goo blogの思い出
goo blog サービス終了のお知らせ 

【すべては完璧 欠けたるものなし 大成就】より抜粋①

「すべては完璧 欠けたるものなし 大成就」

というコトタマが、

毎朝、寝起き前の私の中で鳴りひびく。

それは私の心の奥の底から、

魂の奥底からひびいてくるというか、

ひびきが湧き上がってくる。

 

 

 完全円満にして、すべてが完璧にととのい、

欠けたるものが何一つとしてない世界から、

それは湧き上がってくる。

 私は不思議な感に打たれながら、

それを聞いている。

そしてコトタマを唱和している。

 何が不思議かと云うと、

この世のひびきではないからである。

 善と悪、調和と不調和、完全と不完全、

光と影と云うように、

つねに相対的な相(すがた)を生み出しているのが、

この世の在り方である。

 その在り方が、私の奥の奥から

このところ毎朝

湧き上がってくるコトタマには、ないのである。

 

 この世の在り方は在り方として、

私は五感に感じて、

その中に存在している。

がしかし、

コトタマの噴き出してくる私の底の底の世界は、

すべてが完璧、欠けたるものが何一つとしてない世界、

すべてがすでに成就している世界なのだ。

これは神の世界、仏如来の世界と云わざるを得ない。

「すべては完璧 

欠けたるものなし 

大成就」

というコトタマは、完全無欠、光だけの世界、

調和だけの世界、

善だけ愛だけの世界、

そこから生れてくるのだ。

 そう教えられたのでそう思いこむ、

といか、そうなんだ、と

自分たちに

言い聞かせている状態ではない。

ただ言葉として、

想いとして云っているだけでもない。

 否定も肯定もなく、

否定肯定を超越して、すべてが整い、

誤りは一つもなく、

欠けたるところ一つもなく、

満月のように完全円満、完全無欠なのである。

 こういう世界はこの地上の世界にはない。

形而上(けいじじょう)の世界にはあるだろう。

それが形而上という哲学的抽象的なものでも、

形而下(けいじげ)でもなく、

私の内にあった。

 こういう体験は今までにないことだ。

それもたった一回こっきりでなく、

ここのところ毎朝あるのである。(つづく)

(2012年10月「白光」 【すべては完璧 欠けたるものなし 大成就】から 高橋英雄著)

 

 

世界人類が平和でありますように

日本(祖国)が平和でありますように

私たちの天命が完とうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

今日の歌

森山良子「6つの来し方行く末」(LIVE.ver) 【45周年記念シングル】

個人的にはライブの方が好きですが、こちらの動画もとてもいいです。

お時間のある方は観て聴いて、感じて下さい

無限なる感謝

【期間限定】森山良子「6つの来し方行く末」 FULL

この広告を非表示にする


サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了しました。

バックナンバー