ソシャゲの掛け持ちをしまくった結果がこれだよ! 作:じゅうじキー
「ふぃー、おわったンゴ……今日はありがとうねクロコ」
「ん……先生、お疲れ様」
真夜中のシャーレに響くペンの音。俺は本日の当番、クロコ(シロコ・テラー)と共に、ようやくすべての仕事を片付けることができた。
さすがに連日同じような仕事をしていると、作業スピードも上がって日付が変わる寸前には仕事を終わらせることができるようになっていた。
「もうこんな時間か……。クロコ、何か食べにいかないかい? 今日のお礼に奢るよ!」
「……それじゃあ、駆けつけ一発、先生の疲れ〇ラをもらおうかな」
「それは嫌です……」
「ん、冗談だよ。 この時間に食べると太っちゃうし、体に悪いからもう休んだ方がいいよ、先生」
「そ、そうだね……。なら、そろそろ休ませてもらおうかな」
「それがいいよ、先生。……じゃあ私は帰るね。おやすみ、先生……」
そう言ってクロコは、シャーレを去っていった。
俺はよろよろと立ち上がり、執務室の隅にある、来客用の大きなソファへと歩み寄る。早めに仕事が終わったとはいえ、異世界を股にかけたトリプルブッキング業務によって疲れ果てた俺は、まるで断頭台へ向かう罪人のような足取りでソファにたどり着くと、そのまま倒れ込むように体を沈めた。
かったいクッションが、疲弊しきった俺の体を受け止めてくれる。ああ、もうこのままでいいや。明日からのことは、明日の俺がなんとかしてくれるだろう。たぶん。
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~♪~~♬~
心地よい鼻歌が聞こえてきて、ふと意識が浮上した。
時間の感覚は曖昧だが、よく眠れた気がする。だが、何かがおかしかった。
後頭部に、ソファのクッションとは違う、確かな弾力と温もりを感じる。そして、どこからともなく聞こえてくる、静かで、それでいてどこか切なげな鼻歌のメロディー。それは、まるで遠い宇宙の孤独を奏でているかのような、不思議な音色。
目を開けると、誰かが俺を膝枕してくれていた。
視界に映ったのは、メイド服のような意匠の上品な服。そして視線をさらに上にやると、月のように静かな光を宿した瞳が、優しく俺を見下ろしていた。
夜空のような髪色。どこか儚げな表情。そして、無重力のようにふわりと漂う、特徴的な雰囲気のその少女は――。
「……ボイジャー?」
リバース:1999。二十世紀の様々な時代を逆行する「ストーム」の謎を追う、あのゲームに登場するキャラ。宇宙に打ち上げられた探査機の名を持つ旅人。
そのボイジャーが、なぜか俺の頭を膝に乗せ、優しく膝枕をしてくれていた。
……ホワイ?! ホワイ!?
思考が完全に停止する。何がどうなってこうなった? 俺はシャーレのソファで寝たはずだ。別ゲーのキャラを連れてきた覚えはないし、なんか仕事が増えそうだったから3つのアプリ以外は開いてもいない。膝枕の感触がすごく柔らかくて気持ッちええが、それはそれとして、なんで?
「ぼ、ボイジャー、どうしてここにいるんだい? というか、どうやってここに……」
「……?」
俺が混乱していると、ボイジャーはこてん、と不思議そうに首を傾げた。その表情は、まるで「どうかした?」とでも言っているかのようだ。
状況を把握するために、俺はゆっくりと上半身を起こした。見渡せば、そこは間違いなくシャーレの執務室。窓の外にはキヴォトスの青い空が広がっている。
では、なぜここにボイジャーがいるんだ? 俺が寝ている間に、そっと忍び込んで膝枕をセッティングしたとでもいうのか? だとしたら完全に事案である。
どうする? どうすればいい?
