ちらっと間違えて、下の文章を、まだ、何も書けていない段階で、公開のスイッチをクリックしてしまいました。それを、いったん保留にして下書きに置きなおして、時間を、充分にかけてから、公開をしようとすると、・・・・・記事がない・・・・・と、グーグルが言う事になってしまいます。
今まで、何千本もエッセーを、書いてきましたが、その内何本か、間違えて、公開して、のちに下書きに直したものが、あります。その数は、何百本にも、なるでしょう。しかし、それが、弾圧の道具として使われています。
銀座のうぐいすからと、google 検索に掛けると、たった、二つ目に、「記事がない」と、言う案内になるのです。それは、ともかく、私への弾圧の一種だと、思って居ます。で、どうして、そうなるのかを、考えてみると、いったん公開したものを、ひっこめたものを総称して、そういう事にしている模様です。
で、そういう攻撃下に在ると、言うのが事実なら、仕方がないので、できるだけ防衛をしようと思って居ます。というのも、誰かから、このブログの、噂を聞いて初めて入ってきた方は、『あれ、記事がないのだ』と、誤解をして去ってしまう可能性があるからです。それに、気が付いたのは、つい、数週間前の事でした。で、で、本日は、まだ、まだ、何も書けていないのですが、一回間違えて、公開してしまった限り、下書きへは、もっていかないで、公開へともっていって、今、夜の9時から、新記事を、書いて行きましょう。
~~~~~~~~~~~~~~
ところで、
このブログには、最近、暗い話ばかりが出てきます。それでね。その暗さを少しでも薄めるために、冒頭に写真を置くことにしています。本日は、単純な飾りではなくて、政治的に、非常に意味を成すもので、此の芸術家=保坂航子=を起点として、何人もの無辜の人が殺されています。ただ、彼女一人が責任者ではなくて、秋山祐徳太子が、武蔵野美大の先輩として大きくかかわっているのですが、それを、今回も丁寧に、説明をしていきます。秋山祐徳太子が、CIAエージェントであるがゆえに、こういう事となります。
何人もの無辜の人という中には、三浦春馬も当然含まれています。彼は、自殺ではなくて、他殺です。
最初に置いた写真を説明させてくださいませ。
これは、アーチストたちが、自分の研究成果を、発表する際に、来てほしい相手に、郵便で、送るはがきです。通常【個展の案内状】と、言います。今は、美術系も、専門家集団内では、作家というのですが、このブログはいろいろな分野の方がお読みいただいていると思うので、作家という通称を、私は使わず、芸術家と、言いますが、主役の芸術家は、保坂航子です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題1、『芸術家の作品写真をこのブログの世界で、提示するのは、内心で、忸怩たるものがある。
*1、私に月刊ギャラリーの連載を続けさせていたら、こういう事はしなかった。
*2、又、ご近所住まいの画家、大原光孝が、創形美術学校の後輩である、本田和博さんと、そっくりな絵を、大げさに拡大して、しかも、アクリル絵の具をべニア板の上に、単純に塗るという本物とは、似ても似つかぬ、粗雑な作品に直して、・・・・・・中島千波さんとか、酒井忠康氏、柏健さん等の、お助けを得て・・・・・院展の、春季展(三越)へ、入選とさせなかったら、ここに保坂航子のはがきを置く事はなかった。
その行為とは、美術評論家として、人気が出始めていた私をつぶすための、攻撃だったのだ。美術評論家の仕事を、充分にしかも安全に行う事が出来て居たら、ここに、特別に悪辣な、証拠品として、このいりや画廊の案内状を使う事はなかった。
しかも、この保坂航子のはがきを、この2020年8月4日眼科の手術後、武蔵小杉のホテルに泊まっている間に、合いかぎを持っている(大原光孝であろう?)と、思われる人間が、我が家に入れ込めなかったら、このはがきを、ここにさらすことは、絶対にやらなかっただろう。
