ソシャゲの掛け持ちをしまくった結果がこれだよ!   作:じゅうじキー

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第八話

「はぁ……はぁ……! あの娘、体力無限なの?!」

 

D.U.地区の入り組んだ路地を駆け抜けながら、俺はぜえぜえと肩で息をする。ヴェルティの体は、見た目の優雅さに反してフィジカルが驚くほど弱く、全力疾走など想定されていない。一方、追ってくるシロコは、まるで散歩でもしているかのように涼しい顔だ。それどころか、時折わざとペースを落とし、俺が逃げるのを楽しんでいる節すらある。その姿は、まさに狼そのものだった。

 

「ん。そろそろギアあげるよ」

 

クソッ、このままでは体力負けして捕まるのは時間の問題だ。そうなれば、俺の、いや、ヴェルティの純潔は風前の灯火……。それだけは、それだけは阻止しなければソネット達に申し訳が立たん……! わかる?この罪の重さ(哲学)

 

思考が焦りで空転する。なにか、なにか手はないのか。この絶望的な状況を打破する、逆転のワザマエは……。その時、脳裏に一つの可能性が閃いた。そうだ、俺は今、ただの社畜じゃない。『ヴェルティ』なんだ。ならば、彼女が持つ力――神秘術(アルカナム)が使えるはずだ!

 

懐に手を入れると、指先に硬い感触があった。テレポートのスペルが刻まれた、神秘術のフロッピーディスクだ。使い方は何となくでしかわからないが、もはや博打を打つしかない。

 

俺はディスクを取り出すと、天に掲げ、心の底から呪文を叫んだ。なんとかなれーッ!

 

ORO LONCHOCHO PAAA(オロロンチョチョパア)!」

 

シロコに捕まる間際に叫ぶ呪文は、奇跡を呼び起こした。掲げたディスクがまばゆい光を放ち、次の瞬間、タブレットで転移する時とはまた違う力強い浮遊感が体を包み、その場から掻き消えた。

 

一瞬の暗転の後、俺の体はアスファルトの路地裏ではなく、手入れの行き届いた芝生の上に着地していた。周囲を見渡せば、白亜の美しい街並みが立ち並んでいる。この建築様式は、間違いなくトリニティの郊外だ。なんとか、あの狼の追跡を振り切ることができたらしい。

 

「ふぅ……助かった……」

 

安堵のため息をつき、その場にへたり込む。しばらくは、ここで息を潜めていよう。

 

――――――――――

――――――

――

 

「……ん」

 

シロコは、目の前で光と共に消えた先生(ヴェルティ)の姿に、一瞬だけ呆然とした。しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、何事もなかったかのようにスマホを取り出した。

 

私:緊急事態。先生がメス堕ちした。捕まえるのを手伝ってほしい

くそでかシロコ:は? 笹食ってる場合じゃないね

 

……数分後、トリニティ近くの公園で合流した二匹の狼は、静かに獲物への包囲網を狭めていた。

 

「ふーん、そんなことがあったんだ。ずいぶん過激だね」

「ん。さっきは突然どこかに消えちゃったから、私達の知らない力が使えるようになってるかもしれない。でもスタミナはよわよわのままだったから、手遅れになる前にヤっておきたい」 

「おーけー……。ところで、よわシロコ」

 

クロコはシロコの方を見て質問した。

 

「私が先生を見つけたら……、先に一発ヤるっていうのはアリかな? 先生(プレナパテス)の前後はもう貰ってるから、あとは処女の方でコンプだよ」

 

クロコが楽しそうに挑発の言葉を口にする。その瞬間、シロコの周囲の空気が、凍てつくように冷たくなった。

 

シロコはゆっくりと振り返る。その瞳の奥には、嫉妬と独占欲が渦巻く、燃え盛る炎が宿っていた。凄まじい殺気が、彼女の体から溢れ出す。

 

「あなたを殺すよ……ここで、今……!」ジョワァ……

 

その声は静かだが、絶対的な怒りと敵意に満ちていた。

 

――――――――――

トリニティ郊外の路地裏、とある建物の影で息を潜めていた俺は、突如として背筋を駆け上る悪寒に身を震わせた。

 

(……っ!?  なんだ、この感じは……!)