このままでは、まーたエクシアやWのようなトラブルが起きるかもしれない。どうやってこの世界に来たのかは知らないが、とにかく彼女を元の世界に返さなければ。
方法は一つ。俺が彼女の世界――リバース1999にログインし、彼女を元の場所に連れ戻す。俺はボイジャーに「ちょっと待ってて」と伝え、恐る恐るタブレットを手に取った。
「ぼ、ボイジャー。 君がどうやってここに来たのかわかんないけど、ここは君がいた場所とは違う世界なんだ。 連れていくから、元の場所に戻ろうか」
「……♪」ニコ……
どうやら大人しくついてきてくれるらしい。ええ子やね、君……
ホーム画面に並ぶ、見慣れたアプリの数々。その中の一つ。俺は彼女の手を引き、赤毛の少女が映るアイコンに、俺は意を決して指を伸ばす。
アプリをタップした途端に、視界が光で覆われ、いつもの浮遊感に襲われた。
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「わぷっ」
次の瞬間、俺はアンティークなソファの上に倒れこんでいた。
回りを見渡すと、物静かでどこかレトロな雰囲気の部屋が広がっている。ボイジャーも隣にいたので、ちゃんと着いてきてきてくれたみたいだ。
「ここは……、スーツケースの中? ……ん?」
はて、俺はこんな声だっただろうか? いつもと違う綺麗なアルトボイスが出ている気がする。それに心なしか視線もいつもより低いような……
「あー、あー、まいくてすと……」
まさか。
……なんかヤな予感が、背筋を駆け上った。
俺は、近くの壁にかかっていた姿見に、自分の姿を映してみた。そこに立っていたのは、見慣れた社畜男の姿ではなかった。
そこに広がっていたのは、仕立ての良い、クラシカルで洗練された英国紳士風のスーツ。そして、そのスーツを纏う体は、明らかに俺のものではなかった。すらりとした手足、華奢な肩幅、そして……胸に確かな、しかし控えめな膨らみ。
それは、ゲームの中で何度も見てきた、『リバース:1999』の物語の主人公であるタイムキーパー、「ヴェルティ」の姿だった。
(ッ!?!? どういうことなのこれ?!?!?)
「……これは、どういう状況だろう?」
俺の魂の絶叫は、しかし、口から音として紡がれることはなかった。代わりに俺の唇から漏れたのは、冷静で落ち着き払った、凛としたCV奈〇美さんボイス。
なんということをしてくれたのでしょう。思考は俺のままなのに、体と声が完全にヴェルティになっている。内心のパニックと、外面のクールさのギャップがひどすぎて風邪を引きそうである。
「……ふふ」ガチャ……
「あっ、ボイジャー、まって……」
ふとボイジャーの方を見ると、彼女は部屋の扉を開けて、何処かへ行ってしまった。いやどうしてこうなったのか説明してくれよ……(泣)
『わわわ……! 大変です! 先生が女の子になっちゃいました! なんかちっちゃくてかわいいです!』
タブレットを見ると、アロナが画面の中でじたばたと慌てている。無理もない。さっきまで男だった奴が、数分後には麗しい淑女になっているのだから。しかし、その隣にいたプラナは、冷静だった。
『落ち着いてください、アロナ先輩。 おそらく転移シーケンスによって世界を跨ぐ際に発生する、いつもの
