。
また、「思ったより手がかかる」「吠えて近所迷惑になる」「懐かない」といった身勝手な理由で飼育放棄する例も依然見られます。こうした安易な飼育放棄が後を絶たないことが、殺処分がゼロにならない一因となっています。
環境省の統計によれば、自治体が引き取る犬の約10%が飼い主持ち込み(飼い主からの引き取り依頼)であり、猫ではその割合が23%にも上ります。
飼い主持ち込みの背景には、「保健所に持って行けば引き取ってもらえる(殺処分してもらえる)」という安易な考えが一部にあったと言われます。しかし、2012年および2019年の動物愛護管理法改正により、自治体は正当な理由なく飼い主からの犬猫引取りを拒否できるようになりました。
これにより、飼い主が安易に役所へ持ち込むことを抑止し、飼い主自ら終生飼養する責任を促す仕組みが強化されています。
実際、神奈川県では法改正を先取りして早くから業者や飼い主からの引取り拒否を実施し、持ち込まれる頭数自体を削減する施策を展開しました。具体的には、動物愛護センターでの引取り手数料を2倍に値上げしたり、持ち込み希望者に対し窓口で飼育継続を説得する取り組みを行い、引取り頭数の減少につなげています。このような努力により、神奈川県は前述のとおり犬の殺処分ゼロを実現するなど成果を上げています。
とはいえ、法改正後も「引き取り屋」問題と呼ばれる新たな課題も生じました。これは、ペットショップ等が売れ残った動物や繁殖に使えなくなった動物を自治体に持ち込めなくなった結果、代わりにそれらを有料で引き取る業者(引き取り屋)が現れ、劣悪な環境で動物を大量に抱え込むケースです。
引き取り屋に渡された犬猫は適切な世話をされないまま衰弱・死亡することも多く、事実上「生き地獄」となる場合も指摘されています。
この問題は殺処分数の表面上の減少の裏で動物たちが苦しんでいる現実であり、殺処分ゼロを数字上達成するだけでは不十分であることを示すものです。引き取り屋対策としては、無許可で多数の動物を扱う業者への監視強化や罰則適用など、法制度面でのさらなる整備が求められています。
ペット流通業者・ブリーダーによる大量生産と遺棄
殺処分問題のもう一つの大きな要因は、ペット産業における過剰な繁殖・流通の問題です。日本ではペットショップでの子犬・子猫の店頭販売が一般的であり、需要に応えるため商業ブリーダーが多数存在します。悪質なブリーダーやペット業者の中には、売れ残ったり繁殖に使えなくなった犬猫を平然と自治体や先述の引き取り屋に持ち込む者が現実にいます。法改正により自治体が業者からの引取りを拒否できるようにはなりましたが、根本解決には至っておらず、業者が使い捨てた犬猫を野山に遺棄するような事例も後を絶ちません。このような無責任な遺棄は、新たな野良犬・野良猫(所有者不明動物)の発生につながり、結果として保健所に収容される迷子動物の増加要因にもなっています。
背景には、日本のペット販売における生体販売の慣行があります。ペットショップでは可愛い子犬・子猫が商品として並び、消費者も衝動的に購入しがちです。
調査によれば、2016年時点で犬猫の新規入手時に「保護団体からの譲渡を検討した」人は2割未満で、「譲渡という選択肢を知らなかった・検討しなかった」人が8割以上に上りました。2019年時点でもこの傾向は大きく変わっておらず、多くの人が依然としてペットショップでの購入を選択しています。その結果、ペットショップ数も増加傾向にあり、2016年時点で全国に5,000店以上存在し、2012年比で6%以上増加しました。
需要がある限り業者は繁殖を続けるため、市場に出された命の数も多くなり、売れ残りや不要となった命が発生する余地が生まれます。
ドイツなどペット先進国では商業的なペットショップでの生体販売は極めて限定的ですが、日本では法規制が緩く市場原理に委ねられてきた側面があります。
しかし近年、世論や業界内でも問題視する声が強まり、例えば一部自治体ではペットショップでの子犬・子猫の生体展示販売を規制・自粛する動きも出てきています。また、国レベルでも2019年の法改正で8週齢規制(生後56日未満の子犬・子猫の販売禁止)が導入され、繁殖業者に対しても1人当たりの適正飼養頭数の基準設置などが図られました。この「8週齢規制」は、幼すぎる子犬子猫を親から引き離さないことで社会化を促し、安易な繁殖・販売を抑制する効果が期待されています。
さらに、ブリーダーへの管理基準強化として、繁殖業者は繁殖用成犬・成猫の数を適切に管理し十分なスタッフを配置すること(例えばドイツでは犬10頭につき管理者1名という規定)が求められるようになりました。日本でも類似の趣旨で、繁殖業の届出制強化や飼養スペース基準の厳格化が進められています。
こうした規制強化にもかかわらず、消費者側の意識も大きな鍵を握ります。可愛い盛りの子犬子猫を安易に欲しがる風潮がある限り、悪質業者による大量繁殖・大量販売は根絶しにくいのが現状です。言い換えれば、ペットを「買う」のではなく「保護動物を迎える」文化が十分根付いていないことが、日本の殺処分問題の温床の一つとなっています。これは次章で述べる動物保護団体の課題にも関連しますが、社会全体で命ある存在としてペットを尊重する意識の醸成が必要とされています。
飼い主不明動物(野良犬猫・迷子)の発生
飼い主や業者による持ち込み以外に、野良犬猫や迷子動物の存在も殺処分問題の重要な要因です。現在、野良犬は各地の行政や警察による長年の捕獲・登録徹底などで激減しましたが、それでもなお迷子犬・野犬が収容されるケースはあります。
特に犬の場合、適切な所有者明示(迷子札やマイクロチップ装着)がないと飼い主の元に返還できず、そのまま新たな譲渡先も見つからなければ殺処分対象となり得ます。
2023年度の統計では、引き取られた犬19,352頭のうち返還(迷子犬が飼い主に戻ったケース)が9,997頭あり、およそ半数は飼い主の元に戻されています。これは近年普及が進むマイクロチップ装着や、各自治体が迷子犬情報をホームページ等で公開する取り組みの成果といえます。
実際、多くの自治体が収容した犬猫の写真や特徴を速やかに公表し、飼い主からの情報提供を促進しています。一方、猫は返還率が非常に低くなっています。2023年度には猫25,224頭の引取りに対し、元の飼い主への返還はわずか226頭(1%未満)に留まりました。猫は迷子になっても外見から飼い猫か野良猫か区別しにくく、そもそも首輪やマイクロチップなど所有者明示がされていないことが多いためです。そのため、迷子猫=飼い主不明の野良猫として新たに保護され、そのまま行き場が見つからなければ殺処分されてしまうケースが後を絶ちません。
特に猫の場合、屋外で半ば野良のように飼われている「外飼い猫」や、エサやりによって増えてしまった地域猫(適切な管理がされていないもの)は、繁殖を繰り返してしまい子猫が次々と生まれます。それらの子猫は人に慣れておらず貰い手が付きにくいことや、幼齢ゆえ世話が難しいことから、保健所に持ち込まれると殺処分対象となりやすい実情があります。
平成24年度には全国で約8万頭もの所有者不明の子猫が自治体に引き取られ、その多くが殺処分されたとの報告もあります。
このような無計画なエサやりや屋外飼育による野良猫の繁殖問題は、地域社会の課題ともなっており、各地で「地域猫活動」による対策が進められています。地域猫活動とは、地域住民やボランティアが協力して野良猫に不妊去勢手術を施し、適切にエサやトイレの管理を行いながら地域で見守る取り組みです。行政も不妊手術費用の一部助成などでこれを支援し、不幸な命をこれ以上増やさない努力が重ねられています。
