男に"活気のある子"と見られていた娘。
信上ウマルはこのジリ貧の状況を最もよく理解していた。
「やばいっスね…目指すべきゴールは見えてるのに、それを実行する隙が全くもってないっス…!」
ウマルはすでにこの戦いの勝利条件を理解していた。実は、以前より現在攻めてきているガラガラヘルメット団は少数の部隊で、何度か自軍に対して攻撃を行っている。その度に、ウマル達はその地形把握によって敵を追い払ってきた。
しかし、今回は圧倒的な数による攻撃により、その地形的有利も圧倒されようとしていた。
しかし、ここまで大人数を率いるとなると必ず存在するはずなのだ。
「少数部隊での…敵後方にある司令塔の破壊…やはりこれしかないっス」
ウマルは狙撃を担当しているアリからの連絡で、確認できる範囲で司令塔が存在しないことは把握していた。故に、司令塔は出現位置から後方に存在すると踏んだのだ。
だが問題は"最初の隙"であった。
敵と自軍の武器の一番の問題は連射速度である。
ウマルが数人の部隊をこっそりと動かしたくても、現在敵が行っている弾幕作戦のせいで前線からの離脱が困難となっていた。
「…一体どうすれば…!」
その時であった。
トランシーバーにノイズが走る。
「ジジッ…こちらアティク、全体に通達する。只今を持って、指揮権をあの髭の男に渡す」
「マジっスか!」
ボスの突然の命令にウマルは困惑した。
何故、突然。何故こんな時に。突然の指揮権の譲渡など、混乱を起こすだけだろう。
「…こちら司令塔、全体に通達する。指揮権は移動した。今より私が指揮を取る」
凛とした声であった。
これが、男の声か。ウマルはそう思った。
それは、自信に満ちた人間の声であった。
「ただいまより、作戦内容を伝達する。一度しか説明しないから、よく聞きなさい」
生徒にものを教えるように男は伝える。
「攻撃目標は一つのみ。的後方の司令塔です。攻撃にはウマルさんをはじめとした遊撃隊にお任せします。」
ウチと同じこと考えてるっス…!
名も知らぬ、さっき顔を見合わせたばかりの大人が自分と同じゴールを見ていた。ウマルは、その事実に驚愕したと同時に、勇気が湧いたような気がした。
この人なら、任せてもいいかも知れないっス!
「隙はアリ君、君たちが持っている閃光弾を利用して作る。敵陣地に傾斜を設けずに発砲しなさい。閃光が一瞬敵の視界を潰します。隙は一瞬で構いません、最悪私が稼ぎます」
「…了解」
「了解っス!」
「アリ君は三分後に発砲、ウマル君は閃光が止んだ瞬間に右翼陣地から回ってください。後方司令塔の破壊の後は、そのままこちらへ戻ってきてください。挟み撃ちにしましょう。それでは、作戦開始です」
ーーーーーーー
「このまま撃ち続けろぉ!」
「どんどん距離が詰められて行くぜぇ?」
ジリジリとガラガラヘルメット団が陣地へと近づいて行く。敵の損耗、そして圧倒的な数。彼女等の心の中にはある種の慢心が生まれてきていた。
そして、その閃光はその慢心の隙をつくには十二分過ぎるものであった。
一瞬の閃光。
当たり前だが、本来なら閃光弾は上空へと飛ばし夜の暗い地上を照らす役割を持つ。地面に向けて撃てばその閃光も一瞬である。しかし、その閃光、夜の空間に慣れた目にとっては、一瞬であろうと命取りになりえる。
「ワァ!眩しい!!」
「くっそ!前が見えねぇ!」
「敵?!敵襲だぁ!」
「ぐわぁ!私は味方だ、撃つなよ!」
刹那、視界不良となった敵を回り込むようにして、ウマル隊は敵後方へと浸透。
その後の結果は、作戦通りとなったのだった。
指揮権の移譲、その結果はガラガラヘルメット団の撤退と言う形で幕を閉じた。
「勝ったのか…?」
汗と砂だらけになったアティクが、敵の消えた地平線を見て呟いた。すると、続々と少女達は力が抜けたように、腰を下ろしその場に座り込む。
もう誰も、ここで勝っただ、何だと騒げるだけの気力は無くなっていた。
「いえーーーい!勝ちましたっスよぉ!!!」
…一人を除いて。
「ウマル、うるさいよ」
「アリちゃんもボスもへこたれるの早いっスねぇ〜ウチはまだまだ戦えますよぉ」
「それ、あんただけ…」
戦場には少しの笑いが生まれたのだった。
ーーーーーーー
一行はその後ゆっくりと洞窟へと戻って行く。
洞窟の中に戻ると、アティクは男に頭を下げて言った。
「ありがとうございました」
「何だね、突然」
アティクは、自身の長いブラウンの髪をさらりと下げたまま、続けて言った。
「今回の戦闘に勝てたのはあんたの…貴方のおかげです。頭が真っ白になった私の代わりに、指揮を取ってくれてありがとうございました」
「ウチからも!隙を作ってくれたおかげで、ウチも勝つことができたっス!ありがとうございましたっス!」