そのほかの各種の攻撃=保坂航子からのヒステリックな大量メールを送付された事を含めて・・・・・そして、それが、原因で、ギャラリー山口のオーナーみつ子さんが、殺されたことを含めて、
実は、15~17名の、無関係な人たちが殺された出発点となっているからだ。三浦春馬も、そこからの延々続く、謀略の最新策として、殺されている。』
長い副題となりました。この一文で、言いたい事は、この二重ガッコ内で、殆ど言い尽くしています。これから、行間を埋めるという形で、その詳しい説明を下に置いていきましょう。つまり、今日は珍しくも倒置法で、文章を書いて居るというわけです。
それは、私の大原光孝という人物の悪辣さに対する怒りが、大きいからです。また、彼を支援する人々・・・・・伊藤玄二郎を中心とする鎌倉エージェント(=CIA側人物)と、中谷共二氏の次男と、それに協力する二階堂文化人たち(酒井忠康氏もそこに含まれる)と、銀座側、シロタ画廊と、ユマニテは、確実にこの件に、協力しているでしょうし、もしかしたら、ガレリアグラフィカの、栗田玲子さんも絡んでいるかもしれません。ただ、いりや画廊は、私の事は知らないと、思います。ただ、はがきを利用されただけでしょう。まあ、委細を聞かされているのなら、それは、却って好都合です。このはがきを今回の様な形で、私が使う事は、想定済み、および、了承済みでしょうから。
彼女が作品を展示している画廊は、いりや画廊と、書いてあります。台東区の、入谷に在る模様です。本当は、裏が作品なので、そちらも重要ですから、下に置きます。
彼女の作品とは、ギャラリー山口の初個展で、出会いました。上の写真よりも、もっと単純な彫りの石の彫刻が、数点、床においてあり、壁に、数点の写真と、詩が額に入って、展示してありました。
このブログは政治のブログなので、美術評論の場ではありません。ので、忸怩たる思いを胸に秘めながらも、この案内状を冒頭に置くわけです。副題2の二重ガッコ内に、書いて居る通り、大原光孝という人物が、我が家の合鍵を持っていて、我が家に10回は超える回数侵入して居て、今回は、このはがきを、我が家の一階に、置いて行ったと、言う可能性があるので、 このはがきをここに置くのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~
副題3、『なぜ、このはがきが、我が家の一階に、置いておかれると、それが、私への攻撃となるのかを、これから語りたい』
これから先に語ることは、CIAのアメリカ本部が、構成メンバーに渡す、法則集にかいてある事なのか? それとも、伊藤玄二郎一派が、考え出して、この鎌倉雪ノ下のご近所様が守っている法則なのかは知らないが、私の敵さん達は、私がその悪辣さを、書き表した人物が、私の目の前に現れると、私が、ビビるはずだと、言うのがあって、
わざと、私の目の前に、そういう人物を表すのである。最近、意図的に、私の周辺を、ウロチョロするのが、大原光孝、渡辺賢司、平木某の、三人だ。で、私は、それは、数年前から、気が付いている彼らの攻撃手法の一つなので、もちろん逆ザヤを張る。この三人が目の前に現れれば現れるほどに、三浦春馬は他殺だとの確信が深まっていき、
安倍総理の辞任が、何故、今なのかのミステリーも正しく解けるし、なぜ、菅儀偉氏が、ほぼ、自動的に次期総理に決まったというミステリーの解答も得られる。
