おぼ、おぼれる!
息苦しさが胸を締め付けている。まるで、肺が押しつぶされるかのような感覚に私は叩き起こされた。目を開けたとき、
海の中にいる。私は直感的にそう感じた。なんでこんな場所にいる?どうしてこんなところに?
寝起きの頭を回転させるが、全く分からない。
いや、考えている暇などない。ただ一つ、このままでは溺れてしまう事だけは寝ぼけたこの脳みそでも分かった。
上はどっちだ?空があるのは右か左か?
顔を回して向きをかえると、光が見えた。よかった、日が昇っている時間で助かった。
必死に手足を動かし、太陽の明かりが照らす水面へと向かう。
肺の中の空気が底を尽きかけ、口からぶくぶくと泡が出る。
そろそろまずい。限界に近づいていた体にむちを打ち、必死に力を振り絞った
"バッシャーーーーン"
水面から体まで出る勢いで上がってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ....」
酸素を
生き延びられた。そのことに、私は安心した。
ぜーぜーと息切れしながら周囲を見渡すと、少し遠くに砂浜が見えた。だが、視界がぼやけているのか陸地が荒い画像かのように角張っているように見える。海岸の奥に見える木も、その岩肌までも。
また、浮力を保とうとしている自分の腕が視界に入った。
体が........四角い!?!?!?!?
慌てて左も確認するが、同様に白っぽい肌が長方形のようになっている。
手はどこだ....?ひじはどこだ....?
自分の手ではなく、なにかの浮遊物かとも思った。
だが、水と冷たい感覚はそこから感じ取れる。
恐る恐る、もう片方の腕を海中から持ち上げる。
....やはり四角い。肩から指先まで、段ボールのような長方形のブロックの形状をしている。
動かせる。感覚もある。でも、これは確かに私の体じゃない。
いや、違う。今の私の体なんだ。
これは夢なのか?いや、水の冷たさも、肺が苦しかった感覚も、全部リアルだった。じゃあ、なんなんだこれは。
異世界?ゲームの中?それとも....いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。とにかく陸地だ。助けを求めないと。
陸に上がるためその海岸まで行こうと泳ごうと考えた。けど、さっき海面に浮上しようと必死こいて泳いだせいか体力はあまり残ってない。少し落ち着いたからか、海の冷たさを感じ始めた。
息は吸えるがこのままでは震えて凍え死んでしまう。
そんな時だった。
海岸に人影らしき物がぼんやりと見えた。黄色の髪とねずみ色の姿が動いている。だが、妙な事にその人影も角張っているように見えた。ボートのような物に乗って、オールを漕ぎながらこちらに向かってきている。
「大丈夫!?すぐに助けるから!」
女性の――それも自分と同じくらいの年齢の声だ
自分と同じ性別の声に少し安堵したものの、輪郭がハッキリするにつれて違和感がこみ上げてくる。
何というか、カクカクしていると言うか....。
"四角い"という言葉しか浮かばない。いや、それが一番わかりやすいだろう。
「つかまって!」
太陽の逆光で姿が見えない。
手を差し伸べてきた名も分からないその手に、藁にもすがる思いで手を伸ばす。
力強いその腕力に、海から小さなボートに体をのし上げ転がり込む。
意識がはっきりとしない中、ボートは近くの砂浜に向かって動きだした。
「た、助かったよ....」
揺れる小さいボートに身を任せ、呼吸がまだ荒いなか脱力して倒れ込む。
ふと、明るい空の太陽を見上げた。ぼんやりと認識していく輪郭。長方形のような形。
少なくとも、私が知ってる太陽の形ではない。
砂浜に着いた。
激しく咳き込みながらも、なんとか呼吸を整えていく。
「大丈夫?なんで海の中に?」
「分からない....気がついたら海の底にいて....」
確かな砂浜の感触を手で感じながら、頬と髪の先から滴る水滴を横目に気持ちを整理する。
おっけー自分、落ち着け、目をそらすな。
改めて周囲を見渡す。
砂浜も、波打ち際も、森の木々も――全てが四角い。
自分の腕をもう一度見る。やはり四角い。
助けてくれた人物も四角い。
太陽も、雲も、全部がカクカクしている。
これは....夢じゃない。
水の冷たさも、砂の感触も、全部リアルだ。
でも、こんな世界があるわけがない。
友達のドッキリにしても程がある。
頬も久々につねった。痛い。現実だ。
「名前、分かる?」
助けてくれた人が近づいてくる。
姿を見てみると、ショートに切った薄いタンポポの髪色に、黒のセーターに黄色の上着が左肩を崩した彼女の頭には金のように輝くゴーグルを掛けていた。
工場にでもいたのか、着ている色あせたピンクのスカーフに煤か炭の物なのか、黒い汚れが目立つ。
「名前?名前....」
そう聞かれ、少し戸惑った。
名前が思い出せない
おかしい。こんな自分が名前を忘れるなどないはずがない。
古今東西、書類を書くときも必須になる私のアイデンティティーの名前がだ。
自分の両手を見つめる。
四角いこの手....いや、?人間の腕じゃない、ブロックみたいなこの腕。
でも、不思議と違和感がない。
まるで、最初からこういう感じだったかのように。
....いや、違う。
私は確かに、もっと別の――手に丸い指を持っていたはずだ。
でも、その記憶がぼやけている。
ふと、一つの名前が脳裏に浮かぶ。
「....
