箱舟に迷い込んだ犬   作:B=s

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 空崎ヒナと武器を見て特機隊員が浮かんだ。他意はない。


箱舟に迷い込んだ犬(×ケルベロス 地獄の番犬)

 

 それは部下が兵力を勝手に動員した日の出来事であった。

 夕日が沈む最中、車の列が道路をひた走る。その中でひときわ目立つ車両の後部座席で、白髪の少女──空崎(そらさき)ヒナが物憂げに外を眺めていた。

 部下の暴走を制し、謝罪を行ったヒナは風紀委員の大部隊を引き連れ、本来の管轄であるゲヘナ学園へと撤収する最中。既に車はアビドス自治区を離れ、ゲヘナ学園の領内へと入っていた。学園の建物まで目と鼻の先と言った所で、銃声を聞いた。

 

「委員長、大変です!」

「……?」

 

 急ブレーキをかけて車列が停止し、何事かと眉を(ひそ)めたヒナ達の前に先頭車両から降車した風紀委員が数名やって来た。

 彼女達は大変慌てた様子であった。

 

「この先の交差点でヘルメット団と思わしき不良と、何者かが銃撃戦を繰り広げています!」

「相手はゲヘナの生徒なの?」

「いえ、それが……」

 

 言いよどむ様子に、ヒナは表情を険しくした。

 ──ただでさえ部下が勝手な事して他校との外交問題になりかけたのだ。せめて留守の時ぐらいは何とかならないのか。

 それが彼女の偽らざる内心であった。キヴォトスで混沌としている事で有名なゲヘナ学園領内だが、銃撃戦の無い日ぐらいはあってもいいはずだ。

 

「……あなた達は周囲の封鎖と交通誘導を。私自ら出る」

「で、ですが……」

「これ以上あなた達に被害が出ては困る。チナツ、指揮を執って」

「……了解」

 

 ヒナはそう言いきると、手袋をはめ直した。それと同時に生徒達もチナツと呼ばれた茶髪の少女──火宮チナツの指揮の下で行動を開始した。

 ゲヘナ学園唯一の治安組織として、風紀委員会の実力は伊達ではない。風紀委員会について一部の生徒からはヒナにおんぶにだっこと言う評があるが、組織として元々低くはない。むしろ、他の学園の風紀委員会と顕色ない働きをする。

 ただついていないのは、そこまで優秀な生徒会を有していても不良による犯罪行為や、一部の部活動による問題行動があまりにも多いと言う事だ。母数が多いのもあるが、その自由な校風も多分に影響がある。

 病根にも似た物だ。

 さて、ヒナの目先では銃撃戦が繰り広げられていた。即時鎮圧を目的にと行動を起こしたのだがどうも様子がおかしい。ヘルメット団らしき不良が何名か気絶している。しかしまだ銃声は止まない。相当苛烈な銃撃戦のようだ。

 

「まったく、不良と言う連中はこれだから」

「……まずい! ヒナだ! 空崎ヒナが来やがった!」

 

 ため息交じりにヒナが愛銃<終幕(デストロイヤー)>のチャージングハンドルをがちゃりと引く。不良の一人がヒナに気づいたのか声を上げた。

 次の瞬間、その不良は吹っ飛ばされることになるのだが。何のことはない、よく狙ってトリガーを絞っただけだ。低い発砲音と共に掃射が始まり、ヘルメットを被った不良が幾人か吹っ飛ばされる。

 しかしヒナの表情は変わらない。何故ならいつもやっている事であり、キヴォトスではありふれた光景の一つだからだ。

 

「うわーっ!」

「挟み撃ちなんて……いたたっ!」

「やられてたまるか―!」

 

