箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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1話の乾視点です。読まなくても問題はありません。


箱舟に迷い込んだ犬-α

 ……冷たい、寒い。暗い……。

 視界に色が戻った時、俺が初めて感じたものはその3つだ。装甲の下にねじ込まれ、撃たれた弾は腹の中をめちゃくちゃにするには十分だった。

 息苦しく、体も重くて動かない。だが意識だけはあった。ここが地獄なら地獄の閻魔にでも文句を言ってやろうと思ったが、残念ながら周りを見渡す余裕はあまりない。

 先輩は無事だろうか。あいつらを皆殺しにはしたつもりだが、こうなっては確かめようがない。そんなことをあれこれ考えながら……俺は意識を失った。

 次に目を覚ましたのはどれぐらい経っただろうか。あまりにも死んだように寝ていたので、意識を回復したことすらすぐには気付けなかった。

 

「暖かい……?」

 

 ふと声に出していた。体は熱を取り戻し、重い痛みも無かった。意識がはっきりするまで時間が経ったのもあるが、それからしばらくして状況を察し始めた。

 地面は熱く、太陽の恵みを有り余るほどに受け止めていた。すっかり撃たれる前の調子を取り戻したことを確信すると、俺はそうっと立ち上がり周囲を確認する。だが俺の目に飛び込んできたのはあまりに不思議なものだった。

 逃げまどう二足歩行の獣。銃声。子供のものと思わしき悲鳴。知らない景色だった。見覚えすらない。それに銃声?

 なんだなんだ、まるで別世界のようだ。俺は瞬きすると、再度あたりを見回した。だが映る景色は全く変わっていない。しいて言えば、足元に見慣れた機関銃──MG42が装填状態で落ちていた。

 ──あれはなんだったのだろう?

 そんな時、どこからか声がした。

 紅く見える視界の中、助けてと叫ぶ声の方へと足を運ぶ。煙が立ち昇る街並み。逃げ場がなくなりつつある大通りの中で、今にも死にそうな声で救いを求める少女を発見した。少女はセーラー服を着た集団に取り囲まれていた。

 

「誰か助けて!」

 

 少女は銃を向けられ、命の危険が感じられた。

 ──何とかせねば。

 俺は大声を出した。

 

「おい! そこで何をしてる!」

「あん? んだてめっ……?!」

「どうし……ば、化け物だぁぁぁ!」

 

 相手はこちらを見るや、手にしていた銃をこちらに向け発砲してきた。弾丸が飛んでくる。奇妙なことに、その弾丸がスローモーションで見えた。

 ──まずい!

 反射的に身をかがめ、目を閉じる。直後、銃声が響き渡る。衝撃が来た。しばらくして衝撃が止み、恐る恐る目を開ける。目の前にいたセーラー服の女たちは驚きと恐怖で目を見開いていた。

 相手の銃口から煙が出ていた。弾は発射されていた。しかし出血はしていない。と言うことは……ギアを着けている?

 

「な、何なんだよ!」

「化け物……」

 

 なんにせよ助かった。相手が何故驚いているのかは分からないが、プロテクトギアを見たことが無いのかもしれない。

 なんてことを考えたのも束の間、奴らはしばらくすると再度こちらに銃を向ける。さすがに今撃たれたらまずい。俺もまた反射的に、反撃に移る。右手に持っていたMGを構え、トリガーを引く。

 耳を劈くような音が聞こえるのと同時に、目の前にいた数名が弾き飛ばされる。バタバタと倒れるその様には見覚えがあった。俺はそのまま発砲を続け、あっという間に女どもを制圧する。

 ──なんだ? この違和感は……。

 一通り蹴散らした所でふと湧いた違和感。それについて考える暇は与えてくれなかった。襲われていた少女──小学校高学年ぐらいだろうか──が立ち上がり、俺に飛び付いてきた。

 まるで助けてくれたヒーローを見るかのような目をしている。そこに疑いはない。

 

「えっへへ、ありがとー!」

「……ここは危ない。どこか安全な場所へ逃げるんだ」

 

 小さな体から伝わる暖かさを肌で感じながら、俺は困惑するばかりだった。

 彼女は手を振ると、どこかへと去っていった。その背中を見届けた俺は、一体何が起こっているのか右も左も分からないながらも、ただ進むことにした。

 しばらく歩いていると、どこからともなく発砲音が聞こえた。さらに金属がぶつかり合う音も聞こえる。嫌な予感がした俺は、その音のなる方へ走り出した。そこは大通りから少し外れた場所だった。

