「厳しい現場です、1ミリも楽しくありません」
バイト募集とはまるで思えない看板。これを撮ったポストがX(旧Twitter)で瞬く間に拡散され、約17万いいねを集めた。
実はこれ、岐阜県大垣市を中心に5軒を構えるローカル中華チェーン「サンコック」の募集看板だ。
1984年に創業したサンコック。筆者はひそかに底知れぬ魅力に酔いしれてきた。
飲食店としては珍しいブルーを基調にしたデザインで、何やら「某キャラクター」にも似たキャラがお出迎えする。
メニューは写真ではなく、何やら独特の味がある「イラスト」で描かれている。
メニューには料理の写真ではなく、味のあるイラストが並ぶ
さらに「Lあか」「Sまぜ」など、「隠語」のような名前のセットメニューが百通り以上ある。
セットメニュー一番人気の「Cなし」を注文すると、「天津飯」に黄色みがかった白いあんがかかる。関東風の甘酢あんや関西風のしょうゆあんとも違う独自色のあんだ。
塩味のあんで口あたりがよく包容力もあり、たまらない味わい。しかも大ボリュームだ。
「汁なし担々麺」は、丸っこい太麺を使った一杯でこれまた食べごたえがあり、辛さ控えめで塩気の効いた、万人が楽しめる心地いいうまさ。
セットメニューなのにどちらが半量というわけではなく、どっちもレギュラーサイズじゃないか。腹がパンパンになり、大きな満足感に包まれながら店を出た。
そして、サンコックといえばトリッキーな案内看板でもひそかに名をとどろかす。
普通なら「○○店まで○km」と書くはずが、「雑巾がけで8分」とか、「ほふく前進で50分」とか、ユニークすぎて否応なしに記憶に残る看板が多数設置されている。
この看板は『探偵! ナイトスクープ』(朝日放送テレビ)で取り上げられ、本当に雑巾がけをしたら雑巾がけチャンピオンしか8分でたどり着けなかったため、「チャンピオンなら」の文言が入った。
筆者はサンコックの摩訶不思議な魅力を伺うため、大垣本店へやってきた。
迎えてくれたのは、創業者で代表取締役の中島克昌さん。大垣で今も語り継がれる老舗中華「満留美」で修業した一人でもある。
「1ミリも楽しくない職場」募集看板のワケ
「『厳しい職場です。1ミリも楽しくありません』という、バイト募集看板がSNSで大バズりしているんですけど……なんで書いたんですか?」
「よくあるバイト募集ではむっちゃ仲良さそうな感じで『働きやすい職場です』とか、『みんな和気あいあいです』とかありますよね? 私はどうも疑ってしまいまして……」
「みんながそんなわけではないだろうと」
「そう、なのであえて真逆で言ってみました。注目してもらえますし、『厳しい』は仕事をちゃんとやるアピールでもあり、バイトさんも覚悟して来てくれるじゃないですか?」
「なるほど……本店店長の宮本さんにも同席していただいていますが、面接に来るバイトさんも増えていますか?」
「…………」
「(増えてはいないのね……!?)」
「F-1で15秒」の道案内
「『雑巾がけ8分』とか、『新幹線で30秒』とかのおもしろ看板ですが……いったい誰がどのように考えて作ったんですか?」
「最初は瑞穂店ができたとき、私が好きなF-1に例えた『F-1で15秒』の看板を作りました。今では社長と専務をはじめ、みんなで案を考えます」
「面白すぎますね……」
「細かいことを書いても、車からは見てくれないので。存在が伝わればいいんですよ」
「いらすとやの絵柄もいい味出してますね。限られた予算で醸し出される面白さが……」
「あと、探偵! ナイトスクープで『雑巾がけ8分』の看板を見て、関西方面から来た方も多くいらっしゃいます」
地元の高校生考案の期間限定メニューが名物
「セットメニューですが、ただでさえ重量感のある料理が、セットでもレギュラーサイズが2つついてくるって……カロリーがとんでもないことになりませんか?」
ドーンと2つともレギュラーサイズで登場するセットメニュー
「とにかく腹いっぱい気持ちよく食べてほしいんです。お客さんは最低でもお腹いっぱいで帰します」
「『(北島)康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない』のもっとうれしいバージョンですね」