 何回か掃射した後、ヒナは銃のフィードカバーを開く。しゅーしゅー、と煙を噴く銃を冷やす為だ。

 彼女が手にする銃に弾倉の概念はないが、過熱するのには変わりない。その為冷却を挟むのだが、不良の一人がそれを隙ありと見てか一気に詰め寄った。

 無論撃たなくなったからと反撃をやめた訳ではない。即座にフィードカバーを閉じ、その不良は腹と顔面に銃床を叩きこまれて吹っ飛ばされる……筈だった。

 と言うのも、カウンター気味に銃床を叩きこもうとしたヒナの目の前で布を裂くような銃声と共に不良が撃たれ、倒れ伏せたからだ。

 頭上にあるヘイローが消え、気絶している事が分かった。ヒナはめんどくさそうにため息をつくと、銃を音の方に向け──硬直した。

 全身真っ黒の甲冑にヘルメット。更にガスマスクと暗視ゴーグルらしきものを付けており、その素顔は見えない。ヘルメット団を更に物騒にしたかのような外見だ。

 カイザーコーポレーションの私兵部隊──カイザーPMC──とも異なる。

 そして何より印象的だったのは相手の左手甲に付いているエンブレム。

 

「……ケルベロス?」

 

 相手に銃口を突き付けながらも、ヒナは呟く。こちらを睨む相手は大柄で、威圧感にあふれている。

 ガスマスク特有の呼吸音だけが辺りに響き、まさに時間が止まったかの様な錯覚がヒナを襲った。

 そしてゴーグルが放つ、紅い眼光に囚われそうになったその時だった。

 

「隙あり!」

「……しまっ」

 

 黒い甲冑姿の不審者に意識を割いていたヒナが、大柄な不良生徒──スケバンの奇襲を食らう。不意を突かれる形の為、さしものヒナとて姿勢を崩さざるを得なかった。

 痛みはそんなにない。だがしかし追撃は免れないだろうと思った時だった。

 布を引き裂くような銃声とともに、スケバンはその場で奇妙な踊りを披露……否、全身に銃弾を浴びたのだ。その様子を目の当たりにしたヒナは、不審者が自分を助けた事に強く違和感を覚えた。

 ──何故助けた?

 違和感ゆえに動けずにいたヒナを前に、不審者は手にしていた銃──何故か自分の愛銃にとても似ている──のフィードカバーを開いた。

 続けて左手を背中にやり、ちらと先端部を見せていたベルトリンクを引っ掴んでセット。フィードカバーを閉じた。

 そして左手で銃を保持すると、その右側面に付いたハンドルを右手でがちゃりと引いては戻す。

 それが意味することに気づいたヒナは跳ね起き、半身となって銃を構え直す。

 そこへ──。

 

「てめえ、よくもあたしらをコケに……!」

 

 頭に血が上っていたのだろうか、先ほどのスケバンと同じ位の体格の不良が背後から不審者に襲い掛かる。しかし不審者はそれに気づいていたのか、振り向きざまに銃床を腹に叩き込み相手がくずおれた所へ更に追い打ちを仕掛けた。

 何発か叩き込んだところで、銃をヒナに向けた。またも静寂が訪れる。辺りは気絶した不良の他には不審者と、ヒナだけだ。

 再びガスマスクの呼吸音だけがこだまし、お互いに銃を構えたまま数分が経過した。このまま睨み合いが続くと思われた。睨み合いの最中、ヒナは相手の実力を推し量ろうとしていた。

 と言うのもこの不審者、異様な程なまで銃の扱いに慣れている。その上"ヘイローが無い"。

 人型の存在でヘイローが無いとすれば、考えられるのは二つ。オートマタか、キヴォトスの外からやって来た存在か。あのシャーレの先生と同じであれば、分からなくはない。しかし先生との違いは明白であった。

 かの人物は生徒の為を想う部分を感じ取る事が出来たが、この人物はそれとは正反対だ。むしろ目の前にいるのが敵ならば、この人物はためらわずに撃つだろう。手にしている武器がその証左だ。

 奇しくも自分の銃に似たそれを持つ相手は、油断なく自分に銃口を向けている。どこまで同じかは分からないが、撃ち合いになった場合重傷は免れない。更に遭遇して以来、相手は一言も発していない。