ただ、何度も、それは、平気だと、書いて居るのにもかかわらず、彼ら、鎌倉エージェントは、それが、有効だと、信じて居る模様だ。で、美術家についても、もし、私が今、銀座の画廊巡りを以前と同じように、続けていたら、画廊、画廊のオーナー、又、そこで、個展をする芸術家などが、多数利用されたはずで、目の前に現れたことであろう。そう言う際に、銀座雀(鑑賞して回っている人物達)の一人として、よく利用をされるのが、平田清輝(これは、住所録が盗まれたので、漢字等が正しいかどうかが不明だが)、田代人士(又は、仕)などである。
で、保坂航子の案内状が我が家の、一階の目立たないところに置いてあったのも、そういう脅かしを狙った策の一つである。なぜ、保坂航子が重要かというと、今、・・・・・三浦春馬は他殺です・・・・・と言うシリーズを書いて居るからだ。三浦春馬は、7月17日に飛び降りたことになっているらしい。しかし、私は、8月20日まで、自分が、思う事を公開することを待った。私の誕生日がその日なのだが、その日を狙って、サヘルローズと組ませて【世界は、欲しいものにあふれている】に、登場させた。その日、以来、書き始めている。
しかし、その前にも、地ら、ちらっと、木村花は他殺ですとか、三浦春馬は他殺ですと、一行ぐらいは、書いて居るはずだ。そして、何よりも、伊藤玄二郎一派は、三浦春馬を殺した方の、一味なのだから、(実行犯は、警察の特殊部隊であるはずだが、アイデアは、彼等と警察庁内、ホワイトカラー族が作成した筈)私が近々、その詳細に、触れていくのは、わかっていた筈。したがって、ここで、保坂涼子(本名、今は、改名して、航子と名乗っているだけだ。同じ人物である。)の案内状を、我が家の、ひっそりとした場所に置いておくのは、充分な脅かし策になると、彼等が、考えたのも道理なのだ。どうして、そう言えるかというと、以下のブログにその詳細が書いてありますが、他殺へのテクニックとして、三浦春馬のケースと山口みつ子さんのケースが同じだからでしょう。私は、現場を見たわけではありません。しかし、勘の鋭い私は、大体、正しく状況を推察できるのです。しかも、山口みつ子さんが殺されたのは、貴方の恐ろしいメールのせいなのですよ。わかっているのかなあ?
保坂涼子はなぜ、航子と、名前を変えたのか? 理由は山口みつ子さん殺しだtの引き金パーソンだからです。
2018-10-11 20:16:25 | 政治 これを後注2とします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
副題4、『保坂涼子(今は、航子と改名をしている。無論の事、CIA連中に勧められているからだろうが、このいりや画廊の案内状にはデジャブーがある。ユマニテで、12月の、最終週に、手に入れたものだった。
::::::::::ここで、補遺を入れます。二月の個展をどうして、12月に宣伝をするかですが、ユマニテという画廊は、とても大きくて、有名な画廊なのです。その年末に、まだ、30代であろう、若手の彼女が、個展を開いてもらうのは、保坂涼子にとっては、大優遇中の大優遇です。それも、はっきり言えば、対・わたくしいじめに役立つからなのですが、一般のお客様は、そこまでの、事は知りません。彼女の個展は、地下室(いわゆる第二室で、小さな部屋)で、開催されるのですが、一階の方の大きな部屋で、50人近くの大作家が、小品を展示する、クリスマスシーズンでも、あるので、お客様が、いつもの週より多いのです。そう言う週に、芳名帳を置く台に、このはがきを数十枚置いてもらえるのは、本当にラッキーな事です。
私は、本当は、ユマニテには、もうよらないことにしているのです。それは、山口みつ子さんが、他殺であると、言う深層を書くに至った最大の動機が、ユマニテの、引っ越しを、一か月前まで、教えてもらえなかったことに在るからでした。これは、保坂涼子とは正反対の大冷遇です。そこまで、冷遇をされるのか。それなら、もう行かないと、決めたのでした。で、それ以降、芳名帳にサインを入れたことはありません。