多頭飼育崩壊と動物虐待
近年顕在化している問題に、多頭飼育崩壊があります。これは個人が適切に管理できる数を超える多数の犬猫を飼育し、結果的に劣悪な環境で動物が衰弱・繁殖し放題になるケースです。多頭飼育崩壊の裏にも、「可哀想だから」と野良猫を拾い集めているうちに手に負えなくなる、避妊去勢を怠った結果爆発的に増えてしまう、飼い主の高齢化や経済的困窮で世話が行き届かなくなる、などの事情があります。
崩壊現場が発覚すると行政やボランティアが介入し、数十~百匹単位の動物が一度に保護されることになります。このような大量保護は保健所や保護団体のキャパシティを瞬時に超え、結果的に健康状態の悪い個体などが救いきれず殺処分せざるを得ない事態にもつながりかねません。動物愛護管理法の改正では、この多頭飼育問題にも対応すべく、一定数以上の犬猫を飼育する場合の届出制や指導・勧告制度の整備が提言されています。しかし現状では抜本策には至っておらず、地域住民や獣医師会との連携による早期発見・介入が鍵となっています。
また、動物虐待も潜在的な問題です。飼い主によるネグレクトや暴力で傷ついた動物が保護されるケースもあり、そのような動物は人間不信や健康問題で譲渡困難になりやすいです。虐待防止には近隣からの通報や警察・行政の介入が重要ですが、虐待を未然に防ぐためにも飼い主一人ひとりの倫理観醸成が不可欠です。
以上、殺処分の原因として飼い主の飼育放棄、ペット業界の問題、野良動物の繁殖、社会的な認識不足といった多面的な背景を見てきました。次章では、こうした状況に対応し最前線で活動している動物保護団体やボランティアの現状と課題について述べます。行政だけでなく民間の力が不可欠となっている現在、その実態を理解することが殺処分ゼロへの道筋を考える上で重要です。
動物保護団体の現状と課題
犬猫の殺処分数が減少してきた背景には、行政の取り組みだけでなく民間の動物保護団体やボランティアの献身的な活動が大きく貢献しています。全国各地で多くのNPO法人やボランティアグループが保護犬・保護猫の救護と譲渡活動に携わっています。本章では、そうした動物保護団体の役割と現状、そして彼らが直面する課題について考察します。
保護団体の役割と成果
動物保護団体(いわゆるシェルター運営団体やレスキュー団体)は、行政施設に収容された犬猫を引き出して新しい飼い主に譲渡する橋渡し役を担ったり、一般から保護要請のあった迷い犬・猫を受け入れてケアするなど、多様な活動を行っています。特に自治体が引取り拒否を行うようになった近年では、行き場のない犬猫を民間団体が受け止めるケースが増加しました。
例えば、自治体が「これ以上収容できない」と判断した場合や、ブリーダー倒産・多頭飼育崩壊など緊急の大量保護が必要な場合に、民間団体が迅速に動物を引き取りケアすることで、殺処分を回避している事例が数多くあります。環境省の推計によれば、自治体による返還・譲渡だけでは限界がある中、民間の愛護団体や市民ボランティアによる保護・譲渡活動の拡大が殺処分減少に直結したと評価されています。事実、全国的に見て行政と民間が連携し譲渡率を上げている地域ほど、殺処分数の減少が顕著です。
具体的な成功例として、広島県を拠点とするピースワンコ・ジャパン(ピースウィンズ・ジャパン運営)は「犬の殺処分ゼロ」を掲げ、2016年4月から現在まで広島県内の自治体で殺処分機の稼働を止めることに貢献しました。この団体は累計8,000頭以上の犬を保護し新たな里親につなげており、行政と協働しながら他県の殺処分対象犬の引き受けも開始しています。
また、どうぶつ基金のように全国でTNR(Trap-Neuter-Return)活動を推進し、年間数万頭の野良猫に不妊去勢手術を実施して殺処分予備軍となる子猫の誕生を抑制している団体もあります。さらに、犬猫みなしご救援隊、日本動物愛護協会など古くから活動する団体はシェルター運営や災害時の動物救護など幅広い分野で実績を積んでいます。こうした団体の地道な努力の積み重ねが、日本全体の殺処分削減に寄与しているのです。
動物保護団体の活動には、一般市民のボランティアも欠かせません。シェルターでの犬猫の世話、散歩、掃除を手伝うボランティアや、譲渡会の運営をサポートするボランティア、子猫や子犬を一時的に自宅で預かるフォスター(一時預かり)ボランティアなど、その形態は様々です。特にフォスター制度は、シェルターの収容能力を超える子犬子猫や病気療養中の動物を一般家庭でケアし社会化する重要な役割を果たしています。オーストラリアではフォスターケアが制度として確立され、多くの保護動物が家庭で世話されていますが、日本でも近年フォスターの募集が活発化しつつあります。ボランティア参加は人手不足に悩む団体にとって大きな助けであり、また参加者自身が命の尊さを学ぶ機会にもなっています。
保護団体が直面する課題
一方で、動物保護団体の多くは慢性的な資金・人手不足という課題に直面しています。公益社団法人アニマル・ドネーションが全国176団体を対象に実施した調査では、団体運営上の課題として「十分な運営資金や物資の確保」を挙げる声が59%に上りました。
特に保護頭数の多い大規模団体ほど資金不足が深刻で、日々の餌代・医療費・光熱費などに追われ、常に財政的な不安と隣り合わせです。大半の団体は寄付や会費、グッズ販売収益などに頼っていますが、安定した収入源の確保は容易ではありません。公的補助金は一部自治体で制度化されつつあるものの全国的にはまだ不十分です。
そこで最近ではふるさと納税制度を活用して寄付金を募る自治体も登場しています。名古屋市では2016年から「犬猫サポート寄附金」を設置し、この寄付金と譲渡ボランティアの活用によって2025年までに犬の殺処分ゼロを達成・継続しています。寄附金は保護動物の餌や医療品、子猫用ミルク、ボランティアへの支援物資などに充てられ、資金面から殺処分回避を支えています。このような自治体との協働モデルは他地域にも広がりつつあります。
次に人手不足ですが、ボランティア頼みの団体では世話や事務作業に関わる人材が圧倒的に足りません。多くの団体スタッフ自身も無償もしくはわずかな手当で長時間働いているのが現状で、燃え尽き(バーンアウト)の問題も指摘されています。特に法改正で自治体が引取り拒否をした結果、民間シェルターに動物があふれる「押し付け現象」が起きており、ボランティアの手が回らなくなっているとの声もあります。一般飼育者による無責任な飼育放棄(82%の団体が懸念)や多頭飼育崩壊(80%が懸念)が起きるたびに、保護団体には救援要請が殺到します。結果として常に収容スペースは満杯、スタッフは疲弊し、新規の保護も難しくなるという悪循環に陥りかねません。こうした状況を打破するには、社会全体で動物福祉への理解と支援を深めることが必要だとされています。
また、保護団体間の連携や情報共有の不足も課題です。地域によっては団体同士や行政とのネットワークが構築され、広域譲渡や人材融通が行われている所もありますが、全国的な連携基盤はまだ弱いと言えます。