 

ぞわり、と鳥肌が立つ。それはモータルの悲鳴めいた、強烈な殺気。この感覚には覚えがある。アークでラピと対峙した時の、カラテ・ミサイルを食らう直前の無力感。ロドスの執務室でケルシーの最終通告を受けた時の、ゼゲン・オフトゥン(財産没収)宣告だ。

 

(まずい、見つかったか!? この殺気の質は、間違いなく……!)

 

俺の脳裏に、あの執拗な狼の顔が浮かぶ。この場に留まるのは危険だ。本能が、全力でそう警告している。俺は息を殺し、その場を離れ始めた。

――――――――――

 

一方、その殺気を全身で受けたクロコは、満足そうに目を細めていた。

 

(おっ、いいね……いいオーラ……殺気が体から溢れ出してる。これなら遠くにいる先生も、この『危険』に気づくだろうね)

 

内心でそう分析しながら、クロコはわざとらしく肩をすくめてみせる。

 

「ん、冗談だよ。殺気(エッチ)、漏れてるけど大丈夫?」

 

その一言で、シロコはハッと我に返った。自分の激情が、かえって先生に気配を察知させてしまったのだ。何たるサンシタ・めいた失態!

 

彼女の超人的な感覚は、先生が自分から遠ざかっていくことに気が付いた。

 

「あっ……」

 

途端に、シロコの体から殺気が霧散する。彼女はバツが悪そうにそっぽを向くと、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。

 

「ん、逃げられちゃった。……もしかしてわざと?」

「まさか……(できれば先生には助かってほしいんだよね)」

 

クロコは悪びれもせずにそう答えると、トリニティの広大な敷地を見つめた。

 

――――――――――

――――――

――

 

一方その頃、シャーレの執務室では、もう一つの小さな冒険が始まろうとしていた。

見知らぬ世界に一人取り残され、困惑していたソネットは、意を決して自分がやってきたスーツケースに助けを求めた。

 

「レグルス! ミス・サザビー! 聞こえますか! 此方に来てください!」

 

ソネットが呼びかけると、スーツケースの中から二人の少女が元気よく飛び出してきた。一人は派手なサングラスをかけた海賊DJ、レグルス。もう一人は、華やかなドレスに身を包んだお嬢様、サザビーだ。

 

「どうかしたかソネットー? ……って何だ此処?!」

「うひょー! ここの椅子の素材、初めて見ますわ! わたくしの知らない神秘学動物の皮かもしれません! おハーブですわ!」

「お二人とも、はしゃいでいる場合ではありません! 私達はタイムキーパーと逸れてしまったのですよ。一刻も早く合流しなければ……」

 

二人は初めて見るシャーレの光景に目を輝かせ、興奮を隠せない様子だ。ソネットは、そんな二人をなだめつつ、自分たちが主人のヴェルティとはぐれてしまったこと、そしてここが財団の施設ではないらしいことを説明した。

 

「……なるほどね。 つまり、私たちのキャプテンを見つけ出す、新たな冒険の始まりってわけか」

「そうですわ! わたくしのポーションがあれば、この壁からでも情報を引き出せるかもしれません! 少し試してみますので、お二人とも下がっていてくださいまし!」

「ミス・サザビー、どうかそれだけはおやめください……」

 

自由奔放な二人に、ソネットは頭を抱える。このままでは、ヴェルティを見つける前に、とんでもないトラブルを起こしてしまいかねない。

そんな彼女たちの元に、救いの手(?)が差し伸べられた。

 

「先生ー、いるー? モモトークで呼んでるのに既読無視なんてひどいよー……って、あれ? お客さん?」

 

ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、トリニティ総合学園に通う生徒、聖園ミカだった。彼女は、ソネットたちの見慣れない服装を見て、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「わわ……! すごい!みんなかわいい服着てるね! どこの学園? もしかして、また先生の新しいお友達?」

 

