息子が失踪した。
その一報が入ってきたのは5月の初め頃であった。私はすぐに見つかるとたかを括っていたが、一ヶ月、二ヶ月と時は過ぎ、三ヶ月もすれば、その余裕は崩れ始めた。警察の調査も、私の伝手を使っても、ついぞその影さえ追うことすら叶わなかった。
そして、夏が来て、秋が来て、外がカラカラと乾燥して、そして冬が来た。
事件発覚から半年後の事であった。
「本日はここまで、質問があれば前へ」
私の声に遅れてチャイムが鳴る。春先の気温はとっくに移り変わり、11月の寒空にふさわしい温度になった。
マイクをカゴに入れ、PCを閉じる。すでに生徒は喧騒の中で、一人また一人と教室を出てゆく、もう昼休みだ。こんな時間になったのだから、あまり教室に残りたくなどないのだろう。
そうして片付けを終えて、教壇を降りようとすると、目の前に一人の青年が立っていた事に気がつく。それはいつも講義後に質問を投げかけてくる青年であった。
「先生、本日もお疲れさまでした」
青年が私に声をかける。
今日も質問であろうか。私は持ち運ばんとしたカゴを教卓に休ませる。
「うむ。さて、今回の講義は退屈ではなかったかね」
「そんなことはありませんよ。先生の講義は面白い話も多いので、僕たちの中でも評判ですから」
「そうかね、それならよかった。」
おや、質問をしないのか。
いつもなら矢継ぎ早に質問をするというのに、どうしたのだろうか。
そんな、青年の顔にはどこか心配があるように見えた。
「…お疲れではありませんか?」
「何?」
「先生の息子さんが行方不明になって半年ですよね。なんだが、今日の講義はいつもの自信のようなものがなかった気がして…」
なんと、その心配は私に向けてであったか。
小恥ずかしいばかりである。いつもならこのようなことはないのだが、息子が行方不明者になって半年、焦りがついに講義中の態度にも現れてしまったようである。
苦笑しながら、私は表情を隠すように、口髭を触る。
「疲れが漏れてしまっていたか。申し訳ないな、年長者たるものがこの始末ではな」
「いえ、先生のお気持ちはわかります。僕たちもお手伝いできることはします。」
「ありがとう…さて、それでは私はここで失礼するよ、昼を挟んで次の講義もあるからね。君も、昼食を食べなさい」
「はい、お疲れ様でした」
私は少し早足でカゴを抱えて教壇を降りる。
生徒に心配されるとは…私も疲れているのだろう。
教室を出れば、そこは渡り廊下である。ふと、窓の下に気を向ければ、大学生徒達がラウンジを闊歩している。みな、笑顔で友人や仲間達と笑い合っている。
卒業して直ぐのことであった。
『父さん、僕の務める学校が決まったよ!』
息子から電話が来た。随分と浮かれた様子で、でも本当に嬉しそうで。それが最後の会話になるとも知らずに、私は息子に激励をして、直ぐに電話を終えた。
あれくらいの子なんだ。
息子は大人になったばかりなんだ。
ふと、気がつけば私の足は渡り廊下の途中で止まっていた。長考のせいで、足が止まっていたのだろう。その姿を周りの生徒達が怪訝そうに見ていた。
…早く戻ろう。
足早にその場を離れ、私は研究室へ戻る。
ドアを閉じると、ため息をひとつ吐いて、背広を椅子にかける。どうも、感傷に浸りすぎる。
こんなに感傷に浸ったのは妻の墓前に立った日くらいである…いや、よそう。これ以上はマイナス思考のループに陥る。
また、ため息を吐いて、カゴの中にある講義道具を取り出す。目的はPCを開いて、メールの確認である。そろそろゼミの課題の提出期限である。数人は提出しているだろう。
「なんだ、このメールは」
研究用のPCに見慣れないメールが届いていた。
知らないアドレスである。
生徒の悪戯だろうか。
私はメールを開いた。
そして、視界は暗転した。
ーーーーーーーーーーーー
生徒の声がこだまする。