私はそう答えた。
これが、果たして私の名前なのか、それとも違うのか。
ただ、ふと頭に浮かんだ名前。
「アレックス....?」
「....そう、多分」
「多分?」
「....ちょっと、思い出せない」
これは、嘘ではない。
本当に思い出せないのだ。
少なくとも、こんなカクカクした世界でじゃなくて、たくさんの人、多くの自動車が走って、信号機の音がして、飛行機が飛んでて....もっと、丸みを帯びた、やかましい世界にいたはずだ。
だが、うっすらと頭の中で情景が浮かぶのだが、私がどこに住んでいたかどこにいたかがはっきりと思い出せない。
私は....誰だ?私は....なんなんだ?
「えっと....ここは『グロースラント』って言うところだけど....」
混乱している中、知らない地名が出てきた。
義務教育の失敗かも知れないが、少なくとも聞き覚えのない地名だ。
「と、とりあえずウチの洞穴まで案内するよ」
彼女はそう言い、私の腕をつかんで立ち上がらせた。
おぼつかない足取りで、腕を担がれる形で砂浜から森の方へと入り込んだ。
「そういえば、ウチの名前言ってなかったね。ウチはアンペアって言うの、よろしく」
そう彼女は言った。
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「着いたよ」
着いたよ、と言われても正面と右側に見えるのは切り立った石の壁しか見えない。
後ろには森の木々やら草やらが生い茂っており、その木々の奥には先ほどまでいた砂浜が見えた。
「ちょっと待っててね」
彼女は私を座らせ、向かって右側の石崖に向かう。
アンペアと名乗るその人は、崖沿いにあるふと不自然に葉っぱが生い茂った壁に向かった。
すると、彼女は手を振って腰くらいの高さにもなる葉っぱのようなブロックにヒビを入れ、豆腐をすくうような早さで取り除いていく。
正直、その姿を見ただけでも圧巻なのだが、彼女が取り除いた葉っぱの中からなにかの仕掛けのひとつであろうクランクが出てきた。
「これを......よいっ.....しょ...っと!」
胴体の力も使っていそうなほど力も込めてクランクを回す姿を見ていると、どこからか石がすれる音が聞こえてきた。
"ゴゴゴゴ"
先ほどまでの絶壁の方を振り返ると、壁の一部がせり上がっているではないか。
これ知ってる!
秘密基地だ!!!!
かつて、自分が
原理はよく分からないが、ロマン溢れる仕組みに目を輝かせた。
完全にそこが持ち上がると、自分が2人横に並んで通れるくらいの大きさの入り口が出現し、アンペアが戻ってきた。
「どう?立てれそう?」
「.....多分、いける」
体力は落ちているとは言え、立てられないこともない。
手を地面に付き、立ち上がる。少しふらついたけど、問題ない。
私は壁に出現したアンペアの基地に向かう。
少しロマンな作りがしてある秘密基地ならさぞかし内装も豪華なのだろう。
入ったら地面が下がり、大きな扉が出てきてその奥には戦闘機や巨大ロボット!
