乾は思いもよらない人物との再会に、ただただ驚きを隠せないでいた。
それもそうだ、何しろ紅一とは死に別れたようなものであり、あの廃ホテルでの決戦の前にどっちがいくかで私闘をしたほど。そんな因縁があった相手との思わぬ再会に、乾はたじろいだ。
一方の紅一も、まさかここで乾に会うとは思っていなかったのだろう。驚きを隠せないでいた。
しかしいつまでも驚いている訳にもいかないと、二人は同時に我に帰った。それから二人は、ホームの立ち食い蕎麦屋で話すことにした。
──そして今に至る。
紅一が、改めてとばかりに尋ねた。
「乾、お前……どうして生きている?」
「俺にもわかりません。なぜ自分がここで生きているのか」
「そうか。でだ……ここはどこだ? 東京じゃないのは分かるが」
「ここはキヴォトス。詳しい事は俺も分からないのですが、生徒が治める学園都市……だそうです」
「学園都市……ここがぁ?!」
「ええ」
立ち食い蕎麦屋の店内は店主を除けば乾と紅一しかおらず、非常に閑散としていた。ぐらぐらとお湯の煮立つ音が二人の言葉の間で響く。
乾が事情を説明すると、紅一は真剣な面持ちで聞き入っていた。そして一通りの説明が終わると、彼は言った。
「って事はだ。俺も死んじまったのかもしれん」
「と言うと?」
「俺も東京で撃たれた。宿でシャワーを浴びてた時にな。お前が台湾でやられた時と同じく、公安の連中だろう……」
「先輩……」
紅一の言葉に、乾は胸が締め付けられる思いだった。彼もまた、乾が辿った道と同じものを辿っていたのだ。
やがて彼はこう続けた。
──まあ、犬死にって奴さ。
紅一はそう言って、ずるずると天玉そばをすすった。乾は自分の手元にあったかけ蕎麦をすする。
──しかし、味がしなかった。
まさか「トドメの紅一」の異名で知られていた先輩があっさりやられてしまうとは。それに彼の知る紅一は、なかなかにしぶとい。
そんな彼を殺せる実力がある者といえば……相当に手練れの者か……あるいは偶然の産物だったのか? そんな事を考えていると、不意に乾は声をかけられた。
それは蕎麦屋の店主からだった。黒の柴犬が二足で立ったようないでたちの彼は言った。
──お二人さん、キヴォトスの外から来たのかい?
と。すると紅一は、警戒するでもなく答えた。彼は言った、気がついたらここにいた……と。
店主はそんな紅一をまじまじと見ながらこう言った。
「いやね、このキヴォトスには外から来たっちゅう人がたまに来るんだよ。だがしかし死んで来たっちゃあ、あまり聞かないねえ」
「店主、そりゃどういうこったい?」
「言葉のまんまさ。あっしも長ぁく商売やってるが、キヴォトスの外から来た人は大体、あんたのような顔してるわけじゃあないのさ」
「ほう……。店主、口止めってわけじゃないんだが、おいなりさんもらえないかい?」
「面白い話を聞かせてもらってるんだ、お代はサービスしとくよ」
黒柴店主はからからと笑い、稲荷寿しを二人分用意するとカウンター越しに出した。
乾の分も注文した覚えがなかったが紅一の事だ、あっという間に食べてしまうだろう。それからしばらくした後、二人は蕎麦屋を出た。さて腹は満ちたが、風呂と宿の問題が残っていた。
