ガラガラヘルメット団の大将を名乗っていた少女は戦慄していた。
私がカッコいいからと言う理由で拾って来たフカフカのヤクザ事務所とかで見るイスに、私は数人の幹部と共に縮こまっていた。机を挟んで向かいの席には白い装束をした見慣れない大人の男が私たちを見ていた。どこか余裕を感じさせる笑みに私は不気味さを感じた。
サラサラヘルメット団のやつらはそんな奴のことを"先生"なんて呼び方をしている。
だが私は知っている。絶対違う。少なくとも、私がアビドスとの戦いで見たあの大人とは、見た目も声も違いすぎる。
あの人懐っこそうなシャーレの先生とは全く違う。
日焼けで赤く焼けて、カサカサになった皮膚に、鋭く
そして、先生と呼ばれた男は尊大に、かつ大胆に、私に目を向ける。
"教科書"か"剣"か
私は、その二択を迫られていた。
ーーーーーーー
何故、このようなことになったのだろうか。
時は数時間前に遡る。
ガラガラヘルメット団の本拠地を狙い、アティク一行はラクダを使用して、敵の本拠地へも向かっていた。
「おい、センセ。そろそろ作戦を教えてくれよ」
アティクは滲む汗を拭いて、隊列の最前列にいる男に話しかける。
既に太陽は傾きつつある。夕暮れ時であった。
砂漠の砂浜には、一列のラクダの行列が影を作っていた。砂漠の気候に適した長距離用の服装を皆一様に着て、それはまるで中東のキャラバンのようである。
男は答える。
「もう少し待ちたまえ、目的地はそろそろだから」
男はそう言って、指揮用の棒をラクダに当てる。
ラクダの歩くスピードは、少し早くなった。
そうして、陽が沈んで少しした頃、男達はついに目的地へと辿りついた。打ち捨てられた廃工場の一角だ。
「ウマル、ここが奴らの拠点かね?」
「はいっス…!斥候を使って確認したので間違い無いっス…!」
いつもより小声でウマルも答える。
少し離れた砂丘の一角に、男達は隠れていた。
月明かりで照らされた手元を頼りに、他の団員は武器の最終確認に勤しむ。
男はその姿を横目に、もう一度廃工場を双眼鏡で確認する。
…なるほど、よく見れば入り口に警備がいるな。
男は、廃工場の入り口にいた二人の少女を確認した。しかし、夜襲の警戒にしては少ない。思っているよりも、敵は自陣が攻撃されると言う事を考えていないらしい。好都合だ。
男は、振り返ってアティク達に向かって指揮棒を掲げる。
「さて、作戦を説明する」
「ようやくかよ。待ちくたびれたぜ」
「ついにやるっスね、負けませんよ!」
「…往復用の水は確保したいから、早めにお願い…」
彼女達の反応はそれぞれだ。
しかし、士気は十分に見える。
男はあらかじめ彼女たちの斥候の一人に作らせた簡易な地図を広げる。
「よし、まず全体を三つに分ける。急襲隊と工作隊と制圧隊と呼称することにする」
男は持って来た装備から古びた木箱を開く。中には旧式の手榴弾が大量に敷き詰められていた。
男は継続的な戦闘でガラガラヘルメット団…ひいてはこのキヴォトス全体に蔓延する致命的な戦術に気がついていた。
それが、正面決戦至上主義である。
キヴォトス人は頑丈である。銃で撃たれても少し怪我をする程度で、特に頑丈な者は、こうした怪我すらあまりしなくなる。だからこそであろう。
彼女らは正面からの攻撃を好んで行う。また、集団ではなく、強い力を持った『個』が求められると言う現状もある。実際、小耳に挟んだ話であるが、他の学園においては基本的に最強の個が存在して、彼女達は個人で数倍の戦力を薙ぎ倒すのだと言う。
まぁ、詰まるところキヴォトスにおける戦闘は直線的で愚直な攻勢を好む傾向、特に一撃必殺だとかの武力を好む傾向にあるのだ。
そこにはある種の小細工は求められておらず、数で戦うにしても平押し攻勢に近しい物になる。だからこそ、男の戦術指揮はある程度役に立つし、これから行う作戦の成功を信じることができるのだ。
「まずは…」
こうして、作戦は開始された。
ーーーーーー
「眠いなぁ」
「だねー」
警備をしていた二人の少女は、あくびをしながら隣の友人と話していた。カイザーのお下がりの小銃を両手に持って、夜更かししながら入り口にたむろしてるだけだ。あと数時間もすれば交代の時間が来る。
「あーあ、シャーレの先生が来てから踏んだり蹴ったりだなぁ」
「カラカラヘルメット団は解散しちゃったし、カイザーの支援も無くなっちゃったからね」
少女は眠くなった瞼を擦りながら、電灯に照らされた自分の手元を見る。砂で汚れたミリタリーグローブは、砂漠の寒さから身を守ってくれるが、これを見てると虚しくなってくる。
自分たちが襲って来たアビドスの生徒の方がもっとマシな生活をしているだろう。
