「現代人の理想像」としてのAphex Twin
僕が「こうなりたい」と思っている理想像/ロールモデルを問われたら、迷うことなく、彼の名前を挙げます。
エイフェックス・ツイン(Aphex Twin)ことリチャード・D・ジェイムス。
リチャード・D・ジェイムス(Richard D. James)
1971年アイルランド生まれ、イギリス・コーンウォール育ちの電子音楽家、プロデューサー。Aphex Twinという最も著名な名義で知られ、90年代初頭から活動を開始。数々の音楽ジャンルの実質的な創始者として、その後のエレクトロニック・ミュージックシーンに決定的な影響を与えた。
彼は、デビュー以来、革新的であり魅力的な音楽を数々リリースしてきたミュージシャンですが、僕が彼をロールモデルとする理由は、その「あり方」そのものが、ミュージシャンやクリエイターという枠を超え、現代社会を生きる私たち全員にとって一つの究極的なロールモデルになるのではないか。と、思うからなんです。
筆者プロフィール:照沼健太
ポップアート2.0作家、YouTuber、音楽家。テレビ東京やNetflixのメディア運営、レディオヘッドら数々のアーティストのCD封入解説文、HIKAKIN、米津玄師、押井守、藤本タツキなどのクリエイターや多くのビジネスパーソンの取材を担当。2023年末からはYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」を運営(2025年9月末時点でチャンネル登録者数約6万人)。
「いいね」と「お金」に縛られる私たちと、あまりにも自由なAphex Twin
現代は「数字による外的評価」の時代です。
SNSを開けば「いいね」やフォロワー数が可視化され、仕事では売上やKPIといった数字が人格すら規定しかねない。私たちは常に他者の視線にさらされ、「どう思われているか」というモノサシであらゆる価値を測りがちになっていると思います。
僕個人の経験としても「音楽の話をしていたはずなのに、その作品の内容についての意見や感想ではなく、チャートアクションやSNSでの評判について話題の比重が移っている」ことは珍しくありません。
そんな社会において、Aphex Twinの存在は異質。その行動基準は、徹頭徹尾「内的評価」、つまり「自分が今、何をしたいか」だけであるように見える。
彼のここ30年ほどの活動を振り返って抜粋すると、次の流れが印象的です。
1996年:アルバム『Richard D. James Album』をリリース。「もうアルバムをリリースしない」と発言
2001年:アルバム『Drukqs』をリリース。その理由は「未発表曲を入れたMP3プレイヤーを失くしたから、ネットに流出する前に出した」
2014年:前作から13年ぶりとなるアルバム『Syro』をリリース。理由は「子どもが自分がやっていることに興味を持ち始めたから」。
2015年:約150曲もの未発表曲を無料で公開
それぞれのリリース理由についての真偽はともかく、いかに彼が作品のリリースに無頓着なのかは、このあまりに長いタイムスパン、そして膨大な未発表曲の無料公開からもよくわかるはず。
つまり、彼はリリースしていない期間も「常に音楽を作り続けていた=作りたいから作っている」わけです。
商業的論理でも、誰かの期待に応えるためでもない。ただ「自分がそうしたかったから」。他人の目を気にして自分の行動を決めがちな私たちにとって、この「自分の基準だけで動く」というシンプルな強さは、大きな指針となりえます。
"誰もが誰かにとっての批評家であり、同時に誰かから批評され続ける"この現代に「自分の基準」がいかに大切か。
そしてこれは僕個人として非常に共感するポイントです。
昨年デトロイトテクノという音楽ジャンルのオリジネイターの一人、デリック・メイに取材した際、僕は彼から「君はどうして音楽を作るのをやめたんだ?」と逆に質問され、これをきっかけに僕は音楽制作を再開しました。
「音楽を仕事にしたい」「お金を稼ぎたい」「ミュージシャンという社会的な肩書きを得たい」とかそういう話ではありません。僕は誰に認識される必要もなく最初からミュージシャンだし、音楽を作りたいからまた作るようになった。それだけの話です。
そこにある精神的支柱とロールモデルは、間違いなくAphex Twinです。
批評家ってほんとに好き勝手なことを言いますよね。でもアーティストはあれこれ勝手なことを言われながら、それぞれ勝手に成長していくものなんです。(村上春樹)
ロールモデルとしてのAphex Twin:3つの側面
さて、次はAphex Twinがクリエイターに限らず、あらゆる人にとってのロールモデルとなり得る理由を分解して掘り下げたいと思います。
端的に、彼の姿勢には3つの普遍的な「強さ」が内包されています。
1. 精神的な独立:「沈黙」と「遊び」を恐れない
まず第一に、彼が体現するのは「精神的な強さ」です。これには2つの要素が絡み合っています。
一つは、「沈黙」や「距離」を保つ勇気。
現代は「発信し続けないと忘れられる」という恐怖に満ちています。しかし彼は、その真逆を行きます。SNSも使わない、インタビューも滅多に受けない。前述の通り、平気で10年以上も沈黙します。多くの人が忘れられることを恐れて発信を続ける中で、彼の「沈黙」は、むしろその“神話性”を増幅させます。