「いやあ悪いねえ、何しろ金がないと来た」
「仕方ないですよ。俺も来た時はそうでしたし」
「だが乾よ、お前どうやって金を稼いでるんだ?」
「学園の犬です」
「学園の犬ぅ?」
紅一は乾の言葉に首を傾げた。犬とは何なのだ、犬とは。まさかどこかの飼い犬にでもなったのか。紅一の予想は半ば当たっていた。乾はゲヘナ学園の外部協力員である事を説明した。
すると紅一は、なるほどな……と呟いた後、こう言った。
「なら俺も協力しようじゃないか。それに今更、何を恐れる事もないさ」
「先輩……」
「それに、だ。飯の貸しを返さねえのは癪だしな」
そして二人は、ゲヘナ学園の門をくぐった。
翌日。乾は紅一の事を紹介する為、ヒナのいる執務室を訪ねた。
相変わらず部屋の中には書類の山ができていて、その中央で彼女は忙しそうにペンを走らせていた。そんなヒナの姿を見た紅一は、乾に尋ねた。
「あの嬢ちゃんが、今のお前の上司か?」
「ええ。風紀委員長です」
「ほう」
そして彼は、ヒナに声をかけようと執務室のドアを開けた時だった。ヒナのそばでコーヒーを淹れていたアコが、乾の後ろにいる小さな男に気が付いた。
アコはその場にいる二人の顔を交互に見つめながら、乾に問うた。
「この方はどなたですか?」
するとヒナもようやく紅一の存在に気がついたらしい、一旦ペンを置くと彼に話しかけた。
「都々目紅一。そこのウドの大……じゃなかった。乾の先輩さ」
「ウドの大木……ですか?」
「ああ、そうだ。乾とは同じ職場だったんだ」
「なるほど……」
アコはそう言うと、紅一に頭を下げた。そして改めて自己紹介をした。彼女は自分の名を名乗ると、紅一に対して一つ質問した。
──あなたは、なぜここキヴォトスに?
是非もない質問であった。答えが出ない。むしろ紅一が聞きたい位の質問だ。彼が乾に視線を向けると、乾は首を左右に振った。そして彼は言った。
──こいつにも、よく分からんそうです。
アコは暫くの間、紅一を見つめていたがやがて諦めたようだった。口を閉ざしたアコに変わり、席を立ったヒナが紅一に話しかけた。
「あなたが乾の先輩……名前は聞いていなかったけど、乾からある程度聞いてはいるわ」
「そうか。そりゃあありがたい」
「略歴を聞くに、乾と組んでもらった方が良いようにも思えるけど、あなたはそれに異存は無い?」
ヒナは早くも、紅一を乾と組ませる前提で話を進めていた。
それは紅一が乾の先輩であり、かつキヴォトスの外から来た人間だからだろう。だがしかし……と紅一は前置きした上でこう言った。
「まだ来たばかりで右も左も分からん!」
「それもそうね。かなり強引だけど、ビデオ映像で見てもらうわ。本当は研修スケジュールを組みたいけど、先約があるの」
「先約ねえ。かなり大事なようだな?」
紅一が呆れた様子で呟くと、ヒナは頷いた。
実のところ、ヒナはシャーレの先生から一報を受けていた。アビドス高校の一件で協力を依頼されていたが、いよいよ出動を余儀なくされたのだ。乾もこれは初耳だった。ヒナが紅一に問う。
──あなた、銃撃戦は得意?
すると紅一はニヤリと笑った。乾はそれを見て、何が起こるかを何となく察した。
──得意だ!