ミカの天真爛漫な雰囲気に、ソネットたちは警戒を解く。ソネットは礼儀正しく自己紹介をすると、自分たちの主人であるヴェルティという人物を探しているのだと告げた。

 

「初めまして。私はソネットと申します。私達は主人であるヴェルティという人物を探しているのですが、ご存知ないでしょうか?」

「ヴェルティ? うーん……それっぽい綺麗な人なら、さっき物凄い勢いで走って行ったよ?『オオカミに襲われるー!』って叫んでたから、すっごく急いでるみたいだったなぁ」

 

ミカの言葉に、ソネットは眉をひそめた。狼?  ここは一体どんな危険な世界なのだろうか。

 

「まあ、本当ですの!?」

「うん! ねえ、もしよかったらトリニティに来ない? 先生も呼んでるから、うちに来れば一緒に探してもらえるかもしれないよ!」

 

ミカの悪意のない誘いに、ソネットたちは顔を見合わせる。ヴェルティに繋がる唯一の手がかりだ。断る理由はない。

しかし、ただでさえ自由奔放な仲間たちだ。ヴェルティに連絡がつかないまま、これ以上見知らぬ場所で行動するのは危険だとソネットは判断した。

 

「ご親切にありがとうございます。ですがその前に、主人に連絡を試みたいのですが、よろしいでしょうか」

「もちろん! 頑張ってね!」

 

ソネットはミカに一礼すると、スーツケースの中から年代物の無線通信機を取り出した。これは、財団が独自に開発した、いかなる状況下でもタイムキーパーの位置を特定し、通信を可能にする特殊な装置だ。ソネットはダイヤルを合わせ、深く息を吸ってからマイクに呼びかけた。

 

「タイムキーパー、聞こえますか?  こちらソネット。応答、願います。繰り返します――」

 

――――――――――

――――――

――

 

その頃、俺はトリニティの片隅にある公園のトイレで、身を潜めるようにして息を整えていた。テレポートでシロコの追跡を振り切ったものの、精神的な疲労はピークに達している。このまま日没まで息を潜めて、夜陰に紛れてシャーレに戻ろうか……。

 

――ザザッ……『タイムキーパー、聞こえますか?』

 

突如、コートのポケットに入れていたタブレットが微かに振動し、凛とした声が響き渡った。この声は……ソネット!?

 

「ソ、ソネット!  どうして連絡が……」

 

ア゜ッー! そういえば転移した時にスーツケースを持ってきちゃってた気がする! あれかぁ!

シャーレで皆出てきちゃったのか。 どうすっかなコレ……。

 

俺が心の中で叫ぶと、再び声が響く。

 

『応答を確認。タイムキーパー、ご無事でしたか!  あなたの姿が見当たらないので、心配しておりました』

「あ、ああ、なんとかね……。それより、君たちは今どこにいるの?」

『はい、シャーレという場所で保護され、現在はミス・ミカという方の案内で、トリニティという場所に向かっております。……ですが、レグルスとミス・サザビーが少々、その……自由に行動されておりまして……』

 

ソネットの声が、明らかに困惑の色を帯びる。その背後から、微かに「ロックンロール!」「ポーションですわ!」という、聞きたくもない陽気な声が聞こえてきた気がした。

 

嫌な予感が、背筋を駆け上る。あの二人が、ミカと一緒にトリニティに? 呼ぶならもっと他にマトモそうな人いたでしょ……!

 

駄目だ、その組み合わせは核融合を起こしかねない。早く合流して止めなければ!