しかし、画廊巡りの際に、その傍を通ります。で、このときみたいに、『ああ、クリスマスシーズンだ。オークションの週だ。いろいろな作家が、どういう風に変化しているかしら。それは、見てみたいなあ』と、思ってふらりと、一階の方だけに入る週はあるのでした。地階には、女性スタッフが、番をしているはずなので、寄りませんでした。金成悠子さんは特に意地悪でしたし。で、会いたくないです。保坂涼子にも無論会いたくないです。でも、芳名帳に、この【いりや画廊】の案内状が、積み上げられていたのは、覚えているのです。おお、チャンスを生かして、大宣伝をしているなあ。商売っ気たっぷりだ事とは、思いました。しかし、それを、私が、持って帰ったかどうかさえ覚えておりません。ましてや、それを、12月から、9月まで、一階の、12畳の部屋の、床に置いておくはずがないのでした。その理由は、下に書きます。:::::::::
一月に、恒例のごとく、息子が泊まりに来た。
息子の連れ合いの家では、新年宴会のあと、埼玉県に、
現在住んで居るお姉さん一家を優先するので、息子があぶれる。同じ鎌倉市内なので、「僕は、実家に泊まります」という事になって、必ず、この雪ノ下の家に、一人で帰って来る。そして、駅伝を見るために、次の日の朝、急いで、自宅へ帰るのだ。
息子の家からは、ちょっと歩けば、箱根駅伝の実物がみられる。茅ケ崎の海岸近くに住んでいるので、それが、可能なのだ。
その息子だけど、家を汚くしていると、ひどく嫌がるので、彼が来るときは、大掃除をする。だから、保坂航子のはがきを床に転がしておくはずがない。
これは、確かに、8月4日の夜か、18日の夜に、入れこまれたものである。すぐ、点検しなかったのは、他に忙しいことがあったのと、その場所の上に、室内干し用の、組み立てパイプが置いてあって、そこで、洗濯直後の、濡れたものは干さないのだけれど、乾いたものをつるしてある。衣替え用の、特にロングコート類を置いてある。しかも、ホコリよけの不織布カバーをかけてある。それが、20枚ぐらい下がっているので、その下は、普通の視方だと、全く見えない。それで、帰宅直後にそこは、点検しなかった。
私の家は、現在の所、33坪=109平米あるのだけれど、夫婦二人暮らしである。それに、油絵をかいて居ないし、版画も刷っていないので、一階の、16畳と、12畳は、ほとんど使わないでいる。将来そこを画廊喫茶か、個人美術館にしたいと思っているので、なおさらに使わない。そういう風に、使って居ない部屋のさらに、すみの一坪ぐらいのスペースに、衣替え用の、洋服が下がって居たりする、まあ、一種の物置化している部屋なのだ。
二階に、五畳のキッチンと、7.5畳の居間(フローリング)と、6畳のフローリングの洋間、4.5畳の和室があるので、ほぼ、二階だけで、生活ができるからだ。
其れに私は、他人の、個展の案内状を一階の床に置いたりはしない。それは、大体、半年ぐらいの研さんの跡が、現れているものなので、大切に扱って居る。二階のタンスの小引き出しに、最近のものは入れておいて、古いものは別の所に保存をしている。
そして、これは、お掃除を自分でする人間ならよく知っていると思うのだけれど、12月の最終週にもらってきたはがきが、9か月も床に転がっていたと仮定して、その表面にホコリ一つ、ついていないのは、おかしい。個展の案内状というのは、特殊なものを除いてコート紙で印刷されている。という事は、表面に薄く、プラスチックが張ってあるという事で、それが静電気の関係で、ホコリを呼びやすい。去年の暮れにもらってきたものが、床に、9か月も転がって居て、その上で、表面に、ホコリ一つないというのは、本当におかしいのだ。
沢口靖子の、科学捜査ミステリーではないが、こんなことは科学的に、証明ができることで、このはがきはつい最近、こっそりと、そこに置かれたものであろう。では、誰がそれをやったのか?