『な~んだ。 つまり先生のスキンが変わっただけってことですね! 今のお姿の方が可愛いですから、いっぱいスクショしておきましょうプラナちゃん! (そうだ、後でえっちなイラストにして売れば儲かるのでは?)』
やかましいわ。お前ら、調子に乗るんじゃない。あと最後のやつはマジでやめろ。訴えられるぞ。
「……! お帰りなさい、タイムキーパー。 長期任務から戻られたのですね!」
突然、先ほどボイジャーが出ていった扉から、凛とした、それでいてどこか生真面目な少女の声がした。そこに立っていたのは、折り目正しく制服を着こなした、赤毛の少女――ソネットだった。ヴェルティの忠実な助手であり、財団の優秀なメンバーだ。ボイジャーも一緒に戻ってきており、どうやらソネットを呼びに行っていたようだ。
彼女は俺(ヴェルティ)の姿を認めると、安堵したようにふわりと微笑んだ。その表情からは、俺の帰りを心から待ちわびていたことが伝わってくる。
「……ただいま、ソネット。留守の間、変わりはなかった?」
つい、ヴェルティの口調で返してしまう。もうヤケクソだ。どうにでもなれ。
ソネットは、俺の言葉にこくりと頷くと、手にしていたファイルの束を差し出してきた。
「はい、特に大きな問題はありません。……ですが、タイムキーパー。ご不在の間に確認を要する書類がひとつあるんです。大変恐縮ですが、ご確認のうえ、サインをいただけますでしょうか」
で、出たー!出ましたよ、ソシャゲ名物・
どいつもこいつも、俺の顔を見るなり書類を突きつけてきやがって。俺は判子を押すためだけに存在する機械か何かかおおん? うんざりしながらも、差し出された紙を受け取る。
しかし、その厚みは、ラピやケルシーが持ってきた絶望的な山脈に比べれば、束と呼ぶのもおこがましいほど、薄っぺらいものだった。
……はて、これ一枚だけ? A4用紙一枚ペラ? 何かの罠か? 裏にぎっしり書いてあるとか?……書いてないな。
「……これだけ?」
「はい?」
「いや、その……、溜まっている書類は、これだけなの?」
俺が不思議に思って尋ねると、ソネットはきょとんとした顔で首を傾げた。
「はい。タイムキーパーに直接ご確認いただく必要があるのは、こちらの機密情報に関わる一件のみです」
「えっと、他の業務報告や経費申請の類は……?」
「ああ、そちらでしたら、すべて私と他のメンバーで処理しておきました。財団の内部規定に則れば、それらの案件はタイムキーパーを煩わせるに値しませんので」
…………ほえ?
「滞在していたメンバーの素行調査報告も、任務中の備品損耗リストも、次の〈ストーム〉に関する予備調査の予算案も、全て規定通りに処理済みです。ご安心ください、タイムキーパー」
…………マ!?????!?!?!???!?
……死亡確認!俺の社畜としてのアイデンティティ、死亡確認!
俺は衝撃のあまり、ヴェルティのクールな仮面を貫通して絶叫しそうになった。なんということだ、この娘……優秀すぎる! これが……これが本当の組織運営……!
これまで俺が渡り歩いてきたシャーレ、アーク、ロドスでは、どんな些細なことであっても、全ての責任と業務が俺一人に集中していた。それなのに、ここでは!俺がいない間に、部下が自主的に、しかも完璧に仕事を片付けてくれているだとぅ!?
これが、本来あるべき組織の姿ではないのか。俺が今まで経験してきたのは、全て異常なパワハラ組織だったのではないか?
