日本の海域に眠るレアアースや重要鉱物を探せ! 海洋資源調査船「白嶺」に潜入
鉱物資源に乏しく、需要量のほぼ全てを海外からの輸入に頼ってきた日本。資源国の政策やシーレーン(海上交通路)の情勢次第で供給不安に直面する課題を、依然として抱えている。一方、領海・排他的経済水域(EEZ) の広さでは世界第6位を誇り、周辺海域に眠る海洋鉱物を開発・商業化できれば、国際情勢や地政学リスクに左右されずに資源の自給率を高めることができる。実際、銅や亜鉛などの金属が沈殿した「海底熱水鉱床」やコバルトなどのレアメタルを含む「コバルトリッチクラスト」が既に見つかっている。
今回は、資源の新たな供給源として期待がかかる海洋鉱物の現状と、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が管理・運用し、大海原で鉱物を探して採取・分析する海洋資源調査船「白嶺(はくれい)」の驚くべき探査能力を紹介する。
領海・EEZの面積で世界6位… 有数の海洋国
政府によると、日本の領海とEEZを合わせた面積は約447万㎢で、国土面積(約38万㎢)の約12倍だ。国土面積での世界順位は61位だが、領海とEEZの合計面積では6位に位置する。地質的・地形的な連続性が認められる「延長大陸棚」まで含めた面積では約477万㎢に達し、日本は世界有数の海洋立国と言える。
<日本の領海などの概念図>(クリックで拡大)
沖縄、伊豆・小笠原、南鳥島などの海域に分布
海洋鉱物は、おおむね4種類に分類される。海底から噴出する熱水に含まれる銅や亜鉛などの金属成分が冷やされる過程で沈殿してできた「海底熱水鉱床」、海山斜面から山頂部の表面を薄く覆うマンガン酸化物の「コバルトリッチクラスト」、海底上に分布し銅やコバルトなどを含む「マンガン団塊」、海底下でレアアースを高濃度に含む粘土状の堆積物である「レアアース泥」――だ。
<海洋鉱物資源の種類>(クリックで拡大)
有望な海底熱水鉱床は沖縄周辺の海域で、リチウムイオン電池の製造に不可欠なコバルトの品位が高く注目されているコバルトリッチクラストやレアアース泥は、南鳥島海域に存在が確認されている。
<日本の周辺海域等で存在が期待される鉱物資源の分布状況>(クリックで拡大)
貴重な国産資源… 国主体で開発
日本の海洋政策は、海洋基本法と海洋基本計画に基づき、総合的に推進されている。鉱物資源についての具体的な開発計画は、経済産業省が「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」として策定、5年ごとに見直しが行われている。
同計画によると、例えば海底熱水鉱床では、これまでに計7つの鉱床で概略資源量5180万5000トンが把握され、さらに沖縄や伊豆・小笠原の海域で新たに7つの鉱床が見つかっている。今後は、引き続き新たな鉱床発見のための広域調査を行うほか、開発対象となる鉱床については、ボーリング調査を高い密度で実施し、精密な資源量評価を行うことなどを予定している。また、コバルトリッチクラストでは、小笠原海台や南鳥島沖で地形調査や海底観察、ボーリング調査を実施、商業開発に向けたポテンシャル評価を行うことなどが計画されている。
海洋鉱物資源開発の最前線で活躍する「白嶺」
海洋鉱物資源の開発では、海底の資源量評価調査や環境基礎調査、生産技術の確立などが欠かせない。日本周辺海域でのこうした業務の最前線で活躍しているのが、JOGMECが管理・運用する調査船「白嶺」だ。1年の大半を海洋調査に充てる白嶺。搭載機材の積み替えなどのために山口県の下関港に寄港中の2025年9月、白嶺の建造にも携わったJOGMEC金属海洋資源部の塩川智さんに案内してもらった。
「山手線6両分」の大型船、年間270日以上の洋上調査
白嶺は全長118.3m、幅19m、深さ9.2m、7階建て、総トン数6317トン。全長はJR山手線の車両6両分に相当し、この種の船としては大型だ。本体200億円、調査機器75億円、艤装費用などに24億円をかけて三菱重工業で建造、2012年2月に配備された。運航業務は、海洋技術開発(本社・東京)が担っている。塩川さんによると、調査団を乗せて1航海あたり30日の航海を年に9回、年間270日~280日の洋上調査をこなしているという。
<白嶺の概要とファンネルマーク>