安心した家があって、学校があって、友達がいる。羨ましいと思ってしまう。
「…なぁ、もっと楽しい話しようよ」
少女はそう言って、隣を見る。
「あれ?」
先程まで共に警備をしていた仲間がいない。
トイレだろうか?いや、そんな事はない、それなら一声かけてくるはずだ。
そんな少女の背後に、ゆっくりと手を伸ばす一人の男が…
少女の悲鳴は、響くことはなかった。
「…こっちはすぐに済んだよ」
岩陰からアリが顔を出す。
それと同時に、隠れていたアティクが部隊を率いて顔を覗かせて来た。
「…絵面ヤベェぞ、センセ」
「仕方ないだろう、暴れられたら困るんだ」
バタ足で暴れる少女の口を掌で抑えながら男は答えた。泣きそうになる少女と目を合わせて、人差し指を口に近づける。シーっと、音を立てて男はトランシーバーに指令を送る。
「次だ。急襲隊は屋根に到着後、天井窓を開ける用意をしてくれたまえ」
「本当にやるのかよ、センセ」
アティクが、男を見る。男はさも当たり前かのように、頷いた。アティクは歪な顔をした。
その顔には心配というよりかは、ある種ドン引きに近い物があった。
男の作戦はこうだ。
工作隊が警備隊を制圧後、急襲隊が工場の屋根に登り天井窓から手榴弾を投擲、爆破後の混乱に乗じて、天井からの落下で攻撃を開始し、正面からの制圧隊が合流して完全制圧…と言う流れだ。
理にはかなっている。
広い工場とはいえ、工場に個室などあるわけもなく、睡眠場所は限られる。
寝ている時に手榴弾を投げ込まれれば、キヴォトス人だろうがレム睡眠から気絶へと一直線であろう。
数人が気絶に耐えて反撃しようとしても、装備を整える暇もなく急襲隊が攻撃を開始し、正面からの制圧隊が合流する。想像すれば、彼女でさえ敵が哀れに思えた気がした。
いつものキヴォトス人なら近づいて来たらロケットランチャーで、工場入り口を破壊。あとはノリと勢いで制圧を目指すであろう。
男はその点において、キヴォトス人よりも容赦という物がなかった。
刹那、工場に爆破音が響き渡る。
「さて、最後の仕上げといこう」
アティクはその一言で、戦士の表情に切り替わった。すぐさま味方に指令を出し、正面の扉を開いて中に入る。後方には先生もいる。彼女は古びた小銃を構えた。
…作戦は拍子抜けするほど順調に進んだ。
ガラガラヘルメット団の団員は、工場の奥で固まるようにして寝ていたのが原因だ。
人数が多いとはいえ、彼女達も所詮はカラカラヘルメット団の残党であり、寄せ集め。最初の手榴弾攻撃で、彼女達はほぼ全滅したと言うわけだ。
こうして、ガラガラヘルメット団の本拠地は一夜にして陥落することとなったわけである。
そして、場面は最初に戻る。
「うぅ…何が目的だ!このニセ先生め!」
「落ち着きたまえ、まずは自己紹介からしようじゃないか」
男は指揮用の棒を自身の肩に当てて、尊大に振る舞った。
「私の名前は、ムハンマド・イブン・ロレンス。サラサラヘルメット団の先生を務めている」
「…
彼女はおそるおそる男の名乗りに答えた。
男は満足したように、足を組み背もたれに体を預ける。男はこの時偽名を名乗ったことを彼女に悟られなかったことに安心したのだ。
さて、今男が名乗った名前が偽名であることは、サラサラヘルメット団の誰もが認知していることである。偽名を名乗る理由は『シャーレの先生が息子だった場合、息子の立場を崩さないため』である。これは流石にサラサラヘルメット団の仲間達も知らないことであるが。その点はなんとか理由をこじつけた。
少なくとも、不良少女の先生をやっている現状において、シャーレの先生と繋がりがあると分かれば、男にとっては良くても向こうの立場は悪くなる可能性もある。
そのため、男は文化人類学の実地調査を行った際の自身の通称を引っ張り出して、この世界の偽名とする事としたのだ。
「…シャーレの先生じゃないんだな」
「そうだね、私はそのシャーレの先生とは一度も会ったこともない。赤の他人だ」
男は改めて、咲田の方に姿勢を向ける。
「まぁ、そんな事はどうだっていいだろう。雑談をするためにこんな事をしたわけではない」
「…報復か?物資を奪うためか?」
咲田は男を睨みつける。
ここまでされたとはいえ、逃げられないとはいえ、彼女にもプライドというものは確かにあった。
男…ロレンスは彼女の問いに対し首を振って答えた。
「別にそんな物ではないさ」
「…!じゃぁ、なんでこんな事を!」
「交渉をしに来た」
咲田はその言葉に警戒をする。
既に敗北した状況において、交渉は名ばかりの脅迫でしかないだろう。頷かなければどうなるかもわからない。
「実は私たち…学校を作ろうとしていてね」
「…なんだって?」
咲田らはまず、自分の耳を疑った。
学校を作る?こんな砂漠で?
