慈永祐士
慈永祐士
469.4K posts
慈永祐士
@jiei_yushi
sabbe sattā āhāraṭṭhitikā
慈永祐士’s posts
日本人がインドに行くと下痢をするというが、以前は衛生上の問題だと無反省に思われていたが、インド人も日本にくると下痢をするというから、どうやら衛生上の問題というより食習慣の変化、とくに腸内細菌との相性の問題もかなり左右するのだろう。
YouTubeで、死刑執行を担当した元刑務官に話を聞き、死刑の残忍さを問う趣旨の動画で、その元刑務官の方が、最初は人道的立場とか再教育の可能性を語っていたが、やがて舌がノって来たのか「死刑判決を受けるようなヤツですから常識やモラルは通用しないんです」と力が入ってきて何かリアルだった。
森高千里はオバさんにはならなかったが、そのかわりに小室哲哉や氷川きよしはオバさんになったので、オバさんという生き物は誰かがならなかったら必ず誰かほかの人がならないといけないものなのではないか。
2017年7月から2018年8月の間に発生した地震の震源を、CGの仮想地球体に反映させたものだそうだけど、地球が生きていることがまた新鮮な視点からわかるな。 buff.ly/353fycg
The media could not be played.
From
Simon Kuestenmacher
やっぱり石破首相は何か「持ってる」人としかいいようがない。信望のなさ、だらしなさ、政治センスのなさ、コミュ力のなさで、誰もが長続きしないだろうと信じて疑わなかったのに、なぜか周辺諸国・関係諸国が勝手にオカしくなっていってしまう。企業とかでも生き残るのはわりとこういうタイプでは。
営業マンの世界では「取引先のオフィスにスローガンが掲げられていたら、よく見ろ。それには、その会社が実現できていない問題が表れている」というそうである。宗教の世界もきっとそうなのであろう。
スティーブン・ピンカーも言っているが、「歴史は何か非日常が起こったことを集めた記録なのであり、それだけを学ぶといかに人類が愚かであるかと考えるが、実際は何気ない日常のほうがふつうであって、それは無数の人々の努力があって成り立っている」のだ。
「日本はオワコンというが、アニメもゲームも世界から支持されてるじゃないか」というのは私は全く首を傾げてしまうんだが、理由はまさにここで示唆されているが、トヨタは従業員や関連会社など、社内外の人を食わせてきたし、また経済社会の推進力になった。アニメやゲームはそうなっていない。
まあでも、闇バイトが流行るということはすなわち実体経済がスムーズでない(あるいは実態経済の機構が信頼されていない)からだし、選挙でなく直接行動に訴える人が目立ってくるのは民主制が機能不全になっているからで、平安時代でいえば律令制末期。これから荘園と武士の時代が来る。
スリランカで会った中国のお坊さんにどこから来たのか尋ねたら、西安の青龍寺というところだというんで、「西安なら知ってる。でも青龍寺というところはわからないです」って言ったら「実は日本人のお坊さんも滞在してたんですよ」と。あとで調べたら弘法大師・空海が滞在してたと。知らなくて大恥!
