箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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箱舟に迷い込んだ犬-3

 それはこのゲヘナ自治区の一つで起きた事件だった。

 地区内には個人商店や雑貨店などが軒を連ねているが、それらは全てシャッターが閉まっており、寂れ果てた様子が見て取れる。ヒナたちは風紀委員と共に現場へと急行していた。

 現場は既に封鎖されており、風紀委員達が交通整理と立ち入り禁止区域の案内を行っている。乾はその中に紛れ込むと、風紀委員と行動を共にする。

 現場には銀髪の少女──銀鏡イオリが待機していた。彼女の表情は険しく、それだけ状況が悪い事を意味していた。現場には他にも武装したゲヘナ学園風紀委員の姿が複数見受けられた。

 ヒナ達がやって来た事に気づくと、イオリは重々しそうに口を開いた。

 

「委員長……」

「イオリ、状況は?」

 

 イオリはヒナに報告する。倉庫内にいる強盗犯たちは抵抗を続けており、今も風紀委員たちと交戦していると言う。大規模に投入すれば確保が可能であろう。だがそれが出来ない事情があった。その最たる理由には人質がおり、迂闊に攻撃が出来ない状態となっていた。

 その為風紀委員側は手をこまねいている状態となっており、初期対応で駆け付けたヴァルキューレ警察学校の生徒やゲヘナ学園の部隊から増援が来るまで時間を稼ぐしかないと言う事であった。

 ヒナはそれを聞くと顎に手を当てて考え込み始めた。

 

「人質は突入すれば開放できるとは思うけど、被害が大きいか……」

「委員長、どうすれば?」

「連中は何を?」

「逃走用の車両とカネですね」

「ありきたりね」

「そう言うものかと」

 

 不良生徒と言うのはどうもキリがなくて困る、と言うのがヒナの見解だった。

 ここゲヘナでは騒乱が起きて、時には銃弾の雨すら降らせる事となる。そんな生徒に対してヒナは時折感心するかのようなコメントをした。乾はその様子を遠巻きに眺めていた。かつて自分が所属していた組織でも、抗争と言うものは絶えなかった。

 当然の事と言えるが、不良集団と言うのはどこにでもいるらしい……と内心で思っている。そして彼女達は社会において異物である事が共通点だ。イオリやヒナのように、治安維持を行う側とは衝突するのもまた珍しい事ではなかった。

 不良たちは風紀委員の部隊と交戦中だ。初動対応で来ていたヴァルキューレ警察学校の生徒達が鎮圧するのに苦労しているのも納得できる。今は武装車両の陰から援護射撃を行っている様子だった。

 戦況は膠着状態と言えたが、風紀委員側が劣勢だ。なぜならこのままでは、不良たちの逃走を許容せざるを得ないからだ。現在倉庫内にいる不良の数は実に三十名ほど。

 そして彼らは人質を連れていると言う事だった。人質さえ何とかなれば、状況打破は容易であるとヒナは考えていた。だがイオリの語る所によれば、倉庫内の不良たちは警察に逃走用の車両と資金を要求。

 そして更には倉庫内で立て籠りを行っていると言う。乾がキヴォトスでの生活に慣れてきたとは言え、この様な状況は初めてだった……。

 ──さて、どうしたものか。

 乾がそう考えていた時だ。ここに来て完全に状況を掌握したヒナは決断した。

 人質には悪いが、早々に確保して足がかりを作ろう……そう考えた。そして彼女は乾に視線を向けて言った。

 

「乾、あなたにも来てもらう」

「委員長! 正気ですか?!」

「あなたのあの甲冑──プロテクトギアといったかしらね。あれの性能を見せてほしいの」

 

 実のところ、ヒナのこの頼みは賭けでもあった。乾が肯定すれば言うことはないが、拒否される事もあり得る。だがヒナの見立てでは、乾は乗って来ると踏んでいた。それは彼が持つ"なにか"に起因していた。

 ──彼は強い。

 その強さは単純な戦闘技術ではなく、もっと別のもの……言うなれば、彼の纏う空気のようなものだった。それが彼女をそう確信させていた。そして同時に、このキヴォトスにおいて彼のような存在は珍しいとも思っていた。

 だからこそ彼女は乾に賭けたのだ。

 

「……どうせ死んだ身だ。それが頼みならやってみよう」

「ありがとう。こんな事言うのも変だけど、死なせはしないわ」

「…………」

 

 乾が半ば自棄気味に答え、イオリもまた呆れ顔。そしてヒナは満足そうに頷くと、風紀委員たちに指示を出した。

 ここに来て、乾は持参したトランクケースを開いた。中身を確認すると、装甲車両の影で着替え始めた。幾つかの部品を手に取ると、組み立て始めた。

 一通り組み上げると黒い耐火服に着替え、防具をその上に取り付ける。胸部の装甲を取り付け始めた段階で風紀委員の一人が乾の行動に気づき、声をかけた。

 

「ちょ、ちょっとあんた何やってんの!」

「ん? ……すまない、手を貸してくれないか」

「そんなもの、一体どこから……」

 