環境省は2019年に「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」を立ち上げ、ボランティア・NPOと行政の協働強化を掲げています。具体的には、自治体の枠を超えた譲渡(例えば過疎地の保護犬を都市部で譲渡会に出す等)の推進や、獣医師会との協定締結による医療支援など、多機関連携のモデル事業が実施され始めています。しかし、現場レベルでは依然として「隣の県では空きがあるのに自県では殺処分」といったミスマッチも起こりがちで、全国的な調整役となる仕組みが求められています。
さらに、団体の抱える課題としては一般飼育者の認知不足も挙げられます。アニマル・ドネーションの調査では、保護団体が譲渡数を増やすために重要と考えるものの1位は「動物の社会的地位向上(56%)」でした。保護犬猫を「かわいそうな生い立ちの問題児」ではなく「家族の一員」として迎える文化が広まらなければ、譲渡率の飛躍的向上は望みにくいという指摘です。また「ペットショップでなく保護団体から迎える」という選択肢の認知を広げる活動も必要です。団体側もSNS発信やイベント参加など広報に力を入れてはいますが、人々の意識を変えるには時間と継続的な教育が不可欠でしょう。
最後に、法制度上の課題として団体の位置づけの不明確さがあります。現行法では動物取扱業(ペット販売業など)の登録制度はありますが、保護団体自体には特別な公的資格制度はありません。そのため玉石混交で信頼性に差があり、「寄付金の使途が不透明」「引き取った動物の適正管理ができていない」など問題を起こす団体も一部に報道されています。
業界団体によるガイドライン整備や、優良団体の認証制度などが検討課題となっています。一般の寄付者が安心して寄付できる団体を選定できるよう、情報開示の徹底や第三者評価の導入も今後の課題と言えます。
以上、動物保護団体は殺処分削減の立役者である一方、資金・人材面の不足や社会的認知の低さなど多くの課題を抱えていることが分かりました。次章では、日本の法制度と行政の対応について詳しく見ていきます。法改正の内容や行政施策を整理し、上記課題への対応策がどのように講じられているかを確認します。
日本の法制度と行政の対応
日本における動物愛護行政は、1973年に制定された「動物の愛護及び管理に関する法律」(通称:動物愛護管理法、現・動物愛護法)に基づいて進められています。この法律はこれまで数次にわたり改正され、ペットの適正飼養や繁殖業規制、行政の責務強化など、社会状況の変化に応じて内容が充実してきました。本章では、殺処分問題に関連する法制度上のポイントと行政の施策について解説します。
動物愛護管理法の概要と改正ポイント
動物愛護管理法は、「動物は命あるもの」であるとの基本理念の下、国民の動物愛護の精神の涵養や、動物の適正な取り扱いのための施策を定めた法律です。ペットに関して言えば、終生飼養の責務(動物がその命を終えるまで責任を持って飼養すること)や、飼い主による適正飼育義務が明文化されています。
2012年の改正では、この終生飼養の原則が強調され、行政が正当な理由なく引取りを拒否できる規定(35条の2)が追加されました。さらに2019年の改正では、以下のような重要事項が盛り込まれました。
マイクロチップ装着の義務化:2022年6月以降、ブリーダーやペットショップで販売される犬猫にはマイクロチップを装着し、環境省のデータベースに飼い主情報を登録することが義務付けられました。一般の既存飼い主には努力義務とされていますが、これにより新しく流通するペットには確実に所有者情報が紐付けられる仕組みが整いました。マイクロチップの普及は迷子時の迅速な飼い主返還につながり、殺処分防止に大きく寄与すると期待されています。
8週齢規制の導入:前述したとおり、生後56日(8週齢)未満の子犬・子猫の販売等を原則禁止しました。これにより、子犬子猫が適切に社会化され健康に育つまで母親やきょうだいと過ごすことが保証され、安易な早期販売による病弱個体の発生や育てきれず手放すリスクを低減します。欧米では一般的な規制であり、日本も国際水準に近づいたと言えます。
繁殖業者・ペットショップの規制強化:繁殖業者については、飼養スペースの広さや1人当たりの飼育頭数上限など具体的基準が設けられました。また販売業者(ペットショップ)には対面説明・現物確認の徹底に加え、販売後のアフターケアや顧客への飼育指導を行う努力義務が課されています。悪質業者への罰則も強化され、動物虐待・遺棄の罰金引き上げや懲役刑の上限延長なども実施されました。
多頭飼育問題への対策:法改正の附帯事項等で、多頭飼育崩壊の防止策が検討されています。具体的には、一定頭数以上を飼育する場合の事前届出制や、劣悪な飼育環境に対する行政代執行の制度整備などです。現時点で法律で明記はされていませんが、環境省はガイドライン策定や実態調査を進め、自治体レベルでの条例化を促しています。
以上のように、2010年代以降の法改正で日本のペット関連法規は大きく前進しました。これらの改正は殺処分ゼロに向けた土台作りとも言え、飼い主・業者双方への規範強化が図られています。ただし法律はあくまで枠組みであり、実効性を持たせるには行政の取り組みが重要です。次に、国と自治体の施策について見ていきます。
環境省の取り組みと「殺処分ゼロ宣言」
環境省は動物愛護管理行政の主管官庁として、各自治体と連携しつつ全国的な指針策定や支援事業を行っています。2014年には当時の環境大臣が「殺処分ゼロを目指す」と公式に表明し、以降、環境省主導で様々なプロジェクトが展開されました。その代表的なものが先述の「人と動物が幸せに暮らす社会の実現プロジェクト」です。このプロジェクトでは殺処分削減に向けた3つの重点ポイントを提示しています。
ポイント1:飼い主・国民の意識向上 – 飼い主や一般国民への普及啓発・教育活動を強化し、「適正な飼い方・管理」と「飼い主責任の徹底」を浸透させること。具体的には、学校教育で命の大切さを教えるプログラムや、各地の動物愛護センターでのしつけ方教室、メディアを通じたマナー啓発などが挙げられます。これにより、飼育放棄や虐待を未然に防ぎ、終生飼養が当たり前になる文化づくりを目指しています。
ポイント2:引取り数の削減 – 無責任な飼い主による持ち込みや遺棄を無くし、野良犬猫の発生抑制策を推進すること。終生飼養の徹底や衝動的購入の抑止といった飼い主持ち込み原因への対策に加え、野良猫の不妊去勢徹底、猫の室内飼育奨励、無責任な餌やり禁止、地域猫活動の推進などが掲げられています。これにより新たに保健所に持ち込まれる頭数そのものを減らし、殺処分「予備軍」を減らす戦略です。
ポイント3:返還と適正譲渡の推進 – 保護された犬猫について、可能な限り元の飼い主への返還と、新たな適正飼育者への譲渡を進めること。所有者明示(マイクロチップや迷子札)を徹底して迷子の確実な返還を図るとともに、ボランティア団体との連携による譲渡促進、自治体間の広域的な譲渡ネットワーク構築などが盛り込まれています。一部の自治体では、近隣他県の里親希望者にも積極的に門戸を開き、ウェブ上で動物情報を共有する取り組みが始まっています。
環境省はこれらポイントを具体化するため、自治体向けのモデル事業や交付金も用意しています。例えば地域猫活動への補助、動物愛護センターの機能強化(老朽施設の改修、新規譲渡施設の建設支援等)、マイクロチップ普及促進事業などです。また、毎年9月の動物愛護週間には全国的な啓発イベントを開催し、民間団体や企業とも協働して広報キャンペーンを展開しています。