手塚治虫を宮崎駿は否定しようとしたというポストを見ましたが、個人的に手塚治虫と真っ向から対抗したのは藤子・F・不二雄だと思ってます。手塚治虫は当時の価値観としては当然でもあるが、全く異常なほどの生への執着で貫かれていた。ブラック・ジャックでも火の鳥でも命とは生きることだった。
「お坊さんとして売れる秘訣を教えて下さい」
「まず、寺に生まれます。寺を継ぐのはイヤだといって海外などに逃げます。いろいろと挫折を味わったあと、途中で仏教の素晴らしさを見つめ直したといって実家を継ぎ、後にメディア向けに"変わった経歴のお坊さん"といって売り文句にします」
日本人はインドに来ると腹を下すが、インド人も日本に来ると腹を下すというのはよく聞く話。そこまででなくともどこか体の調子が悪くなる。異郷にいれば食べ物が変わり、それまで安定供給されていた栄養素が不足するからではないかといわれる。それを裏付けるように、だいたいカレーを食えば治るという
日本人のために涙を流してくれる中国の人たちがたくさんいることを我々はずっと覚えておかねばならない。自由を叫べば逮捕され、政府に反対の意見を示せば戦車で轢かれるような国の人がこのように寄り添ってくれることは重い。
Quote
毎日新聞
@mainichi
深圳の死亡男児を追悼 在日中国人ら、新宿で ろうそく手に黙とう
mainichi.jp/articles/20240
事件に衝撃を受けた日本に住む中国人有志が急きょ、呼びかけました。
ミリタリー物を映画ではふんだんに用い、特に戦争反対の思想を盛り込んでいるわけではない宮◯駿氏が反戦のオピニオンリーダーのように奉られ、一方で戦争の苦悩をガンダムで描き続けた富◯由◯季氏が戦争礼賛アニメを作っていると非難されるのをみて、世渡りというものについて考えてしまう。
あの代理母。インタビューを載せたVERYっていう雑誌、いいね。ああいうモラルのなさを臆面もなく出せる雑誌っていまどきけっこう大事よね。ああいう雑誌がなくなったら、我々もああいう社会層が何考えているのかわからなくなるからね。
スリランカでも「おしんを観て、日本人はああいう立派な人が多いと思ってたのに」っていう人がいるんだけど、みんなおしんをひどい目に遭わせてたじゃねーか、日本人の何見てたんだよ。
「日本に失望した。来たことに後悔している」ベトナム人の元技能実習生はそう話しました www3.nhk.or.jp/news/html/2019
Replying to
しかし藤子・F・不二雄作品は、生をそこまで肯定しない。生をどこか諦念で見ている。個人の死どころか文明の亡びすら抗うべからざるものとして描く。生きることにしがみつくことだけが人生模様でも世界の様相でもないことを淡々と描いていた印象がある。
英語教育で、「そんな難しい文章など読めなくともよい。会話のほうがよほど重要」という人は多いが、日本語に置き換えて見たとき、口では愚にもつかないことをよく喋り、固い文章となるとテンで読めない人が溢れている事実をあまり考えたことがない感じがある。
まんが日本昔ばなしのような、結局わけのわからないままで終わる話を幼少期に見ておくことなども実に大事ではないかと思うんですよ。思春期や青年期になって初めて「人生はわけがわからないものなんだ」と気づいたらショックで死んじゃいますよ。
これ、小保方さんと対談した瀬戸内寂聴さんにも思った。世界の全てが敵になった小保方さんを、寂聴尼だけは受け入れた。この一件は世界中が驚かせ死者すら出したから、詳細に知れば知るほど小保方さんを擁護できない。こういう立場に追い込まれた人に向き合うのは、無知な人にしかできない。
Replying to
その方は氏名も出されていたんですが、ほかの動画では匿名の元刑務官で死刑反対だという方もおられ、当然ですが個々人の意見なんてそれぞれなんだなと、考えてみれば至極当然の結論にたどりつきました。
Replying to
よくマンガとかで、過去の権力者が実は魔の力を得ていたとか、人ならざる者と契約していたとかあるじゃん?石破さんはそういうのをやって生き延びて来た感がある。
スリランカでも、タミル侵攻や西欧植民地支配のさいに図書館を焼かれたが、図書館とは知恵の象徴であり、その知恵から焼き払うというのはどうも民族征服などでは定石らしい。「本はまず焼かれるものと思え」というのは、スリランカで学んだことでもある。
創価学会といえば、現代にタイムスリップした日蓮聖人が「総花学会」の会合に参加し「これはワシの説いたことと違う!」と騒いだら、共産党のスパイ扱いされて叩き出される『末世法華経』という筒井康隆の短編を思い出す。
仏教的に言って「ゆるしが大事」というのが多くて本当に自分は共感できないんだけど、むしろ逆に「ゆるせなくてもいい、憎んでてもいい。ゆるせなければ気の済むまで憎んでいればいい。無常なんだから、どこかでいつかその思いも尽きてしまう」と思うようになった。