....と、期待を膨らませていたがそんなことはなかった。
中は彼女が使っていたであろう赤のベットの縁に、専門書のような本がびっしり並んだ棚があり、その上に照明用の1つのランタンが寂しく明かりを灯している。反対側には、のこぎりとかペンチが側面に掲げられている台(多分、作業台だろう)に、単純な物入れのようなやつ。食べ物を焼くためのかまどと、その上には排気口が取り付けられたせっまい内装。
基地の中は鋼鉄で作られているかと思ったら天井も壁も床も全部が石。
そこまで広い事も無く、自分とこの人、それからもう2人いたら少し窮屈になるくらいの広さ。
秘密基地と言えば秘密基地っぽい。けど、これだとまるで子供が頑張って作ったDIYのようだ。
「そこら辺に腰下ろしていいよ」
そう言われ、腰を床に下ろす。
カクカクの石の床でも冷たさはあるようだった。
「はい、これ」
座った途端、茶色いまな板のような物が目の前に差し出された。
....いや、まな板じゃない。よく見ると平ぺったいパンじゃないか。
「漂流してたんだから、なにか食べないと」
"グゥウウゥゥゥ~"
腹の虫が鳴った。
恥ずかしい思いをしながらも、うっすいパンを受け取る。なんだこれ?職人技か?
しかし、薄っぺらい見た目に反して重みを感じる。そして、やっぱりカクカクしてる。
試しに、一口かじってみた。
....意外としっかりしたパンの味だ。
少し固めだが、腹ぺこだったこの体にはうれしい。
「よ....いしょっっっと」
彼女は石の扉の隣にあったクランクを回し、扉を閉める。
「にしても、その仕組みすごいね」
扉を閉め終えた彼女に、パンを飲み込みながら話しかけた。
「え?あぁ、ウチはCreate社にいたことあるからね」
「くりえいとしゃ?なにかの会社なの?」
私が聞き返すと、どこか遠くを見つめるような目をした。
「....まぁ、今じゃ落ちぶれたから、知らないのも無理はないか」
なにか気にかかることでも言ってしまったのだろうか。
もしかしたら、思い出したくない過去があるのかもしれない。
「....それで、他はなにか覚えていることはないの?」
自分が話題を変える間もなく、彼女が変えてきた。
アンペアと名乗る人物が自分と同じように腰を落とし、話を聞く姿勢をとる。
「覚えていること....」
「その、Create社はいいとして、ワールドディフェンダーとか、新しい鉱脈が見つかったこととか....なにか知ってることない?」
知らない言葉が出てくる。
頭の中で
まるで、初めて聞く外国語のような感じだ。
「....初耳」
「....そっか」
そう聞いて、彼女は考え込む姿勢を取った。
設計図を前にした技術者のように座る。
「ただ、自分はこんな世界にいない場所にいたよ」
「....こんな世界?」
「いや、なんというか....こんなカックカクな世界じゃなくて、もっと丸みを帯びていたというか.....」
限りある記憶の断片から、自分がいた世界の話をする。
太陽や月が丸く、木の幹だって曲がりくねっていた。石だってゴツゴツしてたし、砂浜の砂粒だって一つ一つ違う形をしていた。角ばったものなんて、せいぜい本とか箱くらい。
この世界みたいに、全部が同じ形の立方体で出来てるなんてことはなかった。
「覚えている範囲だとそれくらい。こんなカックカクの世界じゃない」
「.....なるほどね」
一通り語り終えた時に、彼女は口を開いた。
「....もしかしたら、別のディメンションから来ちゃったのかもね」
「別の....ディメンション....?」
聞き返すと、アンペアは少し考えるような仕草を見せた。
「えっと、簡単に言うと......別の世界?次元って言えばいいのかな」
彼女自身もうまく説明できないのか、言葉を選んでいる。
「私も詳しくは分からないけど、この世界には3つのディメンションがあるらしい」
ディメンション....次元....異世界....。
SF小説やゲームで聞いたことがあるような、ないような。
でも、自分が実際にそんなものに巻き込まれるなんて。
「まだ観測されてないだけで、もしかしたらアレックスさんのいたディメンションがあるのかもしれないね」
「....戻れる方法はない感じ?」
一瞬、アンペアの目が揺れた気がした。
