滅尽龍のシリオン 作:匿名
「信号の感じだとデュアルショベルはこの辺にいるみてえだ」
ヴィジョンの失脚により空席となった旧都地下鉄改修プロジェクトの後釜に白祇重工は収まった。一時の経営難から持ち直し世間からの評判もいい彼等だが反対に競合他社からの妬みは多い。数々の妨害、過去のスキャンダルの掘り返し、謂れのない悪評など足を引っ張られることが頻発しているがプロジェクト自体は少し前まで大きな問題なく進められていた。そんな折に白祇重工の誇るホロウ用知能重工業機械の内3台が作業中に脱走、ホロウで行方不明になってしまった。他の企業が待ち望んでいた弱点が白祇重工に生まれてしまい、外部に気取られる前に何としても連れ戻したい。そうしてホロウでの探し物のプロフェッショナル、プロキシに依頼を出す際に選ばれたのはリテラシーに欠けたピンク髪からの推薦で伝説の『パエトーン』だった。
行方不明の3台の内2台は比較的浅い所におりおおよその場所は割り出せている、正確な場所の特定とルートの構築はプロキシの仕事である。
「よーやく来よったなあ」
黄色い機械がこちらを見据えて出迎えている、おかしな話し方は音声モジュールの不調か。
「お前、論理コアが壊れてんじゃねーのか?帰って点検すんぞ」
白祇重工の現社長、クレタは重機に話しかける。
「別に帰ってもええで、今のオレちゃんはなあ…燃えてんねん!」
「…こりゃ本格的に故障か?」
「オレちゃんは自由になって気付いたんや、ジブンは弱いってな!確かに以前の作業は退屈であくび出るほどやった。でもな、ジブンの面倒はジブンで見なあかん、甘えたことなんて言ってられへんって情けなくも教えられてもうた。これ以上恥の上塗りはせえへん、オレちゃんは漢や!」
テンションが高い、事情を説明しているようであまりしていないが技術担当のグレースには別の事に注目していた。
「ハンス!一体どうしたんだいその傷は、一部へこみもあるし、エーテリアスに襲われたのかい?」
デュアルショベルは全身に引っ掻かれた様な傷を負っていた、現在挙動に不自然なところは無いが突然の脱走と合わせて行動論理が分からない。ホロウで何が起きたのか。
「これはな、オレちゃんの未熟さの証や。ジブンは強いと信じて疑わんかったあの頃のな…」
少し上を眺め、感傷に浸る素振りを見せる重機、2つのショベルは腕を組むように交差している。やっぱり挙動もおかしいかも知れない。
「詳しいことが分かんないね」
「取り敢えず一緒に帰るで良いんだよな?」
取り扱いが分からずどうしたものかと悩む一行の中に感動で震える者が一人。
「イイじゃねえか、オレは気に入ったぜ!」
熱血漢がこちらにも居た、互いに共鳴しあいむさ苦しい空気が漂う。
「漢を目指すってんならオレも黙っちゃいられねえ、戻ってこいハンス!共にいい汗かこうぜ!」
「お!兄ちゃんもか!なんや案外悪うないトコやったんかもな。ホント目え覚まさしてくれたネルギガンテの兄ちゃんには感謝やで。ちなみにオレちゃんの名前は黒鉄男児…」
唯の作業用機械がどうしてこんなに濃い自我を持つようになったかは一先ず置いておく、かなり頭が痛くなりそうだ。それよりも気になるのは論理コアに変化をもたらした要因とホロウで何が起こったか。一々盛り上がって説明が途切れる1人と1台を宥めつつホロウを出て工事現場に送り届ける。
「え、喧嘩に負けた?」
ハンスから聞くところによると1人の人間と腕比べをして負けてしまったらしい、しかも武器の使用は無く己の肉体のみの戦闘であったとのこと。
「おいおいマジか、とんでもねえな」
白祇重工には一時的に重機の暴走をとどめる事の出来る人材は少なからずいる、しかし生身の身体では単独で無力化するのは難しい。それぞれがゴリゴリのマッチョな熱血漢を想像する、ニアピン賞は採点不可能で全員がラフにかっ飛ばしていた。
人物像はともかく、跳ねっ返りだったと自分で言っているハンスを説得してくれたことに感謝する。日常に戻ったハンスがアンドーの作業量にドン引きし兄貴と慕うようになるがそれはもう少し後の話。残る知能重機は2台、デモリッシャーの信号は拾えている、再びホロウへと入っていく一同とボンプ。
男は目の前の重機の話を要約する。
「つまりお前はその師とやらに封印の手伝いをしろと言われて元いた場所を抜け出し、ホロウに入ったはいいが次第に弱くなる信号の送信地を見つけ出せないまま、ホロウの中なので移動する訳にもいかず次の指示を待っていたと」
「その通りです…」
行動力は称賛できる程だがあまりにも考えが及んでいない、このホロウで出会った重機3台に共通することは目的や欲望が鮮明でもそこへ至る道筋を考慮していない事だ。刹那的で次へ繋げることが出来ていない、機械に脳があるかは男に分からないがまだまだ子供ということなのだろうか。
