見てますよ ️ ️
いつも通り、静かな夜のことであった。
男は静まり返った洞窟を離れ、洞窟からすぐの岩陰で、星を見ながら物思いに耽っていた。
男がこの地に来てはや1ヶ月、随分と彼女らと打ち解けあった。男はすっかり、彼女等の先生としての立場を確立したのだった。
来たばかりよりも、顎髭が伸びてしまったが、その自慢の口髭も健在である。だが、彼女達と共に過ごせば過ごすほどわかるのは、この世界の歪さ。
自治区の制度、学園と生徒、そして炙れた不良少女達…男はこの現状を変える『一手』を思案していた。
「集団移動でこの地を脱出するか…いや、そんなことをしても根本的な解決にはならない。彼女達が、安定的な生活を送るにはやはりどこかの学園に編入するしか…」
「何やってんだ、センセ」
背後から声がした。
男がその声が下方向に振り返れば、アティクがパジャマ姿でそこに立っていた。起こさないように、こっそりと外に出たつもりであったのだが、起こしてしまったのだろうか。
「すまないね、起こしてしまったかな」
「ちげぇよ、元から起きてた。夜にこっそり、外に出るもんだから、後をつけただけだよ」
ぶっきらぼうに彼女は答えると、男の元へと歩いてくる。
「…隣、いいか」
「構わんよ」
男は口髭をいじりながら、また星を眺める。
何の光の邪魔もない、満点の星空だ。
アティクは、男が寝転がっている隣に、同じように体を地面に預けた。少し硬いが、別に問題はない。アティクのブロンズの髪が、砂岩の岩肌に溶け込むように広がった。
「星を眺めに来たってわけじゃねぇんだろ」
「あぁ。君たちの行く末を考えていた」
「私たちの?」
「そうだ。君たちの置かれている環境は、あまりにも不遇だ。大人の私がどうにかしなければならないだろう?」
男は隣にいる娘の方を覗いた。
彼女もまた、男の方を見ていた。
気恥ずかしくなったのか、すぐに娘は空に顔を向けた。
「君たちはまだ子供だ。こんな環境、本来なら子供達だけで過ごす者じゃない」
「…余計なお世話だよ、センセ」
彼女は長い間、あの子達を率いていたのだろう。
男が来てからも、アティクとあの子達の信頼関係は強い繋がりを見せた。アティクは強いリーダーシップを持っている。本来なら、学園生活で生かされるべきであったろう、その能力は、最悪な状況でも、遺憾無く発揮されていた。
彼女は星空を眺めて、溜め息を吐き、力無く呟いた。
「あーあ、私たちの学校でも作れればなぁ」
「…ん?」
学校を、作る?
「そんな事が、可能なのかね」
「え、何だよ、センセ。冗談だよ」
「可能なのかね?」
男はアティクの言葉に食い下がる。
「…手続きとかあるだろうけど、作れるんじゃねぇの?ま、人もいるし、金もいるしな。できっこないぜ」
男は考えていた。
どうすれば、彼女達が安心して暮らせる場所を作る事ができるのか。
あるではないか、解決策が。
学園が無数にあるキヴォトス。
ここに一つくらい、新しい学園が作られたって、誰も文句は言わないだろう。
「いいではないか、作って仕舞えばいい」
男は自慢の口髭をいじりながら、体を起こして彼女に言う。彼女は、また呆れた顔で男の顔を見る。
「あんた…何言ってんだ」
「本当に学園を作って仕舞えばいいではないか、この地に」
「あんた正気か?!」
アティクは男の正気を疑う。
こんな砂漠のど真ん中に、学園を作るなど正気ではない。この世界における学園とは、それすなわち国家である。独自の法、独自のシステムに基づき、自治される学生のコミュニティ。
つまり、この男はこの辺境の砂漠に国家を建設せんと宣言したのだ。
「本気も、本気だ」
「大体、金はどうすんだよ」
「稼げばいいだろう?」
「人はどうすんだよ!」
「集めればいいだろう?」
「手続きはどうすんだよ!!」
「私がやればいい」
アティクの迫真の言葉に対して、男はアティクの目を見て淡々と答える。
男は自信に溢れた態度で、毅然と続ける。
「私は君たちの"先生"だ。任せておきなさい」
男の頭の中では、既に次の一手は指されていた。
ーーーーーー
「「「「「「学校を建設する?!」っスかぁ?!」」」」」
「そうだ」
早朝。
洞窟内に絶叫がこだまする。
洞窟内のお立ち台に男は立っていた。
自慢の口髭と、伸びてきた顎髭をいじりながら、毅然とお立ち台(木箱)の上で、彼女達を見下ろして言ったのだ。
「学校っスか!ウチも入学できるっスか?!」
「…また、突飛推しもないことを…」
「…マジでやる気かよ」
他の団員も困惑している。
ふむ、伝え方が悪かったか?