 

「わかった、 すぐにそっちへ向かうよ!  絶対に、絶対に目を離さないで!」

『は、はい! お待ちしております!』

 

通信を終えた俺は、疲労も忘れて駆け出した。目的地はトリニティの中心部、ティーパーティーのいる庭園だ。

これから始まるであろう惨状を想像し、胃がキリキリと痛むのを感じながら、トリニティの美しい石畳を全力疾走した。

 

――――――――――

――――――

――

 

「ここがトリニティだよ! 綺麗でしょ?」

 

トリニティ総合学園。由緒正しきお嬢様学校。校舎は壮麗で、手入れの行き届いた庭園には色とりどりの花が咲き誇る。生徒たちの佇まいは優雅で、廊下を歩くだけで、ふわりと上品な紅茶の香りがするような、そんな場所だ。

 

「caspita……! なんて美しい建物なの……財団本部より豪華かもしれません!」

「うひょー! 見てくださいましレグルス様、ソネット様! あの窓ガラス! わたくしのポーションの入れ物に使えそうな、完璧な透明度ですわ!」

 

レグルスとサザビーは、子供のように目を輝かせながら、物珍しそうに周囲を見回している。そんな二人を見て、案内役のミカも嬉しそうだ。

 

「でしょー? 頑張ってお掃除してるからね! あっちのパティスリーに行けば、おいしいケーキが食べられるし、こっちの中庭は日向ぼっこに最高だよ!」

 

ミカが自慢げに案内していると、中庭の方から優雅な音色が聞こえてきた。お茶会の開催を知らせるBGMだ。

 

「あ、もうすぐ皆で集まるお茶会が始まるみたい。ねえ、みんなも行ってみない? ナギちゃんが淹れる紅茶は、すっごく美味しいんだよ!」

 

ミカの提案に、ソネットは恐縮しつつも頷いた。主賓でもない自分たちが、そのような高貴な集まりに参加していいものか戸惑いはあったが、好意を無下にする訳にもいかない。

 

「お茶会かあ……ドクターコショウがあるならいいぜ!」

「ティーパーティー! わたくし、参加してみたいです!」

 

レグルスとサザビーは、二つ返事で賛成した。

こうして一行は、お茶会が催されている庭園へと向かった。

庭園には、すでに多くの生徒たちが集まり、優雅なティータイムを楽しんでいた。白いテーブルクロスの上には、精巧な細工が施されたティーセットと、見るからに美味しそうなケーキやスコーンが並んでいる。まさに絵に描いたような、お嬢様たちの社交場だ。

 

「うわー、すっげ…… なんかこう、ヴェルティのスーツケースでやるより上品な感じだな」

 

レグルスは感心したように呟く。

 

「こんにちはー! 私たちにもお茶もらえるかな?」

 

ミカが声をかけると、何人かの生徒たちが振り向き、ミカの周りに集まってきた。

しかし、生徒たちの注目は、ミカの隣にいる見慣れない三人組にも集まった。特に、サングラスをかけたレグルスの姿は、この上品な空間ではあまりにも異質だった。

 

「ミカ様、こちらの方々は……?」

 

一人の生徒がおずおずと尋ねる。

 

 「んー、たぶん先生のお友達だよ! みんな、仲良くしてあげてね!」

 

ミカの言葉に、生徒たちは「まあ、先生の……」と納得したように頷く。先生という存在が、いかに信頼されているかがわかる瞬間だった。しかし、その穏やかな空気は、一人の自由な海賊によって、あっという間に破壊されることになる。

 

「うーん……、ここは上品でいいけどさぁ、ちょっとBGMがおとなしすぎやしないか?」

 

レグルスは、流れているクラシック音楽を指してそう言った。

 

「こういう場にはさ、もっとこう、魂を揺さぶるようなロックが必要だと思うんだよな!」

「え、ロック?」

 

ミカがきょとんとする。

 

「そうさ!ロックンロールだ! 音楽ってのはな、聴くだけじゃねえんだ! 体で感じて、魂で叫ぶもんなんだよ!」

 

そう言うと、レグルスはどこからともなく愛用のレコードとスピーカーを取り出し始めた。その手際の良さは、まるで手品師のようだ。

 

「レ、レグルス!?  いったい何を……!」

 

ソネットが慌てて止めようとするが、レグルスはニヤリと笑うだけだ。

 

「まあ見てなって、ソネット。アタシがこの上品なお茶会を、最高のライブ会場に変えてやるからよ!」

 

あっという間にセッティングを終えたレグルスは、スピーカーにマイクを接続すると、高らかに叫んだ。

 

