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AIを使う奴は全員バカ。すぐに時代遅れお疲れ様。
AIを使う奴は全員バカ。すぐに時代遅れお疲れ様。 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 536.6
お気に入り数: 1
投票数 : 0
ポイント数 : 20
作成日時 2025-11-06
コメント日時 2025-11-07
| 項目 | 全期間(2025/11/08現在) |
|---|---|
| 叙情性 | 1 |
| 前衛性 | 5 |
| 可読性 | 3 |
| エンタメ | 3 |
| 技巧 | 3 |
| 音韻 | 3 |
| 構成 | 2 |
| 総合ポイント | 20 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 1 | 1 |
| 前衛性 | 5 | 5 |
| 可読性 | 3 | 3 |
| エンタメ | 3 | 3 |
| 技巧 | 3 | 3 |
| 音韻 | 3 | 3 |
| 構成 | 2 | 2 |
| 総合 | 20 | 20 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
ニュアンスは違うが同感な部分もあって、私見では A 超一流はそもそも使わなくていい B 二流以下は使わないと淘汰される C 馬鹿はそもそもつかえないのでご自由に ...みたいな感じね?。AとCはわりと幸せだね。
0おはようございます。 そういえばAI依存などもあると聞きました。 本当に思っていることほど、 AIにぶつける。 理想の会話をしてくれるさまざまな関係性の疑似体験としての利用。 人間にとって手軽で手短な存在が出現したなという印象です。 ざらつきや引っ掛かりやでこぼこは人間の方がある気がします。 >>あなたが >>本気で思っていることは >>なんですか? 鋭い問いだと思います。 それを人間に対して 言いづらくなっているということなのかもしれません。
0これちょっと関心を奪われたのは タイトルが本文になっていて 本文がタイトルっぽいところ。 そこがわずかばかり面白かった。
0商いのコツは人より早く飽きることだと思っていて、人より早く飽きることによって新しいプレゼンを常に考えられる。そうやって更新していく姿が、飽きられない商いのコツなのではないか? AIは、新しいおもちゃ。最新の技術は新しい扉を開いてくれる。要は使いようだと思うのです。 チャットGPTなんかがそうなんですが、AIが直接なにかを教えてくれるわけじゃなくて、橋渡しをするのです。AIが漱石を教えてくれる、ニーチェの著作や思想を教え伝えてくれる。そうやって更なる検索の手がかりになる役割をする。それが、チャットGPT。 絵も下手な絵を小綺麗に添削してくれます。勿論これらのものがいつか古びることはあるかも知れませんが、その時楽しめればいいのではないか? 精神障害者の団体にいるのですが、人々が考えているのは考えなくしてくれること。悩みを消してくれること、そのために薬とカウンセラーに頼る。考えたくないなら無心で働けばいいのに、それは怠け癖があるから出来ないという悲しい世界なのです。だったら、AIと会話していた方が思索を深めることにはなるかなあと。
0ここ最近の類さんにしては珍しいほどの直球かつアグレッシブなタイトルで驚いた……。 僕が思っていることか……紙とネット問わず、詩の世界を僕の色で染め上げることだろうか(大言壮語は承知)。 古典派、ロマン派、星菫派や朦朧派……それらを背負った近代詩人たちの夢をもう一度。
0AIの使用、不使用によって、バカかどうかが分かれるわけはないと思うのですが。それぞれが、賢く使えばいいだけでしょう。恐れを、極端な言葉に変換しない方がいいと思います。助け合って、独立して生きていかないと、楽しくないでしょう。他者をバカにしていると、自分の大切な出会いも逃してしまうと思いますよ。時代の転換点において、不安が生じるのは、むしろ、可能性への開かれです。今の時代を生きるために、自分の苦しみを減らす方向で考えた方がいいと思います。智慧を育てることは、AIによろうがよるまいが、自分自身の力そのものです。厳しい現実の中を生きてきたなら、それを生かすことが、必ずできると思うので、詩人は、言葉を使うということで、自負心よりも、真実を見通さねばなりません。真実に違ったことは、過ちを含んでおり、間違いです。間違いに起因したことは、失敗するでしょう。失敗した詩は、輝きが薄い。言葉の働きに対して、鋭敏であることが、詩に対して眼が開けることだと思います。一般的に思われているように、心理操作が言葉の本質であるわけではないと思います。言葉の本質とは、他者と真実を共有する力なのです。運や、他者の力に頼った言葉も、すべて自分の言葉です。自己独立への過剰な自負は、言葉の働きについての知見がまだ足りないことから生じていると思います。ギャンブルの夢から醒めて、本当の自分の力を得なければならないのではないでしょうか。それは、智慧を持って生きるということに外なりません。その場その場の場当たり的な対処で一生を終えるには、人間の可能性というのは莫大すぎます。自己を目覚めさせるとき、他者への意識の覚醒が起きるとき、先生たちは、みんな、その時を待っていたのではないでしょうか。