自治体(都道府県・市区町村)の役割
実際に犬猫の保護収容や譲渡を行う主体は自治体です。動物愛護管理法では都道府県等に対し「動物愛護管理推進計画」を策定し施策を講じる努力義務を課しています。これを受け、多くの自治体が地域事情に応じた殺処分削減目標を掲げ、独自の施策を展開しています。主な取り組みをいくつか紹介します。
動物愛護センターの充実とシェルター化:従来、保健所では収容動物の展示スペースも限られ譲渡は消極的でしたが、近年は各地で愛護センターを「生かすための施設」へと転換する動きがあります。譲渡希望者が気軽に訪問できるよう施設を明るく清潔に整備し、動物の社会化訓練や健康管理を行って譲渡率向上につなげています。東京都は2018年に大規模な動物愛護相談センター(ハチ公サロン等)を開設し、都内で殺処分ゼロを達成しました。また神奈川県や熊本市などは老朽化した施設を建て替え、屋外ドッグランや猫の自由運動スペースを備えるなど、動物福祉に配慮したシェルター型センターを運営しています。これにより収容中のストレス軽減を図り、「生かされているだけ」の状態をなくす努力がなされています。
譲渡ボランティアとの協定:多くの自治体で、地元の動物愛護団体や有志ボランティアと協定を結び、収容動物の譲渡促進を図っています。行政は動物を一時保護し健康管理や不妊手術を施した上で、登録ボランティアに引き渡し、ボランティア側が里親探しをする仕組みです。譲渡会の共同開催や、インターネットでの里親募集情報発信を行政とボランティアが連携して行うケースも増えています。この官民協働により、行政単独では見つけられなかったような遠方の里親も掘り起こせるメリットがあります。奈良市は地元団体と緊密に連携し、ふるさと納税も活用してシェルター運営を支援することで前述の殺処分ゼロを実現しました。
不妊去勢手術の助成:飼い主のいない猫(野良猫)対策として、多くの自治体がTNRを推進する団体や地域住民に不妊手術費用の助成金を交付しています。一定額を補助することでハードルを下げ、ボランティアが街中の野良猫に次々と手術を施し繁殖数を抑制しています。神奈川県や東京都では年間数千件以上の助成実績があり、地域猫活動の広がりに貢献しています。また飼い主に対しても、犬の登録時や狂犬病予防注射の案内に併せて「去勢避妊手術をしましょう」と周知したり、高齢者が飼うペットへの手術費用補助(将来の飼育放棄を防ぐ目的)を設ける自治体もあります。
飼い主支援策:高齢者や経済的困窮者など、飼育継続が難しくなりがちな飼い主への支援も注目されています。例えば神奈川県では高齢者が飼っているペットについて、生前に信頼できる後見人(引受人)を決めて登録しておく制度を設け、万一の際にはその後見人にペットを託す取り組みを進めています。また一部自治体では、飼い主が入院・避難する際に一時的にペットを預かる仕組み(災害時の同行避難体制含む)を整備しており、飼い主事情での殺処分を防ぐ対策を講じています。
以上のように、日本の行政は国・自治体それぞれのレベルで殺処分ゼロに向けた様々な施策を打ち出しています。法律の整備と行政現場の創意工夫により、殺処分数は劇的に減りました。しかし、依然として課題が残るのも事実です。次章では、海外の先進事例を紹介しつつ、日本への示唆を探ります。海外ではどのように殺処分問題に取り組み、成功を収めているのか、そのポイントを見ていきましょう。
海外の先進的な取り組み事例
動物愛護先進国と呼ばれる国々では、犬猫の殺処分に対してどのようなアプローチを取っているのでしょうか。本章ではドイツ、オーストラリア、アメリカの事例を中心に紹介し、それぞれの国の制度や取り組みから日本への示唆を考察します。国によって文化や法体系は異なりますが、殺処分ゼロを実現・目指す上で有益なヒントが得られます。
ドイツ:ティアハイムと徹底した動物保護政策
「ペット先進国」ドイツは、動物保護に関する法制度と文化が充実しており、しばしば「殺処分ゼロの国」として言及されます。ドイツ各地には民間の動物保護協会が運営するティアハイム(Tierheim)と呼ばれる動物保護施設が500か所以上存在し、行き場のない動物の受け皿となっています。ティアハイムは基本的に殺処分しない方針で運営されており、動物が新しい飼い主に譲渡されるまで責任を持って世話をします。そのため、ドイツ動物保護連盟の方針として「ティアハイムでは殺処分をしてはならない」と定められており、これが「ドイツでは殺処分ゼロ」というイメージにつながっています。実際、健康な犬猫を経済的理由で殺処分することはドイツでは許されず、行政も民間も原則として殺処分回避を徹底しています。
ドイツが殺処分を抑制できている背景には、法制度の厳格さがあります。例えば2001年に施行された「犬に関する命令(Hundeverordnung)」では、犬の飼育環境について細かな規定が設けられました。生後8週齢以下の子犬を母犬から引き離すことの禁止、商業繁殖者は一定頭数につき1名の管理者配置、12か月以下の犬の繋ぎ飼い禁止等、動物福祉の観点から具体的な飼養基準を法律で定めています。これら規制はペットショップにも適用され、遵守には手間とコストがかかるため、結果としてペットの売買価格が上昇し安易な衝動買いが抑制されます。さらにドイツでは犬税が導入されており、犬の飼い主は自治体に税金を納めます。この犬税も「犬を簡単に飼い始めないようにする」歯止めとして機能しており、財源は動物関連施策にも充てられています。
ドイツではペットショップでの生体販売は非常に少なく、人々はブリーダーから直接購入するかティアハイムから譲渡を受けるのが一般的です。ティアハイムで動物を譲り受ける際には厳格な審査(飼育環境や適性のチェック)があり、安易な受け渡しはしません。その代わり一旦譲渡すれば生涯サポートが受けられるなど、アフターケアも充実しています。こうした「動物は家族」という文化の定着と制度的裏付けが、殺処分に頼らない社会を実現しています。
もっとも、ドイツでも全く殺処分が無いわけではありません。ティアハイムでも重篤な病気や怪我で苦痛が大きい場合には安楽死処分を認めるとされています。動物福祉の観点から回復見込みのない苦痛を取り除くための安楽死は必要悪と捉え、獣医師の判断のもとで行われます。また、意外な点としてドイツ連邦狩猟法があります。同法では狩猟鳥獣の保護目的で野良犬・野良猫の駆除を許可しており、猟友会メンバーが野外で発見した飼い主のいない犬猫を射殺できる仕組みになっています。このため、統計上はティアハイムでの殺処分ゼロでも、年間推計で猫40万頭、犬6万5千頭もの野良猫犬が狩猟者により駆除されているとの動物保護団体の指摘もあります。ドイツにおける「殺処分ゼロ」はあくまで飼育放棄されたペットを収容する施設内で殺さないという意味であり、野良動物の問題は別途存在することに留意が必要です。
ドイツの事例から日本が学べる点は、法規制の徹底と社会全体の意識改革です。日本でも2022年に施行されたマイクロチップ義務化や8週齢規制は、ドイツが先行していた施策と軌を一にしています。また、繁殖業者への人員配置基準などもドイツにならった動きと言えます。さらに、自治体ごとに犬税のような制度はありませんが、ペットの登録制と責任の明確化は狂犬病予防法の犬登録制度に加え、猫についても将来的に検討していくべき課題でしょう。何より、国民一人ひとりの「動物福祉」意識を高め、ペットを所有物ではなく命あるパートナーと見なす文化づくりが重要です。ドイツは憲法に動物の保護を明記するほど(2002年改正)動物権利を重んじており、日本にとっては理想的モデルの一つと言えます。