ヒナの言う先約とは、アビドス高等学校とシャーレの案件に対しての助勢である。
アビドス高等学校は生徒数5名と、最早学校としての体を為しているのかが怪しい状態ではあったが存続はしていた。そこに現れたのが、シャーレの先生である田中であった。
彼は唯一活動している部活──廃校対策委員会がシャーレに送った救援を受けて、アビドスへとやって来たのだ。
つい最近、廃校対策委員会の委員長を務める小鳥遊ホシノがカイザーコーポレーションの策にはまり、囚われの身になった。時同じくして、対策委員会がカイザーPMCの襲撃を受けこれを迎撃。更にホシノの奪還を目的として行動を開始した。
情報部の偵察活動よりもたらされたこの一件に対し、ゲヘナ学園風紀委員会は介入を決断した。そもそもの発端が、アコの暴走に起因するからだ。
いわばこの案件は罪滅ぼしに近いものとも言えよう。
ただヒナはこの状況を見て、当事者であるイオリとアコに罪滅ぼしをさせる方向にもっていこうとした。1000枚の反省文の代わりに協力する事で減免する、と言う形で。更に言えば、乾と紅一と言うイレギュラー的存在の試金石にぴったりだと判断したのだ。
両者共にヘイローを持たぬ存在ではあるが、防弾装備と豊富な実戦経験を持ち合わせている。特にあの防弾装備──プロテクトギアは魅力的だ。
自由と混沌を是とするゲヘナにおいて、あの威圧感溢れる外見はとても良い。そして自分と似た銃を持つ。これは統率感を醸し出し、ゲヘナにおいてより良い治安維持活動が可能ではないかと判断したのだ。
なにはともあれ、五人は学校に着陸させていたチャーター機でアビドス砂漠の北方へと向かった。
そして一行の目の前に広がったのは砂漠だった。文字通りに一面、砂。乾が苦虫を噛み潰したような顔で紅一に言う。
「これはきっついですね……」
すると紅一は得意げに言った。
「なあに犬でも出来る仕事さ。人間様ができない訳がない! 弱音を吐くな乾!」
「…………」
酷暑に加え、本来とは違う環境での運用ではある。紅一がギアを装備していたのは勿論だが、どこから調達したのかが乾は気になった。
さて、とヒナはアコに指示を出す。彼女はゲヘナ学園内の指令室から現地で得た情報を統合し、ヒナたち現場組へと情報として供給していた。アビドス砂漠に展開できる人数は分隊規模が精一杯だった。
前衛を乾と紅一、ヒナ。後衛にスナイパーのイオリと医療要員のチナツ。情報支援にアコが就く形だ。
「そろそろ着陸するわ、皆準備を」
「おう!」
ヘリのパイロットが砂上の着陸場所を探知する。皆がそれぞれ降下に備えていた。ヘリは急激な機動を禁じられながらも、無事ゆっくりと地上へ降り立つ事が出来た。砂漠とは言っても、アビドス砂漠は砂地が主ではない。所々に岩場があり、そこに降り立つ事も可能だった。
乾と紅一はヘリから降りるとすぐに、周囲の警戒を始めた。
「クリア!」
「クリア! よーし降りてこい!」
紅一の掛け声と相図によって他の面々が降り始めた。イオリが先に降り、二人の死角を埋める形で銃を構える。続いてヒナが降り、最後にチナツが降りた。さて、次は前進か後退か。
指示を仰ごうと紅一と乾がヒナを見るが、ヒナは厳しい顔をしている。何か遠くを見据えているようにも思えた。やがて紅一も気づいた。ヘルメットに内蔵された通信機から、砂を踏みしめる音が響いている事に。それはすなわち敵の存在に他ならない。
そしてそれと時を同じくしてイオリが呟くように言った。
「囲まれてる……気をつけて!」
「んじゃ、一仕事おっぱじめますか!」
既に乾と紅一はMG42を構え、ヒナの両隣に移動した。そして直後に現れる影。
最初に姿を表したのが、オートマタだった。弾丸を放つ前に、左右両翼に分かれるような形で乾と紅一は銃撃された。ちょうどイオリたちの背後から襲ってきた形だ。左右への銃撃で動きを止めた直後を狙い、更に火力を集中させるつもりだったのだろうが……。
──残念! そんな姑息な手はお見通しさ!
そう言わんばかりに、紅一がトリガーを引き絞る。MG42独特の布を裂くような銃声が砂漠に響いた。瞬く間にオートマタたちの頭部が吹き飛んでゆく。紅一のMG42による射撃は、もはやプロと言うよりは芸術的だった。紅一の檄が飛ぶ。
──乾、そっちはどうだ!
