大御所歌手の小林幸子(71)が10日、大親友のジュディ・オング(75)と生バラエティー番組「ぽかぽか」(フジテレビ系)にゲスト出演。小林の代名詞であるド派手衣装の〝原点〟は、ジュディの代表曲「魅せられて」(1979年)の衣装だと明かした。

 小林は10歳で歌手デビュー。かたや9歳で芸能界入り、11歳で俳優、16歳で歌手デビューしたジュディは、レコード会社が一緒だったこともあり、小林をデビュー当時から知っているという。

〝60年来の仲〟の2人は、ブレーク年が同じ79年。小林は「おもいで酒」、ジュディは「魅せられて」が200万枚と大ヒットし、年末大みそかのNHK紅白歌合戦にともに初出場した。

ジュディ・オングといえば「魅せられて」のこの衣装
ジュディ・オングといえば「魅せられて」のこの衣装

 ジュディといえば、扇状に広がる袖のついた「魅せられて」の白い衣装で知られ、扇状の袖の先を中指に引っ掛ける衣装が〝通常仕様〟だ。ところが紅白初出場時、ジュディは「つまんない」と言い出し、衣装デザイナーは「大きくしましょう」と提案。棒を持ち、手の長さよりさらに扇が広がるドレスが編み出された。両手を広げたら「3メートルになりました」とジュディは振り返る。

 小林はその後、NHK紅白に通算34回出場し、衣装はどんどん派手に。91年にはNHKでも初の宙吊りを披露し、衣装というより〝舞台装置〟と化していった。その原点は、実はジュディの「魅せられて」だった。

 初紅白の時、煌びやかなジュディの姿を見た小林は「その衣装の先生を(ジュディに)紹介してもらったですよ」とのこと。「それで私が衣装、後から『ちょっとそんな感じに作ってもらえますか』ってお願いして…。ごめんね、パクっちゃってね」と、小林はジュディに謝った。

羽生結弦がソチ五輪SPで着たこの水色衣装も永島正さん作
羽生結弦がソチ五輪SPで着たこの水色衣装も永島正さん作

 その衣装の先生とは、今は高齢で引退している永島正さん。小林の過去のブログによると「1960年~1970年頃の、紅白歌合戦の紅組のドレスは、ほとんど永島先生が作り、伝説になったほど」だとか。大御所歌手たちの衣装だけでなく「スケートの浅田真央ちゃんや羽生(結弦)くんのコスチュームも作っていらっしゃいました」。

 永島さんは、2000年代の荒川静香の衣装を制作し、その荒川の紹介で、羽生も衣装を任せるようになったようだ。14~15年のショートプログラム(SP)の衣装合わせで、永島さんが羽生とテレビに登場したことも。金メダルを獲得した14年のソチ五輪で、羽生がSPで着た水色の衣装も永島さん作だと、テレビで紹介されている。