白嶺の最大の特徴は、調査船として「どんな鉱物が、どこに、どれだけ、どんな状態で存在するか」(塩川さん)を探るために、様々な特色と機能を備えていることだ。
白嶺のシンボル「船上設置型掘削装置」と「ムーンプール」
白嶺では、船首側に居室や研究室を、船体中央部に機関室などを配置し、船尾側にテニスコート2面分に相当する広い調査作業甲板を確保するレイアウトがとられている。調査内容に応じて様々な機器を搭載できるが、白嶺は日本では初めて、海底や地質の状況に応じて2種類の大型掘削装置を使い分けられるように設計された。その一つが「R140」と呼ばれるやぐら部分の高さが35mの「船上設置型掘削装置」で、最大水深2000mの海底から、海底下400mまで掘削することができるという。
右舷側後方から見た白嶺。船体中央に高さ35mの船上設置型掘削装置を搭載した仕様で、船尾にかけて広い調査作業甲板が確保されていることもわかる
また、最も揺れが少ない船体中央部には、甲板から船底まで貫かれた7.5m四方の開口部(ムーンプール)が設けられており、掘削パイプや調査機材などを海中に降ろすことができる。
(JOGMECの公式YouTubeアカウントの動画から)
ほかにも、船上からのリモート操作で海底観察や物質の採取ができるよう、「遠隔操作無人探査機(ROV)」やカニの爪のような形をした「ファインダー付きパワーグラブ(FPG)」が搭載されているほか、音響調査用のソナーなども装備されている。こうした様々な装置を駆使して調査が実施され、採取した試料は船内の研究室でその場で分析することもできる。
<白嶺を使った調査概念図と調査フロー>
(JOGMECの資料から)
船の位置を定点に保つDPS… 白嶺には舵がない?!
海洋での鉱物資源調査で最も難しいところは、海流や波、風の影響を受ける白嶺自体の停泊位置を定点で保つことだ。例えば、海底熱水鉱床などの掘削調査をする場合、船の位置がずれれば、海底と船上をつなぐパイプが折れてしまう可能性もある。
こうした時に威力を発揮するのが、「自動船位保持装置(DPS=Dynamic Positioning System)」だ。船舶の推進装置で巨大なプロペラを水平方向に360度回転させることができる「アジマス推進器」2基、船首の固定式バウスラスター2基と昇降式スラスター1基を精密に制御することで船位を定点保持する。
このため、白嶺には舵がないにもかかわらず、船位を数十cm単位で調整することもできるといい、天候不順などで採掘を中断し避難した後、調査地点に再び戻って再開する「リエントリー」の場合でも、新たな穴を掘る必要がなく、作業を効率的に進められる。
船底後方のアジマス推進器(左)と船首近くのバウスラスター(ともにJOGMECのホームページから)
また、音響調査なども行う白嶺では、船から発生する音や振動の影響がなるべく出ないよう、アジマス推進器やバウスラスターを含む動力はすべて、エンジンで発電した電気で動く。船を動かす際の雑音は60㏈以下に抑えられるという。
白嶺の2代前の「白嶺丸」に三等航海士として乗船して以来、30年以上にわたって調査船の運航に携わってきた佐藤正船長は、「多くの乗組員とともに、今後も安全運航で調査に貢献していきたい」と語る。
様々な成果には世界初も
「どんな鉱物が、どこに、どれだけ、どんな状態であるのか」を探るための英知を結集した白嶺。これまでの13年間で126航海、延べ3649日の調査にあたり、多くの鉱床を発見するなど様々な成果をあげてきた。世界初の事例としては、2017年に海底熱水鉱床の連続揚鉱に成功したことが挙げられる。沖縄近海の海底約1600mの海底熱水鉱床を掘削、集鉱物を水中ポンプで海水とともに連続的に洋上に引き揚げたもので、海洋鉱物を資源として商業化する際に欠かせない技術を検証した。また、2020年には、南鳥島南方のEEZ内で、コバルトリッチクラストの採掘に成功した。
世界で初めて海底熱水鉱床の連続揚鉱に成功した(JOGMECのホームページから)
白嶺建造のプロジェクトチームメンバーも務めたJOGMECの塩川さんは、「資源を海外に依存している日本にとって、周辺海域の海洋資源は自国資源と同じように開発できる可能性を秘めている。資源開発は、陸上でも海洋でも非常に長い期間を要する仕事だが、白嶺の特徴や役割を知ってもらうことで、国民の皆さんの理解が少しでも深まれば」と話している。