オーストラリア:RSPCAを中心とした包括的取り組み
オーストラリアもペット大国として知られ、国民の約70%の世帯が何らかのペットを飼育しています。犬の飼育率は40%(約570万頭)、猫は29%(約490万頭)と非常に高く、多くの人々が動物と暮らしています。この国でも保護施設(シェルター)に収容される犬猫は少なくなく、年間数万頭規模にのぼります。しかしオーストラリアでは、健康な犬猫を経済的理由で殺処分することは一般に行われず、安楽死処分は原則として健康上の問題や深刻な問題行動がある場合に限られるという方針が徹底されています。
オーストラリアには1000以上もの動物保護団体が存在しますが、中でも全国的に活動し行政とも連携しているのがRSPCA(オーストラリア動物虐待防止協会)です。RSPCAは19世紀に英国で創設された世界最古の動物保護団体の流れをくむ組織で、各州のRSPCAが連合する形でオーストラリア全土をカバーしています。RSPCAは慈善団体でありながら各州政府から法執行権限を委任されており、動物虐待の摘発や飼い主への罰則適用なども行えるのが特徴です。その活動範囲は、飼育放棄動物の保護譲渡、虐待された動物の保護と治療、飼い主への法的措置、野生動物の救護、動物福祉に関する啓発教育など多岐にわたります。
直近の統計では、2021-22年にオーストラリア全土でシェルター等に収容された犬は約19,000頭、猫は約35,000頭でした。そのうち新しい飼い主に譲渡された割合は非常に高く、残念ながら安楽死となったのは犬約2,400頭、猫約6,500頭のみでした。これは同時期の日本(犬約2,700頭、猫約12,000頭の殺処分)と比較して猫の数で半分程度、犬ではほぼ同水準であり、人口当たりでは日本を下回っています。しかもオーストラリアで安楽死の対象となった犬猫は、重い健康問題を抱えるか攻撃的で再訓練が極めて難しい場合に限られており、言い換えれば健康で譲渡可能な犬猫は原則殺処分されていないと言えます。
オーストラリアの特徴的取り組みとしては、フォスターケア(一時預かり)システムの充実が挙げられます。RSPCA自身の運営するシェルター数には限りがあるため、収容しきれない動物は一般家庭のボランティアによって一時的に預かってもらう仕組みがあります。里親希望者が現れるまでフォスター家庭で愛情を持って世話されることで、収容過多による殺処分を防いでいます。また、譲渡の際の審査や手続きも非常に丁寧で、希望者の生活環境やこれまでの飼育経験まで考慮してマッチングが行われます。譲渡時には動物の性格・健康情報を開示し、新しい飼い主の適性を評価した上で引き渡すなど、日本の一部団体と同様の厳格な体制が敷かれています。
さらに、RSPCAは行政との協働による法執行で成果を上げています。虐待やネグレクトの通報があればRSPCAのインスペクター(査察官)が調査し、必要とあらば動物を保護し飼い主を訴追できます。これは公的機関と民間団体の垣根が低く、目的(動物福祉)のために役割分担が明確になっているからこそ可能な仕組みです。日本でも、愛護センター職員が虐待現場に立ち入り是正指導を行うことはありますが、警察と連携して刑事事件化するケースは少なく、動物虐待に対する民間の目と行政の連携はオーストラリアほど進んでいません。オーストラリアの例からは、公私協働による包括的な動物保護体制の重要性を学べます。
一方でオーストラリアも課題が無いわけではありません。同国では野良猫が生態系に与える悪影響が深刻視されており、連邦政府が「野良猫との戦争」を宣言して大規模な駆除プロジェクトを実施しています。年間数百万にも及ぶ在来野生動物が野良猫に捕食されているとの報告から、毒餌や射殺による野良猫削減策が講じられており、これは動物愛護団体から批判を受けつつも国家レベルで推進されています。このように、野良動物対策と愛護のバランスは難しい側面もありますが、少なくとも飼い猫に関しては飼い主に夜間の屋内拘束を義務付ける地域条例があるなど、野良化させない工夫が凝らされています。
総じてオーストラリアの事例は、日本にボランティア参加型のシェルター運営や民間団体への権限付与の可能性を示唆します。日本でも動物愛護団体が行政から委託を受けて一時保護や譲渡管理を行うケースは出てきていますが、さらなる拡大が期待されます。また、オーストラリアのように獣医師・看護師・一般市民・行政がチームとなって動物福祉に取り組む文化も見習うべき点でしょう。
アメリカ:ノーキルムーブメントと地域主導の取り組み
アメリカ合衆国は州ごとに法律やシェルターシステムが異なり、一概に語るのは難しいものの、近年「No-Kill Movement(ノーキル運動)」が全米的に広がっています。これは収容動物の90%以上を生かす(10%以下の安楽死率に抑える)ことを目標とする運動で、各地の公立・民間シェルターが参加表明しています。1990年代にカリフォルニア州サンフランシスコが全米初のノーキル都市を宣言して以降、徐々に支持を集め、2010年代には大都市を含む多くの自治体でノーキル達成が報告されました。2019年には米デラウェア州が州全体でノーキルを達成したとも言われています。
アメリカのシェルター事情は、日本よりも歴史が古く、公的機関(アニマルコントロール)による捕獲・安楽死処分が長らく野良犬猫管理の主体でした。しかし2000年代以降、殺処分数は劇的に減少しています。ASPCA(米動物虐待防止協会)の統計によれば、2019年には全米で犬猫合わせて約13%の収容動物が安楽死処分となっていましたが、その後毎年改善し、2024年には安楽死率8%まで低下しました。
頭数にすると、2024年に全米でシェルター等に収容された犬猫約580万頭のうち約60万7千頭が安楽死されています。これは5年前に比べ2割以上減少した数字です。依然として数十万単位の命が失われているものの、ピーク時の1970年代(年間1000万頭以上とも)から比べると飛躍的な改善です。近年は全米規模のデータベース「Shelter Animals Count」によると、2023年時点で犬約35.9万頭、猫約33.0万頭が安楽死されたとの報告もあります。一方で譲渡数は年間400万頭以上に達し、多くの動物が新たな家庭に迎えられています。
アメリカの取り組みの特徴は、民間団体と地域コミュニティ主導でイノベーションが起きている点です。例えばユタ州のベストフレンズ・アニマルソサエティは「2025年までに全米ノーキル達成」を掲げ、データ収集や各地シェルター支援を行っています。また「Maddie’s Fund」など大口寄付により各都市のノーキル転換を後押しする慈善基金も存在します。自治体レベルでは、テキサス州オースティン市が市民ボランティアやNPOと協働して収容動物の98%以上を救う体制を築き、全米屈指のノーキル都市として知られます。オースティンでは、迷子ペット専用のWeb掲示板や里親募集サイトの整備、積極的な譲渡イベント開催、動物行動専門家を招いた問題行動矯正プログラムなど、多角的な施策で譲渡率を向上させました。
また、アメリカでは近年ペットの里親文化が着実に根付いてきています。ハリウッドセレブや大手企業も「Adopt, Don’t Shop(買わずに里親に)」キャンペーンを展開し、ペットショップよりシェルターから引き取ることがクールというイメージ戦略が奏功しています。
