「…ふぅ」
スキットルにいれていた酒を飲み干したソーンは物足りなそうに懐にしまう。
戦闘に不必要な酒の配給などあるはずもなく、手持ちの物でやりくりしているのが現状だ。
レッドフードがいなくなってからと言うもの酒を飲む頻度が上がってしまうのを自覚しながら酒を飲むしかない。
「白ちゃんの事、言えないな…」
上層部からは前線を離れ、新しく発足される中央政府の研究機関の責任者になれと再三にわたる通告が来るが全部無視していた。
侵食で苦しむシンデレラを解放しなくては自分の気持ちが収まらないからだ。
トウカにシンデレラ、自分を敬ってくれる純粋な2人の少女は悲惨な末路を向かえてしまった。
だが嘆いてばかりもいられない、せめてシンデレラだけは自分の手で決着を着けたかった。
「前線も疲弊してるしヤバイな…」
バクゥたちも頑張っているがラプチャーの襲撃は200を越えている。
「最近、晩酌が多いですね」
「ドロシー」
夜中なのに起きているドロシーに驚きながらもソーンは隣に座るように促す。
「悔やんでいるのですか?」
「悔やんでいない奴がいるのか?」
「愚問でしたね」
ドロシーは空いていた椅子に座る。
飛ぶ理由を失った勝利の翼号はいまもなお、ゴッデス部隊の拠点として運用されている。
その甲板から見えるのは夜営と見張りの光のみ、物悲しいものだ。
「アークへの避難は順調ではないですね」
「分かっていたことだ。人類は全ての戦力をアーク周辺に配置しているせいでラプチャーも群がり放題だ」
「今なら軌道エレベーターは手隙のはず…」
「シンデレラがいるからな…」
ドロシーの気持ちも分かる。だが上層部は許可しないだろう、少なくともシンデレラを倒さぬ限り。
「貴方は決してアナキオールと呼びませんね」
「その名前は…美しくないからな…」
「あれ、ソーンにドロシー?」
そんな2人を不思議そうな声で呼び掛けてきたのはスノーホワイトであった。
「白ちゃん、もう寝な。明日は早いかもしれないぞ」
「どうしたのです?」
なにか言いたげなスノーホワイトに問いかけるドロシー。
「いえ、ソーンさっき工房にいましたよね?」
「さっき?」
「工房から音が…真っ直ぐ甲板に来たのにソーンが居たから…」
その言葉を聞いた瞬間、ソーンは懐から拳銃を取り出し、予備をドロシーに渡しながら駆け出す。
「え!?」
「白ちゃん!警報だ!」
周囲を警戒しながら2人は真っ直ぐ工房に向かう。
「心当たりが?」
「たくさん」
「敵?」
「半々」
2人は工房に辿り着くが扉はロックされ入れない状況であった。ソーンがここに来てから部屋をロックしたことは一度もない。
電子ロックを解除しようと左手首からコードを取り出した瞬間、ドロシーの蹴りがドアを吹き飛ばしながら突入する。
ドロシーの背後を守るように突入するソーンだが中には誰も居ない。
「紅蓮が知ったら喜ぶぞ」
「言ったら承知しませんわ」
2人が構えを解くと同時に船内に警報が鳴り響き、ドタドタと寝ていた人々が叩き起こされる音が聞こえてくる。
「どう説明しようかな」
「包み隠さず、そのまま…ソーン!」
「い!?」
ドロシーは襟首を掴むとそのままこちらに引き寄せ、ソーンを後方へと逃がす。それとほぼ同時に斧がソーンの頭部があったところに振り下ろされる。
「上!」
「っ!」
ソーンの言葉と同時にドロシーのハイキックが2撃目の斧を粉砕する。
謎のニケは止まらず、ドロシーの顎下を狙って斧を振るうが飛ばされたソーンが地面に転がりながらニケの左腕ごと銃撃で撃ち抜く。
「……」
「っ!?」
「うそ!」
フードとマントに包まれた謎のニケの頭部に照準を定めるドロシーだったが敵は右手だけで拳銃をスルリと奪い取り、あまりの技量に2人は驚く。
咄嗟の左の掌底すら返され、右足の膝裏へローキックを放たれバランスを崩しながらも左膝を腹に打ち込み、後方へ大きく飛ぶドロシー。
ソーンが素早く立ち上がるまでに攻防を交わした2人は距離を取るが謎のニケはそのまま工房を出ると通路を駆ける。
「リリス!紅蓮!」
駆けながら謎のニケの前方から駆けてくる2人の名を叫ぶとリリーバイスは最小の動きで繰り出す一撃が顔面に直撃、するかに見えたが顔に受けた衝撃を受け流しながらリリーバイスの横をすり抜ける。
「任せろ」
だが、待ち受けていたのは刀を構えた紅蓮。
彼女の逆袈裟斬りはマントとフードを切り裂く。
「っ!?」
姿を表したのは顔の表面がツルツルの顔無しのソーン。
紅蓮の一撃は顔にも届いていたようで顔が割れ、割れた顔からラプチャーのコアのような光が溢れる。
「こやつ、ラプチャーか?」
「逃がさないで!」
即座に反転したリリーバイスだったが突然、爆発が起き吹き飛ばされる。艦の壁に穴が空き、そこから逃げられてしまった4人は暗闇に包まれた地上を見つめる。
「何があった?」
「ブリーフィングルームに集まりましょう。ソーン、ドロシー、そこで状況を報告して」
駆けつけた指揮官は惨状に驚きながらも全員が無事なのを確認し、とりあえずブリーフィングルームに向かうのだった。
ーー
「状況は理解した。それぞれの見解を聞かせてくれ」
早朝になりかけの頃、レッドフードを除くゴッデス一同は状況を確認すると指揮官は対峙した4人に視線を向ける。
「格闘が非常に熟達していました。並みのニケなら敵わなかったでしょう」
「見事な体術であった、それは評価しよう。だが格闘家や剣術家のそれではない。あの歩の進め方と言い、暗殺者の類いだろうな」
「確かに...ドロシーに掴まれるまで全く気がつかなかった」
「私もたまたまでした。あの時は危なかったです」
ドロシーが居なければまた脳みそが、飛び出していけ、宇宙の彼方~になるところだった。
「それは…変ですね」
ラプンツェルの言葉に全員が同意する。
あのコアの光がラプチャーだとして、ソーンをコピーしたのならあの格闘能力は何なのか?
正直、ドロシーとソーン(偽)の格闘戦に着いていけてなかった身としては疑問が残るばかりだ。
「盗まれた物はないのか?」
「特には、装備も無事だったし」
「ならなぜ工房に?」
「工房にある物ではなく、工房に居るはずのソーンが目的だったってことでしょうか?」
「おれ!?」
ソーンが目的だとしてもやはり気になるのはあの人間らしすぎる動きとソーン要素を全く感じさせない戦闘スタイルだが。
「とにかく、特にソーンは気を付けるようにな。あれがラプチャーであれ、ニケであれ、狙われているのは間違いない」
「就寝してるときも気をつけてね」
「やっと寝れるようになったのにぃ」
「ご愁傷さまですね…」
昨今は資源不足によりソーンの仕事も減り、就寝時間が増えたのだが寝るときもゆっくり出来ないのは正直辛い。
「でもまさか顔がないなんて」
「まさにドッペルゲンガーでしょうね」
こんな時に問題ばかり起きる。
こんな時だからかもしれないが、とりあえず次の晩はスノーホワイトを抱き枕にして眠るソーンであった。