何か知っているような、でもそれを言うべきか迷っているような――そんな表情。
でも、すぐにいつもの調子に戻った。
「....『今のところない』かも。ネザー戦争から30年経つらしいけど、ネザーゲートの開通方法もまだ解明されてないし」
『今のところない』。
その言葉が頭の中で反響する。
でも、不思議と実感が湧かない。まだ、どこか他人事のような気がしている。
....いや、考えるのはやめよう。
今は、目の前のことを一つずつ知っておくべきだ。
もう一口、パンをかじる。まだ少し固いけど、なんだか落ち着く。
下を向いていた顔を上げ、アンペアを見る。
彼女の話を、ちゃんと聞かないと。
「ネザー戦争?」
先ほど、アンペアが言っていたことを聞き返す。
「えっと....ネザー戦争ね....」
すると、アンペアは少し天井を見上げた。
記憶を手繰り寄せるような仕草だ。
「なんかね、30年くらい前にあったらしい大きな戦争。ウチも詳しくは知らないんだけど....」
彼女は言葉を選びながら続ける。
「
そこから、かなり長い説明になった。
聞いた内容を忘れないよう、アンペアから紙とペンを借りてメモを取る。
だが、立て続けに頭の中に次々と入ってくる情報に、少しずつ私は疲れを感じ始めていた。
--------------------------------
「ここは....どこ....?」
(頭が重い....。記憶が....ぼやけている)
草むらの中、白銀の髪が揺れながら少女はゆっくりと体を起こす。
体は動く。怪我はない。でも、どこか違和感がある。
知らない場所、知らない空。
それに、なにかカクカクしている。
辺りは森の感じがする。でも、全体的に四角い。
手を見る。四角い。ただ、銃は持てる。
(少なくとも、ここはアビドスじゃなさそうだし、銀行は.....なさそう)
なぜ、ここにいるのか考える。
ただ、記憶にもやがかかったような感じで、頭の引き出しから記憶が取り出せない。
砂狼シロコ。うん、大丈夫。記憶喪失じゃなさそう。
(ホシノ先輩は?みんな、どこにいるの?)
知らない場所、知らない空間。
一度、頬をつねってみる。しかし、頬が赤くなっただけだった。
「夢かどうか分からない時は、こうした方がいいってホシノ先輩は言っていたけど....」
少女は夢ではないと知った。
未知の場所では助けに来てくれる望みも少ない。
日が明るいうちに、どこか雨風をしのげる場所を探そう。
彼女は草を踏みしめ、立ち上がった。
森の奥へ一歩出す。この先に何があるのか分からない。
でも、ここにいても何も始まらない。
少女は、歩き始めた。
森を歩き、川を見つけ、丘を登る。
だが、どこまで行っても同じような景色が続くだけだった。
気づけば、太陽が西に傾き始めている。
そろそろ日が暮れる。
白銀の髪が夕日に照らされ、オレンジ色に染まっていた――
........
...............
......................................
-----------------------------------------
.....................................
「へぇ、空飛ぶ乗り物かぁ」
頭が熱暴走しかけた時に、閑話休題ということで自分がいた世界について話していた。
さっきまで、このカクカクの世界のことを聞いてはいたのだが、量が量でかなり覚え切れていない。
ポケットに話のメモを入れたけど、少し分厚く感じる。もし必要になったら、それを見返そう。
「そう、飛行機って言うんだけど」
「興味深いね。技術力がそんなに高い文明にいたんだ」
外はすっかり夕焼け空。壁に取り付けられた換気扇からは冷たい冷気が入り込んできた。ゆっくりと、肌を撫でるように風が流れ込んでくる。
長話で火照った体には、ちょうどいい涼しさだった。
「....あ!もうこんな時間!」
冷気を感じ取って、小さな窓を見るやいなやアンペアは立ち上がり、ベット横にあったランタンの明かりを消す。
「どうしたの?」
「ちょっと静かにして」
アンペアの目が変わった。
緩いような表情から、険しい目つきで窓に近づき、慎重に外を確認する。
何かがいるのか――?
