「親日か、反日か」――その二択の外にある、K-POPと記憶の話
K-POPが好きだと口にしたとき、誰かに「親日か」「反日か」と問われたことはありませんか。
音楽をただ楽しみたいだけなのに、歴史の影がその言葉の背後に静かに横たわっている。
それは、まだ私たちが“音楽の向こうにある痛み”と向き合いきれていない証かもしれません。
この文章は、BTSの「原爆Tシャツ事件」や『鬼滅の刃』の旭日旗デザインをめぐる議論を入り口に、
日本が韓国にしてきた植民地支配の記憶、そして“加害を語らない社会”について考えるための小さな試みです。
文化を愛するということは、過去を忘れることではない――
そう信じて、私はこの文章を書きました。
「親日」「反日」でK-POPを語る危うさ
― 歴史と向き合い、文化をまっすぐに見るために ―
K-POPアーティストの発言や衣装が、「親日だ」「反日だ」とSNSで議論になることがあります。
しかし、そうしたレッテル貼りは、アーティスト個人の意図や文化活動の背景を無視し、政治的に芸術を裁くような行為です。
音楽や芸術は国境を越えて人をつなぐもの。
そこに過去の政治的対立を重ねることは、文化交流の本質を歪めてしまいます。
「親日」「反日」という言葉の重さ
「親日(친일)」や「反日(반일)」という言葉は、単なる好悪を超えた政治的・歴史的ラベルです。
特に韓国では「親日派(친일파)」という言葉が、日本の植民地支配に協力した人々を非難する言葉として定着しています(姜萬吉『韓国民族主義の研究』岩波書店, 1990)。
つまり「親日」は「日本が好き」という意味ではなく、「支配に協力した者」という強い否定的な意味を含む。
それを芸能人や文化人に安易に使うのは、非常に重い政治的行為なのです。
芸術を政治を測る危うさ
アーティストは国家の代弁者ではなく、個人の表現者です。
彼らの作品を「親日」「反日」といった国家単位のラベルで判断することは、表現の自由を政治的に縛ることでもあります。
BTS、BLACKPINK、Stray KidsなどのK-POPアーティストが日本語で歌い、日本のファンと交流することは、政治的意図ではなく文化交流とビジネスの延長です。
それを政治の文脈に引きずり込むと、本人の創作の自由も、ファンの愛情も見えなくなります。
「親日/反日」構図が生まれる背景
🇰🇷 韓国側の記憶
韓国社会において、日本の植民地支配(1910〜1945年)、実に35年に及ぶ支配は、暴力的な支配と搾取の時代として記憶されています。
この記憶が、「親日」「反日」という語を今なお強い意味で響かせているのです。
🇯🇵 日本側の構造
日本の教育では、「戦争被害」は詳しく扱われても、「植民地支配の加害」はほとんど語られません。
結果として、他国の怒りや悲しみを「理解できない社会」になりやすい構造があります。
(徐京植『「反日」ナショナリズムを越えて』岩波書店, 2015)
植民地支配の現実:奪われた食糧、言葉、尊厳
1. 「米を奪われた」――食糧収奪と飢餓
1910年代以降、日本は朝鮮を「日本の食糧庫」として利用しました。
1930年代には朝鮮で生産された米の3分の1以上が日本へ輸出され(『朝鮮総督府統計年報』)、朝鮮農民の食糧は深刻に不足。
「麦と雑穀すら手に入らず餓死する農民」も現れました。
1920年代の農村では、貧困によって「娘を売る」現象が広がり、これが後の慰安婦・労働動員の温床にもなります。
「米はみな日本に行ってしまい、我々の口に入るのはぬかばかり」
― 当時の朝鮮農民の証言(『東亜日報』1933年3月号)
2. 言葉と名前の抹消
朝鮮語教育は削減・禁止され、日本語の使用が強制されました。
1939年の「創氏改名」では約800万人が日本式の姓名を強制され、
日本語以外を話せば罰を受ける学校や職場も少なくありませんでした。
民族の言葉・信仰・名前――“自分であること”が奪われたのです。
3. 徴用工――騙され、連れ去られ、危険作業へ
1939年以降、日本は朝鮮半島から78万人(公式)〜200万人(推定)の労働者を日本や満州・南洋諸島へ動員しました。
「高給で働ける」と騙されて連れ出された若者も多く、過酷な炭鉱や造船現場で働かされました。
栄養失調、事故、暴力――逃げようとすれば監禁。
死者は6万人を超えるとされています(朴慶植『朝鮮人強制連行の記録』未来社, 1965)。
4. 弾圧と拷問――沈黙を強いられた知識人たち
植民地期には独立運動を行った学生や知識人が数多く逮捕され、
尋問の名の下に拷問を受け、命を落としました。
「三・一運動」以降、思想犯として投獄された人は数万人。
「真実を語ること」が最も重い罪とされた時代でした。
5. 慰安婦――「制度としての性奴隷」
日本軍の慰安婦制度は、自発的な売春ではなく国家ぐるみの性奴隷制度でした。
