東京ビッグサイトで開催されているJAPAN MOBILITY SHOW 2025の会場には、コンセプトカーやステージイベントのキラキラとはまったく雰囲気の異なる「キッザニアコラボゾーン(アウト・オブ・キッザニア)」があって、ここがすこぶる面白い。小学生を対象にしていながら、わずか30分で「砂型鋳造・磨き・塗装職人の仕事」を一気通貫に体験できる……ということからSNSでもだいぶ話題になっていたマツダブースを覗いてみると、ちょうど体験終了を告げるブザーが鳴り、子供たちが作業台の下にイスをしまい、「終業」の挨拶をしているところに出くわした。そこから次のローテーションとなる30分間を最初から最後まで見学したところ、私は心の底から感動してしまった。というわけで、そのレポートを書きたい。書かせて。お願い。
大前提として、アウト・オブ・キッザニアに訪れる子どもたちの年齢や経験値、手先の器用さはバラバラである。しかしマツダブースには「正しい用具の選択と使い方、工程の意味の説明、工程の平準化を精密に積み重ねれば、わずか30分の間に未経験者が砂型鋳造と磨きと塗装を完了させられる」というガチンコの体験があり、そのなかで誰でも安全に美しい成果物を得られるように工夫する……という生産現場の工夫と試行錯誤の真髄があった。ちなみにこうした体験会は今回が初めてではなく、MAZDAが数年前からさまざまな場所で開催しながら内容がブラッシュアップされ続けている、ということはあらかじめ言い添えておきたい。
スタッフに促されて「ヨシ」と指差し確認しながら入場した子供たちにまず手渡されるのは、3Dプリンターで出力された樹脂製の原型だ。全長50mmほどのマツダ・ロードスター(ND)のボディを象ったちいさなカタマリに太い湯口が付いている。子供たちは緊張した面持ちでそれを四角い型枠の中央に置き、コップに入った細かい鋳造砂を流し込む。金属を流し込んでも崩れないようチューニングされた稠密な砂を観光地にあるスタンプのような工具でトントン突き固めていくと、小さな鋳型ができる。こぼれた砂は作業台の端にある排出口に掃き集めるよう指示があって、作業スペースを汚さないことの重要性もそっと教えてくれる。そうだ。僕らも作業台はいつだってキレイにすべきである。
型枠を持ち上げて底面から原型を注意深く外すと、砂の中にロードスターの反転型が出来上がっている。砂型を壊さないよう子供たちがそ〜っと移動する先は鋳造コーナーだ。電熱器の上に据えられた鍋の中身で溶けているのは毒性が少なく、見た目にも金属光沢が美しく、さらに231.9℃と融点が低い(=融解も凝固も早い)スズ。溶けたスズを型に注ぐスピードが遅すぎると途中で冷えて固まってしまい、型の奥まで届かない。反対に一気にドバッと注げば空気の逃げ場がなくなって成形不良を起こしてしまう。実際に注型を担当するのはそうした勘所を熟知したMAZDAのスタッフで、柄杓で掬い上げたスズを子供たちの作った砂型に注ぎ、子供たちはアクリル製の防護板越しにその様子を眺める。
注型が終わり、スタッフが湯口に「魔法のステッキ」(高い熱伝導率を持つ真鍮棒)をそっと当てると、型の中のスズは熱を一気に奪われて凝固する。スタッフはさらに砂型から取り出した成形品を水にくぐらせて温度を下げ、手際よく湯口をカットし、金属ヤスリでバリを削り取ってから銀色のロードスターを子供たちに手渡す。
次に訪れる磨きの工程では、まずスタッフがロードスターをヤスリで磨く前と後のサンプルを示し、磨く理由とその方法を説明する。ベルクロを貼った薄手のスポンジ(これも硬すぎず柔らかすぎないものが選ばれている)を当て木代わりにした#400の布ヤスリが手渡されると、子供たちは無心にロードスターの表面をゴシゴシと研磨する。