しょんぼりとしている明星の断罪者を見ながらこれからを考える、封印の座標は歩いて探すしか方法は無いしそもそも封印が何を指すのかも聞かされていない。それでも男は前向きになっていた、ホロウの中で封印されているものとなれば期待が高まる、エーテリアスであれば大物に違いないと皮算用を済ませもう少しだけ探索することを決める。
「我が探してやろう」
重機に告げて立ち去る、一見ホロウ内のお困りごとを率先して解決する善人風だがむしろその逆、なんなら封印を解いてみたい気持ちしかない男は意欲に満ちて歩き出す。今日一番の目の輝きだ。
「ほ、本当で御座るか!」
「見つかる保証は無いがな」
「あ、えっと…我はどうすれば?」
男は跳躍して振り切る、犯行の目撃者は少ないに越したことは無い。
信号とプロキシを頼りにようやく次の重機を見つけるとビルの上からこちらを威嚇していた。
「ここは真白クンと私の愛の巣よ、部外者は入ってこないで!」
重機の熱愛発覚にクネクネと体を揺らして喜ぶ技術担当と困惑するクマのシリオン。
「その真白クンはどこに…まさか、そのつくりかけのビルか?」
純粋な疑問は恋に狂う重機にとって、己の愛する者は未完の存在だとケチをつけられたと認識してしまう。
「作りかけですって?取り消しなさいよ、その言葉ァー!」
意図せず彼女のスイッチを押してしまい、特大のチェーンソーが回転を始める。こちらの制止も聞かずに突進して壁に当たって粉砕し向き直ってまたもや突進、手のつけようがない暴れっぷりだが毎回誰もいない見当違いの方向に走っていく。
「グレース、デモリッシャーさんは一体何をしているんだ?」
「私にもさっぱりだよ、本当に怒っているとは思うんだけどね」
興味深そうに観察し手元の端末に記入している技術者はデモリッシャーの一部を見て悲鳴を上げる。
「デモリッシャー、顔を怪我しているじゃないか!」
遠くからでは詳細を見ることは出来なかったがデモリッシャーの正面は見るも無惨に破壊されていた。
「おいグレース、危ねえぞ!」
今度は技術者の暴走が始まる、今だ興奮冷めやらぬ重機にしがみつき症状をチェックしていく。
「パネルは割れているけどあんまり大したことはない、交換すればすぐに元通りだからね。でも周辺のセンサー部に傷が付いちゃってるね、これはちょっと中を見てみないといけないかも…」
チェーンソーの真下で一人呟きながら診断して重機の方向音痴の原因が突き刺さっている黒い棘だと判明、揺れに負けて放り出される。
「デモリッシャーさん!そっちは…」
遂にデモリッシャーは真白クンと他称される建物にぶつかってしまう。放棄された唯のビルとホロウの侵食にも耐え得る重作業機、力関係は歴然で柱の1本がポッキリと折れてしまった。重機の呼び掛けにも応えはなく彼女を下敷きに崩れ落ちる、物言わぬ瓦礫となってしまった。いや、以前とあんまり変わらないか。
罪悪感に苛まれ泣き出したデモリッシャーを慰め、真白クンの再建を約束して彼女を連れ戻すことに成功する。残る重機はあと1台、良いペースで回収が進んでおり社長はホッと胸を撫で下ろす。
「ところで、どうしてそんな怪我をしてしまったんだい?キミは結構頑丈に作られているんだけどね」
方向を間違えてまた何処かへ行ってしまわないようにデモリッシャーの上にプロキシのボンプを乗せ、向きを逐一修正されながら進む彼女に技術者は尋ねる。そこで聞かされるのは、黒い男を愛の巣から追い出そうとちょっとだけおどかしたら逆に殴られてしまったという、字面だけで言えば自業自得と言ってお仕舞いなのだろうが保護者はそう簡単には終わらせない。
「乙女の顔をこんなに滅茶苦茶にするなんて酷すぎるよ!磨くだけじゃダメだろうし、ちゃんと捕まえて謝らせないと」
意気込む彼女とは裏腹に、白祇重工の社長は冷や汗を流していた。自分の所有する作業機が勝手にホロウに脱走、後に一般人を襲う事件が起きた。これで相手が怪我でも負っていたら最悪だ、せっかく軌道に乗っていた経営もまた落ち込んでしまうかもしれない。
「あれ?この棘って…」
ここでようやくプロキシがデモリッシャーに刺さっているものを目に入れて既視感に気付く。
「あの人がやったのかな…?」
「知っているヤツかプロキシ!?」
知り合いならば示談に出来る、その可能性に賭けて社長は勢いよく問う。
「ああいや、知ってるとは言えないんだけどね、多分あの人じゃないかなーって候補があるだけ」
「そうか…いや、それでも良い。なんにしてもグレースのヤツよりも先に見つけないと。ホロウで迷ってるんだったら救助してやらねえとな」
社長の人助けの精神に1人とドリルが感動の音を鳴らすが本人は打算100%だ。
最後の1台であるフライデーはホロウの深部へ行ってしまったため信号が拾えない、デモリッシャーを連れて帰った後に一旦探索に休憩をいれることになった。再開はフライデーのおおまかな位置が特定してからだ。
普通のエーテリアスとは違う高いエーテル反応を感じる、ここに来るまで想像以上の時が経ってしまったが体に不調はない。重機が発生していることにはもう驚かなくなった男は輝いた目のままそれに近づく。