「レディース・アンド・ジェントルメン! お嬢様方、堅苦しいのはナシだ! ティーカップを捨てて拳を突き上げろ! こんな所でウララララしないヤツはいないよなァ!?」

 

そして、凄まじいギターリフと共に、耳をつんざくような激しいロックミュージックが庭園に鳴り響いた。弦楽四重奏の優雅な音色は一瞬でかき消され、代わりに暴力的なまでのビートが、トリニティの清らかな空気を震わせる。生徒たちは、突然の文化の侵略にティーカップを持ったまま固まり、何が起きているのか理解できずにいた。

 

一方、サザビーは庭園に咲き誇る見たこともない花々に心を奪われていた。

 

「まあ、なんて美しいお庭なのでしょう! この花々……わたくしが読んだどの植物図鑑にも載っていませんわ!」

 

彼女は、特に目を引いた一輪の青い花の前にそっとしゃがみ込んだ。その花びらは、まるで宝石のように光を反射している。

 

「この花の香りは、わたくしの知る限り、氷の精霊(ウンディーネ)が流す涙の成分に酷似していますわ……。それにこの葉脈の走り方……地底に眠る幻の鉱石、スターサファイアの結晶構造にそっくり!」

 

サザビーの瞳が、探求者のそれへと変わる。淑女としての嗜みは弁えている。だが、その知識欲と好奇心は、常識の枠を軽々と飛び越えてしまう。

彼女は近くにいた生徒に、満面の笑みで話しかけた。

 

「ごきげんよう! ひとつお伺いしてもよろしいかしら? この素晴らしいお花を、分けていただけませんこと? もちろん、ただとは申しません。お礼に、わたくし秘蔵の『クソやべぇお肌つるつるポーション』を差し上げますわ!」

 

サザビーは善意100%で提案している。彼女の世界では、希少なポーションは黄金以上の価値があり、これ以上ない取引だと信じて疑っていない。

しかし、声をかけられた生徒は困惑するばかりだ。

 

「え、えっと……そちらはナギサ様が手塩にかけて育てていらっしゃるお昼にしか咲かない品種でして……とても貴重なものなので……」

「まあ、そんなに素晴らしいものが! でしたら、なおさらですわ! わたくしの神秘術とこの青い花が組み合わされば、きっと『超人的な力と不老不死を授ける奇跡の霊薬』が完成しますわ! これは、世界にとっての福音ですのよ!」

 

サザビーの話に、トリニティの生徒はついていけない。「ナギサ様のご許可なく、そのようなことは……」と尻込みするばかりだ。

 

「まあ、こちらの主の方は随分とシャイなお方ですこと。よろしくてよ、ならばわたくし自らご尊顔を拝しに参りますわ。Let’sら GO!」

 

そう言うと、サザビーは主催者であるナギサを探し始めた。その手には、説得(という名のプレゼン)に使うための様々な色のポーションが握られている。周囲の生徒たちは、得体のしれない液体を手に目を輝かせながら歩き回るお嬢様に、どう対応していいかわからず遠巻きに見ているだけだった。

 

ロックの洪水と、錬金術師による庭園の破壊。優雅だったティーパーティーは、わずか数分で混沌の坩堝と化した。

 

ミカは、目の前で繰り広げられる光景に、最初は呆然としていた。しかし、すぐに「なんかよくわかんないけど、面白ーい!」と目を輝かせ、レグルスのロックに合わせて体を揺らし始めた。このままではまずい。トリニティを滅茶苦茶にしてしまう。

 

ソネットは、このカオスを収められる人物を一人しか知らなかった。彼女は急いで通信機を取り出すと、救世主(トラブルメーカー)に助けを求めた。

 

『タイムキーパー! 私の通信が届いていますか?! 今すぐこちらに来てください!』 

 

――――――――――

――――――

――

 

「……どういう状況!?」

 

トリニティの庭園に駆けつけた俺は、目の前の光景に思わず叫んだ。

ワイ、咽び泣く。ソネットから無線で聞いていた通りの、いや、それ以上の地獄絵図がそこに広がっていた。何やってんだあいつら……

 

庭園の中央では、レグルスがどこからともなく持ち出した巨大なスピーカーで、「ティーパーティー乗っ取り! ロックンロール・パイレーツ・レイディオ! ノッてないやつなんている!?いねえよなぁ!?」と叫びながら、耳をつんざくようなロックミュージックを爆音で流している。

 

トリニティの生徒たちが、その激しいリズムに乗り始めて沸き上がっている。ミカも「いえーい☆」とノリノリである。君たちってロックでテンション上がるキャラだったっけ……?

