思考の海
「ナカモト博士。我々はかなりの期間、君たちのチームに多額の出資をしてきたが何一つ成果を出せていないではないか。いったいどういう事かね!」
「申し訳ありません」
「謝罪が聞きたいわけではない。訳を話したまえ!」
アークの内政がやっと安定してきた頃にはかなりの時間が経っていたがそれでもなお、茨の園を管理していたナカモト博士のチームたちは何一つ成果を出せないでいた。
「まさか茨の園が不良品だったのか?」
「いえ、茨の園は問題なく稼働しております。想定された以上の成果を持ち出せています!」
「ではなぜなにもないのだ!」
「抽出した設計図は愚か、言語さえも理解できない状態でして暗号化された言語を解読している状態です」
「暗号だと?」
「説明しますと…」
ソーン脳内の情報量は既に人間の脳が保有できる要領を遥かに越えている。そんな状態でなぜ問題なく活動できていたのか。
それは無意識のうちに脳内情報を暗号化し圧縮して無理やり納めていたからだ。
これを取り出すのがソーン本人なら何の問題もないがそれを無理やり抜き出して他人が見るのならそれは悲惨な事になる。
ソーン独自のアルゴリズムで構築された暗号。
独学で知識を手にしたため、本人しか理解できない造語の嵐。
特異な思考回路。
そもそも技術が先を行きすぎて理解できない知識の数々。
彼女の頭の中こそ真のブラックボックスであったのだ。
「この1年間、ずっと研究してきましたが彼女の頭の中にどれ程の情報量が内包されているかも分からない状態でして」
「つまりなんだ、計画は成功したがヤツが化物だったと言うことか?」
「はい…」
上層部は思わず頭を抱えてしまう。
「最短で技術を手に入れる方法は?」
「彼女を茨の園から解放し助力を得ることです。これほど最速の方法はありません」
「…やるか?」
「馬鹿か!」
会議室の空気が変な方向に動き出した時に保安長官が怒声を挙げる。
「そんなことすれば奴がどう動くか分からんぞ!最悪、始まるのは虐殺だ!」
保安長官は最後にソーンに蹴られた腹の痛みを思い出しながら声を荒げる。
「出来る限りの武装解除は済ませたが素手でも奴の脅威は変わらない!他に方法はないのか?」
「シャンブロは既に起動、稼動しており手を出せば殺されます。回収したナイチンゲールを分解しようとしましたが突然起動、大暴れしまして護衛についていたニケ10機は大破、研究員も全員病院送りにされました。他の開発品もブラックボックスが徹底的に破壊されており解析不能です」
「我々の…これまでの苦労はいったい…」
「今後もあらゆる手段を模索するつもりです」
ーー
地上、アーク付近の峡谷。
そこに静かに立っていたのは白い外套を纏ったスノーホワイトであった。
彼女の視線の先には地面に突き刺さったヒートサーベルがあり、辺りを見渡すと無数の残骸が乾いた大地に散乱しているのが分かる。
「……」
無言のまま彼女は辺りを歩き、たまに砂に埋もれた残骸などを掘り起こして見ていく。
「3人か…」
記録で見たソーンの装備一式とニケの残骸が3人分。
それらを観察していると地面に違和感を感じる、何かを引き摺った跡が風に吹かれて流れた砂に埋まっている。
(逃げた奴がいる…)
その跡を見ながら歩くとそれは廃棄されたシェルターにたどり着いた。スノーホワイトは拾ったヒートサーベルを手に持ちながらゆっくりとシェルターの中に入る。
「…やはりな」
「貴様は…スノーホワイト…」
シェルターの床でなんとか座っていたLは突然の訪問者に驚きながらも身動き一つしなかった…いや、出来なかった。
「全身のフレームが折れているようだな」
「そうだ」
「…」
顔はフルフェイスのヘルメットに覆われ表情が確認できないが声色から僅かな怯えを感じ取っていた。
Lの全身のフレームはソーンによって破壊し尽くされ、Lは芋虫のように必死に1ヶ月以上の月日を経てシェルターまで這いずっていたのだ。
「よくラプチャーに見つからなかったな」
「それは思った。少しは神のようなものを信じたくなったが…ここまでようだ」
プシューっと言う音と共にヘルメットが外れ、素顔が露になる。
鋭いアイスブルーの瞳にグラデーションのかかった紺色のウルフカットの素顔が露になる。
「今の私はもがくことしか出来ない」
「殺すつもりはない」
「そうか、だが話を聞けば殺したくなるぞ」
「ソーンと殺り合った事か、それとも私たちを殺そうとした事か?」
Lは黙る。
「峡谷の状況、ソーンの状況、私たちがアークから受けた結果を考えればある程度の状況は推測できる。完全とはいかないが修復できる。その代わりに教えて欲しい、なにがあったか」
ーー
「…ル」
「ううんぅ…」
「ウル!」
「んぁ?」
待機室で熟睡していたプロダクト12は仲間の怒鳴り声でめんどくさそうに起きる。
赤色のアイマスクを取るとそこには怒った表情のソルジャーE.Gが眼前にいた。
「いつもいつも寝て!」
「眠いから仕方ないだろ?」
「ほら、街の巡回の時間がもうすぐよ!」
「はいはい」
ゆったりと立ち上がったプロダクト12は大きく伸びをすると体をほぐしながら歩くと他の隊員たちも話しかけてくる。
「テイラー通りのドーナツ屋が新作出したんだって」
「マジか。それ食べながら行こうよ。俺が払うからさ」
「ウル!」
「へぇ~い」