「そうか…それで用件は?」
ソーンは対艦ライフルを杖のようにして立ち上がり、エレガント立ちでオスワルドと対峙する。
「足を怪我されているのなら無理なさらず」
「気にするな。ゴッデスは他人の前では無敵で完璧でなきゃならんのさ」
「…分かりました」
胸を貫かれ、膝を砕かれ、装備を全て失おうとも彼女の覇気は変わらず。何事も無かったと錯覚してしまう程であった。
「リブラ部隊が貴方と交戦を始めたと報告を受け、急遽派遣されました。上層部の命令は貴方の脳の回収、またはソーンの逮捕です」
「らしい命令だ。俺の脳みそだけが欲しいんだろうな」
予想通り過ぎて笑えてくるしそれをそのまま伝えて来る彼に対してもソーンは悪くない感情を持った。
その命令を遂行しようとするなら、兵力を携えて数の力で押せば良い、満身創痍のソーン相手なら有効な手だろう。
「逮捕か…俺は人類にかなり貢献したはずだがな。どんな罪で逮捕されるのかね?」
「度重なる命令無視、人間への攻撃は立派な罪状です。その上、中央政府直属部隊を壊滅させ、ヘレティック研究所ではアナキオール及びエイブの脱走を幇助しましたね」
「参った。心当たりがありすぎる」
確かに脅してきた中央政府のやつらの腕を粉々にした事もあったし、リブラ部隊を壊滅させたのも間違いない。シンデレラの件もそうだ。
「それにしてはニケが見当たらないな」
「武力に頼った結果がリブラ部隊です。それが壊滅した今、貴方を止める手段はほとんどありません」
「だから対話によって自ら投降するようにするか…お前みたいにしっかりと話してくれりゃこんなことにならなかったのにな」
上層部は大嫌いだが別に従わないつもりもない。現に正式に依頼されてきた事はしっかりやり遂げている。従わないのは、やって当然と言わんばかりに偉そうな奴と何かしらの弱みを利用しようとする奴らだけだ。
「それにしても1人はないだろう。派遣された割には信用がないんだな」
「先日のシンデレラ討伐作戦で失敗したので信用はあまり無いでしょう」
「そうか…お前だったのか」
この前、ミアが持ってきてくれていたオールドテイルズとゴッデスの近況についての資料を提供してくれたのがオスワルドだと確信するとソーンも警戒を解く。
「まぁ、お前を振り切って俺がアイツらの所に行ってもなにも変わらないだろう」
例えアークがお前たちを殺そうとしていると知ったとしても彼女たちは動かないだろう。せめてアークの封鎖が完了するまで。
「リブラ部隊に付与される予定の作戦は封鎖作戦には不可欠なものです。恐らくそれはゴッデス部隊に依頼されるでしょう」
「延命は成功したわけだ」
ひとまずの時間稼ぎにはなった。だがこの先、また彼女たちが騙されて抹殺されるか分からない。
「交渉次第でアークの一員には出来ないか?」
「戦争が終われば英雄は危険な存在です。だから消す、短絡的ですが効果的な案です。死んだ英雄ほど扱いやすいものはありません」
「それがアークの選択か…。バカどもは戦争が終わったと考えているのか」
地下に追いやられてもなお、そんな考えとは。
「貴方が着せられている罪で最も厄介なのはヘレティック・アナキオールの脱走幇助です。上層部の切り札と言っても良いでしょう。ゴッデスのソーンが関与しているとなれば当然、ゴッデス部隊にもその罪がおよぶでしょう」
「なるほど、人類の裏切り者として大義名分を得ると。しかも向こうのさじ加減で」
こういうのだけは頭が回るのだなと笑いながら話す。
「それで?俺に囚人研究員として働けと?」
「新設された研究機関《M.M.R.》の最奥。アトラスルームに《茨の園》と呼ばれる記憶抽出装置があります。貴方の脳をシステムに組み込み無限の研究を行わせるための装置です」
「そんなもの造ってるからラプチャーに負けるんだよ。オールドテイルズもそうだったが下らん権力争いでどれだけの期間、研究所でシンデレラたちが足止めされたか。本当に馬鹿げている」
