こんにちは、ライターの佐藤エイです。
突然ですが皆さん、法廷画って見たことありますか?
テレビや新聞で裁判のことを扱う時、「被告は神妙な面持ちで……」とか「裁判長から◯◯と求刑され……」といった時にイメージとして挿入される、あのイラストです
こういうイラストのことです。ほとんどの人が「ああ〜!見たことある!」と思ったのでは?
……そう、法廷画って何となく「こういう絵柄だよね」という共通イメージがありませんか?
どうして同じ絵柄ばかりなんだろう? 鳥山明先生っぽいタッチとかゴッホ風とかの絵柄は無いんでしょうか? それとも何かルールが決められてるんだろうか? う〜〜〜ん気になる!
というわけで、実際に法廷画家の方をお呼びしてお話を聞いちゃいました!
小野眞智子
画家、イラストレーター。人物画をメインに多種多様なタッチを持つ。 TV番組、広告、雑誌、WEB、イベントでのライブペインティングなど幅広く活動中。
・なぜあの絵柄なの?
・どういう画材で描いているの?
・どれくらいの時間で描けるの?
気になってたことを聞いてみましたよ!
法廷画の絵柄のヒミツ
「本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「法廷画ってテレビや新聞で見ると似た感じの絵柄が多いな……と思ってまして。何かルールがあったりするのでしょうか?」
「絵柄に関してルールがあるわけではないですね」
「自由に描いていいんだ……鳥山明先生っぽいタッチとかゴッホ風でもOKってことですね? では、小野さんはどういった絵柄で法廷画を描かれているのでしょうか?」
「こんな感じですね」
「うわー! テレビとかでよく見る法廷画だーー!! うまーーー!!! 自由に描いていいのに、やっぱりこういう絵柄になるということは……小野さんは普段からこういう絵柄なんですか?」
「いえ、普段は全然違う絵柄で活動してますね……こんな感じです」
「全っ然違うじゃないですか!!! じゃあ『普段の絵柄』と『法廷画っぽいタッチ』を使い分けて描いているってことですか?」
「うーん、意識して変えているというよりは、法廷画はその性質上、誰が描いても『法廷画っぽく』なっちゃうという感じでしょうか」
「え? 性質上……そうなっちゃう???」
「法廷画は、見たままの事実を短時間で簡易的に描くクロッキーという手法で描かれています。見たままをアレンジなしで描くので、鳥山明先生だろうとゴッホだろうと、『クロッキーを描いて』と頼むと似たような絵柄になると思います」
「これがクロッキーです」
「うま!!!なるほど、法廷画がみんな似たような絵柄なのはクロッキーで描かれているからなのか……でも、そもそもクロッキーで描かなきゃいけないというルールはないんですよね? なぜみんなクロッキーで描くんでしょうか?」
「短時間で描かなきゃいけないから、というのが大きいですね。サッと描けて事実をありのまま伝えるなら、クロッキーが一番いいと思います」
「短時間というと、何時間くらいですか?」
「最短2分くらいかな……」
「にっ、2分ーーーー!???」
「あ、2分は法廷で使える時間ですよ。なので、2分で描いたラフを持ち帰って色を塗ったりはするんですけどね」
実際に描いてもらっちゃったぞ!
「じゃあ、例えば今『私のことを描いてください』ってお願いしたら、2分後にはラフができるってこと?そんなバカな……」
「ん~、佐藤さんは特徴あるので1分もかからないかな」
「1分かからない……!? だと……!?」
「試しに描いてみますね」
「え!!いいんですか!?」
「もちろん! え〜っと、丸いメガネをかけてて、髪が短くて、襟付きの服を着てて……」
チッチッチッチッチ……
シュババババババババ!!!!!!