「先生!またこんなものを買ったんですか?!」
ここはD.Uの一角。独立連邦捜査部、通称「シャーレ」の一室にてとある男がお叱りを受けていた。
「ごめんねユウカ、どうしても買いたくて…」
「先生、いつも言ってるじゃないですか!趣味への投資も適正範囲からですよ!」
そう言われて男…"シャーレの先生"は口惜しそうに、ユウカに答える。
「でも、ユウカ。このロボット凄いんだよ!なんと、腕が飛んでね!」
「話を逸らさないでください!趣味のための出費とはいえ、こんなおもちゃにこれだけの額使ってたら、生活費はどうなるんですか!」
「えーと…」
冷や汗をかいている先生に、ユウカは気づく。
もしや…これは、既に手遅れなのではなかろうか。
ユウカは突然、先ほどおもちゃの領収書があった机の引き出しを勢いよく開けると、その中にあった紙束を見つけ唖然とする。
出るわ、出るわ、衝動買いの末路(領収書)が。
青筋を立てながら、ユウカは先生に問う。
「先生…?これは、一体なんなんですか?」
「ワ…ワァ…(ちいかわ)」
「…それで、先生は何故こんなことばかり〜!」
「仕方ないじゃなかいか。血には抗えないんだよ〜!」
「血、ですか?」
ふと、ユウカの動きが止まる。
「先生の"ご家族"ですか?」
そう言えば、先生と過ごしてきて家族の話は聞いたことがなかった。ユウカは、先ほどの怒りを忘れて、先生の家族と言うものに気が引かれていた。
「先生のご家族って、どんな方々なんですか?」
「…気になる?」
「まぁ、少しだけ…」
「…うん、いいよ!私の家族のことだね!」
先生はこの瞬間、安堵した。
上手く、話を逸らせたと思ったからだ。
「実はね、私の家族…お父さんは"先生"なんだ」
「え!先生のお父様がですか?!」
「うん、と言っても大学の教授だけどね。文化人類学の研究をしてるよ」
驚いた。まさか、先生の父親も先生だったとは。
ユウカは驚愕した。いや、まだ情報を集めなくては、ユウカはいつか来る"ご挨拶"のためにも、さらに話を続ける。
「それなら、先生はお父様似なんですね」
「あぁ…いや、私はどちらかと言えばお母さん似かな。お父さんはもう少しきっちりした見た目だからね」
「そうなんですか」
「それに、私は髭なんか生やしてないからね」
「先生のお父様、髭が生えているんですか?!」
「うん、立派な髭がね」
ユウカはこの時、どうにかして先生の父親の顔を頭の中で再現しようとしていた。しかし、わからない。まず見た目が父親似では無いと言うのだから、想像がしにくい。そして、さらに髭が生えていると来た。たしか、レッドウィンターに付け髭を持つ生徒がいるとは聞いていたが、本物の髭を生やした男性など想像ができない。
「…ふ、ふーん。そうなんですか」
「そうそう!…元気にしてるかな」
「元気にしてますよ!きっと。あ、そう言えばさっきの"血は争えない"ってどう言う意味ですか?」
「それね!私の父もね、いつも小遣いの限界まで本を買って破産状態になってたんだ!」
「…なんてこと…」
本当に血は争えないらしい。
先生の浪費癖は父親譲りとの事らしい。
「先生のお父様…一体どんな方なんでしょうか…会ってみたいですね…」
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砂が舞う。太陽を遮るものはなく、ギラギラとした太陽が砂に反射して、私の肌と瞳孔を焼かんとする。
暑い。
なんと言う暑さか。先程までのクーラーの付いていた部屋が天国のようだ。
おや、待てよ。何故私は日光焼かれているのだろう。先程まで、私は研究室でメールを読んでいたのではなかったのか。大学の近くにこのような砂場はあったであろうか。私は横になった体を起こし、地平線を望む。
「どこかね…ここは」
目が覚めると、そこは砂国であった。
ノリと勢いで書き上げる。