(時時刻刻)人身取引、日本の一室でも 母信じた12歳、台所で寝泊まりし接客
12歳のタイ国籍の少女を働かせた疑いがあるとして、東京都文京区の店が摘発された。少女は日本語が話せないまま、母親に「置き去り」にされたという。今なお国内外で起きている「人身取引」をなくすために求められているものとは。▼1面参照
少女は、タイ北部の中学校に通っていた。豊かな自然と涼しい気候から「小さなスイス」とも呼ばれる地域だった。
警視庁の捜査関係者によると、6月下旬、30歳前後の母親に連れられて初めて日本に来た。観光などが目的の「短期滞在」の在留資格で、滞在は15日間だけ認められていた。
少女が警視庁などへ話した内容によると、空港に降り立つと、母親と一緒に東京都文京区のビルへと向かった。ビルには看板のない「マッサージ店」が入居しており、母親から、ここで働くように言われた。男性客相手の性的サービスも教わった。この日の夜は、ビルの一室で母親と眠ったという。
しかし、母親は翌朝、いなくなっていた。
少女は日本語を話せず、頼る先はなかった。店側が用意した一室の台所スペースで寝泊まりしながら、男性客へのサービスを繰り返した。
母親は1回だけ会いに来たがそれっきり。7月中旬に出国していたことが、あとで判明した。
母親にSNSで連絡をとり、ご飯を食べたいと伝えると、店の経営者の男からわずかな現金が渡された。迎えに行く、と繰り返す母親を信じて待った。
周囲の外国籍の人に「タイに帰りたい」と相談したが、15日間の滞在期間を過ぎており「捕まる」と止められたという。
それでも、少女は9月中旬、東京都港区にある東京出入国在留管理局を訪ねた。約3カ月の経緯を説明して助けを求め、職員に「学校に通いたい」と話したという。
情報は警視庁保安課にも伝えられた。違法な風俗営業を取り締まる部門だ。タイ語を話せる捜査員が少女から事情を聴き、内偵捜査が始まった。
捜査を進めると、複数のタイ人の女性が働いていることが判明。60分6千円など複数のコースがあり、追加料金で性的サービスを提供していた。
11月4日夕、東京都文京区のビル前。段ボールを持った捜査員が家宅捜索に入った。その後、警視庁は、12歳の少女を働かせていたとして、経営者の男を労働基準法違反容疑で逮捕した。
家宅捜索の翌日の5日昼、周辺の飲食店前では会社員らが行列を作っていた。近くに住む男性は「そんな小さな子がいたのに、こんなに近くでも気が付かないなんて」と驚いていた。
少女はタイにいた時は祖父母と暮らし、母親は海外などに「出稼ぎ」を繰り返していたという。少女を残して出国した後の所在はわかっていない。
捜査幹部の一人は取材に「まさか日本でこんなことが起きているとは思わなかった」と言い、別の幹部も「これほどひどい人身取引は記憶にない」と驚きを隠さない。
警視庁は、母親と店側のやりとりを調べるとともに、仲介組織(ブローカー)がいるとみて実態を調べる方針という。(太田原奈都乃、松田果穂)
■軽い処罰、国外から批判 罰金刑・執行猶予
日本での人身取引はどのような状況なのか。
内閣府や警察庁、厚生労働省などでつくる「人身取引対策推進会議」の資料によると、政府が保護した人身取引の被害者は、近年は日本人が増加傾向にある。
24年の被害者数は66人(そのうち女性は57人)。国籍別では日本人が58人、フィリピンとインドネシア国籍が計8人だった。18歳未満の被害者は41人だった。
24年に確認された被害としては、ネットを通じて知り合った容疑者に誘拐されて性交された▽ホストクラブの売掛金(ツケ)の返済を迫られて売春させられた▽ダンサーとして契約したのにパスポートを取り上げられ、ホステスとして働かされた――などがあった。
人身取引に関して、日本は国際社会から厳しい目を向けられてきた。
00年に国連で採択された「人身取引議定書」に、日本政府が署名したのは02年。対策が諸外国に後れを取っているとされ、05年には刑法を改正し、人間を売り渡したり買い受けたりする行為そのものを処罰対象とする「人身売買罪」を創設した。
たびたび「人権侵害の温床」などと内外から批判されてきた外国人技能実習制度の見直しも進む。転籍が原則3年できず、劣悪な環境から失踪する実習生が相次いでいることなどから、同制度は解消され、1~2年での転籍を可能にする育成就労制度の創設が昨年決まった。売春行為を客に要求するといった悪質ホストクラブへの規制も強化された。
一方、今なお、日本の取り組みへの批判はある。
米国務省が25年に公表した報告書は、有罪判決を受けた加害者の多くが執行猶予や罰金刑となっており、「処罰が不十分」と非難。また、性産業で搾取された何百人もの児童を特定しているのに、日本の捜査当局は人身取引の兆候を十分に審査していない、と指摘している。「人身取引の根絶に向けた最低基準を十分に満たさないが、多大な努力はしている」とされ、4段階で上から2番目との評価を受けた。
国連の自由権規約委員会も22年、人身取引関連では「行為の重大性に見合った刑罰が欠如している」と懸念を示していた。(平川仁)
■「需要の根絶」被害減に必要 中長期支援、20年経ても確立されず
今回の事件を受け、人身取引をめぐる日本の現状などについて、人身売買禁止ネットワーク共同代表で弁護士の吉田容子さんに聞いた。
◇
統計上は人身取引の外国人被害者は減少傾向だった。ただ被害は潜在化しており、現在進行形でこうした事件が起きていることが浮き彫りになった形だ。
店が法的なリスクをおかしてまで人身取引の被害者を雇用するのは、店側の「メリット」があるからだろう。被害をなくすには「需要」の根絶が必要で、利用する客に対する法的な規制は不十分だ。
12歳が海外から連れてこられ、無理やり働かされていた疑いがある、まれなケースだと考えるが、日本で性的搾取目的の人身取引は実際に起きている。
例えば、援助交際で子どもにわいせつな行為をさせたり、家出をした子どもをわいせつ目的で自宅に連れ込んだりする行為も人身取引に当たる。SNSで誰とでもつながることができ、居場所のない子どもや女性が集まる東京・歌舞伎町の「トー横」のような場所がある現状では、被害に巻き込まれる可能性は常にある。
人身取引は心身に重大な被害をもたらす。政府が対策に乗り出してから20年以上経つのに、被害者に対する中長期的な支援が体系的に確立されていないのも問題だ。
加害者も被害者も特別な人たちではないということを知ってほしい。そして、今の子どもたちを未来の加害者や被害者にしないために、学校教育の中で具体的な事例を集めて教え、親にも啓発をしてほしい。人身取引が身近で起きているという意識を育てることが大切だ。(聞き手・松田果穂)
◇
内閣府は「自分が被害者だと気づいたり、被害者らしき人を見かけたら、また、助けを求められたら、最寄りの警察署(または#9110)や匿名通報ダイヤル(0120・924・839)に連絡してください」と呼びかけている。法務省の「外国人在留総合インフォメーションセンター」(0570・013904)は、多言語で相談を受け付けている。
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