韓国からだけでも5万〜20万人の女性が連行されたと推定されます。
10代半ばの少女が「工場で働ける」と騙され、戦地へ送られました。
「逃げることはできなかった。抵抗すれば殴られ、何日も食事を抜かれた。」
― 元慰安婦・金福童(キム・ボクトン)さん証言
戦後も長く沈黙を強いられ、声を上げられたのは1991年以降のことでした。
原爆Tシャツ事件と旭日旗――「誠実さ」の差が映し出したもの
2018年、BTSのメンバーが過去に着ていたTシャツが「原爆のキノコ雲」をあしらっていたとして、日本で「被爆者を侮辱している」と批判され、テレビ出演が中止になりました。
このTシャツは韓国のブランド「LJ Company」によるもので、デザイナーのイ・グァンジェ氏は「反日や被爆者への侮辱の意図は一切ない。韓国の光復(日本からの解放)を記念する目的で作った」と説明しました(Soompi, 2018、Allkpop, 2018)。
所属事務所BigHit Entertainmentも「戦争や原爆を軽んじる意図はなかった」「意図せず心を痛めた方々に申し訳ない」と公式に謝罪しています(Kyodo News, 2018)。
一方、日本のアニメ『鬼滅の刃』では、主人公・竈門炭治郎のイヤリングのデザインが「旭日旗を想起させる」として韓国で批判が起きました。
旭日旗は日本の帝国主義や戦争加害の象徴として、アジア諸国で強い拒否反応を持たれています。
韓国では配信版でデザインが変更されましたが、日本側からは「作品設定上の模様であり問題ない」とのみ説明され、歴史的文脈への配慮はほとんど示されませんでした(朝日GLOBE+, 2021)。
BTSは「誤解された側の痛み」に寄り添い、
『鬼滅の刃』側は「加害を想起させる痛み」に沈黙した。
これは単なる態度の差ではなく、「自国の被害には敏感でも、他国の痛みには鈍感」という社会構造の縮図でもあります。
南北分断と日本の影
第二次世界大戦後、朝鮮半島が南北に分断される過程にも日本の影はありました。
長年の植民地支配で行政・経済・教育の構造が崩壊し、
日本が敗戦とともに撤退した後、その空白を埋める形で米ソが進駐。
統一の機会は奪われました。
つまり、日本の支配は“朝鮮戦争の前史”として深く関わっているのです。
「文化」と「歴史」を切り離すことはできない
「音楽に政治を持ち込むな」と言う人がいます。
けれど、歴史の上に文化は築かれます。
BTSの原爆Tシャツに怒り、
旭日旗模様への批判を「難癖」と切り捨てるのは、
自国の被害には敏感で、他国の加害には鈍感な二重基準です。
文化を本当に守りたいなら、
その土台にある痛みを知ることこそが、私たちの責任です。
歴史を直視することは「自己否定」ではない
過去を知ることは、責めるためではなく、
未来を誠実に生きるための学びです。
他者の痛みに想像力を持つこと――それが文化交流の根本条件です。
K-POPもアニメも映画も、
過去を忘れるためではなく、
歴史の痛みを超えて新しい関係を築くための架け橋であるはずです。
結論:レッテルではなく、理解を
「親日」「反日」という言葉は軽いラベルではありません。
文化を語るなら、その背後にある人々の記憶と尊厳を見つめるべきです。
K-POPを愛しながら歴史を学ぶこと――
それは矛盾ではなく、相手を本当に尊重する態度です。
文化を愛するということは、過去を忘れることではない。
むしろ、痛みを知り、それでもつながろうとする勇気こそが、
本当の「交流」なのだと思います。
参考文献・資料
朴慶植『朝鮮人強制連行の記録』未来社, 1965
徐京植『植民地朝鮮と日本』岩波書店, 2002
鄭栄桓『帝国の慰安婦:植民地支配と記憶の闘い』朝日新聞出版, 2014
金英蘭『植民地モダニティ:朝鮮の近代と帝国日本』東京大学出版会, 2011
吉見義明『「慰安婦」問題と戦後日本』岩波新書, 2012
李泳采『記憶と和解——東アジアの歴史問題を超えて』大月書店, 2018
国史編纂委員会『植民地期経済資料集』
橋本明子「ポピュラー文化における韓日相互認識」『アジア研究』第66巻第2号, 2020
姜萬吉『韓国民族主義の研究』岩波書店, 1990
徐京植『「反日」ナショナリズムを越えて』岩波書店, 2015
鄭栄桓『帝国の慰安婦』朝日新聞出版, 2014
Lee Kwang Jae interview, Allkpop & Soompi, Nov. 2018
Kyodo News, “BTS member criticized for wearing T-shirt depicting atomic bomb,” 2018
朝日新聞GLOBE+「鬼滅の刃をめぐる韓国での議論」2021
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