 声をかけられた乾が振り向く。強化服は一人では装着できない欠点がある。

 黒一色の耐火服を纏っていた乾はさながら死神を思わせる姿だ。そんな彼の口から漏れるのは、低く覇気のない声だった。風紀委員が訝しげな視線を送りながら彼に近づくと、再び問いかけてきた。

 乾が答える前に割って入ったヒナが口を挟んだ。彼は外部協力員である事を伝えると、風紀委員の少女は驚きに目を見開かせると乾に詰め寄った。

 乾の指示に従い、装甲を取り付けていく。

 

「これでよし」

「……!」

 

 一通り強化服を装着し終えた乾が、最後にガスマスクのアダプターにホースを接続する。

 するとマスクのレンズが紅く発光し、見る者に威圧感を与えると同時にどこか機械的な印象を与える……そんな姿だった。ヒナはその姿を見て思わず息を飲んだ。

 あの威圧感溢れる装甲服に、ガスマスクという組み合わせはいつ見ても物々しいからだ。その一方でヒナが率いる風紀委員たちの行動は迅速だった。

 特に行動力に長けた生徒が率先して動く事で、あっという間に突入部隊は準備を整えるに至った。

 そうして準備が整った事を報せると、中へ突入するべく倉庫の扉が爆破された。

 ──突入!

 その号令と共に、倉庫内にいた不良たちは一斉に動き出した。乾が先陣を切り、その後にヒナ、風紀委員……と続く。

 そしてイオリもまた後を追うのだった。倉庫内に突入した一行は、迅速に行動を開始した。

 人質の解放を最優先とし、不良生徒たちを次々と無力化していく。乾は先頭に立ちながら、手にした機関銃で不良たちを無力化していく。

 彼の放つ銃弾は正確に不良たちを撃ち抜き、その意識を刈り取っていく。ヒナがその様子を興味深そうに眺めながら呟いた。

 ──なるほど、これは確かに……。

 彼女が乾に対して抱いていた印象は正しかったようだ。彼は強い……それもかなりのものだ。

 そう確信した彼女は乾に指示を出した。そしてほぼ同時に他の人質たちの元へ向かっていった。

 しかしそれは囮となる事を意味していた。案の定、強盗犯たちは突入してきた人影でひときわ大きい人物──乾に火線を集中した。

 そこへすかさずヒナが割って入り、突入部隊の面々の突撃を支援する。

 乾は煙幕の中を突き進むと、人質たちの前に立ち塞がる者たちを銃撃で次々と排除していった。近くの相手に対しては素早く間合いを詰めると、蹴り飛ばすなり殴り飛ばすなどして無力化していった。

 その様子を遠くから見ていたチナツは感嘆した。彼が本気で戦うところを見た事はなかったが、彼の持つ技量の高さに舌を巻いたからだ。そして風紀委員たちとの連携も見事なもので、特にヒナとの連携は舌を巻くものがあった。

 記憶が正しければ、二人が組んだのはこれが初めてだったはずだ。

 まさか──。

 

「──これが、大人の力とでも……?」

 

 乾の後ろを走るヒナは、彼が手にする銃をちらと見た。

 自分の手にする愛銃に似たそれは、彼が属していた組織(首都警特機隊)の正式装備らしい。MG42機関銃──それが彼の武器だった。

 乾が振り回してそれを薙ぐ度に悲鳴が上がる。その姿はまさに地獄の番犬(ケルベロス)の如しであった。

 ヒナは負けじとトリガーを絞り、乾の死角にいる強盗犯を一人一人と片付ける。

 ──なんだあの真っ黒いのは、冗談じゃない。

 その一方で、不良生徒の集団は慄いていた。倉庫内にいた彼女らは突如現れた正体不明の存在に困惑する。

 撃ち合いを挑めば大体当たらないか弾かれ、相手が撃ち始めるとこちらが真っ先にこてんぱんにされ、かといって逃げた所で後ろから撃たれるだけ。

 まさに八方塞がりだった。

 それは他の不良生徒たちも同じで、この場において真っ黒いやつの存在は圧倒的だった。誰もがそれを受け入れつつあった時だ……一人の少女が動いた。

 密かに逃げ出そうとしていた不良生徒の一人が声をあげると、それに反応した別の不良生徒が声を上げる。何事かと目を向けると、そこに居たのは黒い少女であった。

 

「くそ、なぶり殺しってか!」

「あたしたちを舐めんなー!」

「……はあ」

 

 黒い少女──ヒナは溜息一つして手にした銃──<終幕>を構えると、躊躇なく不良生徒たちに向けて発砲。

 放たれた弾丸は正確にターゲットの頭部や胸部を撃ち抜き、あっと言う間に彼女達の意識を刈り取った。

 

「クリア!」

「クリア!」

 

