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Conversation

私は多感な時代を中高一貫の男子校で過ごしたが、同級生の多くは東大・京大・国公立医学部に進学した。 そんな彼らと、ここにきて彼らと会う機会が増えてきた。話をしていると組織に所属している友人はおおむね、今後の先行きが見え始めているようである。 私自身は、組織との相性が壊滅的に悪く、 早々に「ゲリラ戦」に転向した身だが、その後の毎日は楽しく過ごさせてもらっている。 そして、未来はここからさらに開けていくという確信がある。 一方、エリートコースをひた走ってきた友人と話すと、大企業の社長や役員を目指す者(or既になっている者)はともかく、多くはどのようにキャリアの幕引きを図るかと思案している様子。 私(規格外)も過去の履歴を遠望できるくらいの歳月を重ねてきたが、前半戦(中高大とサラリーマン時代)を振り返ると、ADHD由来の特性により、何をやらせても裏目しか出ない悲惨な状態だった。 そんなこともあって、ある時期までは同級生と比較しての不安感、出遅れ感、焦燥感が半端なかった。 ただ、それでも多読習慣によって触れてきた古典・自伝・評伝・年配者の方のエッセイなどにより、意識する時間軸が長期化されていたことが奏功し、絶望するまでには至らなかった。 さらには、人生いつからでも逆転できる事例に大量に触れてきたので、いつか自分も、と虎視眈々と機会を狙うくらいの挑戦心や闘争心は十分に残っていた。 起死回生のチャンスを狙っていた(=目標設定していた)からこそアンテナが立ち、行動力も生まれ、瀕死の状態から蘇生できたのだと思っている。 改めて振り返ってみても、「人間万事塞翁が馬」の故事はつくづく真実であったと感慨深く思っている。 いま苦しんでいるあなたも、時間軸を延ばし、微差を積み重ね、複利を味方につける意識を持てば、いずれ状況は好転する。 諦めたら試合終了。明るい未来を夢見ている限り大丈夫。私もそうして希望を胸に、生き抜いてきた。