ツイッターではこういうタコの賢さや愛情溢れる動画を目にするので、いまではすっかりタコをリスペクトする感情が芽生えてしまった。生まれ変わったらタコになりたい。
From
Nature Is Weird
『機動戦士ガンダム』は、従来のロボットアニメとは違い、正義と悪という単純な構図ではないことはいまや常識だが、主題歌の「正義の怒りをぶつけろ〜ガンダ〜ム」という歌詞に「この歌詞を作った人、全然ガンダムのこと知らないだろ」と思ったら富野監督本人だった。
Replying to
私はインドではほとんど下痢をしたことがない。腹が丈夫とかよりも、この腸内細菌との相性がわりと合っているんだろう。けさもウンコをしたら、赤ちゃんのウンコのような甘酸っぱい香りが漂った。
「宗教とは思考停止」という見方はけして少なくないのだと思うが、けしてそう単純なものではない。宗教文典に記されていることと現実との乖離に、人々は1,000年単位で向き合ってきた。そのたびに精神性が深められ、深淵な哲学が生まれ、文化文明の原動力となってきた。
みなさんゼレンスキー氏の演説を褒めたり、英米の首脳の演説と比べて本邦の首相の演説には中身がないというが、けっきょく修辞については、彼らにとっては息をするのと同じくらいの教養なのであって、本邦にはよくもわるくもその教養がないんですよ。あったのかもしれないが、失われている。
確かにと思うと同時に、実は日本のスピリチュアルに対して、私は逆のベクトルを感じるようになった。神職の方々とお話して異口同音にいわれるのは、スピリチュアル系の方々がよく来られるようになったのはいい面もあるのかもしれないが、「畏敬」がそこにはないと。
「宗教なんて所詮は昔の人の空想に過ぎない」という物言いは、宗教を否定する強力な言辞としてよく言われるが、人には、幸せはあいまいに、不幸せは具体的に強烈に記憶される。であるならば、幸せのありようをあれだけ強烈に広大に展開した宗教は、ただそれだけで現代人からは想像を絶する凄さがある。
「日本人は優秀だがもっと自己主張を学ぶべき」というの、インドとかアラブを例に挙げていたが、私は絶対に賛成しない。こういうふうに日本人がなったら日本は勝てないだろう。日本人は「自己主張をしない」ことで上手くいい位置を確保できたことは率直に認めざるを得ない事実だと思う。
Replying to
韓国は今やK-Popも世界的に人気だし、サムソンは今でもIT企業の雄だが、「だから韓国は世界で支持されている」みたいな見方は表面的だろう。しかし日本の場合だと「アニメやゲームは世界で支持されている」と喜べるその根拠というか裏付けはいったいなんなのか。
インド人のカネのガメツさの話。私は宗教方面から見てるからか、それとも別の理由からかはわからないんだが、日本人のほうが慳貪(要するにケチ)な行動をするシチュエーションが多かった。どういうときにカネを出そうとし、そしてどういうときにそうでないかの差は何に基づくんだろう?
キズナアイ騒動が落ち着いたこのタイミングでいうのもアレだが、柳美里が以前「人は花を愛でるが、何と気持ち悪いことか。花は性器だ。花を愛でるということは性器を愛でているということだ」と言っていて、果たして花を愛でるほうが変態なのか、彼女のほうが変態なのか、難しい問題だと思った。
Replying to
ソニーのVAIOが落ち目になり、AIBOも終了し、一方で韓国は『シュリ』など韓流映画が話題になり、サムソンや現代グループが頭角を表してきたとき、韓国の知人に「これからの時代は韓国だね」といったら、若者は仕事もないし、将来に対して明るい材料なんかこの国には何もないと。
Replying to
韓国は、ヨソモノとして滞在し、たいへん好きになった国の一つだが、その国の国民としては実に生きにくい社会であるようで、今の海外からの日本人気も、おそらくはちょうどあのときに自分が韓国に対して感じたものと重なるのではないか、などと。
先日まで山間部の寺院にいたんですが、お茶を飲もうと思ったら水がないので井戸に汲みに行き、ガスがないのでかまどにやかんをかけ、薪がないので集めてきたりして、お湯を沸かすまで一仕事なわけですが、そこの人たちと一緒にそういうことをやってると、価値観がどうとか信念がどうとか関係ないのね。
上野千鶴子さんのように、他人に「おひとり様」を勧めながらちゃっかり配偶者がいて、「平等に貧しくなろう」といいながら自分ちゃっかりタワマンに住んで高級車を乗り回す。自分もできることならマネしたいと思いました。
Replying to
カレーというのは要するにスパイ煮込み汁のことで、それがベジタリアン向けであれば、極上の野菜スープである。動物性のものを一切使わないけんちん汁などはお寺の精進料理の代表格だが、要するにアレはカレーなのだ。