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【エクシア訴訟・第3準備書面】 ― 誤認された構造を法と論理で再定義する ― 私が提出した「第3準備書面」は、エクシア訴訟群における誤解と混乱を法的言語で整理し直す試みである。この書面の目的は、感情や風評の層を剥ぎ取り、事実・法理・経済構造を再び「理性の文脈」に戻すことにある。 ⸻ Ⅰ.返戻率 ― 誤読された数値の再構造化 本書面の第一の焦点は、「返戻率」という概念の誤読にある。 返戻率は、本来「当該月に会社が受理可能な払戻申請の上限割合」を意味する内部経営指標であり、利回り・配当・運用益とは本質的に異なる。言い換えれば、それはLiquidity Gate(流動性ゲート)資金繰りの安全限界を可視化する、経営上の制御パラメータである。 しかし、これが「運用利回り」と読み替えられ、金融商品取引的な文脈で解釈されたことが、本件訴訟群全体の誤認の起点であった。 契約書・定款・重要事項説明書の明文は、いずれも元本保証・利益配当の不存在を明記しており、返戻率を“収益率”とみる余地は一切ない。それにもかかわらず、社会的文脈がその数値を“儲け率”として語り始めた。第3準備書面は、この誤読の構造そのものを法的に解体した。 ⸻ Ⅱ.評価額 ― 経営裁量と継続企業価値の正当性 第二の論点は「評価額」である。 未上場企業における評価は、未来のキャッシュフロー、パイプライン、事業資産、外部環境を加味した継続企業価値の推計である。 評価とは、「確定値」ではなく「予見可能性の統合」であり、経営者はその合理的裁量の範囲内で企業価値を定めることが許される。DCF(Discounted Cash Flow)は有効な一手法にすぎず、唯一絶対の算定式ではない。 もしこれを「恣意」「粉飾」と断じるなら、あらゆる企業評価は法的リスクとなり、資本主義そのものが成立しなくなる。 したがって、本件評価は「不正」ではなく「経営判断」であり、その差異を明確に峻別したのが、本書面の核心の一つである。 ⸻ Ⅲ.破産管財人報告 ― 推測の文書と証拠の境界 第三に、破産管財人の報告書に対して。 それはあくまで財団保全を目的とした暫定的意見書であり、民事訴訟における「一次的立証資料」には該当しない。 報告文中の「現時点では不明」「可能性が高い」「調査中」といった留保表現は、論理的に「推測の域を出ない」ものである。推測を証拠と混同すれば、司法は認識論的に破綻する。 法は「確定した事実」によってのみ人を裁く。第3準備書面は、この原理を改めて裁判所に喚起している。 ⸻ Ⅳ.大塚事件判決 ― 既判力の射程と事実基盤の非同一性 令和6年12月の東京高裁・大塚事件判決は、本件とは異なる事実構造のもとで形成された判断である。 同事件では、当社が当初から公表していた「返戻率は利回りではない」「配当制度なし」「削除・是正履歴」などの一次資料が控訴審に提出されていなかった。したがって、その判示内容を本件に機械的に援用することは、司法上の事実非同一の原則に反する。 司法判断は「事実と証拠」によって限定される。この自明の原則を、明文化して指摘した。 ⸻ Ⅴ.社会的要因 ― SNSと仮差押の連鎖的崩壊 2021年以降に発生した流動性の崩壊は、経営の不法行為ではなく、社会現象の連鎖だった。 SNS上の誤情報、仮差押の連続的提起、弁護士広告による拡散、報道の過熱、そして恐喝的圧力。 これらが同時多発的に発生し、いわば「信用のパンデミック」が起きた。 これは、民法709条の因果要件を断ち切る外因であり、被告個人の行為に直接的な違法性は認められない。 ⸻ Ⅵ.結語 ― 法的言語による修正 第3準備書面が目指したのは、単なる反論ではない。それは、誤認された構造を法的論理で修復する、「司法的エラーコレクション」である。 返戻率は利回りではなく流動性管理指標であり、 評価額は合理的経営判断に基づく推計であり、 破産報告は証拠ではなく、 高裁判決は別事件である。 この4点を明確に峻別することで、エクシア訴訟に漂っていた“印象と誤信”を法的次元に引き戻した。第3準備書面とは、「感情で作られた物語を、論理で終わらせる文書」である。