「うちはセットのシェアもOKなので、家族で好きに組み合わせて食べてもらえれば」
「単品の人気メニューベスト5はいかがですか?」
「1番は天津飯です」
「やはり。なぜ天津飯のあんが白いんですか?」
「私が修行した中華料理店・満留美の名物『五目そば』をサンコックでも出していたころ、定休日前に捨てていた塩味のスープを、片栗粉を入れて天津飯にかけるとうまくて。そこからメニュー化しました」
「大垣で語り継がれる『五目そば』の味を継いだ天津飯なのか!」
「2位は汁なし担々麺です。地元の井戸水から作った国産小麦で、小麦の香りとモチモチ感のある麺に辛くない甘みのあるラー油を合わせています」
「モッチリ太麺がうまいですね」
「3番が黒酢からあげで、4番目が麻辣麻婆。5位が稲葉さんの作ったチャーハン、『稲チャー』です」
しびれる山椒や、もやしたっぷりで思わず一皿に没頭するおいしさ
「……稲葉って誰ですか?」
「作ってくれた(当時)女子高生の名前です。城南高校(岐阜市)調理科だった稲葉さんが考えたチャーハンで、期間限定メニューで人気になりグランドメニューに昇格しました」
「すごい! なぜ高校生が考えたメニューを出すんですか?」
「地元の高校からコラボメニューの話をいただきまして。今は食べ物に関係する高校4校とコラボ商品を出しています」
「4校も?」
「高校生の皆さんは『中華』の固定観念がなく、独創的なメニューを作るんですよ。(注:取材時に販売していた)『二郎チャーハン』もベスト5に入るほどの人気です」
二郎系ラーメンの具材を載せたチャーハンに、黒チキンのハンバーガーまで
「夢がありますね、素人が考えたものがそんなに人気になるものなんですか?」
「うちが人気になりそうで、ピーク時の作りやすそうなものを多くのアイデアから厳選するので」
メニューの説明文が“投げやり”でスゴい?
「メニューの説明文がある意味すごいですね……全体的に『試行錯誤なんてしません』みたいな説明が多いんですけど、本当ですか?」
「何年も試行錯誤して作ったってうたう所もありますが、それはお客さんには関係ありませんから」
「思い切りがすごい……!」
「実際にはある程度組み合わせや味付けを調整しているんですが、その方が気を引いてもらえるかなって」
「『こんなに頑張ってません!』という捨て身のアピールが気持ちいいですね……。堂々と『パクリ(?)』と豪語するのも何だかすごい」
少しずつ変わるメニューの文が楽しい
「笑ってもらえると思って。でもこれ本当、正直なこと書いてます(?)」
隠語みたいなセットメニュー名は、優秀だった
「さっきの『Cなし』もそうですが、セットを隠語のようなメニュー名で呼ぶのは、なぜですか……?」
「これはオーダーを通すときに聞き取りやすく、覚えやすいようにする工夫です。アルファベットは比較的間違えにくく、聞き取りやすいものを選びました」
「略称は覚えればラクですからね。ただ、隠語みたいなメニュー名をバイトさんが覚えるのって大変じゃないですか?」
「アルファベットを少し覚えれば、ひらがなの部分は商品名の頭文字を取っただけなので、100通り以上のセットメニューの呼び方をすぐマスターできます」
メニューをイラストで描いた方が都合がいい
「あと……なぜメニューをイラストで描いてあるんですか?」
「実際の写真よりも、色付けも見せ方も自由なイラストで作った方がメニューが華やかに見えるんですよ」
「この作風すごいですね……写実的ながらも、イラストならではの迫力とポップさを兼ね備えていて」
「これ、実はうちの本店店長・宮本がデザインソフトの『Illustrator(イラストレーター)』で作っています」
本店店長&メニューのイラストも描くスーパーウーマン・宮本乃杏さん。広報まで担当し、この取材にも同席。デザイン系の学校出身だが、絵は「独学」とのこと
「ええ! これ、宮本さん描いてらっしゃるんですか!」
「あとは、写真だと『届いたものと違う!』とがっかりさせやすいので、イラストでイメージだけ伝えます。毎回メニューの立派な写真と同じ出来映えにするのは無理なので」
何かに似ている?イメージキャラ「トラジロウ」
「あの、何かに似ている虎のロゴが目立つんですけど、あの子は何ですか?」