ブースの外周に立っていたスタッフに#400の布ヤスリを選んだ理由を尋ねたところ、「いろいろと試した結果、子供たちの手の力にもっともマッチしていたのがこの番手。こまかな逆エッジまでキレイに磨くのは時間的に難しいので、磨いた効果が見た目にわかりやすいほうを選んだ。段階的にヤスリの番手を上げていけば鏡面にもできるが、表面が滑らかになりすぎると次の工程で塗る塗料含まれたフレーク(金属製の小片)が寝てしまって仕上がりの派手さに欠ける。あえて磨き目を残すことで表面に細かな凹凸が残り、キラキラ輝く塗装面になる」と淀みなく説明され、私は圧倒された。なぜヤスリをかけるのか、何番まで磨くとどういう効果があるのか、そこにかけるべき時間はどれくらいか、僕らはちゃんと言語化できていたっけ。
磨きに与えられた時間はわずかに2分。しかし研磨されたスズの表面と同じようにキラキラした表情の子供たちは大事そうに工作物を手のひらに乗せ、今度は塗装工のコーナーに着席する。塗装ブースはモデラーにもおなじみのエアテックス製レッドサイクロンが2台。安全面を鑑みると有機溶剤を含む塗料は使用できないため、プラモデル用マーカーから中身を抜き出したアルコール系の塗料を使うのだそうだ(メタリック塗料のフレークが寝てしまう……というのは乾燥に比較的時間のかかるアルコール系塗料を使うからか!)。
これを吹き付けるのに使うのはアネスト岩田製のSPARMAX FLYER-SR2というかなり独特な機構のハンドピースである。聞けば、当初はペン型のマーカーをそのままエアブラシ化できるツールを使ったこともあったのだが、塗料の撹拌、ペン先位置の調整、乾燥したペン先の交換など気を使うことが多く、何日もわたり断続的に同じ塗料を安定して吹き続けるのには不向きであることがわかったため、洗浄いらずで塗料の補充も簡単なディスペンサータイプのSPARMAX FLYER-SR2を探し当てたのだという。極めて合理的な選択だ。
さらにハンドピースの側面には蛍光オレンジの矢印シールが貼られ、どの方向に塗料が出るのかがひと目でわかるようになっている。間違えて自分や他人に向けて塗料を吹き付けてしまわないようにする配慮であるとともに、ハンドピースに装着されたボトルの向きと噴出方向が一致していないという構造上の特性を子供にも直感的に理解させるための工夫なんだとか。
「つまり、プラモデルを嗜むスタッフがこの企画に関わっているということなんですか?」と尋ねると、先程のスタッフは「いいえ」と言いながら首を横に振る。それぞれの工程に必要なものが何なのかを洗い出し、それに最適なツールとマテリアルをリストアップし、調達し、テストし、比較検討し、最適化した結果がいまご覧になっているブースです……と。すごすぎるだろマジモンの製造現場の工夫。
塗装スタッフは紙製のテストピースを実際に塗りながら、短く明快に「いつもお箸を持っている手でガンを持ちましょう」「近くで吹くと塗料がこんなふうにタレます。5cm以上離れたところから吹くとうまくいきます」と指導する。指示に曖昧さがなく、塗り残しやムラも的確かつ優しく指摘されるので、子供たちはたった40秒の持ち時間のなかで回転台をくるくる回しながら塗装を終え、しっかりとメタリックレッドに塗られたロードスターが現れる。レクチャーを担当しているのは実際の塗装工で、技能オリンピックに出場したスタッフも混じっているのだとか。オリンピアンに塗装を教わる小学生、贅沢すぎる。羨ましいぜ。
塗装が終わると、ロードスターのボディは回転台の上の金属トレイごと持ち上げられ、スタッフの手によって130℃に設定されたドライブースへ入れられる。トレイの形状はボディに直接触れずに持ち上げられるように考えられており、安全確実に生乾きのボディを輸送できるよう加工された手製の治具だ。そうだよ、塗った直後のパーツを触ったり落としたりしないように、プロは確実な方法を考えて実装するんだ……。
