中華人民共和国は中華民国(台湾)に侵攻できませんでした。もし中国が台湾侵攻したら中国がアメリカとの直絶対決になりますよね? 在台湾アメリカ軍 ・1950年から1979年まで台湾地域に駐在していたアメリカ合衆国軍の部隊である。1979年にアメリカ合衆国と中華民国(台湾)の国交が断絶したことにより、撤退した。 在台湾アメリカ軍 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E8%BB%8D 余談 ・ハリー・トルーマン大統領やジョージ・マーシャル国務長官が中国の蒋介石総統を嫌うのは当然ですよね?トルーマン大統領は「中国が台湾侵攻してもアメリカは台湾を見捨てる」と蒋介石総統を突き放しましたが、朝鮮戦争勃発でアメリカは方針を変えました。 トルーマン大統領やマーシャル国務長官が蒋介石総統を嫌う理由 ・アメリカは中華民国にアメリカ軍駐留させて、アメリカ軍を中国国民党のボディーガードにする。国共内戦をせずに共産党を国民党に編入させるという方針だった。しかし、蒋介石はその方針に背い国共内戦で共産党を征伐することをした。アメリカは中華民国にとっては最大の恩人であり、恩人のアメリカは蒋介石の行動に激怒した。 ↓ ・もし内戦しないままだったら、在中国アメリカ軍が戦後駐留して、共産党に転覆されなかったかも。アルバート・ウェデマイヤーが在中国アメリカ軍司令官になったかも。 戦後のアメリカの対中方針 ①中国共産党を含めた国民党主導下の統一政府樹立。 ②共産党軍の国民党軍への編入。 ③安定政権の基礎づくりのため、土地改革を初めとする社会改革への着手の諸点を要求する。 以上が実行されない場合、アメリカは対中援助の拒否権を使用すること。 中国人って内心では、「戦後、中国にアメリカ軍が駐留していたらよかったのになあ」と感じている人いると思いませんか?1945年にマーシャルが重慶に到着したころ、在中アメリカ軍兵力は11万人を超えるピークに達していいました。戦後の中国の大都市、北京・天津・南京・武漢・重慶・広州・ハルビンに「在中アメリカ軍」を10万人駐留させていたら、中国共産党に政権転覆されなかった可能性あるでしょうし。日本は戦後アメリカ軍が駐留しています。そのため、共産主義勢力が日本に襲ってきません。実際に台湾は1979年までにアメリカ軍が駐留していましたし、アメリカは原爆を保有してたから、中国共産党軍もアメリカ軍が怖くて手を出せなかったでしょう。 引用 ・当時、国民党は米式装備の正規軍200万人を含む430万人の軍隊を指揮し、中国の全人民の7割を支配していた。これに対し中国共産党は120万人の兵力で、未だ人民の3割程度の支持を得ているに過ぎなかった。それゆえ、この3対1という彼我勢力比を踏まえ、蒋介石は3か月から半年で中共軍を撃滅できると判断したのである。だが、数的な優勢にもかかわらず、その士気の低さから、マーシャル特使は国民党の勝利には懐疑的であった。 https://ippjapan.org/archives/6773 =================================== 質問 ・戦後アメリカは、世界中に共産化を防ぐため米軍を送り、現地の共産軍と戦ってきたのに、中国で支援していたはずの国民党と、共産党との「国共内戦」には兵を送らず、なぜ傍観してみすみす共産化を許したのですか? ↓ 回答 ・日本の降伏後、米国は国民党軍を支援するために最大で11万もの大軍を中国に送り、マーシャル元帥に、その指揮をとらせています。マーシャルは共産党勢力の完全排除は無理と見て、停戦と合同政権の樹立に向けて奔走し、ほぼそれを実現しかけました。ところが蒋介石はマーシャル提案に乗る素振りをしながら、裏では米国にも極秘で満州の権益を譲るという密約をスターリンと交わし、引き換えにソ連の中国共産党援助を停止させるという奇策で共産軍へのソ連経由の補給を弱体化させます。そして、それが成功したとみるや、停戦協定を一方的に破棄して共産軍への大攻勢に打って出ます。結果、一時的ではありましたが中国全土をほぼ手中に収めました。当たり前ですが、囮に使われたマーシャルは激怒しました。 =================================== 国際結婚情報 ・フィリピン人はアメリカ人と国際結婚が多いらしいです。 ・香港人の37%が中国人と国際結婚しているそうです。 ・台湾にいる中国人配偶者は陸配と言われ、台湾に38万人います。