男はそう考えた。
「……学校設立のための手筈はもう考えてるの…?」
それぞれが思い思いに口を紡ぐ中で、リンが男に質問した。
「勿論だ」
男が頷く。
ついて来なさいと一言言って、男はお立ち台を降りて洞窟の外へと歩き出す。ヘルメット団一行は、わけもわからず彼についていくのだった。
洞窟を少し抜けてすぐ、男は目的地に着いた。
そこは彼女達の"移動手段"がいる古びた小屋であった。
男は、ズカズカとその小屋の中に入る。しかし中に籠る動物の匂いは強烈で、付いてきた数人の団員は、中に入ろうとはしなかった。
アティクは昨日の夜の事を頭の中で反復させながら、男の後ろ姿を見ていた。男は振り返って言った。
「私達に足りないもの。金と人、それを今から集める」
「集めるったってどこにだよ」
「とある場所に向かう」
男は、そう言って小屋にいた動物…"ラクダ"の肌を撫でて、彼女達にそう告げた。男はこの砂漠を超えて、どこへ行こうと言うのだろうか。
アティクは怪訝そうに男に聞いた。
「…行くってどこへだよ」
「ガラガラヘルメット団の本拠地だ」
また、少女達に稲妻が走った。
「あんた、正気か!…って、なんかデジャブ…」
あの襲撃から一ヶ月が経ったが、実はその間にも何度か彼女達ガラガラヘルメット団は、大規模な襲撃をかけて来てきていた。
男の指揮力と、アティクらの奮闘によりそれは全て跳ね返せているが、攻撃となると別である。攻撃は防御の3倍の力が求められると言う言葉の通り、攻撃というのは防御よりも不利になる点が多い。
地の利がないという点や、補給路の確保が難しいという点、そして何よりこの砂漠という気候が最大の敵であった。
「攻撃のために機動力のあるラクダを使うって言うことはわかる。だが、武器も装備も劣化してる私たちが、攻撃と言う点において勝てるとは思えねぇぞ!」
アティクも、攻められるたびに攻撃に転じたいと言う思いはあった。しかし、武装の脆弱さを筆頭に優位になる点が、彼女には見出す事ができなかった。彼女は、男を睨みつけながら続ける。
「…アンタの気持ちは嬉しいよ。学校があれば、私たちの生活はいいものになるだろうさ」
何度夢見ただろうか。
飢えることなく飯を食べ、乾くことなく水を飲み、そして恐れる事なく勉学にひたむく。何度も夢見た物語。非現実的で、幻想的な物語だ。
彼女だけではない、団員の誰もが夢想したであろう。
彼女が何度も手を伸ばして、手を伸ばしても無理だった夢を、男は軽々しく口にして、作ってやると言い出したのだ。
彼女には、そんなの我慢ならなかった。
「でも、無理なんだよ。私たちには、そんな事ができるほど余裕なんかねぇ…攻撃なんか、しようものなら私たちは負けて、もっと生きづらくなる…」
この現状は彼女なりの最善であった。
足りない物資、足りない人手をどうにか上手く使って、最大の、最良の状態を作る。この不満だらけの現状が、そんな彼女の最良だったのだ。
「だから…」
「だから何かね」
男はそう返した。まるで、先程の言葉を意に返さぬように。
彼女は食い下がる男に対して改めて睨みつける。
何故、わからない!何故、理解しない!
この状態を維持する事が最善なのに!
だが、彼女の目に映ったのは。
「この停滞では、いつか皆死ぬぞ」
まだ力強い眼差しと、気丈にその場で佇む、一人の大人の姿であった。
「私にも考えがある。別に無策で奴らと戦うわけではない。足りない武装や、人では私の指揮で補う」
男はアティクに近づいて、彼女の肩を持つ。
「私に任せてはくれないか?アティク君」
男は彼女に目を合わせた。まるでキスをするのかとみまどう程の距離で。
そう言われたアティクは、頷くほかなかった。
…どうやら先生のすけこましぶりは父親譲りだったらしかった。
そろそろ、書きたいところ書ける