すると今度は紅一の死角からオートマタが襲い掛かる。だがしかし、乾も負けてはいない。彼はMG42を左手に持ち替えると、空いた右手で左腕の隠しホルスターから拳銃を抜き撃った。そして間髪入れずに射撃を再開する。素早い切り替えによる速射は圧巻だった。瞬く間に数体のオートマタが沈黙する。
「風紀委員を舐めるな!」
「……邪魔」
無論、ゲヘナ学園風紀委員会の面々も黙っていたわけではない。イオリは後続のオートマタを長距離から迎撃していたし、ヒナも加勢して近寄る前に掃射していた。
「イオリ、後方の敵は任せるわ。チナツは前方から来る敵をお願い」
「了解、委員長!」
イオリは照準越しに敵影を確認する。そして彼女はトリガーを引き絞った。弾丸は吸い込まれるようにして敵の頭部に着弾し、沈黙させる。そんな事を何回か挟んだのち、イオリは物陰に隠れた。
「リロードする!」
「時間は俺達で稼ぐ! 慌てんなよ嬢ちゃん!」
「問題ない!」
イオリは銃のボルトハンドルを引き、持って来たポーチから5発の弾丸が留まったクリップを取り出した。クリップの中身を弾倉に押し込んで引き抜くと、ボルトハンドルをがちゃりと戻し再び射撃を再開する。
さて乾と紅一と言えば……。交互に立ち位置を変えながら銃撃を繰り広げている。まず乾が後方に滑り込むようにして敵が射線に入らない所まで移動したのち、立ち位置を紅一と入れ替えると今度は前へと出る。
紅一が乾の援護射撃を受けながら遮蔽物に身を隠すと、背中のバックパックからベルトリンクを引っ張り出してはセットする。そしてチャージングハンドルを引き、初弾を装填した。再装填の開始からこの間は十秒もなく、オートマタの死角を狙った攻撃を加えてゆく。
そして二人は頃合いを見て再び入れ替わると、更に銃撃を繰り返した。紅一のMG42から弾丸が放たれ、同時にオートマタの頭部が砕け散った。二人のコンビネーションは息がぴったりだった。
粗方キレイになった所で、ヒナが周囲の変化に気づいた。
──敵影、なし。
その報告を受け、イオリは射撃を中止する。そして彼女は、チナツとアコに周囲の警戒を頼んだ。その間にと、乾がMG42の銃身を交換し始めた。それを見た紅一とヒナが乾に訊ねた。
「おい乾、お前そんなに撃っていたか? 交換にゃちっと早いと思うんだが」
「次が何となく、でかそうで。先輩こそ42はどうです?」
「でかいねえ……。まあ34と比べりゃレートも速いし、いい銃だ」
「34? 42?」
「そういや、ヒナの嬢ちゃんは42に似た銃だったな。少し息抜き替わりに小話だ」
紅一はそう言うと、説明を始めた。
まず彼が今まで握っていた銃は34こと、MG34だ。旧来のモデルであり、その掃射速度が特徴の銃だ。だが世界情勢の変動によって生産コストを低減させなければならなかった。部品の生産を含めた幾多もの改良と設計の見直し、更に生産ラインの見直しと改善。そうして出来上がったのが、MG42だ。
そして紅一が使っていた銃は、厳密に言えば簡易型のMG34/41Sと呼ばれるものであり、発射速度はMG42と変わらないのが特徴だ。だが重量の面で言えばMG42よりも重くもあって、普段は使われない事の方が多い。
そして首都警特機隊では凶悪犯に対する威圧と調達の関係から、MG42と34を併用していたのだ。
「──とまあ、こんなもんだな」
「先輩、よくそこまで調べましたね」
「乾、こいつが俺達の商売道具なんだ。使う道具については良ーく調べておくもんだぞ?」
「実に勉強しているのね……」
さて紅一が手短に語ってみせると、乾が興味深そうに言った。ヒナはそんな二人の様子を見て少し呆れていた。だがしかし、そんな二人を見て彼女は思ったのだ。
──この風変わりな二人が、今後のゲヘナ風紀委員会においては必要だと。
そしてヒナは二人に指示を出した。