 そこではヘルメットを被った少女たちが、二足歩行する柴犬を脅している様子が見られた。ヘルメットの少女たちは小銃を持ち、中にはショットガンを所持している子もいるようだ。

 柴犬は地面に伏せて降参の意を示していたが、その態度に腹を立てたのだろうか、一人が腹部を蹴飛ばした。

 ──まずいな。

 そう思って銃を構えると、少女たちのひとりがこちらに気づき罵声と共に発砲してきた。俺はとっさに物陰に隠れると、右手の銃を装填し直す。だが奴らの猛攻は止まない。

 

「ああ? あたしらツヤツヤヘルメット団に喧嘩売って無事に帰れると思ってんのかあ?!」

「ひいぃ!!」

 

 このままでは埒が明かない。

 そう思い物陰から飛び出すと、近くにいたヘルメットの少女たちに向けて発砲した。着弾と共に2人が倒れる。それを見た他の奴らは武器を構えるも、こちらを見て一瞬驚いた後すぐに逃走を始めた。

 ある者は背を向け走り出し、ある者は逆上したのか銃を乱射した。

 

「ああぁっ!」

「くたばれ化け物めー!」

 

 だがしかし……弾薬はもう切れているだろう? 弾切れに気付かず乱射するその様はまるで素人だ。危険極まりないので反撃に一斉射。相手が弾切れに気づく間もなく、ツヤツヤヘルメット団を名乗る少女の一団は地に伏した。

 ──しかし……何だったんだ? この少女たちは。

 俺は少女たちが持っていた小銃を手に取ると、マガジンを抜いて弾を確認する。やはり空だ。だが驚きはそこではない。彼女たちはヘルメットをかぶり、小銃で武装していた。

 

「あ、ありがとうございました……」

「早く安全な所へ」

「は、はい!」

 

 無事逃げていく喋る柴犬を後に、行動を再開した。

 どうやらここから離れた方が良さそうだ。辺りを見ると他にも人がいるが、奴らの仲間ではないようだ。俺もこの辺りを離れよう。そう思い足を進めようとするも……ふと立ち止まり振り向いた。なんだろう。何かが気になる。この感覚はなんだ?

 

「ここはどこなんだ?」

 

 気づけば声にしていた。

 不思議なことは山ほどある。急所へ撃たれた筈なのに息をしていること、少女の他は二足歩行の動物しか見られないこと、少女たちは妙に着飾られた銃を手にしていること……。

 気になることも山ほどあるが、俺にはそれらを解決する術がなかった。だが……とりあえず歩く。さてここは一体どこなのだろうか?

 目視する限りにおいてはビルが並び、行く先々で大小さまざまな銃撃戦が繰り広げていることから、少なくとも日本ではなさそうだ。それにこれは……。

 機関銃を構えようとした途端、背中に重い衝撃を感じると共に俺は地面へと押し倒された。

 まずい……! 本能的に悟る。体が自然と受け身を取っていた。そのまま起き上がり、背後を振り向こうとするとすぐさま襲撃者と思しき奴に取り押さえられる。

 

「ウチのシマでなにしてくれてんだ、ああん?」

「ぐ……」

「?!」

 

 何とか振りほどき、襲撃者を蹴り飛ばす。だがそれでひるんだのか相手はその場に倒れるも、すぐに起き上がってきた。

 

「こいつ、強い」

 

 俺は相手の動きに警戒しつつ距離を取ると、MGを構えて発砲する。だが相手はそれを読んでいたのか素早く横に回避し距離を詰めてきた。

 そしてそのまま殴りかかってきた。振り下ろされる拳をいなしつつ、再び距離を置こうと後ろへ跳躍するも今度は腰のホルスターから抜き放った銃をこちらに向けて発砲してきた。

 先に手にした小銃も含め、乾が見たことのない短機関銃だが、その程度の弾丸なら問題ではない。姿勢を低くして耐えると、すかさず反撃に移る。

 

「ふっ……!」

 

 息を吐くと同時に乾の蹴りが飛んでくる。それを避けることなく両腕でガードした。重い一撃だがまだまだ耐えられる。

 だが相手もこちらの動きを読んでいたのか、ガードされた足をそのまま振り上げてきた。そこへ。

 

「なっ……?!」

 