全員の作業が終わるまで子供たちは席で静かに待ち、乾燥を終えたロードスターが再度水で冷却され、ブロワで乾燥される。子供たちに手渡されるシリアルナンバー入りの紙ケースにはロードスターが両面テープで固定され、上から透明カバーが被せられている。もし何らかの理由で塗料が完全に乾いていなかったとしても、家に帰るまではロードスターに触れないようになっており、展示台座になる底板を引っ張り出すかケースのまま展示するかはあとから選択できる……というのもまた、モデラーならば感じ入ってしまう気の使いようではないか。
こうして30分のプログラムが一巡し、ブザーで終業が知らされ、立ち上がってイスを机の下に戻して全員で挨拶。ここでも行動はあくまで安全確実な工程の一部としてデザインされている。短い時間の中で、子供たちはひとつのワークのスタートからゴールまでを滞りなく体験し、そのすべての工程が「どうすれば誰でもきれいに作れるか」を基準に設計されていることを学ぶ。安全性、効率、仕上がりの再現性、これらが無作為に訪れる小学1年生から6年生の子供たちに対し、均質かつ間違いなく提供されることのスゴさよ……。
ブース全体の構成も見事だ。スタッフによれば、1日に何巡も繰り返される体験のなかで、常に同じ品質とテンポを維持するため、工程管理はもちろんのこと、用具の選択や配置、交換の頻度、声のかけ方、スタッフと子供の導線設計までもが本社工場のなかで綿密にシミュレーションされてきたのだという。さらにこれを構築して子供たちに教える側のスタッフにとっても、工程の平準化と現場の効率化、時間遵守やコミュニケーション方法を考え抜くこと自体が教育的な効果を持つ。本番では普段は接することのない人たち(体験に来る子供だけでなく、その保護者や他メーカーのスタッフ、自社の別部署の人たち)とのコミュニケーションもすることになり、結果的にどこをとってもこの企画がスタッフの技能や意識の向上につながる……という趣旨の説明に頷き過ぎて首がモゲそうになる。
最も印象的だったのは、現場に「気合い」や「根性」といったムードがまったく存在しなかったことだ。すべては適切な工程のマネジメントによって成立しており、子供たちはその中で自然と正しい動きをしている。こういう催しはとかく「日本のものづくり」「職人の技」「子供向けなのにガチ」みたいな持ち上げられ方をするものだが、何かを作ることの難度は作業者の国籍やスキルや年齢によって変化してくれるわけじゃない。むしろ、どんな人が取り組むにあたっても、やるべきことを明快にして正しい用具を選択し、そして目的と用法をどれだけ理解をしているのかに大きな意味があるのだと思う。
そのことはブースの外周から見守る保護者たちにも自然と伝わっていて、ともすれば失敗や事故につながる(ある意味で「あぶないこと」を含んだ)作業に子どもたちがしっかりと集中力を持って取り組んでいるのを見て「スタッフが自分の子供を信頼して作業に臨ませてくれている様子が本当に嬉しい」と驚き、感謝していた。私が保護者の面々と同じ感動を味わっている間にも、スタッフたちは次のターンに向けて作業場を整理整頓し、材料を補充し、来場者との記念撮影に応じていた。
僕らがプラモデルを作ることは、工場で物を作るのとは確かに違う。しかし、なぜその道具を使うのか、どのくらいの時間をかけるのか、どこに注意を払うのかを理解し、手順を正しく踏むよう意識すれば、誰でも速く美しく作れる……という点において、両者に違いはない。趣味と呼ばれる領域の中でも、目的と手段をクリアにしてこそ良い結果が得られるというのは普遍的な原理である。
JMS2025のキッザニアのなかでひときわ輝いていたマツダのブースは、それを徹底的に可視化した奇蹟のような現場だった。僕らがプラモデルを趣味としているからこそ、安全確実に速く美しい仕上がりを得られる道具やその用法、それを扱う所作に対して常に真剣に向き合っていくことの大事さ。当たり前のようでとても難しいことを、オトナと子供が手を取り合って実践的かつ鮮やかに示してくれたことに、私は心の底から感謝している。