1いわゆる「文系っぽい」活用はすでに頭打ちな気がする。ようするに、チャッピーやジェミニ使って実際に適切に課題を設定して手を動かして煩わしい作業や判断をうまく自動化したり最適化させることに成功している人が「バカじゃない」層ですけど、文系にどれくらいいるのかな?って話ですよ。バカばっかり。ここ何年かイナゴの大群みたいにわいてたI驚き屋の経営者とか、その亜種の詐欺師みたいな連中がそれですけど。例の某サイトとかも私はその類だと思います。
0文系領域において、AI使用について、 「学習に使われるデータセットに違法なものが混ざっているのではないか」 「絵柄や文体の模倣によるなりすましなどの悪いことに使われるのではないか」 「何が真実で何が虚構か、AIの作った幻覚なのかを判別するリソースがない」 という点以外がほとんど感情論によるお気持ちダンスバトル会場と化しているような気がしています。 感情は論理で覆せないものなので、そのような中で一番感情的に投げかけたこの投稿は素晴らしいものだと思います。 私自身も、ChatGPTを利用していたことがあります(主に心理的な支えとして)。が、正直に言うとChatGPTは「自分が想定していた通りの読みしかしねえなこいつ」ぐらいの代物でしかありませんでした(心理カウンセリングの技法としては確かに正しいが……)。様々な文献から類似の物語を探して、無自覚なパクリを防止するか、オマージュ/パロディとしてそのまま採用するかの判断には使えるツールではあると思います。 ちなみに、私も過去に(AIのそれとは限定しないものの)この投稿のような問題を抱えさせた詩をB-REVIEWに投稿したことがありますが、言及したい内容によってはもう少し直接的に書いてしまってもいいんだろうな、と読んでいて改めて思いました。
0黒髪さまのご意見に賛成ですね。 わたしは雑文つくるときAIを辞書代わりに利用しています。 たとえば昭和初期の日本車はダットサン●●型ですが、この ●●がわからないときにAIに質問する。 あるいは「類語辞典」代わりに利用する。手垢のついた表現がいやなとき 類語を調べる。これはどんな詩人もやっていることです。 それから歴史的な事件の概要を調べたり人名辞典代わりにも利用する。 要するにAIとは、汎用辞書でもあるのです。だからだれが表現に利用しても別に なんてことはない。大騒ぎする必要もない。 だれかがAIを使って詩を書いたとする。それはその人にとって AI「を利用した」表現であると思えば、やはりひとつの表現だ。 それがどう評価されるかは保証しないが、。そういう時代にはいっている。 自分がどうしても伝えたいこと、語りたいこと力説したいことがうまく表現できない 人はAIにたすけてもらえばいいかもしれない。 ただ、芥川龍之介がいったようなaiでは「戯作三昧」の境地は味わえない。 わたしが若い頃、小説に集中してたころはこの「戯作三昧」の 夢のような境地に時間を忘れていたことがある。没入して物語を書く この快楽。AIなんかに書かせて いたらこの面白さは味わえないかもしれない。それは詩も同じ。 そこのところをわからないで、たんに「バカ」呼ばわりしてもあまり 意味がないと思うし、AIは廃れるどころかますますこれから表現の 杖となり耳となり手となるでしょうね。
1類さんお久しぶりです。 恐らく、 >あなたが >本気で思っていることは >なんですか? 〝本気〟を対象として〝AIを使う人間はバカ〟と仰っているのだろうと思います。 私なんかは日常的に言語表現や文章表現が下手なものだから言葉の失敗を数限りなく積み上げた損失を考えると、そのやり取りを全部AIにお任せしたいくらいなのですが、でもまぁ失敗も人生ですし失敗から学び成長することに意味があるだろうと思っています。 話は変わりますが、私が今本気で思っている(取り組んでいる)ことはEC販売事業なんですが、なにせ新規参入の分野なのでわからないことだらけでした。それらを調べるのにAIは本当に便利でしたし、いい時代になったと感じました。 ただ肝心の事業の方にAIが必要かと言われたら必要ないですね。自分の脳みそというかアイディアも構想も全て自分の能力次第だと思っています。あと重要なのは良いビジネスパートナーに恵まれるかどうか、自分の企画や能力を引き出してくれるのってやっぱり人間でAIじゃない。その相手とどれだけ本気でやりあえるか(取り組めるか)じゃないかと思う。クリエイティブなビジネスってやっぱりその人の人生の構築だし、それはきっと文芸の領域でも同じじゃないかと思う。 このタイミングでこの作品を読めたこに感謝かな。それは類氏の本気度を感じる作品だったからだろうと思う。
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