 何か忘れていないだろうか。

 ……あ。

 

「……ゲヘナ学園風紀委員会所属、空崎ヒナよ。あなたには、この銃撃戦の重要参考人として同行願いたいのだけれど」

「…………」

 

 名乗りを上げたヒナに対して相手は無言を貫いた。向けられた銃口の狙いも相変わらず。相手から聞こえるのはガスマスク越しの呼吸音のみ。それが相手の不気味さを引き立たせていた。

 ──どうしたものか。

 ヒナは何を考えているのか分からない相手に、苛立ちとも諦めともつかない感情を抱いた。

 これがヘルメット団を筆頭とする不良集団であれば、即時に鎮圧し矯正局なりなんなりに放り込むだけで済む。

 どこかの部活動であっても、鎮圧の後に制裁を加えるのが容易だ。しかしそれが出来ない現状に対し、ヒナの内心は苦々しいものとなる。あるいは交渉と逮捕に関する手腕に長けた人材がいれば、話はだいぶ違ったかもしれない。

 だがヒナにとっては今のまま、沈黙を保つ相手と撃ち合うしかないと言う結論に至る。相手は何を考えているのだろうか。構えを解く様子も、ヒナの前から立ち去る様子もない。

 二人は完全に膠着状態に入っていた。そこへ割って入るように無線を受信した。

 

「委員長、封鎖と配置完了です! どうしますか?」

「分かった。……あなたも聞いたでしょ? ここは封鎖された。百を超える銃口が、あなたを狙っている」

 

 ヒナの言葉を裏付けるかのように、何人かの風紀委員が銃を構えたまま姿を見せた。

 ここで大人しくしてくれれば、命は取らない……とヒナは相手に呼びかける。沈黙を貫く相手。ヘルメット団達にしてもそうだが、目の前の相手はどうも訳が分からない。だが沈黙を長く保てないのもまた事実。

 埒が明かないと踏んだヒナは再度呼びかけた。その瞬間だった。目の前にいた不審者が構えている銃を下ろすとおもむろに両手を挙げた。

 その所作(しょさ)はとてもゆっくりで、まるで降参したかのような動きだった。ヒナはそれを見て、助かったと安堵の念を抱いた。同時にそれを戒める。

 いくら訳が分からない相手であろうと相手は銃を持っているのだ。敬意を払わなくてはならないし、下す判断には慎重に当たらねばならない。一方の不審者は両手を挙げたまま、ゆっくりと両膝をつけた。

 ヒナも左手を動かし、銃口を下げた。さて。何から聞こうか──ヒナがそう思ったのもつかの間、相手はある行動に出た。

 ガスマスクを脱ぎ、更にヘルメットを外し始めたのだ。ヒナはその仕草に少し驚く。予想としては銃口を向けて来たり、拘束しようとしたら反撃の素振りを見せて来るかと思っていたのだ。ところが相手は完全に武装を解除し、ヒナの前に素顔を晒したのだった。

 改めて相手を見たヒナは思わず驚きの声を挙げた。その物騒な服装もさることながら、その容貌にも驚かされたからだ。

 色白の肌に黒い髪。武骨な顔立ち……大人の男性である。それでいて、かなりの長身だ。その男性があろうことか武装解除の上、無防備な姿を晒しているのだ。

 ヒナは思わず何が起きているのか分からず硬直していた。周りの風紀委員達も同様だ。

 

「……どうした? 早く拘束するなり、なんなりしてくれないか」

「え、ええ……」

 

 相手に促されるかの様に、ヒナは改めて部下に命じ拘束するよう促す。それを受け、相手は手錠をかけられるがままになっていた。その間もマスクを外して素顔を晒した状態を保つ。ヒナの違和感は高まる一方だった。

 これがゲヘナ学園風紀委員会委員長空崎ヒナと、キヴォトス外からやって来た不審者──(いぬい)との最初の出会いだった。

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