「ソネット……」
「はい、タイムキーパー」
「君は……女神?」
「……へ? め、女神、ですか? い、いえ、私はタイムキーパーの助手であり、財団の一員にすぎません。 長期任務で疲れていらっしゃるのではないでしょうか……?/////」
突然の賛辞に、ソネットは顔を真っ赤にして狼狽えている。生真面目な彼女の、年頃の少女らしい反応が可愛らしい。 いっぱいちゅき♡……
俺は促されるまま、唯一残っていた書類にサインをする。ヴェルティの姿だからか、筆跡も流麗で美しいものになった。ふっしぎー。
「ありがとう、ソネット。助かったよ」
「いえ、当然のことをしたまでです。……それより、タイムキーパー。長旅でお疲れでしょう。よろしければ、お茶でもいかがですか? 新しく、上質なアッサムの茶葉が手に入ったんですよ」
ソネットは、そう言って微笑むと、手際よくティーセットの準備を始めた。スーツケースの中に設えられた、アンティーク調の洒落たキッチンから、やがて心地よい紅茶の香りが漂ってくる。
気が付くと、ボイジャーもソファに腰掛けて、満足そうに瞳を細めて眺めている。きっとご機嫌なのだろう。
ああ、なんと穏やかな時間なのだろうか。ア゛ー……生き返るわぁ……。
これまで経験したどの世界とも違う、静かで、満ち足りた空気。鳴り響くのは業務連絡の着信音ではなく、ポットでお湯が沸く音と、食器の触れ合う軽やかな音だけ。まるで実家のような安心感。
「ソネット、私は……ここに住むよ。 絶対に」
「は、はぁ……ここは元々、あなたのスーツケースだと思いますが……?」
俺は心に固く誓った。シャーレの書類も、アークのラプチャーも、ロドスのケルシコも、もう知らない。俺は今日から財団の一員として、このホワイトな環境で、優秀な部下たちと共に、穏やかな日々を送るのだ。ヴェルティの姿のままだが、そんな些細なことはもはやどうでもいい。はい、解決。OK。問題ない。大丈夫です。うん。OK、問題ありません。大丈夫です。
「お待たせいたしました、タイムキーパー。 ミス・ボイジャーもどうぞ」
ソネットが淹れてくれた紅茶は、芳醇な香りと深い味わいで、疲弊しきった俺の心と体にじんわりと染み渡っていく。うまい!うまい!(炎柱)
まさに天国。地獄の社畜ロードの果てに、ようやくたどり着いた理想郷。
俺がそんな感傷に浸っていた、まさにその時だった。
ピロン♪ ピロン♪
タブレットから、空気を読まない軽快な通知音が鳴り響いた。この音は……モモトークだ。絶対にそうだ。俺の顔から、さっと血の気が引いていく。まずい。せっかくの穏やかな時間を、地獄からの使者に邪魔されてたまるか。ブーブー!お前の席ねぇから!
「タイムキーパー? その……板のようなものから、奇妙な音が鳴っていますが……?」
ソネットが、不思議そうに俺の手元を覗き込む。この世界には、まだこんなハイテクなタブレットは普及していないはずだ。俺は慌ててタブレットを隠し、作り笑顔ヴェルティver.を浮かべた。
「あ、ああ、これはその……ある人からもらった、オルゴールのようなアイテムだよ。時々、こうして気まぐれに音を鳴らすんだ」
「オルゴール、ですか……? しかし、先ほど光って文字が映っていたような……」
「た、たぶんそういう仕掛けなんだと思う。 光る・鳴る、最新式のDXオルゴールなんだ。 そういうことにしておいて……!」
なんという苦しい言い訳。だが、純粋なソネットは「そ、そうなのですね……! 世界には不思議な道具がたくさんあるのですね」と、あっさり納得してくれた。危ない危ない。
しかし、通知は止まらない。画面には、トリニティ総合学園、ティーパーティーの皆からの呼び出し通知が、嫌というほど点滅している。
(なんでや!俺は休みたい言うとるやろ!空気読めや!)
「私は休みたいのだけど……」
しかし、無視するわけにもいかない。連絡を放置すれば、ティーパーティーの皆が血相を変えて乗り込んでくる……いや、このスーツケースの中にまで追っては来られないか? いやいや、油断は禁物だ。ケルシーが世界観を貫通してこちらを認知したように、奴らの執念は時空をも超えかねない。俺は断腸の思いで、席を立った。
「すまない、ソネット。少し、野暮用を思い出したよ。すぐに戻る」
「えっ、タイムキーパー? どちらへ……」
「大丈夫。本当に、すぐ戻るから」
俺はソネットとボイジャーにそう言い残し、出口へと向かう。ヴェルティとして振る舞うことにも、少し慣れてきた。
そして、外へと足を踏み出すと、白黒の壁と菱の紋章がある部屋に出た。どうやら今いるここは、財団の施設内にある休憩室だったようだ。スーツケースが部屋の真ん中に置かれている。
「……仕方ないけど、シャーレに戻るとしよう」
これからまた始まるであろうデスマーチに億劫な気分になりつつ、タブレットのブルアカアプリをタップした。
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「ふみゅっ」
まばゆい光とともに、体に衝撃が走る。シャーレに戻ってきたようだ。
ふぅ、と体を起こし、さてどうやってトリニティまで行こうかと考えた、その時。
「……ん?」
目の前の窓ガラスに映る自分の姿を見て、俺は絶句した。そこにいたのは、いつもの俺の姿ではなかった。優雅な英国紳士風のコートに、銀髪をまとめてシルクハットを乗せている。……ヴェルティの姿のままだった。
(ちょっと待って!何これ?!!)