結果、ペットショップ業界にも変化が生じ、カリフォルニア州やニューヨーク州ではペットショップでの犬猫生体販売禁止法が成立(代わりに保護動物の展示譲渡のみ許可)しました。これにより、パピーミル(劣悪繁殖業者)から大量の子犬が送り込まれるルートを遮断し、結果的に不要な繁殖による殺処分を減らそうという試みです。
さらに、アメリカのシェルターでは新しいテクノロジーの導入も進んでいます。ペット探しマッチングアプリやオンラインデータベースを活用し、遠隔地からでも譲渡希望者が応募できる仕組みや、迷子ペットの画像照合システムなどが開発されています。また、シェルター内での猫のグループ飼育スペース導入や犬のストレス軽減プログラム(散歩ボランティアの倍増、ドッグトレーニングの採用)など、動物行動学に基づく飼養環境改善も広がっています。これらは殺処分ゼロを目指す上で重要な「質の担保」にあたります。すなわち、殺処分をしないだけでなく収容中の動物のQOLも確保するという視点です。
アメリカの事例から日本への示唆は、民間活力の最大限活用と社会運動としての殺処分ゼロ推進です。日本でもSNSや著名人の発信により保護犬猫を迎える動きは徐々に拡大していますが、さらに大きなうねりにしていくことが求められます。資金面でも、富裕層や企業のメセナ(社会貢献)を引き出し、シェルター運営や無料不妊手術キャンペーン等に充当する仕組みを作れれば大きな力となるでしょう。
また、全米共通の課題として住宅事情があります。米ASPCAの分析では、ペット可住宅の不足や獣医療費の高さが飼育放棄の要因になっていると指摘され、それら障壁を下げる政策提言(例えば公営住宅でも一定条件下ペット可にするとか、低所得者向けのVetケア補助など)が行われています。日本でも似た課題(賃貸住宅の多くがペット不可、医療費全額自己負担による負担)があり、社会的弱者とペットの共生を支える制度設計が必要と言えます。
殺処分ゼロに向けた課題
ここまで日本および海外の現状を見てきましたが、殺処分ゼロの実現はゴールではなく、新たな課題のスタートでもあります。本章では、日本が殺処分ゼロを目指す上で乗り越えるべき課題を整理します。それは前章までに触れた問題点の総括でもあります。
ペット流通と飼い主意識の改革
まず、大前提としてペットを取り巻く社会構造の課題があります。日本では依然としてペットショップでの購入が主流であり、需要と供給のバランスを超えた繁殖・販売が行われがちです。生体販売ビジネスの存在そのものが殺処分問題を生み出す土壌と言えます。殺処分ゼロを達成するには、この構造的問題に切り込む必要があります。具体的には、ペット産業側への更なる規制(例えば繁殖ライセンス制度の厳格化、ブリーダー登録の更新制導入、不適切業者の市場退場)や、ペットショップでの生体展示販売禁止に向けた議論などが挙げられます。現に海外では生体販売禁止がトレンドになりつつあり、日本も将来的に検討課題となるでしょう。一方で流通が止まれば闇マーケットが生まれる可能性もあるため、適正な繁殖と適正な譲渡へのソフトランディングをどう実現するかが課題です。これには消費者(飼い主)の意識改革が不可欠です。「ペットは購入するもの」という発想から脱却し、「保護動物を迎える」「繁殖責任まで含めて信頼できるブリーダーから迎える」といった価値観を広めることが求められます。教育現場やメディアを通じた継続的な啓発が必要です。
野良猫問題と地域での対策
次に野良猫の問題です。殺処分数の多くを占める子猫の発生源は野良猫であり、この問題を解決しない限り根本的な殺処分ゼロは困難です。野良猫対策の柱はTNRの徹底と地域猫活動の定着です。多くの地域でボランティア主体の取り組みが進んでいますが、人手・資金ともに限界があります。行政がさらに踏み込んで予算を付け、街中の野良猫一斉不妊手術プロジェクトなどを実施することも検討されるべきです。例えば自治体が獣医師会と協力して年に一度「野良猫ゼロウィーク」を設け、捕獲した野良猫全てに無料で手術を行うような大胆な施策です。海外には「1匹殺す予算で複数匹不妊化できる」として駆除より不妊化を選ぶ自治体もあります。長期的には野良猫を限りなくゼロに近づけることが殺処分ゼロの持続に不可欠です。また、無責任な餌やりは禁止すべきですが、地域住民を排除するのではなく住民参加型の適正管理に導くことが大切です。さらに、猫の屋内飼育徹底も引き続き啓発する必要があります。猫は放し飼いが当たり前という意識を改め、完全室内飼い・外出時はハーネス着用などが常識化すれば、迷子や望まない繁殖を減らせます。
高齢化社会とペット
日本の少子高齢化も課題です。高齢の飼い主が増える中、飼い主の死亡や入院による飼育放棄が懸念されます。今後、単身高齢者が飼育するペットの行き場問題が顕在化するでしょう。その備えとして、ペットの後見制度や信託制度を整える必要があります。いくつかの自治体や民間団体では、飼い主が亡くなった後にペットを託す「ペット信託」「終生預かりサービス」を展開しています。これらを全国規模で普及させ、飼い主が事前にペットの行末を計画できるようにすることが重要です。また、高齢者施設や介護施設でペット同伴可能な所を増やすなど、人とペットの終生同行を社会として支援する仕組みも検討に値します。さもなければ、今後10~20年で高齢者の飼っていた犬猫が一斉に保健所行きになる可能性もあります。それを防ぐには行政の福祉部門と動物愛護部門が連携し、ケースワーカーがペットも含めてケアプランを立てるような統合的福祉の視点が必要でしょう。
保護インフラと人材の強化
仮にブリーダー規制や野良猫対策が進み、新規の不要ペット発生が抑えられたとしても、ゼロに至るまでの過渡期には相当数の保護動物が存在し続けます。その受け皿となる保護インフラ(シェルターや預かりネットワーク)の拡充が課題です。現在、多くの民間シェルターは飽和状態に近く、新規参入も資金面で難しい状況です。ここで行政が積極的に支援し、例えば廃校舎や公有地を提供して新たなシェルター設立を後押ししたり、クラウドファンディングに補助を出すなどの策が考えられます。一時預かりボランティアの育成も不可欠です。これは人材不足解消だけでなく、地域住民に保護活動へ参加してもらう啓発にもなります。自治体が講習会を開催し、登録フォスターを募って情報提供するなど仕組み化するとよいでしょう。欧米のように家庭内で保護動物をケアする文化が根付けば、シェルターの負担は大きく軽減します。
また人材育成という点では、獣医師や動物看護師の動物福祉分野への参画促進も課題です。日本の獣医師は伴侶動物臨床のほか産業動物、公衆衛生など幅広く活躍していますが、保護動物専門の獣医療はボランティア任せになりがちです。若手獣医師に保護施設での研修機会を与えたり、学生ボランティアを募るなどして、獣医療コミュニティ全体が殺処分ゼロを支えるような体制を作ることも一案です。さらに、行政職員の意識改革・専門性向上も課題でしょう。殺処分ゼロを達成した自治体では、担当者の熱意と創意工夫が大きな原動力となっています。全国で人材交流や研修を行い、成功事例を共有して横展開する仕組みも大事です。
動物虐待・多頭崩壊の未然防止