「…私からも頭、下げておく。敵の回り込みとか閃光弾の使い方とか、教えられてばかりだった。だから…ありがとう」
3人の感謝の言葉に続き、他の少女達も感謝の言葉と共に次々と頭を下げはじめた。
「良いさ、私が出来ることをしただけだ。」
「…ありがとうございます」
アティクはそう言って頭を上げた。ヘルメットを外した彼女は思いの外、可愛らしい顔をしていた。165cmほどの身長に、ブラウンの髪、ギザギザの歯はどこか幼さすら感じる。先程までのこともあってから、疲れているのか、それとも気まずいのか。困ったような顔をして男を覗き込んでいた。そして、そんなのお構い無しにと、ウマルは男の前に立って、顔を合わせてきた。
「あの!センセ!」
「何かね」
「やっぱり、センセは"先生"なんスか?」
「…すまない、確かに私は以前から"先生"と呼ばれてきた。しかし、私はだね。おおよそ君たちが考えている"シャーレの先生"ではない」
「そうなんスかぁ」
「うむ」
男は気まずいと言う感情を押し殺して、気丈に彼女に答えた。戦闘も終わり、ひと段落した今、男はまた追い出されるかも知れないと言う問題に直面していたのだから。
「じゃぁ、センセは、私たちの"先生"っスね!」
「…!」
「…そうだね。ボス、私は賛成するよ」
他の娘達も顔を見合わせて、賛成だと口にする。砂漠に捨てないでくれるのはありがたいが、いつの間にやら私の行く末が決定していないか。
男は怪訝な顔でその状況を見つめる。
「…わかった。次、いつガラガラヘルメット団が来るかもわからねーんだ。このセンセをここにおいても悪いようにはならねぇだろ…」
諦めてたように、アティクはそう呟いた。
ーーーーーー
暫くして、男…センセは彼女達…サラサラヘルメット団の一員として活動を始めた。
いつ帰れるようになるかわからないのであれば、現状を精一杯生きると言うのが、最も最善であると判断したのだ。
センセがまず最初に目指したのはこの世界の基本情報を理解することである。これについては、アティクが丁寧に説明してくれた。キヴォトスについて、学園について、生徒について、ヘイローについて、そして、先生について。
先生は"半年前"に突然現れた大人の人間であり、曰く凄まじい指揮能力で七囚人の一人を撃退したとか。曰く一つの企業を滅亡に追いやったとか。曰くキヴォトスを股にかける大犯罪者『覆面水着団』と関わりを持つとか…
センセと呼ばれる男はこのシャーレの先生に強い関心を抱き始めた。
しかし、そう簡単には行かなかった。
まず最初に、思った以上に自分達、サラサラヘルメット団の置かれている位置が悪かった。
現在根城にしているこの砂漠は、アビドス砂漠においても辺境も辺境。カイザーですら捨て置くほどの、本当の辺境であった。近くにはオアシスもないし、文明(ビルやスマホ)なんてものもない。
機材はその多くがアナログだし、せっかくスマホなんかを手に入れても、ここは圏外である。
また、サラサラヘルメット団自体が不良集団に該当すると言うことも問題であった。学生でないと言うことは、ここキヴォトスにおいては、人権がないにも等しい。そもそも、このサラサラヘルメット団自体がこうした日影者が集まってできた集団であった。
学園から離れざるを得なかった者、追放された者、そも入ることすらできなかった者。都合はバラバラである。すでにセンセは、こうした少女達をみすみす放置することなどできなかった。
「それでは、今日の講義はここまでとする」
「わぁ、疲れた」「勉強するの楽しいね」「ここまできて勉強かよぉ」
「明日も講義の時間を設ける予定だ。君たちも自分の為に、よく学びなさい」
センセは講義を始めた。
少女達を生徒として、"センセ"の名と通り、彼女達に高校程度の教育を施すことにしたのだ。
「センセ!お疲れ様!」
講義の片付けをしていると、ウマルがセンセに話しかける。
男は片付けの手を止めて、尊大に、しかし優しく彼女に答える。
「うむ、お疲れ様だね。質問かね?」
「いや、雑談っス!」
ウマルは講義の後にいつも雑談をしに来るようになった。
今日は、そんなウマルの後ろに誰かいるようだ。
「ウマル、センセに失礼でしょ…」
アリである。アリはウマルとはまたちがって、講義の後は決まって質問をしに来る真面目な生徒である。
「いいじゃん別に、センセも困ってないっスよね!」
「困ることなどないさ」
「…センセも甘やかさないであげて下さい」
こうして、今日も日が暮れるのであった。
センセ(先生のお父さん)
息子の失踪を経て、少し気を病んでいる逸般人。
教授になる前は、文化人類学の現地調査のためと言って中東の危険地域で活動していた。なんやかんやで戦闘部隊を率いたこともあり、こうした中で指揮能力を獲得。
ロマンと口髭をこよなく愛する父親。