マネモブは昔日の丘を一人練り歩いていた。
かつてロケットのデータ収集などに使われるはずだった輝かしい施設は見る影もなく朽ち果て、自然とエーテルによって呑み込まれている。
そして色濃く残るミアズマの気配……マネモブはそれを嗅ぎつけ、衛非地区の人間にすら忘れられたこの地へとやってきた。
メヴォラクを失ったとはいえ未だ残党が活動する讃頌会。危険なエーテリアス、人々を惑わすミアズマ。
マネモブはそれらを刈り取るために、日夜戦っている。ホワイトスター学会などには、ホロウでの活動制限のないエーテリアスならではの長時間に及ぶ活動は、着実に人的被害を減らしているというエビデンスも存在する。
今日も今日とてホロウ探索。しかし、今回は普段のように武力で解決することは難しそうだと悟る。
マネモブが、まだ民家の残っているエリアに踏み込むと、そこにいたのは多数の人々――ミアズマによって構成された人々だった。
『なにっ』『な…なんだあっ』
マネモブの目、あるいは視覚に相当する感覚には見えている。
彼らが肉体を持たず、肉体がミアズマで構成されていることが。エーテリアスであるから見えたのか、武術を極めんと修行を行う中で研ぎ澄まされた感覚が見せたのかは定かではない。
だが、ここにいる人々は、まるで実体を持った幽霊のごとき存在であることが理解できた。
極限まで気配を消したマネモブに気づく者は今のところいない。
マネモブは隠れながら情報収集に努めた。灘神影流および幽玄真影流は、こう言った潜入などに非常に向いている。いずれも尋常ならざる人外の技が、その気配を影へと溶かすのだ。
「エーテリア津玄師さん! 次の曲はなんでしょうか?」
「Miazma」
『ふうん』『そういうことか』
音楽家らしき人物が、プロデューサーらしき人物と話している。
一見しておかしな光景ではない。その歌詞が書かれた紙が、白紙でないならの話だが。
「ボケーッ。服にトーン、はっとけと言うたやろうが」
「おいっ。ジャワティー買ってきてくれ」
「なんじゃあ、この汚い処理は」
『あのう、チンチン見せましょうか?』
「顔にトーンはりますか?」
「そんな時間あるかあ」
『あのう、肛門見せましょうか?』
恐らく〆切数時間前と思われる、漫画家とアシスタント達の壮絶な会話である。
壮絶すぎて思わずマネモブも会話に参加してしまったが、誰も気づいていないくらいに壮絶だ――その原稿のほとんどが白紙でないのならば、どれほど良い漫画だっただろうか。
「手を使わずに金玉を動かしてもらおうかぁ」
「嫌です、は……はなして下さい」
屈強な大男が女性に詰められている。
どうやら手を使わず金玉を動かす芸に関してのようだが、その程度なら自分にもできるとマネモブは彼らをスルーした。マネモブに金玉などないのだが。
しばらく観察していたが、この街は人々の活気と情熱にあふれたアツい街というのが感想だった。
それは非常に素晴らしいことだ。しかし、それは見せかけだけであり、一皮むけば脆い状態が見えており、辛い現実が待っている。
どうするべきかと迷っていた時、突然空が赤く染まる。
「空が赤く染まったあっ! 逃亡開始だーっGOーッ!」
「“W”だ、“W”が姿を現すぞ」
『土竜さんが“S”?』
すると、人々はそそくさと屋内に避難してしまった。あまりにも早い行動だったが、マネモブはそれに対して感心していた。
それもそのはず。今まさに現れたこの気配は、高危険度エーテリアスの出現を意味していたのだから。
『あなたは“悪魔王子”ですか?』
マネモブには分かる。そのエーテリアスの顔は、まさに防衛軍の装備そのものであると。
これは防衛軍の兵士が異化した際になりやすい形状だとマネモブは思っている。つまるところ、目の前のエーテリアスは元兵士だということ。右腕も、銃を取り込んだ結果だろう。
非常に大柄だが……それは全力のポンペイにも言えること。侵蝕体にはよくあることだ。
「ウォォォォ……」
「しまった! 見つかった!」
『なにっ』
焦った顔で走っているのは、紫の髪をした調査員らしき青年。彼は、件のエーテリアスに追いかけられているようだ。
ミアズマで構成されているようだが、どうやらそれだけではエーテリアスに仲間と認識されないらしい。
その必死で走る姿に、マネモブは動かざるを得なかった。ここで助けぬは武人の恥。義を見てせざるは勇無きなり、それを是として動くのがマネモブだ。
『命がけで武術を追求する者からしたら』『武術や格闘技を悪用し冒涜する輩は許せないです』
相手はエーテリアスなので、武術も何もないのだが。
マネモブは巨漢へと果敢に飛びかかった。
『喰らえっ』『我が乾坤一擲の一撃をっ!』
『ウォッ!?』
頭部への飛び蹴りに、エーテリアスが怯む。
だが、たたらを踏んだだけで転倒までは行かない。
「あ、あなたは!?」
『しゃあっ』『塊貫拳』
『ウォォォォ!?』
しかし、よろめいただけでも大きな隙である。特に、マネモブのようなファイターからすれば。
鋭い拳がエーテリアスの腹を打つ。そこに叩き込まれたのはマネモブの気。それが体内を貫通し、多大なダメージを与えるのだ。
『ウォォォォ……』
『逃げるんかいっこの人殺し!』
ダメージを受けてなお戦意を失わないエーテリアスだが、突如として方向転換し、どこかへ去って行った。
しかし、マネモブにはそのエーテリアスの後方に、小さな人影がいたのが見えた。エーテリアスが去った後、どこにも危険がないか確認した上で、襲われていた人物を助け起こした。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
『まあ小さな間違いは気にしないで』
どうやら、その人物はマネモブを危険なエーテリアスとは認識していないようだった。
「あなたはあの高濃度猿侵蝕体マネキン・モブですか?」
『ご名答』『よくわかったね』
「ええ、あなたの御高名は耳に届いています」
調査員なら、もちろんマネモブのことは知っている。それほどに、マネモブは特異なエーテリアスだった。
それよりも、マネモブはこの街のことを知りたかった。
「俺はモスと言います。よろしくお願いします」
『あざーす』『すまない…ところでお前は今どこにいるんだ?』『なんか騒がしいようだが…』
「この場所ですか? そうですね……」
モスと名乗った青年は考えていた。
このエーテリアスを狩るエーテリアスに、町のことを教えていいものかと。
しかし、マネモブが住民を指して言った一言に驚愕する。
『誰なんだ』『あとは死人のように生きてるクズども』
「なにっ……まさか彼ら……いや、我々のことを見抜いているとでも?」
『ご名答』『よくわかったね』
自分達がミアズマでできていることは見抜かれている。
そう、自分達がミアズマであることは一言も言っていないはずだ。
だが、次に続いた言葉で、モスは更なる衝撃を受ける。
『私は憂いています』『この国の将来を』『この
「ま、まさか……我々の問題に手を貸してくれるのですか?」
『この大胸筋でなんぼでも受け止めたる』『ワシめっちゃタフやし』
「……ありがとうございます、マネモブさん。怨敵であるはずの我々に……」
『まあ小さな間違いは気にしないで』
この町の人々は、実に楽しそうに生きている。
だからこそ、マネモブはお節介を焼きたくなった。焼き過ぎて荼毘に付すかもしれないが。
「お話します。この町の真実を、この町の現状を――」
広場で、モスが語り始めた。
この町の、
マネモブの行動や如何に……!?