 乾がMGのトリガーを素早く引き、発砲する。

 弾丸はスケバンの腹部に命中。スケバンが怯むも、乾は掃射を続けた。装填されていたベルト分の弾薬をすべて撃ち尽くすと、そのまま敵に向かって走り寄る。

 そして乾は一気に距離を詰めると銃床を相手に叩きつけ、さらに鳩尾に膝蹴りを入れる。すると一瞬息がつまり、バランスを崩す。

 そして……。

 

「バケモンかよ、こいつ……」

「……化け物はどっちだ?」

 

 スケバンはうめき声をあげて気絶した。乾はMGの弾をリロードしつつ、周囲を見渡す。どうやら他に敵はいないようだ。だが……。

 

「子供が銃を持ち、犬や猫が二足歩行で歩いている街、か……。あの世にしては不思議なところだ」

 

 乾はひとまず歩き出した。この街にいるとなにか妙な胸騒ぎがするのだ。それにさっき助けた少女も気にかかる……。

 だが今はここについて何か分かる場所を目指そう。

 情報が足りない。

 

 俺は走り出した。

 ── それからしばらくして、何区画か移動した時だった。

 

「あれは……何だ?」

「くそっ、皆いない時に限って!」

「ヒャハハ! ヒナもうるせーイオリもいねーんだ! 好き勝手するぞ!」

 

 ヘルメットを被った不良共が、赤い腕章をつけた女子の集団と撃ち合いをしている。腕章には「風紀」と記されている。

 どうやら風紀委員のようだ。風紀委員の少女たちが不良集団の銃撃を物ともせず、逆に撃ち返している。だが不良集団も負けてはいない。

 数で勝る不良集団は、その数を生かして風紀委員たちを取り囲んでいる。

 

「どうしたものか……」

 

 傍観していた乾が、このままではいずれ押し切られる……そう思った時だった。不良集団のひとりが倒れた風紀委員を足蹴にし、そのまま銃口を向けた。

 ──まずい……!

 乾はとっさに飛び出し、そして不良集団をMGで掃射した。突然の閻入者に驚くも、乾はすぐさま風紀委員の少女を抱きかかえるとその場から離脱する。

 不良集団に応戦しつつ、物陰へと逃げ込んだ乾は少女を地面に下ろすとMGの弾薬を交換する。そして再び物陰から飛び出した。

 

「この! よくもやってくれたなヘルメット団め!」

「はん! キャンキャン泣きゃいいんだよ風紀のワンコどもめ!」

 

 今度は少女たちが不良集団に向けて発砲しているところだった。だがやはり数では負けているらしい。風紀委員の少女たちが押され始めている。

 乾は物陰から飛び出すと、すぐさま射撃を開始した。不良集団に向けて発砲すると同時に、乾は不良集団に包囲されつつある少女たちを援護する。

 だがこのままではジリ貧だ。そう考えた乾は、物陰から飛び出すと不良集団の死角から突入した。そして再び掃射。瞬く間に不良集団を蹴散らしていく。

 風紀委員たちの退路を確保すると、乾は少女たちに向き直った。だがその行動を不良集団のリーダーらしき人物が見ていたらしい。

 相手は乾が危険な存在であると判断したのだろう。乾に罵声と共に銃口を向けた。そのまま発砲してくる。

 だが乾は冷静に対処し、MGを掃射する。放たれた弾丸は不良集団のリーダーに命中するが、不良集団のリーダーはすぐさまマガジンを再装填して再び乾に向けて発砲した。

 

「てめぇが何者かしらねーが、風紀の味方するってんなら容赦しねーぞ」

「…………」

「チッ無視か、まあいい。死にたくなかったら、さっさと失せろ!」

 

 乾は不良集団のリーダーに向けて発砲した。不良集団のリーダーはすぐさま反応し、その場に伏せる。そこへ間髪入れずに銃弾を叩き込む。不良集団のリーダーはすぐさま物陰に隠れた。

 だが乾は追撃の手を緩めない。MGのベルトを交換し、さらに撃ち続ける。

 

「弾切れか! チキン野郎が!」

 

 不良集団のリーダーはそう言うとマガジンを交換する。そして物陰から飛び出した。

 

「くらいやがれ!」

 

 不良集団のリーダーは乾に向かって発砲した。だが、乾はそれを予測していたかのように遮蔽物を使いながら素早く避けると、逆に不良集団のリーダーを撃った。

 

「ぐあっ!」

 