ここで、前報が重要になって来る。。
我が家からは、何枚もの絵が盗まれているのだけれど、警察の特殊部隊とか、安野忠彦・智紗夫妻が、それを盗むとは考えられない。盗んだ絵など、どこにも飾れないし、誰にも上げられない。だから、彼等は、盗まない筈だ。しかも、警官たちも盗むはずがない。私の家の中には、膨大な数の絵があるのだけれど、中には、銀座で、買った他人の絵もある。
それらを区別して、かつ、できのいい絵で、奥の方にしまってあるのを盗む。それは、画家でないとできない方法だ。この山には、絵が描ける人が、5,6人いるだろう。美意識の高い人が、5,6人は居る。しかし、人の家に入って絵を盗むことができる・・・・・そういう人格を保持しているのは、大原光孝しかいない。白井達雄さんには、画才があるし、色彩感覚も素晴らしい。しかし彼が合鍵を使って我が家に侵入するとは、思えない。
大原光孝という人は、スポイルドチャイルドの典型で、どうしてああなったのか?と不思議だったが、それも富沢夫人が、誰かに頼まれてだろうが、回答を教えてくれた。
「大原さんって、養子なのよ」と。それで、納得がいった。養父母というのは、遠慮がある。嫌われたら大変だと、言う思いがある。したがって、しっかりと、叱ることができない。それで、大原光孝という人物は、甘やかされた結果、親のお金を使う事と、お嫁さんのお金を使うという形で、生きてきて、一回も宮仕えをした事がない。画家というのは、絵が売れて、それが生活費になると、言うケースはまれなので、たいていは、美大を出た後で、一回は、サラリーマンになる。その内、もし、横尾忠則級の収入が入る様に、成れば、会社とか、学校を辞める。一方で、頭は、絵のためにだけ使いたいと、思う人は、田中一村みたいに、糸染工などの、肉体労働を臨時に行う。
大原光孝という人は、男性なのに、その両方をしない。したがって、お嬢さんに批判をされている。奥さんに批判をされているとは、彼本人からは、聞いたことはないが、白井達雄さんと、小野寺夫人のカップルが引っ越してきたとたんに、自分の夫が、別にエリートでも何でもないと、言う事に、奥さんの方が気が付いてしまった・・・・と、私には思える。したがって、奥さんは家出をしてしまった。昔、彼から、この山の「みんなが、川崎さんって、離婚をするよ・・・・・と、噂しているよ」と言われたので、これは、はっきりと言っておくが、「奥さんが家にいない期間が、私が逗子で、一人暮らしをしていた期間よりずっと長くなっているのではありませんか。おっちょこちょい目。心の中で、何を思って居ても、それは、その人の自由ですが、面と向かって、軽蔑やら、からかいを、当の相手に、投げつける馬鹿が、どこにいるのですか? スポイルドチャイルド目。社会性が、何もない」と、私は、考える。絵が売れなくても、絵描きであるのは、かまわない。だけど、生活力がないのなら、ゴッホとか、田中一村みたいに、未婚で、終わった方がいい。大原光孝さんの生き方というのは、相当に、中途半端で、あれなら、女の生き方と変わらないと、思ってしまう。
毎月キャッシュフローとしてのお金を持っている人に寄生して、生きて行こうと、言う形だから。ただし、今では、この・・・・・・合いかぎを持っていることでの、私への攻撃を行う事・・・・・・で、毎月、15万円程度を、警察から、もしくは、官房機密費で、もらっている・・・・・・かもしれない。最近、何か、うきうきした感じで、私の周辺をうろうろするので、そういう風に感じてしまう。
ところで、逗子で、一人暮らしをしていたのは、専業主婦から脱皮をするためだった。これだけのブログを書くのを、今では、一応の専業主婦業と、両立させながら可能になっている。それが、できているが、もし、あの逗子の一人暮らしの三年間が無かったら、とてもではないが、できないと、思う。主婦が、生活環境を変えて、真実の実力をつけるのは、容易ではない。
大原光孝が、私をからかってきたときも、私は顔色も買えずに、無視して置いただけだった。ばかばかしすぎて、まともに、対応すべき相手でもない。
~~~~~~~~~~~~~~~
副題5、『岸田淳平(本名 井上さん)からは、ピピっと、瞬間的に、逃げたが、怖がったからではありませんよ。私は、味方になってくれる可能性が無い場合、既知の人とは会話をしないことにしているのです。初対面の人ならともかく、すべて、既知の人には敵方の手が入って居ると、考えるからです』
ところで、大原光孝相手には、無視して置く。それで、すむ。ただし、この山の住民で、井上さん(ペンネーム岸田淳平)が、目の前に現れた時は、私は瞬間的に逃げた。
