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性別変更の外観要件、高裁が違憲判断 トランス女性「やっと…」

二階堂友紀

 出生時に決められた性別と性自認の異なるトランスジェンダーの人たちが、戸籍上の性別を変更する際、性器の外観も変えるよう求める法律の要件は違憲か――。この点が問われた家事審判の決定で、東京高裁(萩本修裁判長)は、当事者の状況によっては「違憲の事態が生じ得る」と判断した。申立人の場合は違憲になるとして、女性への性別変更を認めた。

 この要件に関する高裁の違憲判断が明らかになるのは初めて。さらに決定は「立法府は裁量権を合理的に行使し特例法の改正をすべきだ」などとして、国会に法改正の議論を促した。

 決定は10月31日付。家事審判は非公開の手続きで、申立人が朝日新聞の取材に明らかにした。

 この法律は性同一性障害特例法で、性別変更に五つの要件を定める。最高裁は2023年10月、精巣や卵巣の切除を求める「生殖不能要件」を違憲・無効と判断。今回問われた「外観要件」についても下級審の違憲判断が相次ぐが、特例法は改正されていない。

「違憲の状態が生じ得る」

 申立人は出生時に男性とされ、女性として長年生活している50代のトランスジェンダーの女性。今年1月に関東地方の家裁に性別変更を申し立てたが、3月に外観要件を満たさないとして却下され、即時抗告していた。

 高裁決定はまず、性自認に沿った法令上の扱いを受けることは「重要な法的利益だ」と指摘。その利益を実現するため、外観要件が性器の手術を必須とするなら、憲法13条が保障する「自分の意思に反して体への侵襲を受けない自由」を過剰に制約すると述べた。

 そのうえで、外観要件は公衆浴場などでの混乱を避けることが目的で、手術しなくても、ホルモン投与で性器の外観が変われば満たせるとした。

 ただ、ホルモン投与には重大な副作用の恐れがあるうえ、性器の外観が変わらない人がおり、体質などから投与できない人もいると言及。こうした人にまで外観要件を課せば手術を受けるしかなくなり、憲法13条違反になるとして「違憲の事態が生じ得る」と判断した。

トランスジェンダー女性の性別変更認める

 これを受け、申立人はホルモン投与を20年以上受けても陰茎が萎縮しておらず、外観要件を課せば違憲になるとした。女性として長年働いている点も踏まえ、この要件なしで性別変更を認めた。

 性別変更の家事審判は、国などの対立する当事者がいないため、今回のように性別変更を認める決定が出れば確定する。

 札幌家裁は9月、外観要件自体を違憲とする2件の決定を出した。最高裁によると、同月までに少なくとも計5件の違憲判断が出ている。札幌以外の3件がどこの裁判所の決定かは明らかにしていない。

後半では、申立人の思いや、決定のさらなる詳細、識者の見解を紹介しています。

つきまとう戸籍とのずれ

 司法がまた踏み込んだ判断を示した。性同一性障害特例法の要件が違憲になる場合があると認め、法改正の議論を促した。国会は動くのか。

 「納得できる結果が、やっともらえた」。50代のトランスジェンダー女性は、性別変更を認める決定を受けて語った。

 出生時に男性とされ、幼いころから性別への違和感があった。20代でホルモン投与を始め、外見を少しずつ変えた。女性として働くようになり、10年以上がたつ。

 だが、いまも住民票やパスポートは「男性」。生活実態と戸籍上の性別がずれているため、性別を移行したというプライバシーが守られない。役所や病院、海外旅行など様々な場面で不安がつきまとう。

 今年1月、女性への性別変更を関東地方の家裁に申し立てた。

司法が崩してきた壁

 これまでは諦めていた。特例法が定める性別変更の五つの要件のうち、「手術要件」とも呼ばれる二つを満たしていなかったからだ。

 だが、司法がその壁を崩した。精巣や卵巣の切除を求めてきた「生殖不能要件」は2023年10月、最高裁で違憲とされ無効になった。陰茎の切除が必要だった「外観要件」についても、広島高裁が昨年、ホルモン投与で陰茎が萎縮していれば満たせると判断した。

 手術なしで性別変更が可能になったが、申立人には疑問があった。

 ホルモン投与を20年以上受けているが、陰茎は萎縮しておらず、外観要件を満たすには切除するしかない。戸籍上の性別を変え、性自認にそった人生を安定させるため、危険で負担の大きい手術が避けられないなら、外観要件も違憲ではないか――。

「特例法を改正すべきだ」国会に注文

 訴えは届いた。10月31日の東京高裁決定は、外観要件を満たす手段が手術しかない人の場合、違憲になると判断した。ただ、要件そのものを違憲とはしなかった。

 特例法の五つの要件のうち、生殖不能要件は最高裁によってすでに無効とされ、外観要件についても札幌家裁などで違憲・無効とする判断が相次いでいる。

 決定は、法律の根幹が揺らぐこのような事態は「法制定時に想定されていたとは考え難い」と指摘。司法がこれ以上踏み込めば、特例法の性質を変えることになり、法律が違憲でないか審査する司法の権限を踏まえても「立法権の侵害にならないかという疑義がある」と述べた。

 そのうえで「本来なら立法府が裁量権を合理的に行使して特例法を改正し、外観要件についても改正の要否を検討すべきだ」と国会に注文した。

識者「医療措置が不要な法律に」

 特例法に詳しい春山習・日大准教授(憲法学)は「性別変更のために手術やホルモン投与を課してきた外観要件は明らかに違憲であり、今回の決定も違憲と言い切るべきだった」と指摘する。

 ただ、下級審が違憲と判断しても、裁判所によって判断がわかれる不安定な状況は続く。春山准教授は「当事者を広く救済するため、国会は一刻も早く医療措置が不要な法律に改正すべきだ」と話す。

 外観要件の目的とされる公衆浴場などの課題については、「すでに厚生労働省の通知など一定のルールがあり、別の方法で対応可能だ」としている。

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この記事を書いた人
二階堂友紀
東京社会部
専門・関心分野
人権 性や家族のあり方の多様性 政治と社会
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    仲岡しゅん
    (弁護士)
    2025年11月9日7時18分 投稿
    【視点】

    これはあくまで現時点での私の予想なのですが、特例法はこのまま当面のあいだ、改正されることなく棚上げされるのではないかと思います。 おそらく立法府の中でも保守層は、正面から手術要件の廃止を承認しにくい。 (あるいはむしろ厳格化のため、手術要件以外の別の要件を付けてくるか。) 逆に、手術要件を不要と考えるトランス当事者も、既に手術要件が司法判断によって実質的に問われなくなっている以上、特例法の改正議論によってむしろ要件が厳格化するくらいなら、現状のままのほうがかえって都合がいい。 また、実はトランス当事者の中でも手術要件の是非については意見が割れている上、改正のための具体的な要件論になると統一的な意見も形成されていない。 そういった政治的な力学によって、このまま当面のあいだは据え置かれ、個別のケースにしたがった司法判断が続くのではないかと見ています。

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