「....」
険しい表情で、外の様子を見ている。
日が海の向こう側に沈んでいき、視界が暗くなっていく。
穏やかだった空気が一瞬でが張り詰め、私も思わず息を潜める。
秘密基地の中は暗闇でいっぱいだ。
どこに出口があったのかすらもわからない。
唯一、アンペアの顔だけが外から入る月明かりで辛うじて見えている。
「....いいよ、来て」
窓を見ながら、手招きされる。
なにかが外にいるのか。
「あれ、見える?」
窓から外をのぞき込む。
月明かりの下、森の影から何かが現れた。
人の形をしているが、明らかに異質だ。
緑色の――いや、青緑のような肌。
腐敗したような色合い。
青色の服と水色のジーンズを着て、両腕を前に突き出すようにして、ゆらゆらと揺れながら歩いている。
「あれ、なに....?」
「ゾンビ。この世界に現れるモンスターの一種」
アンペアの声は落ち着いているが、警戒は解いていない。
ゾンビ?映画とか、ゲームとかで見るあのゾンビ?
目を
確かに、腐食していそうな色をしているが、血が出ているとか、内臓がドバーーーーっとしていることはない。
なんていうか、原型を留めた人間と同じような感じだ。
「珍しい....いつもはスケルトンと一緒にいるはずなのに.....」
「スケルトン?」
「うん、スケルトン。骸骨みたいな感じで、弓とか、私たちが使う銃も使ってくる」
銃....この世界にも、そういう物はあるのか。
「あれが、私たち人間に襲いかかってくるモンスターっていう種族。夜になると出てくるから、日が昇るまではどこかで身を潜めていた方がいい」
「怖いね....」
「うん。いつもはワールドディフェンダーの人たちが対処してくれるんだけど....」
ワールドディフェンダー。
アンペアから聞いた話によると、モンスター達を退治するスペシャリストの集まりらしい。
「これは、朝まで外は出られそうにないね....」
しばらくの間、息を殺してゾンビたちの動きを見守った。
秘密基地の暗い窓から覗いているため、こちらには気がつかないだろう。
ゾンビたちは森の中を徘徊している。
一体は木の近くで立ち止まり、もう一体は地面を見つめている。
残りの一体は.....こっちに近づいてくる?
いや、たまたまこの方向に歩いているだけのようだ。
それでも、心臓が早鐘を打った。
数分間、私はじっと観察を続けた。
"パン、パパパンッ!"
「!?」
突然、銃声が鳴り響いた。
突然の銃声に、不意を突かれたかのように私はびびってしまった。
アンペアは少し体はピクッと動いたが、慣れたような姿で何事もなかったかのように外を見ている。
「ワールドディフェンダーの人が近くにいるのかも....」
「こんなへんぴなところまで....?」
「分からない。けど....」
と、その時。
視界の奥に、走っている人影が見えた。
見えていた3体のゾンビたちも、その人影の方に向かっていく。
銃声の正体はその影かもしれない。
「誰か襲われている?」
「大変!でもどうしよう....」
「どうしようって助けるしかないじゃん!」
「待って!」
クランクを回して扉を開けようとした私の手を止める。
「気持ちは分かる。でも、ウチたちが出て行っても死ぬだけだよ!」
「じゃあ、どうするの!?」
「.....どうしようって言われても....祈るしかないよ」
「どういうこと?」
「モンスターは殺しても、また暗闇でよみがえる。前世の記憶を持ったまま。だから、できるだけ戦いたくない.....」
「記憶を持ったままって.....」
「原理はわからないんだけど、モンスター達はうちら人間と違ってよみがえることができるの。だから、一度退治したとしても、この場所をマークされちゃう.....」
アンペアから忠告を受ける。
よみがえり。その言葉からも、私がいた世界とは全く違うという事を改めて実感する。
ただ、私の信念は変わらなかった。
「でも、私は助けたい。どうにかならない?」
「そんなこと言われても」
その時、後ろにあったチェストが目に入る。
あの中に、なにか戦えそうな物があるかもしれない。
チェストの方に走り、勝手に開けた。
「ちょっと!何してるの!?」
後ろからなにか言われているが、気にしない。
月明かりを頼りに中にある物を見るが、丸石とか板材とかで戦えそうな物は棒一本くらいしかない。しけてやがる。
今はなんでもいい。とにかく、退治できそうなものはと棒に手を伸ばした。
「....剣?」