私が、鎌倉へかいものにでた時には、毎回、そこでお茶をする、小さな小さな喫茶店、Deli Frances に彼が、入ってきたからだった。そのときだけは、私は慌てて逃げだした。どうしてかというと、そこは、五人も入れば満席で、あとは入れないというほどに小さくて、しかも長居ができない。
もし井上さんと話をするのだったら、6時間かける五回は、ほしい。それ以外の邂逅だったら、無い方がましだと、思って居る。どうしてそう考えるかというと、井上さんは、品性も高いし、教養も高い、したがって、私は、自分を正しく理解をしてもらおうとするだろう。そのためには、15分ではとても足りない。しかし、その喫茶店で、長居していい時間は、せいぜい、20分だと思う。それだと、会話をしない方がましだ。私にとっては、自分が抱えて居る、真実は、北久里浜の大詐欺事件から、語り始めないと、説明ができない。しかし、彼は他人である。しかも既に、敵方の陣営に与して居るはずだ。
Deli Frances に、彼が現れたこと自体、敵方の指図の上だと、推察して居る。井上さんという人は、鎌倉市内では、喫茶店には入らない。普通の場合は、そうである。そこは、瓜南直子さん、とか、その事実婚の相手である、伴誠一郎さんとは、趣がだいぶ違う。プチ文化人として。お酒の席で、人との社交性を確保して、それで、更に知名度を上げるというタイプではない。相当なレベルで、自己が確立している人なので、他人におもねることは絶対にない。
井上さんは、相当に頭がいいので、私が、自分の言い方で、話を始めると、『あ、それは、例の鎌倉エージェントは、聞いてほしくないと、思う分野だな』と、すぐさまわかってしまうだろう。で、会話を切り上げられてしまうはずだ。で、何度も言うが、ビビったわけではない。ともかく、自分にとっては、何の時にもならない茶話会になると判断をしたので、逃げた。ただ、それだけだ。だが、例のごとく、誤解を受けた可能性はあって、誤解を受けたからこそ、18日にこの保坂航このはがきが入れこまれたのかもしれない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
午前二時に成ったので、これ以降はメモ書きとしておきます。後刻、詳細を、展開します。
ところで、ここから先、どういう風にして、大原光孝が、このはがきを手に入れたかを語ります。柄沢斉、シロタ画廊。ユマニテと、言う流れで、上流へたどったと、思われます。
雪ノ下住まいの画家にして、柄沢斉と師弟関係を結ぶ大原光孝が、新潟小二殺し、及び引き続くアメフト事案の起因者である
植木鉢を使った罠ー3・・・・・大原光孝、大原emiko 、佐野ぬい、佐々木来目夫、古村浩三、小野寺夫人
また、保坂航子が、どうして、ユマニテで、個展ができる様になったかについて、宮崎進氏が、シベリア抑留経験者であって、その宮崎進を主要な作家として扱うユマニテが、頼まれたと、言う側面も多い筈です。瀬島龍三もシベリア抑留組ですし。
そして、大原光孝が、いつもへらへらとしていて、絶対に自分が勝っていると、感じているのもユマニテを中心として、水沢勉氏が、そちら側についていることを知っているからだと、感じて居ます。
ただ、本日初めて、それに気が付いたのですが、保坂涼子って、福島県出身です。ユマニテの金成悠子さんが、相馬市の出身だと、聞いています。
しかし、今回の件に関して、すべての上に立っている、最重要な、コンセプトは、
秋山祐徳太子が、CIAのエージェントであり、しかも先輩として保坂涼子を支援していると、言う事なのです。
:::::::::::::ここで、夕飯を食べるために、1時間ほど、中断をします。ところで、今、色々、過去資料を点検中に、自分の若いころの写真を発見しました。保坂涼子(=航子)が、恐ろしいメールを私に、送りつけてきたころの彼女と同じ年ぐらいの私です。あなたは、こういう人物に向けて、バンバンと、罵りメールを送ってきたので、それで、山口みつ子さんは、殺されたのですよ。わかって居ますか?
もう一枚自宅で私服の時、
そして、貴方が、恐ろしいメールを送り付けてきたころの、年齢の私です。今より、10年は前でしたね。今より太って居ました。
そして、こういう風に太っていたし、明るい気分だったので、実は、山口みつ子さんとは、心底の友達だったのですよ。彼女は、換言した言葉でしたが、『自分が野見山さんと、結婚をしたいのだ』とまで、うち開けてくれていたのです。保坂航子さん、あなたが、みつ子さんを殺したと言ってもいいと、私は思って居ます。本当にあなたはひどいい人だ。::::::::::::
後注1、