「『トラジロウ』です。創業当時、企業のイメージキャラとして動物が多かったのと、私が昭和37年の寅年生まれなので、虎のキャラクターにしました。後年にデザイナーさんに作り替えてもらっています」
「『しまじろう』に似ているのでは……?」
「はい、よく言われます……ただし、中京テレビで弁護士さんにも見ていただいて、問題ないとのことでした。しまじろうに似せてその商品を売っているわけでもないし、比べると違う箇所が多いので」
「また、飲食店には珍しい『青色』がコーポレートカラーなのはなぜ?」
「中華は赤などが多いんですけど、ロゴマークの虎の黄色を引き立てるには自然と青がいいかなと思いました」
「あと、店内の戦隊ロボですよね……なんであるんですか、あれ?」
「私の息子2人に昔買い与えていたものに、私のコレクター癖が暴走して増え続けています」
「社長が集めていたんですか!」
「意外と好評でして、本店と揖斐駅前店のみに置いています。1号店の大垣本店には1号ロボ、2号店の揖斐駅前店には2号ロボを」
スタッフは「客からスカウト」する
「スタッフさんの半分が高校生で、年齢層がすごく若いのはなぜですか?」
スタッフの年齢層は10代がなんと48%。10~20代が4分の3を占める
「基本的に、スタッフはお客さんからスカウトします」
「ええ?」
「ご家族で食事している風景を各店長が見るんですよ。例えば、家族で楽しそうに食べていて、親子間の会話が多く、箸の持ち方ができていて、食事中にスマホを見ない子。食事の場はしつけの場ですから、見たらわかるんです」
「面接しなくていいんですか?」
「はい。しつけられたお子さんは、うちのルールだけ教えれば、しっかりと仕事してくれます」
「だから10代が多いわけですね。店長さんも一緒に働きたい人を選べますし、子どももスカウトされたらうれしいですもんね」
「あと、そもそもお客さんとして来てくれているので、うちをよく知ってくれていますし、親御さんも『ここやったら』って思ってくれます」
まかないから生まれた「オム炒飯」はチキンライスとはまた違ったヤミツキ感が
台風でも倒れない、大木のようなローカルチェーンに
「いつもにぎわっていて好調そうですよね。来年度の新店舗計画も動いていると聞きます」
「はい。ただし社員の教育が追いついてからだと思っています。伊勢神宮の大木のように、100年、1,000年と時間をかけてじっくりと根を張って台風が来ようが倒れない店にしたいですから。そのため、指定の料理を素早く作るタイムアタック形式の鍋ふり大会を年に1~2回行います」
ストリートファイターII風の画面。鍋ふり大会の猛者たちをInstagramで紹介する。ちなみにこれは鍋ふり大会を2連覇中の「専務」
「数々のローカルチェーンの中でも、トップクラスに面白い店だと思います。これからどうしていきますか?」
「岐阜の外食ならサンコックと言われるように、岐阜県では、1つの市に1店舗は作っていきたいと思ってます。そのために、今後も毎朝1時間半の掃除を欠かさずにお待ちしています!」
「最後まですごいこと言った!」
「飲食店は特別な場で、ピカピカな店内と気持ちのいい接客が当たり前なので。テーマパークに来たような時間にしたいと思っています!」
これは私がどうしてもサンコックの魅力を伝えたくて、ジモコロ編集長にお願いして取材させてもらった記事である。この他にも書き切れないことが満載なので、ぜひ岐阜に足を運んでもらいたい(店舗一覧はこちら)。
ちなみに2025年11月~2026年1月にかけて、お客さんが考えたメニューを実際に販売する、ユニーク極まりない企画が進行中。「ぜひ紹介して」とのことだったので、興味を持った方は送ってみてほしい。
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この記事を書いたライター
卓球と競馬と旅先のホテルで観る地方局のテレビ番組が好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当。著書に『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』 (PHPビジネス新書)。