捕まる覚悟で「帰りたい」 人身取引被害の12歳、日本での82日間

太田原 奈都乃

 東京都文京区の「マッサージ店」で働いていたタイ国籍の12歳の少女が人身取引の被害者として保護された。警視庁保安課の捜査で、来日から入管当局に相談するまでの82日間の経緯が明らかになってきた。捜査員に明かした少女の「証言」からたどる。

 タイでは妹と一緒に母親の両親の家に預けられ、公立中学校に通っていた。父親は、少女が小学2、3年生の時に亡くなっていた。

 母親は、日本を拠点にシンガポール、台湾などの海外に出稼ぎに出て性的サービスを伴う仕事をしており、ほとんど一緒に生活したことはなかった。

 転機は今年6月末。出稼ぎから一時帰国した母親から、「一緒に日本に行って仕事するよ」と言われた。

 来日は6月27日。15日間の短期滞在の在留資格で、初めて日本の地を踏んだ。日本語は話せなかった。空港からまっすぐに向かったのが、文京区湯島3丁目のビルに入る看板のない店だった。

相手は、見ず知らずの男性 「いやだ、やりたくない」

 母親から「ここでは源氏名を使ってね」と指示された。仕事内容についてはこう言った。「終了時間の20分前くらいになったら、性器をさすって。それで終わりだから」

 見ず知らずの男性を相手にしなければならないと分かり「いやだ、やりたくない」と思った。ただ、「母の言うことには従わなければならなかった」のでやることにした。

 母親はその翌日に立ち去った。

 生活の拠点は、店の台所の隅。フローリングに敷かれた布団で寝泊まりしながら、接客を繰り返した。

 タイでは中学1年生にあたる年齢。同世代の子どもがこうした店で働いているという話は、それまで聞いたことはなかった。

 母親に次に会ったのは、12日後の7月10日だった。そして「私は明日、タイに帰る。また、迎えに来るから、それまでこの店で働いて待っていてほしい」と言われた。

 一緒に帰りたいと思った。でも、怒られるのが怖く、口にできなかった。「働かなければ家族が生活できなくなる」とも思った。

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タイ語で書かれたノート。あいさつや数字などの日本語の発音や意味が書かれているという=2025年11月6日、警視庁本富士署、西岡矩毅撮影

 母親の帰国後は、指示された通りに、店で働いた。自分が稼いだお金は、店の経営者の男(51)に手渡すよう指示されていた。男に「年齢を聞かれたこともなかった」という。

 少女の働きぶりについて、母親からSNSで怒られることもあった。ほかの従業員が男に報告し、母親に伝わったようだった。

「捕まるよ」と忠告 それでも少女は入管へ

 耐えられなくなった少女は、男に何も伝えず、店を出た。母親からはSNSで、東京都外の同じような店で働くよう指示され、言うとおりにした。

 母親からは何度か、「迎えにいく」と言われた。だが、母親が来ることはなかった。次第に、もう迎えに来ることはないだろうと思うようになった。

 何とかしてタイに帰りたい、祖父母や妹に会いたい、中学校に通いたい――。

 知り合いのタイ国籍の人から、日本の入管当局の存在について教えてもらった。ただ、15日間の滞在期間を超えているから「捕まるよ」と言われた。

 それでも。

 「捕まる覚悟」で9月16日、東京都港区の東京出入国在留管理局を一人で訪ねた。対応した職員にこう申告した。「タイに帰りたい」

 人身取引の被害者として保護された。警察のほか、入管当局、在日タイ大使館、国際移住機関(IOM)などが連携して対応している。

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店舗から押収物を運び出す警視庁の捜査員ら=2025年11月4日午後6時7分、東京都文京区、関田航撮影

 11月4日、店の経営者の男は、労働基準法違反(最低年齢)の疑いで警視庁に逮捕された。逮捕容疑は6月27日~7月29日、経営する文京区湯島3丁目の店舗で、少女に接客業務をさせたというものだった。同課は認否を明らかにしていない。

 警視庁によると、少女はこの33日間で約60人の男性客を相手にして売り上げは約62万7千円だった。経営者の男にわたり、店の取り分を引いた残りが、男から母親の関係者名義の口座に送金されていた。

 少女は、警視庁が摘発した外国人の人身取引被害者として、過去最年少だった。

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    安田峰俊
    (ルポライター)
    2025年11月7日1時38分 投稿
    【視点】

    本件を考える上で知りたいのは、雇用者側がどこまでの意図を持って、タイ人の未成年者に性的な接客をさせていたかです。 すなわち、働ける女性なら誰でもいいから働かせていたのか、それとも客側の"ニーズ"に応える形で未成年者を提供していたのか。 いずれにせよ大問題であり気分の悪い話ですが、後者のほうが悪質性がいっそう高いかと思います。外国人の未成年者に淫行する目的で店舗を利用した客の男性が、何十人も存在していたということになるわけですから。 また、この「母親」とこの店舗の組み合わせだから発生した再現性の低い事態なのか、同様の構図が他の店舗でもシステマティックに存在しているのかも気になります。つまり、組織的になされているのか否かということです。 ▪️ ちなみに、コロナ禍の前後から、タイ人のセックスワーカーの女性による日本への出稼ぎが活発化している印象です。2013年から始まった15日間のビザ免除処置を背景として、ブローカーが盛んに動いているのでしょう。都内東部での中国系の裏風俗(いわゆるチャイナエステ)での短期間出稼ぎが多いと聞いています。 今回の件の「母親」のビザ事情は不明です。また、逮捕された経営者も日本人のようですので、上記の枠組みは必ずしも当てはまらない可能性もあります。 ただ、背後に国際的なブローカー組織が存在する可能性は考慮すべきと考えられます。個人的には、「母親」の出稼ぎ先が台湾とシンガポールという中華圏国家である点はかなり引っかかるところです。 必ず再発を防ぐためにも、警察による事件の解明のみならず、メディアによるしっかりした後追い報道を望みたいところです。

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