「どうして……?!」
心の中のツッコミが、音速を超えて炸裂する。なんで姿が元に戻っとらんのや!永続的なデバフかなんかなのこれ!?もうめちゃくちゃだよ……。こんな美しい淑女の姿で、どうやって先生ヅラをしろと言うんだ!
「ん、先生。 今日の当番をしに来たよ」
入ってきたのは、銀髪に狼の耳、そしてオッドアイの目をした少女。砂狼シロコ。今日のシャーレ当番であり、俺が今会いたくない生徒の一人だった。
シロコは、部屋の中にいる見知らぬ女性(俺)の姿を認め、ぴたりと動きを止めた。その灰色の瞳が、訝しげに俺を観察している。絶体絶命。だが、ここで諦める俺ではない。数多の地獄を潜り抜けてきた社畜の知恵と、ヴェルティの上品な見た目を最大限に利用し、この危機を乗り越える!
「……こんにちは。あなたも、先生に会いに来たの?」
俺は、できるだけ優雅に、できるだけ他人行儀に話しかけた。ヴェルティの落ち着いた声が、我ながら完璧だ。
「ん……あなたは?」
シロコの声は、平坦で感情が読めない。
「私はヴェルティ。しがない旅人だよ。ここの責任者である『先生』に用事があって訪ねたのだけれど、どうやら不在みたいだね」
完璧な言い訳だ。どうだシロコ、これなら不審に思うまい。
「ん、そうなんだ。先生、またどこかに行っちゃったのかな……」
シロコは意外にもあっさりと納得したようだ。ヨシ、うまくいった!
「先生が居ないから、私はこれで失礼するよ」
今のうちに逃げる!俺はシロコに背を向け、颯爽と執務室から立ち去ろうとした。
俺はヴェルティです。通してください。
しかし……
「待って」
背後から、低い声で呼び止められた。
振り返ると、シロコの瞳が、まっすぐに俺を射抜いていた。その目には、獲物を狩る狼の、鋭い光が宿っていた。
「……何か、用かな?」
「ん。あなた……、もしかして先生?」
「ッ?! いや、だから、私はヴェルティだと……」
「違う」
シロコは、俺の言葉を遮った。
「あなたの見た目も、声も、匂いも、この眼に映る全ての情報が、あなたは『先生』じゃないと告げてる。……でも」
「私の魂が、それを否定してる。細胞の一つ一つが、あなたは『先生』だって叫んでるの。……ねえ、さっさと認めなよ。あなたは、先生でしょ!」
キッッッッッショ!!!! なんで分かるんだよ!?