 

一方で、サザビーは「このお花を使えば、素晴らしいポーションが作れますの!」と満面の笑みで、怪しい色と匂いを発するポーションを真っ青な顔のナギサに押し付けている。

 

「レグルス、おやめください! ミス・サザビーも、そのお花は!」

 

ソネットが必死に二人を止めようとしているが、自由奔放な二人に彼女の声は届いていない。まさにカオス。混沌。無法地帯。

 

「ソネット! いったいどうなってるの?!」

 

俺が声を上げると、ミカは目を丸くし、ナギサは眉をひそめ、ソネットたちは安堵の声を上げる。様々な感情と視線が、ヴェルティの姿をした俺一人に集中する。

 

しかし、その中で一人、静かに奥で紅茶を飲んでいた少女が、ティーカップをソーサーに置くと、ゆっくりと口を開いた。

 

「……やっと来たね。待ってたよ、先生」

 

ティーパーティー、百合園セイア。

彼女は、まるで全てを知っていたかのように、落ち着き払った声で言った。トリニティのトップ3であるセイアが、この見知らぬ淑女を「先生」と呼んだ。なんでお前まで分かるんだよ……まだ予知夢使えたの君?

 

「ヴェルティ=先生」という、ありえない等式が、その場にいた全員の頭の中で強制的に結びつけられる。俺が内心で戦慄していると、セイアは慈しむような、それでいてどこか面白がるような目で俺を見つめた。

 

「君の外見も、声も、発している神秘の波長も、全てが『先生』じゃないと私の視覚は告げている。でもね……」

 

彼女は、自分の胸にそっと手を当てた。

 

「君から感じる魂の色は、紛れもなく先生の色なんだ。魂っていうのは、姿形が変わっても、1000年経っても変わらないものだ」

「……それに、私のヘイローが囁くのさ。 あなたは先生で間違いない、とね」

 

そう言って、セイアはソネットたちの方へ視線を向けた。ソネットは、その言葉の意味を理解できず、ただ戸惑っている。ヘイローが囁くって何だよ……

 

「えっ!?えええっ!?  セイアちゃん、この綺麗な人、先生なの!?  イケる!私的には全然アリだよ!」

(ちげーよ!……とか言いてぇけど、その通りなんだにぇ……) 

 

ミカが、興奮で目をキラキラさせながら叫ぶ。

ソネットは、自分たちが「ヴェルティ」と呼んでいた人物が、この世界の「先生」という立場であることを察し、混乱の極みに達している。

そして、この混沌の中心で、ただ一人、静かに、しかし確実に怒りのボルテージを上げていく人物がいた。

 

「……先生、でよろしいのですよね? 少々、お時間いただけますか?」ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

桐藤ナギサ。ティーパーティーの女帝。彼女は完璧な笑みを浮かべていたが、その瞳は全く笑っていない。右手にはティーカップが、左手にはロールケーキが握られていた。

そして、その隣に座るセイアは、くすくすと肩を震わせ、今にも笑い出しそうなのを必死に堪えている。

 

「ナギサ、あまり怒らないであげなよ。見ていて面白いじゃないか」

「セイアさん、今回ばかりはそうはいきません。 先生、まずはこの状況を収拾なさい。さもなくば、この特製ドリルロールケーキを、上下のお口に文字通り『ぶち込み』ますわよ……?」デッデッデデデデンッ

 

その声は静かだが、逆らう者を絶対に許さないという、絶対零度の圧力を伴っていた。

このままでは、俺だけでなく、ここにいる全員がナギサの粛清対象になってしまう。オォン!アォン!