棒に振れた瞬間、頭の中でひらめきのような感覚と同時に戦えそうな武器を思いついた。
丸石....棒....石の剣。
剣。
触ったことも、実物を見たことすらもない。
だけど、なぜか作り方が分かる。
ただ、ひらめきで生まれた石の剣を作るにはなにか『道具』が必要だった。
『道具』....いや、この部屋にそんな都合のいいものなんて....。
一部の望みをかけて、チェストに顔を突っ込みながら視線を部屋中に走らせる。
ベッド、本棚、ランタン、かまど、作業台――
『作業台』。
あれだ。
あれならいけるかもしれない。
棒、それから石をチェストから取り出し、作業台の前に向かう。
「ちょ、ちょっと何してるの!?」
「ごめん、少し物借りる!」
物は試しだ。
チェストにあった物を抱えて作業台の前に立つ。
手が勝手に動く。
まるで何百回も練習したかのように、迷いなく素材を配置していく。
置き終えた。すると、丸石が浮き上がり、棒が光を帯びる。
そして、それらが溶け合うように形を変え――やがて立派な石の剣になった。
「アレックス、クラフターだったの!?」
アンペアが驚いた様子であるが、今は説明を聞いている暇はない。
クラフターというのはどういう物か分からないが、作業台の上に置かれた剣を持ち、クランクを回して扉を上げる。
「とりあえず、助けに行ってくる!」
「あ!ちょっと!」
アンペアの声が背後から聞こえるが、もう遅い。
私は月明かりの下へと飛び出していた。
「....あぁ、もう!」
----------------------------------------
秘密基地から飛び出した私の後ろから、アンペアの舌打ちが聞こえた。
だが、振り返る余裕はない。
森の中で鳴り響いた銃声と走り去った人影。
私はその後を追った。
石の剣を握りしめながら足を進める。
持ち方が分からない。
手にはしっくりくるが、どうも違和感がある。
だが、贅沢を言っていられる暇はない。
今は、この剣でどうにかするしかない。
銃声をたどっていく。
見えた。
ゾンビ達が追っている先に、白銀の髪が月光を反射している人がいる。
セミロングの髪、水色の瞳に....暗くてよく分からないが、犬の耳のような影が見えた。
ファンタジーでよく見る獣人というやつ?背丈的に子供っぽい。
そして、その前方には――
さっき見たゾンビが三体。
ゆらゆらと揺れながら、じりじりと人影に近づいていく。
"カチッ"
「っ!」
少女は慌てて腰のポーチに手を伸ばし、なにかを取り出そうとしている。
"カランッ"
だが、手元が震えていたのかマガジンを落とした。
石に当たって、乾いた音を立てる。
月明かりの下で、マガジンが地面に転がっていた。
「あ――」
少女がそれを取ろうと屈もうとするが、ゾンビたちはもう目の前だ。
拾う時間はない。彼女は後ずさる。
足が絡まった。
尻餅をついて、地面に倒れ込む。
「っ!」
一体のゾンビが腕を振り上げる。
少女に向かって、その腐った腕が振り下ろされようとした瞬間――
「おりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
私は後ろから飛び込んだ。
石の剣を片手に持ち、ゾンビに向かって走る。
とにかく剣を振り回す。右に左に、めちゃくちゃに。
ブンッ、ブンッと風を切る音が聞こえてくる。
後ろにいたゾンビの腕に剣先がかすった。手応えがあった――いや、ない?剣が当たったはずなのに、まるで空気を切ったような感触だ。
でも、ゾンビは確かに怯んだ。腐敗した肌に、浅い傷が走る。
「!」
残りの二体が、私の方を振り向いた。
腐った顔が月明かりに照らされる。
「っ!」
地面に座り込んでいた少女が、足を振り上げた。
襲いかかろうとかがんでいたゾンビに、彼女の足が叩き込まれる。
ゾンビがよろめく。
彼女は素早く身を起こし、地面に転がったマガジンに手を伸ばした。
だが、二番目のゾンビが反応した。
ゆらりと体を揺らし、彼女に向かって腕を振り上げる。
「よけて!」
ひたすら一番後方のゾンビを殴りかかりながら叫ぶ。
彼女は咄嗟に体を引いた。
ゾンビの腕が彼女の頬をかすめ、白銀の髪が数本、宙を舞った。
後ずさりながら距離を取る。マガジンは、まだ遠い。
だが、こちらもそんなこと言っていられない。
私の目の前で、最初に攻撃したゾンビが近づいてくる。
両腕を前に突き出し、こちらに向かってきていた。
腕が振り上げられる。
避けられない――!
