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「学校の先生はすごい」からなりたくない。

「学校の先生というのは、本当にすごい方ばかりだと心から思う。」

そんなことをいろんな人に言うと、「あなたも学校の先生だったでしょう笑」と言われる。
確かに、自分も『学校の先生』という立場だったこともあった。だからと言って、自分を褒めたたえたいがために上記のようなことを口走ったわけではない。

そもそも、「自分ってすごい!!」って思っていたら学校の先生なんてやめていないのである。

何がそんなにすごいのか。

朝が早い

まず、朝が早い。
うちの学校は、8時10分から職員朝礼があるのでそれまでに職員室にいなければならない。月曜から土曜まで、週6だ。
そこまでならまだ許す。いいよ、朝苦手で毎朝ゾンビみたいに職員室を徘徊してたけど、まあ許す。

副担任は、7時40分から登校指導として、朝校門前で登校してくる生徒に挨拶したり、交通安全指導したりするわけですよ。
ここもまあ甘んじて受け入れますよ。朝から生徒たちのかわいい顔が見れるとこちらも元気をもらえますからね。「うわあああ!!先生おはよう!!」なんて言われた暁にはゾンビのような様相を見直さねばならなくなります。生徒に辛そうなところなんて見せられませんからね。

「若手は最低7時30分には職員室にいるべし」という不文律、てめえは許さねえ。わたしは小心者で、わたしがいない間になにか起こってしまうのが嫌だから早めに行くようにはしていたが、当然のようにそんなことを言って若手に嫌味を言っていた上司を見るたびに「根拠を述べよ」などと心の中で毒づいていた。実際に口に出せるほどの度胸は、ない。

一人で何人もの生徒を見ている

担任の先生はもちろん、学校の先生のほとんどが自分が担当しているクラスの生徒や隣のクラスの顔見知り、部活動の部員や掃除のとき担当する生徒を把握し、気にかけている。

これはものすごいことだ。
だいたい一クラス40名前後、授業を教えるクラスは5クラス前後、部活動の部員はまちまちだが、さらにそれに加えてなんか廊下でよくすれ違ってしゃべるようになったどのクラスの誰だかわからん奴らとかも含めると、200人以上。それが、毎年加算されていく。

え、すご!!初期のポケモンよりたくさんの生徒の顔と名前と特性を覚えてたのか……
誰が、誰と仲良くて、どの科目が得意or苦手で、どこの大学行きたくて、定期試験の結果はどれくらいで……って。
すごすぎて、書きながら絶句。

ちなみに、ほとんどの先生が生徒のことをよく考えているけれど、一部の先生は生徒のことを覚えようとしません。自分に懐いてくれる子だけ覚えるシステム。それは、いいのか?

連勤がえぐい

これは、思い出すだけで恐ろしい。
多分「ブラック」と呼ばれる職業に就かれている方にとっては「え、そんなもん?」と思われるだろうが、今とてつもなくホワイティな仕事に転職した身からすると、あの時には金輪際戻りたくない。

まず、先にも申した通り、週6日での勤務が基本である。
わたしは2つの部活動に所属していたので、片方の部活が日曜日に大会あるとなると、13連勤である。しかし、次の週の日曜にもう片方の部活の大会があった場合、20連勤である。こんなのざらだ。
強豪の部活は毎週日曜も練習していたし。生徒も休みなしって…あかんだろ…。

しかも1日の勤務時間も長時間に及ぶから、学校に住んでる説のある先生は何人もいた。わたしは早く帰るように努力していたので19時とか20時には帰るようにしていたが、他の若手や中堅の先生は日をまたぐ直前まで職員室にいたようだ。(そして次の日とかに管理職に怒られてた)

業務に終わりがない

永遠に仕事してる。
極め始めたらゴールがないのが教員だ。
如何にわかりやすく、如何に楽しく、如何に興味を広げられるような授業を作れるか。そんなことを考えると、もう際限ないのである。

わかりやすくするために、めちゃくちゃ調べものして補足を授業カンペに書き連ねていっても、結局使わなかったり時間が足りなかったりする。

こっちのクラスでは大変に盛り上がった話題でも、こっちのクラスでは無反応ここに極まれり状態になったりする。

小テストを作成するにも、選択式か記述式か、採点はこちらがするのか生徒自身に任せるのか、解説はどのタイミングで行うのか…考えることが山ほどある。

クラスの中でも習熟度が違う。あの子は応用までできちゃうけど、その隣の席の子は基本がわかってないなんて普通だ。
頭使うってばよ……

まだまだ「学校の先生はすごい」と思うことはたくさんある。
わたしにはできなかったというか、続けるほどの体力がなかったというのが本音だ。できるものならやりたかった。

ああ、あと職員室の大人がなんとかなってれば、先生続けられていたかもしれないが。

さらに教科の話もしよう。
わたしが受け持っていた教科は国語だった。中1の読解から、高3の漢文まで、”国語”に含まれることならなんでもやっていた。

授業担当クラスの決め方

授業を担当するクラスの決め方はいたってシンプル。
年度末に教科会議がある。そこで、来年度担当したいクラスの希望を出し合って調整していくのだ。(あくまでうちの学校のやり方です)

