【11/18】goo blogサービス終了のお知らせ
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何故“今”ではなく老後の話を書いてるほうが面白いのだろう、と少し考えてみる。 (2)

3。他の人の設定って薄い。あるいはよくわからないから。
誰かを名指しして「お前の設定って薄いよな」とか言う度胸はミリ単位でも存在しませんが、一般化すると急に大口を叩ける俺。まぁそこはどうでも良いのですが。

というか俺から設定薄いとか言われたってどうしろっちゅうねんというのが普通の反応だと思います。
加えて、プロフとかキャラHPにはあっさり目のキャラ設定だけ書いておいて(あるいは全然書いとかなくて)、細かい部分はRP自体で披露しようと考えている人はもっと多いはず。

しかしまぁ、結果として俺から見てそういうキャラは「よくわからない」キャラになってしまう。
俺はそういうキャラを自分の文章に登場させたくない。なぜなら、文章に関して完璧主義者だから。

設定に反する戦闘はさせたくない。
設定に反する行動はとらせたくない。
設定に反する言葉は喋らせたくない。

この3つは自分の中でとても固いルール。
これを破るくらいだったら、はじめからそんなキャラ出さないほうが良いと感じます。

ここで、他PCの動きを控えめにすればいーじゃんという意見があるかもしれません。
ダメです。

文章において、描写された鍵は鍵穴に差し込まれなければならないし、描写された拳銃は発射されなければならない、という意見を正しいと俺は考えます。
ゆえにキャラについても同じ。登場した人間は、自然に活躍しなければならない。
PCのように濃厚なはずの存在が、登場しておいてそのPCらしさを発露しないのはおかしい。

よって俺が他のPCを描くのは、「こいつについて90%は理解したぜ!」というときだけ(例外は演習・BFなど複数によるRP。こればっかりは描かないほうがおかしいので仕方ない)。
しかし世の人々が自分についての90%以上を外界に晒すことはまずない。俺自身、シュアリーの鬱陶しいほど長ったらしいプロフをもってしても、彼のことをまだまだ表現しきれていないと考えています。

まー、考えてみりゃキャラは成長するもんなんだから当然だな。
また設定というものが、そのキャラを説明するものでありながら決してそのキャラの全てを表現しきれない、という矛盾を抱えた存在であることも一つ。
これも当然。だってキャラが生きているのは設定ではなく物語の中なんだから。

しかし俺はその当然がなかなか許容できない。
だから書けない。無理して書いても楽しくない。


4。他PCのPLへの配慮が要るから。
俺は人が臓物ぶちまけたり手足を損なったり惨めに敗北したりする場面を描くのが好き。
弱者を踏みにじったり優雅に勝ち誇ったり命を弄んだりする場面も、
激怒したり軽蔑したり泣き叫んだり一目惚れしたりする場面も。
もしかしたらこれからは嬉し恥ずかしな告白や蜜月、陰惨な暴行・虐待、または処刑、あるいは人食、果ては夜のシーンなんかも描くかもしれない。
少なくとも人食はシュアリーの根幹をなす要素なので、ます確実に書く。

そんなもんに人様のキャラをおいそれと出していいのか?
否だろ。
承諾なしにこんな場面を書けるわけが。

そうではないごく普通の場面にしても、たった一言にだって言葉には魂が宿る。
魂を歪められるのは苦痛だし、歪められた魂も醜い。
わざわざ書いた文章でお互い不幸せになってどうするよ。
と、これはむしろ3に入れたほうが良かったかもですな。まぁいーや。


まー要するに、めんどい。
全部自前でやるほうが、早いし楽だし出来も良い、てことです。

*

んー、まぁこんなもんだろうか。
こうやって書いてみると、自分でも意識していなかった部分がけっこう出てくるもんなんだなぁ。
これを生かして、これから他PCとの共生の道を探っていくこと(大袈裟)は可能だろうか?

うむ。次の論題はこれで。
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