これは何も「SNSを使うべきではない」「仙人みたいになろう」という話ではありません。あくまでも姿勢の話です。
もう一つは、「遊び」と「真剣さ」を同時に持つこと。
Aphex Twinの世界観は、いつも二重性に満ちています。子どものように無邪気に遊ぶ「遊び心」と、哲学者のように深く思考する「真剣さ」。奇妙な曲名、歪んだ顔の加工写真、悪戯めいたアートワーク……。その一方で、生み出される音楽は恐ろしく緻密で、数学的・構造的ですらあります。
この「真面目すぎず、でもふざけてもいない」という絶妙なバランス感覚が、彼の大きな魅力であり、人として健全なあり方だと思います。
他人との距離を適切に取りながらも「仙人」にはならず、社会と関わり続けている。そこには楽しむことと、深めることを両立させる彼の姿勢も大きく影響しているはずです。
2. 創造的な独立:「道具」と「場所」に縛られない
第二に、彼がどこで、何を使って創造するかについての「スタンスの強さ」です。
まず彼は、「道具を支配する側」であり続ける姿勢を徹底しています。これは次々と最新アプリやAIサービスが登場する現代において、大いに参考にできるポイントだと思います。なぜなら……
私たちは、新しいテクノロジーが登場するたび、無意識に「振り回される側」「使われる側」に回りがちだからです。
しかしAphex Twinは、テクノロジーを“手段”として完全にコントロールしています。彼は自作ソフトや改造ハードウェアを駆使し、自ら音響環境を設計します。新しいツールが出ても、それに踊らされるのではなく、「それで何を作るか」を常に主導するのです。
これは、“新しいツールに振り回されない人間”の理想像です。AIが日常になった今こそ、この「道具を支配する」という姿勢は、誰もが持つべき重要な態度でしょう。
そして、場所。
Aphex Twinは「名前のない場所で花を咲かせる」ことを証明しました。
彼の活動は、常にシーンの中心、つまりメインストリームの外側で行われてきました。物理的にもコーンウォールという辺境の地から現れ、今も商業の中心地からは距離を置いています。
それにもかかわらず、彼の音楽はカニエ・ウェストやレディオヘッドなど世界中の中心にいるトップクリエイターたちに影響を与え続けています。
それは「孤立」ではなく、「独自軌道での自由」です。
3. 経済的な独立:すべてを支える「独立した経済圏」
そして最も重要なのが、これら精神的・創造的な独立性を(結果として)担保する「経済的な強さ」です。
多くの人が「自分基準で生きたい」と願いながらも、経済的な理由(=他者に依存する給与や売上)のために、それを曲げざるを得ません。
しかしAphex Twinは、そのゲームのルール自体をハックしています。
彼の経済圏の根幹は、「売れるから作る」のではなく、「自分が作りたいから作る」という姿勢が、そのまま経済的価値に転換される点にあります。
まず、彼はメジャーレーベルの巨大なプロモーションに頼りません。Warp Recordsというインディペンデントな精神性を共有するパートナーと長年組み、自分のペースでリリースを行います。自身のレーベルも持っていることなどからも、おそらくかなり条件のいい契約をWarpと結んでいるはずです。
さらに記事前半で触れたSoundCloudでの数百曲の無料投下は、まさに「作品=売買されるべき商品」という資本主義の論理を完全に無視する行為です。しかし、この「金銭的な成功を第一目標にしない」という姿勢こそが、「彼が金のために音楽を作っていない」という何よりの証明となり、彼の「神話性」=ブランド価値を(皮肉にも)爆発的に高めました。
加えて、それらに基づくグッズ販売は、熱狂的なファンコミュニティが直接アーティストを支える「ダイレクト・エコノミー」のお手本でもあります。この小さな、しかし強固な経済圏が、彼が主流のマーケットに一切媚びずに活動し続けるための強大な基盤となっているのです。
ここで疑問が浮かびます。
そもそもなぜ彼はこれができたのか?
そこには、CDが売れていた時代に名作を数々リリースし、それらがクラシック化しているアドバンテージが大きいのは間違いありません。ベースとなるストック型収入があってこそ「沈黙」も可能になるからです。
しかし、そこで「そんなの今の時代には無理」と考えるは早計すぎると思います。
私たちはAphex Twinになれる/なれない
もちろん、誰もが彼のように生きられるわけではありません。
しかし、少なくとも近づくことはできる。日々近づいていくことはできる。
自分にできるやり方で「ベースとなる収入」と「やりたいことをやるための時間」を確保し、やりたいことが少しずつ収入につながるアクションをとり続ける。
さらにその過程で、自分やその周りだけではなく、広く社会が少しでも良い方向に進めば、最高。
これしかないと、思っています。
(照沼健太)



彼みたいな才能があったら是非とも真似したい生き方ですね!!
大変参考になりました! 会議でKPIという言葉が出たらすぐ帰るという高城さんの言葉を思い出しました。
拝読させていただいて、彼のあり方が村上春樹さんと似ているなぁと思いました。 村上さんは依頼され無いままに原稿を書き始め、作品が出来上がった段階で「どの出版社(編集者)に託そうか」をお決めになると、何かで読んだことがあります。 数字を追いかけ、「いいね」を追いかけ、タイアップを求…