なんだその理屈!?魂が叫んでる!?ニュータイプか何かか!? それとも新手のスタンド使いか!? 背筋に、冷たい汗が流れる。だが、まだだ。まだ認めん。俺はヴェルティだ。 馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前この野郎!(天下無双)
「……何を言っているのかな。人違いだよ。 私は女だし、どこからどう見ても、私は先生ではないでしょう」
俺がしらばっくれ続けると、シロコはふぅ、と小さくため息をついた。そして、諦めたように呟く。
「ん、わかった。先生じゃないんだね。……じゃあ、昨日でかシロコと先生が一発シてたってこと、皆に伝えてくる」
「待ってシロコ!? クロコとは昨日は何もなかったから!」
「ん? どうしてそんなことが分かって、私の名前を知ってるの?」
「あっ…………」
言ってしまった! 先生としての条件反射が、ヴェルティという上品な皮を突き破って、いつものノリでツッコミを入れてしまった! ああ、もうめちゃくちゃだよ!もう……知らない!こんな……うん……。
しまった、と思った時にはもう遅い。目の前のシロコの顔が、ぱあっと輝いた。その表情は、確信に満ちている。
「私は名乗ってないのに名前を知ってるし、でかシロコをクロコなんて呼び方するのは一人だけ……やっぱり先生だね」
俺は、崩れ落ちるようにその場に膝をついた。終わった。完全に、終わった。
「な、なんで分かるのシロコ……」
「何言ってるの。愛、愛だよ先生?」
「なぜここで愛……?」
シロコは、そんな俺の前にしゃがみ込むと、うっとりとした表情で俺の顔を覗き込んできた。
「ん、あくまでしらばっくれるつもりだったんだね。先生、悪い子。……もう、〇すしかなくなっちゃったよ」
「嘘でしょう……?」
俺が悲鳴を上げると、シロコは嬉しそうに立ち上がった。
「さあ、お仕置きの時間だよ。 これから私と二人で、ハッピーラブラブセッ〇〇をするよ」
「ッ?!」
シロコは無言で俺に掴みかかってきた。その動きは俊敏で、力強い。これがスーパーキヴォトス人の力か?!
「ま、待って! 早まらないでほしい!」
「ん、大丈夫。先生がバ美肉おじさんになっても、私は気にしない。とりあえず前後の初めては私がもらう(迫真)」
やだ!小生やだ! 俺は必死に抵抗し、もつれ合いながら床を転がる。シロコのディフェンスをなんとか突破し、執務室のドアに向かって走り出した。
「待って、先生!
この子やっぱり変態じゃないか! 頭にきますよ……(憤怒)
俺はシャーレを飛び出し、全力疾走する。背後から「ん、待て♡」という恐怖の追いかけっこコールが聞こえてくる。 バカヤロウ逃げるぞ!シロコ相手じゃ分が悪い!
こうして、貞操を賭けた地獄の耐久レースが始まったのであった……
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――――――
――
静まり返ったシャーレの執務室。
そこには、主を失った年季の入ったスーツケースだけが、ポツンと残されている。
やがて、そのスーツケースが、内側からゴトッと音を立てた。
ゆっくりと蓋が開き、中から赤毛の少女、ソネットが顔を覗かせる。
「……タイムキーパー? 一体どこへ……こ、ここは……?!」
スーツケースの中から出て、初めて見る光景に目を見張る。近代的な、しかしどこか財団とは違い温かみのある部屋。どこまでも青く澄み切った空。
「ここはいったい……? 財団の外? それに、この空気……澄みきっている……」
ソネットが呆然と呟く。
シャーレの外では、一人の淑女(俺)と一匹の狼による、世にも奇妙な追いかけっこが繰り広げられていたことを、彼女はまだ知らない。
そして、この異世界の来訪者たちが、キヴォトスに新たなるカオスの種を蒔くことになることも、まだ誰も知る由はなかった。
ソネット
和名:パブロフアカゲユウトウセイ
せいそくち
聖パブロフ財団、スーツケース
せつめい
仕事がよくできる、つよくてかしこいいぬ。鳴き声がとても美しいのが特徴。
ふだんはとても真面目で涼しい顔をしているが、ヴェルティオンナタラシに褒められると顔が真っ赤になってしまうかわいい習性があるぞ!
のうりょく
家事進行パーフェクト:
主が居ない間、すべての仕事をカンペキにこなしておく事ができるぞ!
いい子の優等生:
命令は絶対! たとえそれが授業をサボるための隠れ場所を探す「かくれんぼ」であっても、真剣に、全力で取り組むぞ!