 不良集団のリーダーはその場に倒れる。乾はすぐに物陰へと逃げ込むと、そのまま物陰に隠れながら射撃を続けた。そこへ。

 

「……まずい! ヒナだ! 空崎ヒナが来やがった!」

 

 ──さほど遠くはないところから、不良のものと思わしき声が響いた。

 そしてその直後、MGに似たような銃声が轟いた。乾は物陰から顔をのぞかせ、状況を確認する。どうやら先ほどの不良が誰かに向けて発砲したようだ。

 その先に見えるのは小学生にも見える体躯の少女がひとり。その少女は、乾のいる方に迫りつつ不良集団と撃ち合っていた。

 そして乾は気づく。あの少女が、不良集団のリーダーが言っていた空崎ヒナなる人物であることに。

 彼女は銃弾を受けてもまるで何もなかったかのように突き進み、そして集団をまるで赤子の手をひねるがごとく圧倒すると、そのまま不良を殲滅した。

 

「…………」

 

 ヒナは手にしている銃──MG42に酷似している──が煙を吹いている事に気づき、そのフィードカバーを開いた。当然、無防備と判断した不良がヒナへ攻撃を仕掛けた。

 そこへ乾は物陰から再び顔を出し、不良に向けて射撃する。不良は不意を突かれ、姿勢を崩したヒナに一撃を加える前に全身を撃たれ、その場で不格好なダンスを踊った。

 ヒナはそれを見た直後、こちらを見て安堵の──あるいは、とても面倒くさそうに──ため息をつき、硬直した。

 その一方で装填分を撃ち尽くした乾は、弾を再装填し始めた。その途中で、背中がやけに軽いことに気付いた。

 ──これ以上の継戦は困難だ。残りの弾薬ベルトがない……。

 装填を終えた乾は、ヒナが跳ね起きるのを見た。その直後、背後からの気配を察して応戦した。

 反射的に銃床を腹に叩き込み、怯んだところを蹴り倒し、何発か腹やら顔やら力いっぱい踏みつけた。大人しくなったところへヒナへ銃を向けた。

 相手もこちらに銃を向けた。睨み合う形で静寂が訪れ、しばらく続いた。それからヒナが何かを思い出したかのように、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ゲヘナ学園風紀委員会所属、空崎ヒナよ。あなたには、この銃撃戦の重要参考人として同行願いたいのだけれど」

「…………」

 

 乾は名乗りを上げるべきか迷った。

 だが、この状況で名乗るのは得策ではない。そう判断し、乾は無言でMGを構えたままヒナを睨んだ。

 しかしヒナも銃を構えたまま微動だにしない。まるでこちらの出方を窺っているようだ。膠着状態がしばらく続いたが、その静寂は突如破られた。

 

《委員長、封鎖と配置完了です! どうしますか?》

「分かった。……あなたも聞いたでしょ? ここは封鎖された。百を超える銃口が、あなたを狙っている」

 

 ヒナの言葉とほぼ同時に、周囲の物陰から風紀委員の少女たちが現れ、銃を構えたまま乾へ向けた。

 射線はどこも重ならず、乾だけを蜂の巣に出来る位置にいた。加えて、彼女たちは年齢に反して、高い練度を有していた。

 ──強行突破は極めて難しい。

 ここで乾は、投降を呼びかけてきた相手の言葉を反芻した。

 重要参考人として同行……か。ここは素直に応じた方が得策だろう。逃走中では敵に捕捉された際のリスクが高い。右も左も分からないのに、敵中突破は愚策だ。

 そう判断した乾はMGを下ろすと、ゆっくりと武装解除に応じた。ヘルメットを脱いだ時にはヒナを含めた風紀委員たちは何か珍しいものを見たのか、しばらく硬直していた。

 

「……どうした? 早く拘束するなり、なんなりしてくれないか」

「え、ええ……」

 

 乾が促してやっと我に返ると、周囲の少女たちへ下がれと命じる。

 それを聞いた少女らは構えていた銃を下ろした。そのまま何名かはヒナのもとへ駆け寄る。風紀委員たちは乾を囲むようにして回り込むと銃を構え、その内の一人が手にしていた手錠をかけた。

 乾は彼女たちに連れられるようにして歩き出した。その途中でふと、強い風が吹いたので空を見上げた。

 

「…………?」

 

 空はとても透き通っていてはいたが、何故か気分はすぐれなかった。

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