 倉庫内の掃討戦が続き、次々とクリアリングされる。

 まるで害虫駆除のように呆気なく不良生徒たちが倒れていく光景を見て、乾は改めてヒナの強さを認識する。

 そして同時に、その強さにどこか恐怖心を抱いた。身を隠していた強盗犯が反撃を試みるも、即座にヒナの手によって気絶する。

 やがて倉庫内が制圧された頃、乾は最後の一人に銃を突きつけていた。その強盗犯はまだ年若い不良であった。

 彼女は恐怖に震えており、涙を流しながら許しを乞うていた。

 

「た、頼む! 許して……!」

「…………」

 

 だが乾は容赦しなかった。

 彼の持つMG42機関銃が火を噴き、少女の身体を滅多打ちにした。そして最後に残ったのは人質たちのみとなった。

 彼らは皆一様に怯えていた。特に小さな女の子は泣きじゃくっており、母親であろう人物が彼女を抱きしめるようにしながら立ち尽くしていた。

 乾はそれらから背を向けると、人質たちの処遇を風紀委員たちに任せた。

 

「凄まじい腕……ですね。アコ行政官の見立ては正しかった」

「ヘイローが無い分、無茶はさせられないけど……ヒナ委員長と釣り合うってのが凄い」

 

 その様子を見ていたチナツとイオリだが、なにもサボっている訳ではない。

 二人は倉庫外にいる部隊と通信を繫ぐと、人質たちの保護を依頼すると共に犯人の制圧が終了した事を報告した。

 やがて犯人は全員逮捕され、倉庫内にいた人質たちは無事に保護された。しかし一部で混乱が起きたことから、ひとまずゲヘナ学園の自治区内で拘束する事となった。

 その後風紀委員たちは現場の後始末に追われる事となったが、乾はと言うと……。彼はイオリに呼び出され、車で待機していた。イオリは乾の姿を見るなり、頭を下げた。

 そして感謝の言葉を述べると、一つの封筒を手渡しした。

 

「……おい、なんだこれは?」

「今回の報酬です」

「ちょっと待て、俺は傭兵になった覚えはないぞ」

 

 その金額に乾が驚くと、イオリはこう付け加えた。

 この金はあくまで今後ゲヘナ学園から支払われる給料から、危険手当分を先払いしたものであると言う事だった。乾は不満に思ったが受け取った。

 今後の事を考えると、手元にいくらかあった方が好ましいからだ。風紀委員に身柄を拘束されていく不良たちを脇目に、乾は思案した。

 ──キヴォトスでは不良生徒の扱いと言うのは、どうなっているのか。

 それは彼にとっては疑問だった。キヴォトスでは不良生徒という存在が当たり前に存在しているのは、これまで見てきた中で明らかだ。

 だがその処遇についてはどうなのだろうか? 気になった彼はヒナに問いかけた。すると彼女はあっさりと答えた。

 

「不良生徒はヴァルキューレが管理する矯正局行きね。そこで更生するか、出てこれないままか……どちらかよ」

「……!」

 

 それを聞いた乾は思わず息を飲んだ。そして同時に納得していたのだった。

 ……このキヴォトスにおいて、不良生徒の扱いとはそう言うものなのだと。しかし教育者ではない乾にはどうしようもない。

 ヒナたちに連れられる形で装甲車に乗り込んだ。車内で待機していた風紀委員から報告を受けると、ヒナは改めて指示を出した。

 

「学園へ。帰るよ」

「了解しました」

 

 揺れる車内で乾はヘルメットを脱いだ。澱んではいないが、新鮮とは言いがたい空気が肺に入る。彼は呼吸を整えながら、窓の外に視線を向けた。

 ──これからどうなるのだろうか……。

 乾はそう考えながらも、どこか諦めにも似た感情を抱いていたのだった……。

 

 

 その日を境に、ゲヘナ学園では一つの変化があった。

 それは風紀委員会の外部協力員として活動するようになった乾を慕う生徒たちが更に増えた事である。

 特にその中でも人気なのはイオリであり、彼女は毎日のように乾の元へ訪れるようになっていた。それに対して彼は特別な感情を抱く事は無かった。

 10歳近く違うのだ、価値観が違う。そしてなにより、乾は自分が異質な存在だと言う事をよく分かっていた。

 日本以上に殺人を忌避するキヴォトスで、治安の為とは言えど必要であれば殺人を厭わないのはあまり良いとは言えない。幸か不幸か、ここで殺しには手を染めていない。

 しかしいつ起こるかが分からない。それが乾にとっては嫌なものであった。そんな折、風紀委員会から報告が上がってきた。

 どうやら最近妙な噂が広がっているらしいと言うのだ。それは連邦生徒会に関するものであった。曰く──連邦捜査部シャーレの顧問である先生が、近日ゲヘナ学園を訪れると言うものだという。

 乾はシャーレの先生と言う人物に心当たりはなかったが、ゲヘナ学園の風紀委員たちが言うには新任の先生であり連邦生徒会の特別顧問と言う立場らしい。

 そんな人物と関わりがあるというゲヘナ学園風紀委員会に対し、乾は疑問に思った。

 しかしそんな時、チナツからある提案をされる。それはシャーレの先生が来る前に一度会ってみないかというものであったが、その願いを乾は断ったのだった。

 だがそれから数日後の事だった──。

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