「できました!」
「すご〜〜〜い!! 本当に1分もかかってない!! そして当たり前だけど上手い……! 知り合いがこのイラスト見たら絶対私だって分かりますもん」
「まだラフの段階なので、仕上げまでやるともっと似せられますよ」
「ふむふむ、数分でざっと特徴を掴んで、あとでちゃんと仕上げるって感じなんですね。インナーが黒だとか、シャツの素材がニットだとか、特徴がメモってありますね」
「法廷では写真が撮れないので、ちゃんとメモっておかないと、あとで色を塗ったりする時に困りますから」
「服の色とか素材ってそんなに重要な情報なのでしょうか……?」
「だって被告人が法廷に紺の服を着て来たのと真っ赤な服を着て来たのでは、印象が全然変わると思いませんか?」
「あ〜確かに!!!」
「世間に与える印象が法廷画のせいで変わってしまうと良くないので、事実をそのまま描くのが大事なんです」
「では、服がペイズリー柄だったらどうするんですか……?」
「ぐっ……! 考えただけで描くのが大変そうですが、ちゃんと描きますよ!」
「思ったんですが、法廷画が個性的な絵柄ではなく 事実をそのまま表現するクロッキーで描かれるのって……スピードの問題だけじゃなくて、画家の個性で印象を変えてはならないという面もあるんでしょうね」
大人の塗り絵:ペイズリー柄30枚
- Myao Lee
- 価格¥250(2025/11/10 11:18時点)
- 発売日2025/04/06
- 商品ランキング734,040位
「被告人が芸能人の場合ってありますよね?」
「ありますね。でも芸能人の場合は参考画像が多いのでむしろ楽かもしれません。その場で特徴を捉えきれなくても、ネットで検索するといくらでも画像があるので」
「なるほど、ホクロの位置とか鼻の高さとか、ネットで確認できるんだ」
「ただ芸能人の場合『似てないぞ!』って言われることもあるので、別の大変さがあるんですけどね……」
「先ほど法廷で絵を描くのは最短2分とおっしゃっていましたが、すべての法廷画がそんな短時間で描かれているのでしょうか?」
「裁判によって違いますね。例えば社会的に注目度の高い裁判だと大勢の人が見に来るので、法廷画家の人数分の席が用意されてないことがあって……」
「え!? じゃあどうやって描くんですか? 立って描く……?」
「仮に1席だけ法廷画家用の席が確保されてるとしたら、その席をほかの画家さんと交代で使います。誰か一人が絵を描いてる間、他の画家は外で待ってるんですね。持ち時間が限られちゃうので、それこそ2分で描かなければならないことがあります」
「超絶ハードモードだ!」
「無事に法廷内で絵(ラフ)を描けたとして、その後はどのくらいで仕上げるんですか?」
「媒体にもよりますし、初公判か判決かなどでも変わってくるんですが……新聞の場合、日中の裁判の絵を翌日の朝刊用に仕上げることが多いですね」
「カラー彩色まで含めてってことですよね? 全然時間ないじゃないですか!」
「いやいや新聞は時間ある方ですよ!」
「えーー!!そうなんですか!?」
「テレビだとその日の夕方のニュースで使ったりします。重大事件の判決だと裁判所前から中継することもあるので、その場合は数分で何とか見せられる絵に仕上げて、中継カメラの前にバッと出すこともありますね」
「ひえ〜〜〜!!!シビアすぎ!」
使っている画材は?
「色んなイラストの中でも法廷画ってちょっと特殊だと思うのですが、画材は何を使っているのでしょうか?」
「私の場合、線は鉛筆ですね。彩色などの仕上げは……」
「こんな感じで水彩を使ってます。たぶんこれが法廷画家のスタンダード装備ではないでしょうか。人によってはパステルやコピックなんかを使われている方もいますよ」
「法廷画ってデジタル画材は使われないんですか? デジタルなら修正とか色々と楽そうなのに」
「デジタルで描いている方もいますが……スピードが求められる法廷画だと私にはアナログの方が向いてると思います。ラグもないし(ラグ=デジタルで線を描いた時、画面に表示されるまでに時間差が生じること)、鉛筆なら広い面と細い線を瞬時に使い分けられるのも楽です」
「なるほど……突き詰めた結果のアナログなんですね!」
法廷画家ってどうやってなるの?