「…否定はしません」
「良いだろう。入ってやるよ茨の園に」
「本気ですか」
表情が分かりにくいオスワルドであるがその声色でかなり驚いているのが分かる。
「茨の園に入れば貴方はシステムに組み込まれる。ニケとして…いえ、生きるものとしての尊厳を全て踏みにじられるのですよ。貴方の脳が使えなくなるまで雑に扱われるでしょう」
「仲間が…人類が救えるなら安いもんだ」
「本当に、貴方たちは…」
「ただし、条件がある」
ーー
後日、中央政府
「条件は以下の通りです」
1 ゴッデス部隊の生存
封鎖作戦終了後、アークからゴッデス部隊に対して危害を加えないこと、加えようとしないこと
2 封鎖作戦の全面的な援助
食料、弾薬全てに置いてゴッデス部隊が封鎖作戦を万全な状態で遂行できるようにする事
3 技術悪用の厳禁
ソーンの技術は人類のため、地上奪還の速やかな遂行のためにのものである。それ以外に使うのならばアークは代償を払うことになる。
以上、3項目を了承、遂行しなければいかなる、全ての手段を用いてアークへの協力を拒否し、武力行動も辞さない。
「最後の最後までワガママな女だ」
「しかしそれで抵抗することなく茨の園に入るのだ。悪くあるまい」
「ソーンの身柄は?」
「封鎖は作戦の遂行、ゴッデス部隊の生存を見届けたら姿を表すと明言しております。その間、ゴッデス部隊と合流はしないとのことです。」
「条件を飲むしかないか…忌々しいヤツめ」
中央政府上層部は苦虫を噛み潰したような顔で彼女の条件を了承するのだった。
ーー
「そうか…助かったよ。オスワルド」
「いえ」
オスワルドが用意したシェルターで体を修理していたソーンは彼からの通信を受け取りひとまず安堵する。
「しかし、本当にあれに入るのですか?」
「二言はない。確証はないがアイツらなら人類の為に身を捧げるのには躊躇わないだろう。だから俺もそうするだけさ」
「分かりました。では、私は封鎖作戦のゴッデス部隊の支援を担当することになりましたのでこれで失礼します」
「お前も損な役回りだな」
「いえ」
通信画面越しにオスワルドは敬礼をする。
「ゴッデス部隊に感謝を」
「あぁ」
ーー
それからしばらくして、封鎖作戦は無事に終了直前にアークに入り、全員が無事であることを確認したソーンは無数の武器を突きつけられ、拘束されながら中央政府に出頭した。
茨の園まではオスワルドが案内してくれたが大勢がいる中で二人の間に会話はなかった。
「これです」
アトラスルームは部屋一つ分の広さであった。
ナカモト博士の指示で見た先には棺のようなものと部屋中に巡らされた配線を見て。
「雑な仕事だな…」
ソーンの独り言に博士は少しばかり怒りを露にしたがすぐに収まる。
「逃げ出すと思っていたが来たのは褒めてやる。ソーン」
「これはこれは、保安長官殿。無能の恥さらしがよく顔を出せたな…っ!」
保安長官に殴られたソーンは切れた唇から血を流しながら笑う。
「おい、なんで時計なんて着けている。全ての装備を解除している筈だろう」
「検査はしましたがそれはただの時計です…危険は」
「ソーンは優秀な技術者だ。その時計に何かあるかもしれん。取り上げろ!」
オスワルドの言葉に耳を貸さない、保安長官はソーンから腕時計を取ろうと手を伸ばすと蹴り飛ばされる。
「触るな、穢らわしい」
「ぐっ、肋骨が折れたぞ」
スノーホワイトから貰った腕時計に触られたくなかったソーンは声を荒げる。
「この!」
「お止めください」
拳銃を取り出した保安長官の前にオスワルドが立ちふさがる。
「何をなさるつもりですか」
「人間を攻撃するニケなどヘレティックとなにも変わらない」
「彼女の生死は保安長官だけの一存では決められません。しかるべき場で議論すべき議題です。そして、その場はもうありません」
「…っち」
不満そうな保安長官は退室させられ粛々と装置に設置されるソーン。
「なにかありますか?」
