アビドスのロレンス   作:チチメカ

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第四話:たった一つの名案

いつも通り、静かな夜のことであった。

男は静まり返った洞窟を離れ、洞窟からすぐの岩陰で、星を見ながら物思いに耽っていた。

 

男がこの地に来てはや1ヶ月、随分と彼女らと打ち解けあった。男はすっかり、彼女等の先生としての立場を確立したのだった。

来たばかりよりも、顎髭が伸びてしまったが、その自慢の口髭も健在である。だが、彼女達と共に過ごせば過ごすほどわかるのは、この世界の歪さ。

自治区の制度、学園と生徒、そして炙れた不良少女達…男はこの現状を変える『一手』を思案していた。

 

「集団移動でこの地を脱出するか…いや、そんなことをしても根本的な解決にはならない。彼女達が、安定的な生活を送るにはやはりどこかの学園に編入するしか…」

 

「何やってんだ、センセ」

 

背後から声がした。

男がその声が下方向に振り返れば、アティクがパジャマ姿でそこに立っていた。起こさないように、こっそりと外に出たつもりであったのだが、起こしてしまったのだろうか。

 

「すまないね、起こしてしまったかな」

 

「ちげぇよ、元から起きてた。夜にこっそり、外に出るもんだから、後をつけただけだよ」

 

ぶっきらぼうに彼女は答えると、男の元へと歩いてくる。

 

「…隣、いいか」

 

「構わんよ」

 

男は口髭をいじりながら、また星を眺める。

何の光の邪魔もない、満点の星空だ。

アティクは、男が寝転がっている隣に、同じように体を地面に預けた。少し硬いが、別に問題はない。アティクのブロンズの髪が、砂岩の岩肌に溶け込むように広がった。

 

「星を眺めに来たってわけじゃねぇんだろ」

 

「あぁ。君たちの行く末を考えていた」

 

「私たちの?」

 

「そうだ。君たちの置かれている環境は、あまりにも不遇だ。大人の私がどうにかしなければならないだろう?」

 

男は隣にいる娘の方を覗いた。

彼女もまた、男の方を見ていた。

気恥ずかしくなったのか、すぐに娘は空に顔を向けた。

 

「君たちはまだ子供だ。こんな環境、本来なら子供達だけで過ごす者じゃない」

 

「…余計なお世話だよ、センセ」

 

彼女は長い間、あの子達を率いていたのだろう。

男が来てからも、アティクとあの子達の信頼関係は強い繋がりを見せた。アティクは強いリーダーシップを持っている。本来なら、学園生活で生かされるべきであったろう、その能力は、最悪な状況でも、遺憾無く発揮されていた。

彼女は星空を眺めて、溜め息を吐き、力無く呟いた。

 

「あーあ、私たちの学校でも作れればなぁ」

 

「…ん?」

 

学校を、作る?

 

「そんな事が、可能なのかね」

 

「え、何だよ、センセ。冗談だよ」

 

「可能なのかね?」

 

男はアティクの言葉に食い下がる。

 

「…手続きとかあるだろうけど、作れるんじゃねぇの?ま、人もいるし、金もいるしな。できっこないぜ」

 

男は考えていた。

どうすれば、彼女達が安心して暮らせる場所を作る事ができるのか。

あるではないか、解決策が。

 

学園が無数にあるキヴォトス。

ここに一つくらい、新しい学園が作られたって、誰も文句は言わないだろう。

 

「いいではないか、作って仕舞えばいい」

 

男は自慢の口髭をいじりながら、体を起こして彼女に言う。彼女は、また呆れた顔で男の顔を見る。

 

「あんた…何言ってんだ」

 

「本当に学園を作って仕舞えばいいではないか、この地に」

 

「あんた正気か?!」

 

アティクは男の正気を疑う。

こんな砂漠のど真ん中に、学園を作るなど正気ではない。この世界における学園とは、それすなわち国家である。独自の法、独自のシステムに基づき、自治される学生のコミュニティ。

 

つまり、この男はこの辺境の砂漠に国家を建設せんと宣言したのだ。

 

「本気も、本気だ」

 

「大体、金はどうすんだよ」

 

「稼げばいいだろう?」

 

「人はどうすんだよ!」

 

「集めればいいだろう?」

 

「手続きはどうすんだよ!!」

 

「私がやればいい」

 

アティクの迫真の言葉に対して、男はアティクの目を見て淡々と答える。

男は自信に溢れた態度で、毅然と続ける。

 

「私は君たちの"先生"だ。任せておきなさい」

 

男の頭の中では、既に次の一手は指されていた。

 

ーーーーーー

 

「「「「「「学校を建設する?!」っスかぁ?!」」」」」

 

「そうだ」

 

早朝。

洞窟内に絶叫がこだまする。

洞窟内のお立ち台に男は立っていた。

自慢の口髭と、伸びてきた顎髭をいじりながら、毅然とお立ち台(木箱)の上で、彼女達を見下ろして言ったのだ。

 

「学校っスか!ウチも入学できるっスか?!」

 

「…また、突飛推しもないことを…」

 

「…マジでやる気かよ」

 

他の団員も困惑している。

ふむ、伝え方が悪かったか?

