「これから5年で倍増する」の衝撃…専門家が語るクマ被害「全国で8万頭&人間の味を学習」の悪夢

東日本では、クマの生息数を把握できていない!?
それにしても、なぜ、こんなにクマの生息数が増えてしまったのか。
「太平洋戦争前までは、燃料となる薪を取るために日本は禿山だらけの状態でした。同時に毛皮の需要も高かったので、野生動物は乱獲された。クマも絶滅危惧種に指定されるほどでした。 その後、狩猟規制を強化して、野生動物は数を回復させていきました。戦後はガスや電気が普及し、山の資源を使わなくなったので、1990年ごろには豊かな森林が回復して、動物たちも増えていきました」
しかし、九州では絶滅、四国も20頭以下と、西日本では’90年代まで絶滅の危機が深刻化した。’99年には「特定鳥獣保護管理計画」制度が始まり、西日本ではクマの保護に乗り出した。
集落に侵入したクマも殺処分せず、一度は麻酔で眠らせ、クマの年齢や栄養状態、繁殖状況などを調べて、マイクロチップを埋めて山に返した。また、イノシシ用の罠にかかったクマには唐辛子スプレーなどをかけて人間や人里を嫌いにさせて放獣する「学習放獣」を導入するなどして、できるだけ殺さない取り組みをしてきた。そうした取り組みの結果、西日本では正確な生息数を把握することができた。
保護政策をとった結果、100頭もいないのではないかといわれていた西日本のクマも、’10年には600頭に。このまま同じ方策をとっていると、どんどん増え続けてしまうということで、’12年には『学習放獣』をやめ、集落に一度でも来たら殺処分。’16年には狩猟も解禁した。
「’17年からは、集落から200m以内に来たクマを捕獲するという『ゾーニング捕獲』をスタートしました。環境省から800頭生息していたら絶滅の危機はないというガイドラインが出ていたので、700~800頭に抑えるようにしています。 近畿地域でもドングリが大凶作だった昨年には大量出没が起きましたが、なんとか対処することができました」
一方、東日本はそれなりにクマがいたため、特別に管理することはしなかった。その結果、東日本には精度の高いデータが極めて少ない。たとえドングリなどが豊作であっても、里に行けば効率よくエサを得られると学習しているクマを放置すれば、季節に関係なく人里に出没するだろうと横山教授は言う。
どうすればいいのか。
「まず科学的な管理。クマの個体数を把握し、適正な個体数にコントロールするための司令塔となるような科学行政官を配置していかなければなりません。今は捕獲するのにも、クマに対する知識が少ないハンターさんたちにお願いしている状況で、非常に危険な状態です。不安の声も多数寄せられています。専門的な捕獲者の育成・配置も重要です」
なんだかとても時間がかかりそうだ。
「とりあえずは予防原則という形で、人の生活圏の近くにいるクマは、あらかじめ捕獲して、個体数を大幅に減らす取り組みが必要です」
人里に出てきたら、それだけで殺される。かわいそうな気もするが……。
「もちろん、かわいそうです。何度も殺す現場に立ち会ってきましたが、慣れることはありません。かわいそうだと思いながら、やっている。メンタル面でも大変な作業です。 現場の方たちには、そういう作業をやっていただいているということを理解しなくてはいけない。しかし、個体数管理をやらないと、次の凶作のときには、もっとひどいことになると思います」
これ以上増えたら、たとえ山の木の実が豊作でも、エサが足りなくなることも考えられる。人間と共生するためには、個体数を管理するのは必要なことなのだ。
▼横山真弓 兵庫県立大学 自然・環境科学研究所教授。兵庫県森林動物研究センター 研究部長を併任。ニホンジカ、ツキノワグマ、イノシシなど人との軋轢が深刻な野生動物の保全管理を研究。おもなテーマは、モニタリング手法の開発、個体数や個体の栄養状態のモニタリング、行政と連携した保護管理の実行。そのほか、GPS首輪による行動追跡、人獣共通感染症、ニホンジカの食資源化などにも取り組んでいる。
- 取材・文:中川いづみ
- PHOTO:アフロ(1枚目)
ライター
東京都生まれ。フリーライターとして講談社、小学館、PHP研究所などの雑誌や書籍を手がける。携わった書籍は『近藤典子の片づく』寸法図鑑』(講談社)、『片付けが生んだ奇跡』(小学館)、『車いすのダンサー』(PHP研究所)など。
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