「元々裁判に興味があって法廷画のお仕事を始められたんですか?」
「いえ全く。初めて裁判所に行ったのもこの仕事始めてからですし」
「ではきっかけは何だったんでしょう?」
「知り合いのイラストレーターさんに法廷画をやっている方がいて、どういう描き方なのかとか色々と聞く機会があったんですね。でクロッキーは昔からよく描いてるって話したら、『じゃあ小野さんも、ホームページに“法廷画 描きます!”って載せてみたら?』と言われまして」
「まったく新しいことをやるって、勇気が要ったんじゃないですか?」
「ちょうど画家としての方向性とか成長とかで悩んでる頃だったので、やれることがあったら挑戦してみたいなと。試しに載せたら本当に依頼が来たという感じですね」
「法廷画家さん同士で交流ってあるんですか?」
「ありますよ。裁判所に行ったらいつもの方がいらっしゃるような感じなので、顔見知りになりますね」
「へ〜!いつもいる方が大体決まっているんですか?」
「このテレビ局はこの方、みたいなのがありますね。そういう方々はもう何十年もやっているような大先輩です」
「何十年も!長く続けられるお仕事なんだなぁ」
「人の入れ替わりが少ない業界ではありますね。私もキャリア20年くらいになりますし。ただ法廷画一本でやっている方というのは恐らくいないんじゃないかなぁ。皆さんほかの画業と兼業していると思います」
「なり方も働き方も特殊な世界だ……! 依頼というのはどんな風に来るんですか?」
「基本的にはテレビ局や新聞社からで、『この裁判のこういう感じの絵が欲しいです』というような形で来ます」
「……ちなみになんですけど、法廷画の報酬ってどういう感じで料金が決まるんですか?」
「人によると思いますが、私の場合は1枚につきいくらで固定ですね」
「被告人が1人の場合でも、31人グループのアイドル全員が被告人でも同じ値段ですか!?」
「はい。31人ズラッと証言台に並んでる光景は見たことないですけど、たぶん同じ値段になると……いや、31人はさすがにどうかな……」
「法廷画家あるあるみたいなのってありますか?」
「ニュースで裁判のことをやってて他の人が描いた法廷画が映ると絶対見ちゃいますね。特に自分も行った裁判の絵はめちゃくちゃ気になります」
「なるほど、自分の絵と比較してってことですか」
「あの人はあの場面をこう描いたのか〜とか、あそこ難しかったけどこうクリアしたのか〜とか、ほかの方の仕上がりを見るのは興味深いです」
「なんか、アスリートの話聞いてる気分になってきたな……高めあっているというか……」
「あ、でも本当にそうだと思います。時間内にいかにベターなものを描けるか、という仕事なので」
「裁判所に着いていきなりクロッキーを描くというのも、勘が鈍っているような感じがして結構難しいんです。なので1週間前くらいから手を動かしたりして、体をクロッキーモードにしてから当日に臨んだりしています」
「事前のウォーミングアップまで!ほんとにスポーツ選手じゃん……!」
「法廷の中では本当に時間がない中描かなければいけないので、失敗している暇がないんですよ。スムーズに描くためにも準備は大事だなと思っています」
「法廷画家のイメージがめちゃくちゃ変わりました! 想像以上にフィジカル勝負というか、闘っているような感じなんですね」
法廷画家の悩み、葛藤
「では最後の質問ですが、法廷画家として何か思いや悩みなどはありますか?」
「そうですね。今回は一般の方にも法廷画というものを知ってほしくて、できるだけ楽しい雰囲気でお話ししましたが……やはりその性質上、葛藤はあったりしますね」
「葛藤というと?」
「法廷画家は多くの裁判や、犯罪の内容、被害者の遺族の方などを見ることになるので……現場にいる時や絵を描いてる時は粛々とした気持ちで描いています。普段の、好きなイラストを描いている時とは向き合い方が全然違う」
「確かにそうかもしれませんね」
「だって被告人も、被害者も、関係者は決して『描かれたい』と思っているわけじゃないんです。私みたいな部外者がそんな場で絵を描いていいのか、と常に葛藤がありますね」
「なるほど……」
「一方で、凶悪な犯罪や悲しい事件があると、『なぜこういう事件が起きたのか』『防ぐ方法はなかったのか』と社会全体が不安になりますよね? そういう時、考え、前進するには、報道の力が必要になってくるのかなと。自分の絵がその一助になればって思いがありますね」
「確かに! 裁判の記事やニュースに絵がついてると雰囲気がつかめて、情報がスッと入ってきます。それこそ事件について考えやすいというか」
「そう言っていただけるとありがたいです。これからも葛藤しながら、事実を法廷画にして伝えられたら……と思ってます」
「20年続けてきた法廷画家の悩みや葛藤、考えさせられました。今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
まとめ
普通のイラストのお仕事とは全然違った法廷画の世界。全く知らなかった世界のお話は本当に興味深いものばかりでした!
この記事を読んだ後、法廷画の見方がちょっと変わるかも? 皆さんもぜひ注目してみてくださいね。