剣でガードしようと、横にする。
ドスッ。
しかし、あろうことか腕を狙ってきた。
衝撃が走る。痛い――!こんなに力があるのか。
痛みで剣を取り落としそうになる。
だが、歯を食いしばって剣を握り直す。
そして、力任せに横に薙ぎ払った。
「っらぁ!」
ゾンビの腕に剣が食い込む。
今度は確かな手応えがあった。
ゾンビの体が大きくよろめく。
もう一度――!
剣を振り上げ、渾身の力で叩きつける。
"グォォォォ"
ゾンビの体が霧のように薄れていく。
消えた――!
残ったのは腐った肉の切れ端だけ。
息を切らしながら、少女の方を見た。
一体目が倒れた音に反応したのか、2体ともこちらに注意が逸れた。
その視線が私の方に向く。
「今――!」
少女が低く身を沈めた。
ゾンビの懐に飛び込み、両手で胸を押す。
"カチャッ"
乾いた金属音。
マガジンを素早く拾い上げ、銃口がゾンビに向けられる。
"パパパンッ!"
倒れていたゾンビの頭部が弾け、霧になって消える。
「!」
しかし、自分は2体目の猛攻を受け、押し倒される。
背中が冷たい地面に叩きつけられた。
少女が持つ銃口がこちらを向く。
"カチッ、カチッ"
しかし、空撃ち音だけが響いただけだった。
マガジンにそこまで弾が残っていなかったのか弾切れを起こした。
「弾切れ....!」
体勢を立て直そうとするが、間に合わない。
ゾンビの腕が振り下ろされる。
その瞬間――
"パンッ!"
渇いた音と共に、ゾンビの頭部が弾け飛んで体が霧になって消えていく。
「はぁ、はぁ.....間に合った....」
後ろを振り返ると、アンペアがいた。
肩で息をしながら、手には銃のような粗悪な物を構えている。
「アンペア!」
「ったく....無茶するんだから....」
彼女は銃を降ろし、周囲を警戒するように見回す。
「他にはいない....かな」
しばらく静寂が続く。
風が木々を揺らす音、草が擦れる音。
それ以外は何も聞こえない。
「....大丈夫そうだね」
アンペアが安堵の息を吐く。
私は立ち上がって、銃を抱えている少女に近づいた。
「大丈夫?」
顔を覗き込む。
「ん....ありがとう」
水色の瞳。
暗闇で気がつかなかったが、左右で色が違う瞳孔――白と黒のオッドアイ。首元には水色のマフラーを巻いている。
それに、学生らしい制服。どこかの学校の生徒だろうか。
「グズグズしてる暇ないよ!早くウチの洞穴に急いで!」
アンペアがそういい、秘密基地の方へと手を振る。
私は少女の手を握って、アンペアの後ろを走った。
----------------------------------------
秘密基地の中は相変わらず狭かった。
アンペアがクランクを回して扉を閉め、ランタンに火を灯す。
暖かな光が再び部屋を照らした。窓には明かりが漏れないようにアンペアが大きな石を置く。
少女は壁に背中を預けて座り込み、膝を抱えていた。
「はい、これ」
アンペアが薄いパンを差し出す。
少女は黙ってそれを受け取り、小さく礼を言った。
「ん....ありがとう」
そして、一口かじる。
ゆっくりと咀嚼して、飲み込む。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ただ、ランタンの炎が揺れる音だけが聞こえる。
「君、名前は?」
アンペアが話を切りだした。
少女は少し躊躇してから答えた。
「....砂狼シロコ」
「シロコちゃん、ね。ウチはアンペア」
「私はアレックスって言う」
軽い自己紹介を終えてアンペアが再度、口を開いた。
「....で、シロコちゃんはどこから来たの?覚えてる?」
シロコは顔を上げ、二人を見た。
そして、静かに答えた。
「キヴォトス」
「....きゔぉとす?」
アンペアが聞き返す。
彼女の声は落ち着いていた。でも、その瞳には困惑の色が見えている。
「ん。キヴォトス。私が....いた場所」
シロコの声が少し揺れた。