男はそう考えた。

 

「……学校設立のための手筈はもう考えてるの…?」

 

それぞれが思い思いに口を紡ぐ中で、リンが男に質問した。

 

「勿論だ」

 

男が頷く。

ついて来なさいと一言言って、男はお立ち台を降りて洞窟の外へと歩き出す。ヘルメット団一行は、わけもわからず彼についていくのだった。

洞窟を少し抜けてすぐ、男は目的地に着いた。

そこは彼女達の"移動手段"がいる古びた小屋であった。

 

男は、ズカズカとその小屋の中に入る。しかし中に籠る動物の匂いは強烈で、付いてきた数人の団員は、中に入ろうとはしなかった。

アティクは昨日の夜の事を頭の中で反復させながら、男の後ろ姿を見ていた。男は振り返って言った。

 

「私達に足りないもの。金と人、それを今から集める」

 

「集めるったってどこにだよ」

 

「とある場所に向かう」

 

男は、そう言って小屋にいた動物…"ラクダ"の肌を撫でて、彼女達にそう告げた。男はこの砂漠を超えて、どこへ行こうと言うのだろうか。

アティクは怪訝そうに男に聞いた。

 

「…行くってどこへだよ」

 

「ガラガラヘルメット団の本拠地だ」

 

また、少女達に稲妻が走った。

 

「あんた、正気か!…って、なんかデジャブ…」

 

あの襲撃から一ヶ月が経ったが、実はその間にも何度か彼女達ガラガラヘルメット団は、大規模な襲撃をかけて来てきていた。

男の指揮力と、アティクらの奮闘によりそれは全て跳ね返せているが、攻撃となると別である。攻撃は防御の3倍の力が求められると言う言葉の通り、攻撃というのは防御よりも不利になる点が多い。

地の利がないという点や、補給路の確保が難しいという点、そして何よりこの砂漠という気候が最大の敵であった。

 

「攻撃のために機動力のあるラクダを使うって言うことはわかる。だが、武器も装備も劣化してる私たちが、攻撃と言う点において勝てるとは思えねぇぞ!」

 

アティクも、攻められるたびに攻撃に転じたいと言う思いはあった。しかし、武装の脆弱さを筆頭に優位になる点が、彼女には見出す事ができなかった。彼女は、男を睨みつけながら続ける。

 

「…アンタの気持ちは嬉しいよ。学校があれば、私たちの生活はいいものになるだろうさ」

 

何度夢見ただろうか。

飢えることなく飯を食べ、乾くことなく水を飲み、そして恐れる事なく勉学にひたむく。何度も夢見た物語。非現実的で、幻想的な物語だ。

彼女だけではない、団員の誰もが夢想したであろう。

彼女が何度も手を伸ばして、手を伸ばしても無理だった夢を、男は軽々しく口にして、作ってやると言い出したのだ。

彼女には、そんなの我慢ならなかった。

 

「でも、無理なんだよ。私たちには、そんな事ができるほど余裕なんかねぇ…攻撃なんか、しようものなら私たちは負けて、もっと生きづらくなる…」

 

この現状は彼女なりの最善であった。

足りない物資、足りない人手をどうにか上手く使って、最大の、最良の状態を作る。この不満だらけの現状が、そんな彼女の最良だったのだ。

 

「だから…」

 

「だから何かね」

 

男はそう返した。まるで、先程の言葉を意に返さぬように。

 

彼女は食い下がる男に対して改めて睨みつける。

何故、わからない!何故、理解しない!

この状態を維持する事が最善なのに!

 

だが、彼女の目に映ったのは。

 

「この停滞では、いつか皆死ぬぞ」

 

まだ力強い眼差しと、気丈にその場で佇む、一人の大人の姿であった。

 

「私にも考えがある。別に無策で奴らと戦うわけではない。足りない武装や、人では私の指揮で補う」

 

男はアティクに近づいて、彼女の肩を持つ。

 

「私に任せてはくれないか?アティク君」

 

男は彼女に目を合わせた。まるでキスをするのかとみまどう程の距離で。

そう言われたアティクは、頷くほかなかった。

 

…どうやら先生のすけこましぶりは父親譲りだったらしかった。




そろそろ、書きたいところ書ける
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