「…聞き間違いかな」
「学校設立のために、君達には仲間になって欲しいのだよ」
「聞き間違いじゃなかった…」
咲田は呆れたように天井を見上げた。仲間たちの同情の目も感じながら、応答を考えがていると、何やらサラサラヘルメット団からも同情の目を向けられていた。
「…なんであんた達が同情してんのさ」
「いや、気持ちはわかるなって」
「…あんたらも苦労してるのな」
「あのね、君たち。ちょっと失礼ではないかね?」
一瞬、妙な一体感が生まれた。
「まぁ、負けた身の上で言わしてもらうけど、大体そんな事本当に可能なのか?」
咲田も負けたからと言う理由だけで、大人数の…それこそ数百人もの団員の行く末を決することなどできなかった。
「少なくとも、君達が私たちの仲間になってくれれば最低限の人手は手に入る。あとは、数千万稼げさえすれば、学校建設はすぐにでも動く」
「あんた…稼ぐなんて言ってるけど、そんな額簡単に稼げるわけ…」
「可能さ」
男がニヤリと笑う。
「私たちはその額を戦略攻撃のみを目的とした傭兵稼業で補填する」
「…確かに傭兵は稼げる。けど、色んなところから目をつけられるぞ。大きくなり過ぎれば、ヴァルキューレが出てる来ることだってある!」
「問題ない。拠点をサラサラヘルメット団の洞窟に固定すれば、あの立地では目をつけられても攻撃など容易ではない」
「…戦略攻撃をするなら、私たち程度じゃ人員は足りないだろ!」
「それも大丈夫だ」
咲田はこのよくわからない男から、一刻も早く逃げ出したかった。そのために、色々反論するが、どうも男は食い下がる。
「君達以外にアビドス砂漠を拠点とするヘルメット団はどれくらいいるのかね?」
「……4団体くらいか?」
「彼女達にも同様に勧誘する。人員不足はそれで本当に解決するさ」
「何が目的なの」
ガラガラヘルメット団の少女達からすれば不思議でならなかった。
何故ここまでするのだろうか。
なんの取り柄もないこの枯れた砂漠で、ただ生きるのに全力なだけの自分たちを拾って、学校を建設するだなんて。道理がそこにないように見えた。
ロレンスはまるで道理を説くように、自分に言い聞かせるように口にした。それは、見覚えがあった。あのシャーレの先生と同じ目で、そして同じ言葉だった。
「私は先生であるからね」
「本当にそれだけなのか?」
「本当さ。研究のために海外を何度も飛んだが、君たちのような少女はたくさん見た。生きるために必死な人々、教育も受けられずに今日の飯の心配ばかりする。私はそんな人たちの助けになりたかった」
男は今までの笑みを消して、真剣に少女達の目を見る。
「だから、これは私のエゴでもある。どうか、どうか私たちと共に来てほしい」
男は頭を下げた。
勝利した側の人間にも関わらず。
咲田達はその姿に、心のどこかで暖かくなるような、感動したような気がした。
「…そこまで言われちゃな」
作田は恥ずかしげに、男の言葉に乗った。
そうして、ガラガラヘルメット団は男の手を取ったのだった。
白い装束のイメージがつかない?
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