動物虐待や多頭飼育崩壊は、発生後に対応するより予防が肝心です。殺処分ゼロの社会では、表面下に虐待された動物や繁殖し過ぎた動物が隠れていないか注意を払う必要があります。例えば児童虐待や高齢者のゴミ屋敷問題と同様、地域の見守りネットワークで異変を早期にキャッチし、行政が介入・支援する体制を整えることが課題です。具体的には、自治体職員や民生委員に対する動物福祉の研修実施、近隣住民への通報窓口の周知、獣医師による多頭飼育者宅の巡回ボランティアなどが考えられます。また法律面でも、現行では動物虐待の通報義務は定められていませんが、教育現場や職場等で「動物にもDV防止と同じ視点を持つ」ことを啓発するなど、社会全体の監視意識を高める努力が必要です。
以上、殺処分ゼロに向けた主な課題を列挙しましたが、それらは一朝一夕に解決できるものではないことも確かです。次章では、これら課題に対する具体的な解決策を提言します。行政・法律の側面、民間・ボランティアの側面、社会教育の側面など、多角的に見ていきます。
課題に対する具体的な解決策
前章で洗い出した課題に対応するために、どのような具体策を講じていけばよいでしょうか。本章では、日本が殺処分ゼロを現実のものとし、かつそれを維持するための方策を提案します。法律・制度面の改革から現場レベルの取り組み、意識改革のための施策まで、包括的な解決策を示します。
ペット産業の改革と法規制強化
供給過多を是正するため、まずペット産業に対する規制のさらなる強化が必要です。具体的には、繁殖業者に対するライセンス制の見直しや更新制の導入、不適格業者の排除メカニズムの確立が考えられます。現状、動物取扱業の登録は5年毎更新ですが、審査は書類中心で実効性に疑問があります。ここに外部有識者(獣医師や愛護団体)を含めた実地審査制度を導入し、劣悪業者には更新拒否・営業停止を厳格に適用すべきです。また、ペットショップでの生体販売禁止に向けたロードマップ策定も検討すべきでしょう。例えば段階的に規制を強め、まず大型ショッピングモール内のガラス張り展示を禁止、次に子犬子猫の委託販売禁止、将来的に店舗での販売そのものを免許制にしていくなどです。これと並行して、ショップには保護動物とのマッチングコーナーを設置するよう促し、ビジネスモデルを「売る」から「譲渡を手伝う」方向に転換させます。既に一部ペットショップでは保護猫カフェのような形で譲渡に協力する動きも出ています。行政はそうした善意の業者を支援・奨励し、業界全体の意識改革を促します。
また、購入者側へのアプローチとして、ペット購入時の義務教育化を提案します。現在も対面説明が義務付けられていますが、形骸化しがちです。そこで第三者機関が作成した標準教材を用い、購入者はオンライン講習を受講・テスト合格しないと購入できない仕組みを導入します。講習では終生飼育の重要性、適正飼養・しつけ、繁殖制限やマイクロチップ登録の必要性などを学ばせ、責任を自覚させます。これは自動車教習に似た発想ですが、命を預かる以上、一定の知識習得は当然と位置づけるのです。さらに将来的には飼い主免許制の議論も視野に入れてよいでしょう。犬については狂犬病予防法の枠で登録・年次接種が義務化されていますが、猫やその他ペットでは誰でも無制限に飼えてしまいます。動物愛護先進自治体では条例で繁殖制限措置(不妊去勢)を義務努力させたりしていますが、国全体で適正飼育者の認定制度を検討する価値があります。
野良猫・多頭飼育対策の徹底
野良猫問題への解決策は、攻めと守りの両輪が必要です。攻めの策は、上述した一斉TNRキャンペーンのように大胆な繁殖抑制作戦を展開することです。自治体主導で地域の野良猫をリストアップし、予算を集中投入して一網打尽に不妊化する。これを地域ごとに順番に実施すれば、数年スパンで野良猫個体数を劇的に減らせる可能性があります。もちろん捕獲・手術・リリースには人手が要るため、地元ボランティアや獣医師会との協働が前提です。その際、行政は調整役と資金提供に徹し、実務は民間に委ねる方が効率的でしょう。また、すでに繁殖してしまった子猫たちについては、ミルクボランティアやネコの里親探しネットワークを全国規模で拡充します。環境省のデータベースサイトなどで全国の保護子猫情報を集約し、希望者は地域を超えて応募できるような仕組みがあると、救える命が増えるでしょう。
守りの策としては、飼い猫の適正管理を徹底することです。具体的には、飼い猫へのマイクロチップ装着の更なる普及(将来的な義務化も視野)、屋外飼育や自由散歩の制限を進めます。自治体によっては猫にも鑑札交付や登録を義務付ける条例が検討されています。例えば福岡市などでは飼い猫にマイクロチップまたは迷子札装着を義務(罰則なしの努力義務)としました。このような動きを全国に広げ、猫も当たり前に登録管理する社会にしていきます。また無責任なエサやりへの対処として、各自治体はガイドラインを策定し、エサやりをするなら不妊手術と清掃もセットで行うルールを明文化すべきです。地域猫活動への補助金交付とセットで、住民に責任ある行動を促します。
多頭飼育崩壊の予防策としては、早期発見・早期支援が鍵です。近隣からの苦情が出る前のレベルで異変に気づけるよう、民生委員や保健所とペット相談窓口が連携します。行政が「犬猫何頭以上飼っている家庭リスト」を地域包括ケアシステム等で共有し、高齢者世帯で多数飼育している場合は見守りを強化するといった工夫も考えられます。崩壊しかけの飼い主に対しては糾弾ではなく個別支援プログラムを用意し、ボランティア派遣や不妊手術の無料提供、場合によっては一部動物の引き取り等を提案します。これは人間の介護問題におけるレスパイトケア(一時預かり)に似ています。行政職員に動物愛護担当を増員し、地域巡回や相談業務に当たれるようにすることも必要でしょう。
保護団体・ボランティア支援策
動物保護団体やボランティアへの支援は、殺処分ゼロ政策の要です。安定財源の確保のため、国レベルで「動物愛護基金(仮称)」を創設してはどうでしょうか。この基金は宝くじの収益やふるさと納税の一部、企業からの寄付金などを原資とし、各地の譲渡活動やTNR活動に交付されます。現在も自治体が独自に基金を募る例はありますが、全国的なスキームがあれば貧富の差なく活動を後押しできます。加えて、クラウドファンディングの活用支援も行います。例えば自治体が信用保証人となり、実績ある団体がクラウドファンディングしやすい環境を整えるのです。あるいは、ふるさと納税ポータルで全国の保護団体への寄付メニューを作り、自治体経由で団体に助成する仕組みも考えられます。とにかく、寄付したい人と必要な団体をつなぐ仕掛けを行政が積極的に担うべきです。
人的支援としては、ボランティアポイント制度が考えられます。ボランティア活動に参加した人にポイントを付与し、一定ポイントでペット用品や動物園入園券などと交換できる仕組みです。自治体や企業スポンサーとの協働で運用し、若者を含めた新規ボランティア参入を促します。また学校教育との連携も有望です。高校生のボランティア活動の一環として愛護センターでの実習や保護猫カフェでのインターンシップを組み込み、将来の担い手を育成します。獣医大学には「シェルター医学」を選択科目として設置し、学生が地元シェルターで実習単位を取れるようにするのも効果的でしょう。