「いや、ない」
「……」
「さよならだ」
ソーンは拘束されたまま意識を失いシステムに組み込まれていくのだった。
ーー
アーク監視所
封鎖作戦が終了しゴッデスはアークから見放された。
オスワルドの最後の言葉を聞いたゴッデスたちは絶望に包まれていた。
「ソーン…ソーンならなんとかしてくれる筈です。その為にハロを寄越したのでしょ?」
最後の通信を聞いていた時、かつてソーンの脳を保管していたハロがボロボロになりながらも自力で監視所にたどり着いていたのをスノーホワイトが発見した。
それが一つのメッセージが記録されているのを全員が確認していたのだ。
「とりあえず…聞いてみよう」
スノーホワイトはハロを操作しメッセージを再生する。最後の希望に祈るように手を合わせるドロシーはメッセージの最初でさらに絶望する。
「ドロシー、ラプンツェル、スノーホワイト、紅蓮。今まで通信も寄越さず、会いに行けずに申し訳ない。俺個人としてはすぐにでも駆けつけたかった。そして、このメッセージを聞いている頃には俺はもう死んでいるだろう」
「え?」
ドロシーは膝から崩れ落ち、ラプンツェルも手を震わせ、スノーホワイトは拳を強く握る。
紅蓮はなにも言わずにただ話の続きに耳を傾ける。
「俺は出生不明のニケだったが分かったことだけ端的に伝える」
ソーンがかつてゴッデス暗殺を目的として造られたニケであったこと、ソーン擬きの件でそのデータがまだ体に残っている可能性があること、その可能性がある以上、会いに行けなかったことを話す。
もし仲間に手を掛けてしまえば自分は自分を許せなくなるとそれが怖くて会えなかったと声を震わせながら詫びる彼女の心情を察して全員が黙り込む。
「なんで死んだかは言えない。言ってしまえばお前たちはたぶん、アークを滅ぼしたくなるだろうからな。そんな姿は俺は望まない、人類の希望、勝利の女神たるお前たちには似合わない姿だ」
思考転換を得て、記憶を失ってから会えなかったソーンの言葉を聞いて冷静沈着なスノーホワイトは静かに涙を流した。
「リリスもレッドフードも死んだが俺たちの中では生きている。ゴッデスの黄金の精神は不滅だ。まだまだ困難な状況を押し付ける俺を許してくれ…最後に愛してる…みんな」
メッセージが終わってからしばらく沈黙が続いた。
「突然、アークから通信が来たのはソーンがなにかしてくれたと言うことなのでしょうね」
「そうだね。知らずうちに支えてくれたのだろう、せめて酒の一つでも飲み交わしたかった」
ラプンツェルと紅蓮は静かに呟く。
「ここを離れよう。アークの入口が危険にさらされる」
「ソーンを殺したアークの心配をするのですか…我々を見捨て、ソーンを殺したアークを!」
終始泣いていたドロシーの叫びにスノーホワイトは沈黙する。
「スノーホワイトの意見に賛成です。もちろん、怒っています。私たちを見捨てただけでなく、ソーンにも手をかけたのですから」
「そうだね、だが聞いたであろう。ソーンは私たちに復讐を望んでいない。」
「それは…っ!?」
悔しそうに歯噛みするドロシー。
「クイーンを殺し、使命を完遂する。それが私たちに出来る唯一の手向けだ」
「納得できません。リリスも、レッドフードも、ソーンもあれほど人類に身を捧げながら捨てられたのですよ。無駄死にしたのですよ!」
「無駄死にではない。人類は守られた…今は、それで良いんだ」
「なにが!」
「私も!」
努めて、冷静であったスノーホワイトの怒声にドロシーは黙る。
「私も悔しい、腹が立つ」
スノーホワイトは一筋の涙を流しながらドロシーを見つめる。記憶の奥底で一瞬だけソーンが不敵に笑う姿がスノーホワイトの脳裏を巡った。
「しかし、私たちはゴッデスだ。勝利の女神、人類の希望ゴッデスなんだ」
スノーホワイトの言葉にドロシーは再び崩れ落ちる。
こうして第一次ラプチャー進攻における彼女たちの物語は終わり、新たな舞台の幕が上がるのだった。