先にも申し上げた通り、わたしの勤務していた学校は私立の学校だったので、学校を移るということはない。

つまり、長老みたいな人がもうゴロゴロいらっしゃるわけだ。その人たちが、「高1の古典やりたいなあ」なんて言ったらもう……従わざるを得ない。わたしだって……高1の古典やりたかったよっ……!!(教えるのが簡単なので)

そうやって、ずっと若手だったわたしは、残り物をありがたくいただいていました。
その残り物というのも、大体は高3の現代文。

”残り物”の高3現代文

受験対策をしなければならないから、高度な文章を解説できるようにしなければならない上に、現代文を教えるということは推薦を狙っている生徒たちの小論文指導も漏れなくついてくる。細部に至るまでの授業準備や膨大な小論文添削で、業務量は他の追随を許さない。

そうやって、何年も高3の現代文を持たされt、失礼、持たせていただいたために、どうやら現代文を読むコツや、小論文を書くコツを的確に把握していった。

「なるほど、受験生といえど、現代文の読み方をわかってないな?わかってないのにわかったような顔してんな?」といった具合。

そこからはすごかった。高校時代の恩師(同じ国語科)に、
「紺さんは、高3現代文のプロになってほしい」と言われるほど。(多分うまく転がされていたんだと思います)

そうやって、受け持ったクラスのセンター現文平均点はどんどん上がっていった。生徒たちからも、「先生のおかげでセンターの現文9割とれた!」とか「私大の試験、自己採点したら8割乗ってた!」とか報告を受け、嬉しすぎて力強いハイタッチなんてざらだった。

すると、今度は他クラスの生徒たちから愚痴を吐かれる。
「うちのクラスの現文の先生、マジで何言ってるかわかんない。先生なんでうちのクラスも担当してくれなかったの?」
ごめん、その先生重鎮だからわたし逆らえないんだ。

重鎮からのやっかみ

そうしてその生徒の愚痴をなんらかの形で知った重鎮がわたしをいじめてきます。何度トイレで泣いたことか。今でもその重鎮おじのことを呪っています。

しかも、その重鎮おじ、わたしが担任をしていた学年の主任だったので、もう慢性的にいじめられてました。ハラスメントのオンパレードだった。

返事がなってない。
雑務はお前の仕事だろう。
なにをぼさっと突っ立ってんだ。お前が動け。
などなど、よくわからない小言を言われるのは日常茶飯事だった。
だから毎日心の中で「つまづけ。胃もたれしろ。通り道の信号全部赤になれ」って祈っていた。

先生も人間だ。聖人ではない。

親の熱量が間違った方向にすごい

先生のことを24時間年中無休で対応してくれるコンビニだと思っている保護者などゴロゴロいた。
「うちの子の学校での様子が知りたいので、毎日仕事が終わったあとに電話してもいいですか?」と言ってくる親。いいわけがない。
しかし問答無用でわたしの私用の電話番号を聞いてくる。若かったわたしは教えてしまった。それからその生徒が卒業するまで毎晩夕飯時に電話がかかってきていた。
ちなみにこの親も中学校の先生だった。同業者なのにそんなことするんだー、と感動すら覚えた。

漢検の受験教室がわからなかったから受験せずに帰宅した生徒の親もすごかった。(というか帰っちゃう生徒もそれはそれですごい)
わたしはその日、出張に出ていたのでHRをしていない。代わりに副担任の先生がしてくれたはずだ。その際、間違いなく今日は漢検があること、各級の受験教室の案内などされたはずだ。
もしそうでなくとも、受験教室がわからなければ職員室で先生に聞くなり、友人に聞くなりできたはずだ。それができないような生徒ではなかったのだから。

しかしその生徒は家に帰った。
そして母親に言った。「漢検の受験教室がわからなかったから帰ってきた」と。

その後すぐにその生徒とその母親が学校に乗り込んできたらしい。
母親の言い分は、「どうして受験教室を教えてくれなかったのか」だった。すごい剣幕だったと、対応してくださった先生から聞いた。

対応してくれた漢検担当の先生が、「各級の受験教室は事前に各担任の先生にプリントで渡している」と彼らに伝えた。「そのプリントは教室に貼るようこちらから指示しています」とも。

彼らご一行が、わたしのHR教室、すなわちその生徒の所属する教室に足を踏み入れると、昨日今日で貼りだしたとは思えない”そのプリント”が掲示板に貼りだされていた。そりゃそうだ。

漢検担当の先生の「あー…貼ってありますね」という言葉をきっかけに、母親の態度は急に手のひらを返したように軟化したらしい。
自分の子どもの言葉を信じるのはいいことだが、その前に親として子どもに言うべきこともあっただろうに。

きっとどこの学校でもこれらの大変な業務(?)は往々にしてあることだと思います。なので、どうかみなさん、教員を温かい目で見ていてください。身内で戦っている人もいるかもしれませんからね。

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好奇心が旺盛すぎて困る。
「学校の先生はすごい」からなりたくない。|紺
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