保護団体間のネットワーク形成も支援策の一つです。環境省や都道府県が定期的な情報交換会・研修会を開催し、全国の団体が集まって課題共有・ノウハウ共有できる場を提供します。オンラインでも良いので横のつながりを強めれば、人材や物資の融通、広域譲渡のマッチングなどが活発化します。また行政OBや企業人材をマッチングする「NPOマネジメント支援制度」も構築します。経営経験のある人が団体の運営改善をボランティアで助言する制度で、団体の財務管理や広報戦略の向上が期待できます。
行政・法律面でのさらなる対応
行政側では、殺処分ゼロ達成を公式政策目標として掲げることが重要です。現在は環境省のプロジェクトという位置付けですが、国家戦略として「2030年までに殺処分ゼロ(安楽死を除く)」といった数値目標を設定し、省庁縦割りを超えて取り組む体制があってもよいでしょう。例えば内閣府に動物福祉推進本部を置き、環境省・厚労省(保健所所管)・文科省(教育)・農水省(獣医師・畜産)・警察庁(虐待取締り)など関係機関が連携して総合計画を策定するイメージです。これにより、住まい・福祉・教育など他分野の政策とも整合性を取りながら動物愛護を推進できます。
法律面では、動物愛護法のさらなる改正を視野に入れます。前述のペット販売規制強化、多頭飼育規制導入のほか、動物の権益保護をより明確に位置付けることも検討に値します。ドイツにならい憲法に「動物の保護」を明記するのはハードルが高いかもしれませんが、せめて動物愛護週間(毎年9月)の行事を国家的イベントに格上げし、総理大臣がメッセージを出すくらいのシンボルを作ることも意識啓発につながります。
また、動物警察(アニマルポリス)制度の導入も議論されています。これはアメリカなどで実施例がありますが、警察組織内に動物虐待専門チームを置き、捜査から救出まで行うものです。日本でも神奈川県警が試験的に「動物虐待ホットライン」を設けています。全国で常設化すれば、虐待や劣悪飼育への迅速対処が期待できます。虐待の摘発強化は潜在的な不適切飼育者を減らし、ひいては殺処分予備軍を減らすことに資するでしょう。
社会全体の意識改革と教育
最後に、最も基本的かつ長期的な解決策として社会全体の意識改革があります。動物愛護の精神を広く国民に浸透させるには、やはり教育が重要です。小中学校の学習指導要領に動物福祉の項目を盛り込み、生命倫理や適正飼育について学ばせる機会を増やします。既に命の教育を行うNPOによる出前授業などがありますが、文部科学省が主導して標準教材を配布すれば全国で展開できます。学校で保健所の現状や譲渡会体験学習などを取り入れれば、未来の飼い主たちの意識は確実に変わるでしょう。
また、マスメディアやSNSでの情報発信も欠かせません。保護犬猫の成功譲渡事例や、虐待から救われた動物のリハビリ物語など、感動的なストーリーを積極的に発信し、人々の共感を呼び起こす戦略が必要です。テレビ番組での特集や、有名人によるチャリティーイベントなど、より多くの人が動物福祉について考える機会を増やします。さらに、「殺処分ゼロ=動物も幸せ」という誤解を生まないよう、ペットのQOL(生活の質)向上にも光を当てねばなりません。単に殺さなければ良いのではなく、虐待ゼロや適正飼育率向上も目指すべきゴールです。そのため、飼い主に対して「ペットにとって何が本当の幸せか」を問いかけるメッセージを発信します。例えば「生かすことが目的ではない。幸せに生きさせることが飼い主の責務」といったフレーズです。これにより、単なる延命ではなく動物福祉全体の向上を目指すという本質を社会に伝えていきます。
結論と今後の展望
本レポートでは、日本における犬猫の殺処分の現状から課題、そして解決策までを包括的に考察しました。総括すると、日本の殺処分数はかつての大きな問題から劇的に減少しつつあり、行政と民間の努力により「殺処分ゼロ」という目標も現実味を帯びてきています。しかし、その道程にはペット産業の構造改革、飼い主意識の向上、野良猫対策の徹底、保護団体への支援強化、高齢化社会への対応など数多くの課題が横たわっています。
海外の先進事例を見ると、ドイツのように法制度と文化の両輪で動物福祉を根付かせた国、オーストラリアのように公私の連携で包括的に取り組む国、アメリカのように市民運動としてノーキルを推進する国など、それぞれ日本への示唆となる点がありました。日本はそれらを参考にしつつ、日本独自の事情(島国で狂犬病清浄国、戸建てより集合住宅が多い住宅事情、高齢化等)も踏まえた解決策を取る必要があります。
重要なのは、殺処分ゼロは手段であって究極目標ではないという視点です。ゴールは人と動物が幸せに共生できる社会の実現であり、その過程の指標として殺処分ゼロがあります。したがって、数字上ゼロを達成した後も、その状態を維持し動物たちの幸福を確かなものにする努力が続きます。例えば、ゼロ達成後も捨てられる動物が後を絶たないのであれば、それは単に隠れた苦痛を生んでいるだけです。真のゴールは、捨てられる命そのものを限りなく無くし、全ての飼い主が終生責任を全うし、社会全体で動物福祉が支えられている状態です。
日本は2020年代に入り、動物愛護法の強化や行政の取り組み拡大など追い風が吹いています。この流れを止めず、2030年ごろまでに全国的な殺処分ゼロ(致死処分が必要な重病例等を除く)を是非成し遂げたいものです。そのためには、本レポートで述べたような総合的な戦略が必要であり、一人ひとりの尽力も求められます。
動物愛護関係者の皆様には、現場の知見を活かして行政や社会への発信を続けていただきたいですし、我々一般市民もペットとの向き合い方を今一度見直し、保護団体への支援や適正飼養の啓発に参加していくことが大切です。
今後の展望として、筆者は日本が世界に誇れる動物愛護先進国になる可能性を十分に持っていると考えます。
もともと「生き物を大切にする」文化は日本人の心に根付いており、それがペットという存在にも広がれば鬼に金棒です。
テクノロジーの活用やコミュニティの力を合わせれば、必ずや「殺処分ゼロで全ての命が輝く社会」が実現できるでしょう。その日まで、関係者一丸となって一歩一歩前進していくことを結びに提言いたします。



コメント
3競走馬(競馬馬)生産の現場では何年も前から種馬には世界的にマイクロチップが埋め込まれていて種付け前に確認されていた。だいたい首のあたり。国によって右だったり左だったりあまり気にしてなかったり。ペットにマイクロチップを埋め込むのであれば、同時に飼い主にも埋め込むくらいのことをしなければ現状改善は望めないし、そのような紐付けのもと厳罰化しなくては無理でしょ。
この記事に書いてあることは正論でしかないけれど、こういう記事を熱心に書いたり同様のことを訴える人はいる。でも、動物虐待で110番したことある人って、どのくらいいるんだろう、と思ってしまう。
実際、近所で野良猫の避妊手術ボランディアをしている人に出会ったことがある。自治体ごとに不妊手術に対する経済的支援があまりに異なる事実を知る。また、不妊手術をしようとしたら既に妊娠していた場合の処置にかかる費用がボランティアさんの自腹になったりという行政の制度不備も知った。
この記事は正論しか書いてないが、じゃあ筆者は身銭と時間を作ってそういう活動したことあるの? 論客の正論だけじゃ変わらないよ。
スイスの猫食文化についてはどう思いますか?
https://note.com/legal_finch9063/n/n4aa1ec7f2399
自己紹介と動物愛護先進国の解説、コメントお待ちしています。
https://note.com/legal_finch9063/n/n58e4578373ff