 

(おかのした!)

「わ、わかったよ!」

 

俺は悲鳴に近い声で返事をすると、必死に事態の収拾に乗り出した。レグルスのスピーカーの電源を強制的に切り、サザビーの手からポーションを取り上げる。

 

「おい! 何するんだよヴェルティ! 今、一番いいところだったのに!」

「そうですわヴェルティ様! あと少しで、究極の万能薬が完成したのですわよ!」

 

文句を言う二人をソネットに任せ、俺はナギサに説明と謝罪を初めたのであった。

 

――――――――――

――――――

――

 

 ……数分後。

 

(すいませへぇぇ~ん!)

「本当に、申し訳ありませんでした……」

「全くです。それにしても、先生。あなたという方は、いつも厄介事を持ち込んでくれますね」

 

ナギサは、心底呆れたようにため息をついた。

 

「メスに堕ちて襲われたなどと……そもそも、なにが先生の純潔ですか。元からあって無いような物ですし、これ以上傷ついてもたいして変わらないでしょう?」

 

(なんだとぉ……?)

「なんだって……?」

 

(ふむ……確かに毎度別の女性と過ごしているから、私もてっきり、とうの昔にゾルト〇ークされて、チュッパ〇ャプス済みだと認識していたよ。 まだ初物だったとは驚きだ)

(えっ、てことは、私にも初めてを狙えるチャンスがあるのかな?)

  

俺の魂の叫びは、しかし、彼女には届かない。

結局、俺は平身低頭で謝罪し続け、後日ナギサの元で一日中パシリをするという約束をすることで怒りを鎮めることに成功した。そして、ソネットたちをこれ以上キヴォトスに置いておくのは危険だと判断し、シャーレに連れ帰って彼女たちをスーツケースに押し込み、元の世界へ転送した。

 

ホラホラホラホラ、終わり!閉廷!以上!皆解散!

 

――――――――――

――――――

――

 

嵐のような一日が、ようやく終わった。だが、最大の問題がまだ残っている。

 

「このままでは、色々な意味でまずい。どうにかして、元の姿に戻る方法は……」

 

シャーレに戻り、俺はヴェルティの体で途方に暮れながら残業をしていた。『男に戻る方法』とか検索しているが、この異常事態を解決するヒントは見つかりそうにない。

 

全知全能ことヒマリにチャットで相談してみたのだが、検査するという名目で俺の薄着の自撮りを送らされただけで、結局は解決しなかった。えっち煩悩に改名しろよアイツ……

 

その時、ふと普段あまり開かないアプリを思い出した。Fate/Grand Order。人理修復の物語。

 

「そういえば、FGOには性別変更機能があったような……」

 

これだ。まるで、暗闇の中に差し込んだ一筋の光。藁にもすがる思いとは、まさにこのことだ。

俺は、震える指で、そのアプリをタップした。

頼む、戻ってくれ……! 俺の、俺の体に戻ってくれ……ッ!

その願いが通じたのか、タブレットの画面が、強く発光した。




レグルス
和名:パブロフグラサンカイゾク
 
せつめい
音楽が大好きな、自由な海賊。おとなしい場所にいると、急に大音量でロックを流し始める習性があり、光の屈折を操ることができるため捕獲は特に困難を極める。
普段は宙を浮くリンゴと行動を共にしており、よく海賊ラジオで革命を起こそうとする。
 
のうりょく
絶対音感:どんな上品な音楽も、強制的に自分のロックで上書きするぞ!
瞬間設営:どこからともなくレコードとスピーカーを取り出し、一瞬でライブ会場を作るぞ!


サザビー
和名:パブロフハイポオジョウサマ
 
せつめい
とっても上品なお嬢様。だが、見たことのない植物や動物を見ると、すぐに「これでポーションを作りますわゾ~!」と言い出す。彼女が作るポーションは、大抵はとんでもない騒動の引き金になる。

のうりょく
ポーション錬成:何ができるかは、サザビー本人にもわからない!
淑女の圧:善意100%の笑顔で、無茶な要求をゴリ押しするぞ! 断れない!
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