「きゔぉとす....アレックス、なにか覚えている?」
「いや、まったく」
記憶の片隅にもない言葉。
忘れているだけかもしれないが、記憶に引っかかる感触すらない。
「そこには多くの学園があって。友達がいて。先生がいて――」
彼女は言葉を切った。そして、膝を抱える腕に力を込める。
「でも、なんでここにいるのか分からない....。みんなはどこ?」
その言葉に、私は何も言えなかった。私だって、同じだ。
自分が誰なのか、どこから来たのか、何も分からない。
「....大丈夫」
気づけば、そう言っていた。
「きっと、分かるよ。なんとかなる」
根拠のない言葉。でも、それしか言えなかった。
シロコはそんな私を見て小さく微笑んでくれた。
「ん....ありがとう」
「はぁ....なんか、うちの隠れ家が避難所みたいになってきたね」
アンペアがため息をついた。
そう言いながらも、彼女は優しい目をしていた。
「まぁ、いいか。とりあえず、今夜はここで休んで。明日、これからどうするか考えよう」
私とシロコは頷いた。
ランタンの炎が揺れる。外では、まだモンスターたちが徘徊しているのだろう。
でも、この狭い石の部屋の中は不思議と安心できる場所だった。
ここにいる三人。
互いに誰か分からず、よく分からない場所に来てもアンペアに助けられた。
カクカクの異世界。
これから何が起こるのか、誰にも分からない。
でも――
「....ん」
シロコの目がしょぼしょぼしている。
緊張が解けたのか、眠たくなったようだ。
「寝てて大丈夫だよ。ここは少なくとも安全だから」
「....わかった」
シロコが壁に背中を預けて、目を閉じる。
「アレックスも、色々大変だったしいいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて....」
私も、床に横になった。石の冷たさが頬に伝わる。
アンペアがランタンの火を少し弱めてくれた。部屋が薄暗くなる。
「....おやすみ、二人とも」
小さく、そう呟く声が聞こえた。
外では、月が静かに輝いている。
カクカクの世界を照らしながら。
「にしても、三人か....」
しかし、アンペアはどこか不安な様子だった。
[とある社員の手記]
あぁ、クソ!どうなってやがる!
灼熱の中で汗かきながら仕事して、ようやくエアコンの効いた涼しい世界に戻れると思って基地に戻ってきたらどうだ!
昨日まで使えていたはずのネザーゲートが壊れてやがった!
通信機に怒鳴りつけたが返ってくるのは耳障りなノイズだけしか聞こえん。
クソが、通信機まで死んでやがった。本社のバカどもは今頃エアコンの効いた部屋でコーヒーでも飲んでんだろうな。こっちは文字通り地獄なんだよ!
本社の連中は「黒曜石に雷が落ちればゲートが開く」なんて寝言ほざいてたが、いつ頑丈に鋼鉄で囲われたゲートに当たるんだよ!結局、誰もこのゲートの仕組みなんて分かってねぇんだ。開いてるゲートを見つけて、ラッキー!って使ってただけだろうが!
基地の備蓄倉庫を漁った。水が三日分、食料が五日分とかいうしけた具合だった。ネザーラックの粉末と硫黄のサンプルは山ほどあるが食えるものじゃない。手持ちにはつるはしと護身用の[[rb:ガラクタ > ピストル]]、それに会社支給のバッテリーが少ねぇ簡易精錬キット。
このままじゃ絶対干からびてスルメになる。
すぐに俺は棚の奥から地図をひったくった。ビリビリに破けかけた羊皮紙。
Mekanism社が管理してるネザーゲートの配置図だ。全部で十二基のゲートがあるはずだから生きているゲートを探しに行こうとしたさ!だけどこいつ、距離が書いてねぇ!適当すぎんだろ!三日か?五日か?ガストの集団にでも遭遇したら一週間コースだぞ!
だが、ちんたらしている暇はない。元の世界にぜってえ帰ってやる。
東へ向かえば一番近い第五ゲートがあるはずだ。もし第五ゲートもダメなら、その次は北西の第三ゲート。それもダメなら——考えるな、一つずつだ!